二十話
「え…?独立支援要請……」
彼女は俺がビックリのあまり投げ飛ばした封筒の中身の紙を手に持っていた。おそらくそれに目を通してしまったのだろう。通してなくても勘違いはされてしまうのだ。
「ああ。創造主様。いいや、創造主様にこそ知っておかねばならないことかもしれません」
「いやいや。べ、別にいいですよ。書類なんて見たくありませんから」
「いえいえ是非に是非に」
俺の時と態度が……。
「じゃあなんですか?」
「この帝国は今、国内外からの求心力低下が激しいのです。王国との関係悪化、経済不振エトセトラ。そのため恐怖による専制政治が頂点に達し、緩い連合体だった我が帝国は上と下に分かれてしまいました。まさにこんな状況は国内《《害》》なのです」
「はあ。よくあることですね」
「その結果、数々の州が分離を願っています。その元締めが、シリアレンタであるのです。ご当主様もこの混乱を政府に解決手段はないとご判断されましたので、このような打診しようとされました」
「よくあることですね」
「ですから、その手紙が開いてしまったのは仕方ないですが……。まあ渡して来てください」と言って封筒の体裁を整えて、仕舞った。
なんで俺の時だけ激昂したんだ?と疑問を呈するほどに冷静沈着だった。
「ここの屋敷でいいのですよね?」
「ええ。私はいけませんから」
「足元ついちゃいけないんだっけ」
「そうです。なので私はさきにあれですね。港にでも行ってましょう」
「そう。じゃあ。チハヤさん。行きましょう」
裾を引っ張られ、強制的に連れ攫われる。けど、まあイプシロンと一緒にいる勇気は今はない。金輪際ないだろうけど。
こんなことを考えながら、引き摺られて、この州会議所の中に入って行った。
そこまでは良かったのだが……入った刹那めんどくさくなった。この館見た目よりもでかい感じがしてならない。
「なあ。どこにあるんだ?」
「何がです?」
「いや。渡すとこ」
「あー。副州知事でしたっけ」
「そうか」
「……」
「……」
ただ長い廊下が続く。特に話すこともなくなった。なんか話すことあるかなあとか考えていれば、横にぴったりと引っ付いていた天使がいないことに気づいた。
何を道草食っているんだ。と、呆れながら俺は振り返った。すると、天使が汗を一滴垂らしてこういった。
「ねえ。この封筒一枚足らなくないですか?」
「……」
「えっと天使さんや。なんて言いました?」
「いえいえ。チハヤさん。一枚足りない」
「……」
「……」
「ああああああああ」
「ああああああああ」
「いやいや。叫ぶには早い。なんてことない。ただただ数え間違いで、見間違いで、覚え違いなんだ」
「でも、私、天使だから、結構記憶力良いんですよ」
「……」
「……」
「あああああああああ」
「あああああああああ」
「ど、どうする」
「ど、どうする。もう一回数える。数えよう」と天使が一枚封筒から取り出した。
これが不幸だった。どことなく風が強い風が吹き荒れた。そのせいで、紙を風に持ってかれてしまった。
「えっちょっ」
「は?」
声に出して手を伸ばして見る頃にはもう遅かった。紙は窓の外へと、その先か、敷地の外へと行ってしまって、その紙は川に落ちた。
二枚足りなくなった。
「…………」
「…………」
よし。
よし。
俺たちは目を合わせた。
「「なんか、誤魔化さなければ」」
俺たちは自己保身しか考えられなかった。
なんかうまい隠蔽方法が思いつかないかこの屋敷をうろうろとしていると、天使が陶然したかのように適当な部屋に入った。
その部屋には紙が大量に置いてあった。書類の山だろう。
あ。そうだ。この書類から適当に選んで、差し込んでおくか。
俺は適当に選んで差し込んだ。
「これとかどう?」
天使が持ってきたのは黒の紙で白文字が書いてある文書明らかにさっきの奴とは違うものだった。まあ。いいや。カッコいいので入れとこうか。
よし、封筒の文書の枚数的には丁度だ。さて、これを副州知事に渡せば……いいや。別の職員に渡すか。ワンクッション挟むことで、俺らではない誰かがこういうことをしたという心理が働くわけで……。
これでいいよな。そういう目配せを天使にした。
GOODサインを見せた。
分かっているねえ。
そうと思い立てば、最も気の弱そうな適当な奴が好ましい。帰る方向でm、適当に廊下を潜ると、廊下の角の隅に突っ立ていた不審な女性がいた。ああこいつでいいやと、声を掛けた。
「すいません。これをここに書いてある人に渡して欲しいのですが」と言って半ば押し付けるようにその人に渡した。
「あの……それわた……」と何か言いかけていたがなんか怖いので、完全無視でこの館を去ろうとする。
この後はテキパキと撤退していく。
仮にも目的は達成したのだし。
俺は何も見なかったことにして俺は館を出た。違っていても、紙は足りているはずで、俺は大丈夫なはずだ。テスラが間違えたと言い張れば、保身できるはずだ。
大丈夫。大丈夫。
はあ。はあ。はあ。呼吸が荒くなっているのが分かる。
天使の動悸も相当なものだったけれど、目を合わせた。にかりとお互いに笑い合った。こうして、俺らの絆は深まったような気がした。
さてと、全く億劫だが、イプシロンに会いに行こう。
港だったはずだな。
港はこの州会議所から歩いていける距離である。ほぼ裏手にある。
ほお。潮風が吹き込んでいる。気持ちがいいとはならない。あんなことになったからね。天使も気持ちは一緒のようだ。気分が鬱々している。
そんなところにイプシロンが登場だった。
「どうでした?渡せました」
「まあね」と天使が言った。
「創造主様が言うなら間違いないです」
全幅の信頼感が重荷になる習慣だった。
天使は当然、苦虫を嚙み潰したような顔をしたのは言うまでもなかった。
「では、用も済んだから、行きましょう」と天使は逃げるように言った。
今回ばかりは同意見だった。
「早く行こう。早く」と応援を送るくらいには逃げたかった。
「話しかけないでください」という決まり文句を吐いたけれど、俺はそれにツッコんでやる余裕はなかった。
俺はいそいそと停泊している船へと向けて歩を進めた。
その脇にはさっきの入り口と同様にデモ隊が何かしら叫んでいる。デモが盛んらしい。そういえば、さっきは何も聞き取れなかったので、どうしてか、少しばかり気になったから、耳を傾けてみた。
「この港は占拠した。使いたければ帝国の犬よ。要求を聞きあがれええええ」と一際目立つ怒号があった。
「えっ?」
「えっ?」
俺らは思わず言葉を漏らす。
「ああ。言い忘れていました。しばらくこの国から出られないらしいですね。早く出ないと首吊りかもしれないですよおお」と今日一番楽しそうにイプシロンは口角を上げたのだった。
主に俺に向けて……。




