二十二話
「これ……どういう冗談だ…?」
「冗談ではないですよ。最悪のタイミングだが、魔王の股肱、吸血鬼の封印が解かれました」
イプシロンは珍しく俺の問いに答える。
いや、今のところその衝撃よりもなんだって…「吸血鬼?」
「吸血鬼は東欧起源のモンスターです」と天使は言った。
「この世界に東欧なんてない。余計混乱しに行っているだろ」
「まあ。まあ。似たような伝承や、行事は君の世界にもありますからね。例えばじゃんけんだとか、同時発生的ではないですか。それだと思いましょう?」
「それは伝承や、行事なのか?しかし、妙な納得感があるな。まあ。この世界にも人間がいるから、ダブってしまうのはしょうがないと思うが…。しかし、その伝承上の吸血鬼が封印?魔王の股肱?意味が分からないのだが。そもそもお前にこの世界に魔王がいるのを聞いていないのだが」
「いや、魔物がいると言ったらそれを統べる奴がいるのが常識でしょう?異世界転生ものを読まなかったのかい?チハヤさん」
「読むが、聞いてない。イプシロンさん教えてください」
「無知蒙昧は見捨てるしか……」
「おい」
「こいつに分かりやすいように、虫に数学を教えるつもりで、丁重に教えてやってください」と俺を超馬鹿にした言い草を展開した。
「まあ。創造主様が仰るなら何なりと」
イプシロンは天使に甘かった。俺の方を一瞥し、蔑視したが、教えてくれるらしい。
「この世界には魔王がいました。帝国の遥か南の超大陸全てが魔王の支配領域です。魔王は人類に最悪の禍をもたらして来ました。超大陸の奪還はその悲願でありますが、奪還作戦はことごとく失敗し、我が大陸のすぐそばにまで来ているという恐怖があります。
海峡という天然の要塞がありますが、それも持つのは時間の問題です。実に百回以上攻め込まれているので、全く安心はできません。ですが、近年、魔王の股肱である吸血鬼を打倒しました。これは我が人類の安寧に一歩近づいたと言えるでしょう」
ほう。それはいいじゃないか。ここから逆転するバトルものみたいな。
「これ、この国と言わず、世界誰でも知っていることなんですが……。どれほど無教育のとこから来たのですか?西の方の大陸からですか?」
「分からないけど、そんな感じなのだろうね。《《チハヤさんは》》」とチハヤさんという点に強調したのでムカついて殴りそうになったが、大人の対応で、流して置いた。
「でも、吸血鬼は復活してしまったんですよね。ここに」
「そうですよ。どうも保管されていた州会議所らしいのです。代表の机の上にその召喚用の書類があっただけという。それは確か黒い紙のようなやつで……」
へえ。へえ。へ?
州会議所。代表。書類。その検索ワードのような言葉は俺の恐怖を刺激した。
俺は天使方に目を遣る。天使はすぐ目を逸らした。
代わりに分かりやすく発汗が酷くなっているのが目で見るより明らかだった。
「そして、州会議所の代表が多分吸血鬼に殺されちゃったというか吸血された跡があるんですよ。まあ結局死んだので真相は全く分からないってことなんですよ」
「死んだ?」
俺は思わずビックリした。
「はい。そうですね」と淡白に言い切った。
「と、言うか、封印が解かれた吸血鬼ってどれくらいヤバいのですか?」と天使が恐る恐る訊いてみる。私が何もしていないと言う保証が欲しいらしい。
「吸血鬼のせいで一国が滅んだ程度です」
補償しなくてはならないレベル感ではないだろうか……。全然、程度で済んでいない。
天使は俺に近寄って耳打ちをする。
「ねえ。チハヤさん。ど、どうしよう」
「知らねえよ」
「いや、待ってチハヤさんも、あれじゃん。チハヤさんも書類入れていたでしょう?きっとそれですよ」
「黒い紙って言ってたからお前だろ。確実に。お前自身で何とかしろよ」
「い、いや。あ、あんまりなあああ」
天使は塞ぎこんで、部屋の隅に縮こまった。
その天使にイプシロンは、「けれど、創造主様は吸血鬼など相手ではないですよね。なぜならあのドラゴン相手に一発ですもの」と期待感を寄せた。
確かに、この世でそんな天災級の化け物を討伐出来る相手など天災級の天使しかいないのも当然だ。ほら、罪を償うのと同時に、それを処理できるのも一人しかいないのだ。
俺は、天使に「さあ。やればいいじゃないか」と言った。
天使は、部屋の隅で壁を一心不乱に見つめている。無視されているだけなのかと思ったけれど、急に話したのは、「そ、そうだ。私一人だけ。一人だけでもこの美しい翅を使ってどこか誰もいない所へ逃げればいいんだ。ああ。そうしよう。そうしようたらそうしよう」とゴミみたいな発言だった。
「おい危ない考えすんなよ。俺も連れて行け」
「こ、この町はどうするんですか。創造主様」
「見捨てて行くに決まっているでしょう。こんな町。思い入れもなければ、ハエみたいな人間ばかりじゃないですか」と最低なことを言う。
仮にもイプシロンはお前の信奉者なのだろう。そのたった一人の信奉者を失う勢いな最低ぶりだ。でも、倒せそうな人は一人しかいないのも事実だった。
ああ。そうだ。
俺は天使に近付いた。そして、天使の肩をぽんと叩いてやった。
「なあ。お前は天界に戻りたいと一番最初話していたよな」
「そうだけど、何」
敵意を向ける目線を向けた。
「どうせやりたいことなんて、担ぎあげられたいだけだろ?」
「はあ?何を?別に……」と口ごもらせたのは答えと言うことだ。
「なあ。こんなことになっちまったけれど、これを逆手に取って担ぎ上がられようぜ」
「それは?」
「いや、市民から化け物を助けた偽善者として、担ぎあげられようぜって話」
「ああ」
天使は長考した。ここで、自分にどういう利益があるのか。利益率と言う点か。それを考えているのだろう。
「ああ。いいね。良いじゃないですか」
天使は立ち上がって意気揚々と言った。調子いい奴で有難い。
「イプ氏。大丈夫ですよ。必ずや、例の吸血鬼を倒して見せましょう」
馬鹿だ。自信満々に法螺吹き上がった。
「チハヤさん。さて、外に行きましょうか」
「え?」
どうして俺の名前を呼ぶんだ?お前がお前独りで解決する問題だろう?俺を巻き込むな。そのお零れで生きていくのが俺なんだ。
「チハヤさんも討伐するんです。クソ雑魚マイナスな貴方でも、囮や、特攻ぐらいは役に立つでしょう?」
クソサイコパス天使だった。
より一層こいつのことが嫌いになれた。




