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あちーぶ!  作者: キル
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『亡国の異世界 7つの王国と大陸の覇者』336

 サリアスさんと未黒先輩と一緒に、本宅と離れの書斎の間にある庭へ出た。戦闘訓練用の打ち込みに使う太い木の柱や、弓の的のようなものが庭に設置してある。


 僕は、ワンドに見立てた短い木の棒を受け取り、少し長めの木の棒を持ったサリアスさんと向かい合う。


「近接戦闘といっても、別に武器で攻撃をしる必要はません。魔法を使った攻撃をするにしても、相手との距離が近ければ近いほど当てやすく効果も高くなりやすいので、戦闘距離を今よりも近寄ることを目標としましょう」


「はい」


 MP消費量の節約につながる話である。射撃系の魔法は、発動した魔法を飛ばすので消費MPは距離が離れても一定だけど、範囲系の魔法を使う場合は、術者と発動する場所の中心との距離が、消費するMP量の違いに影響する。


 範囲系の魔法は面攻撃という性質上、回避することが難しいため、かなり有効な魔法だけど、消費MPが多くなるため何度も使うことができない。

 もし範囲魔法を接近した状態で使うことができたのなら、消費MPを押さえて何度も使えるようになる。


「近接戦闘を主体とした魔法使いの武器選びの話をします。アオナさんがワンドを使っているのは幸いです。そのまま使ってください。長さのあるスタッフを使って近接戦闘をするのは良しあしがありますが、悪い点が目立ちます」


「スタッフの方が頑丈ですし、両手で防御できるため近接に向ていると思ってましたが、違うのですね」


「はい」


 意外だった。両手で持った杖の方が攻撃にも防御にも優れているとは思っていた。さすがに近距離で戦闘をするつもりもなかったので、軽量さを優先して防御に使えなさそうなワンドを選んだのだけど、これが近接戦闘の正解とは。


「そもそもですが、魔法使いが相手を杖で攻撃しても碌なダメージは入れられませんし、杖を防御に使うほど距離を詰められたら、近接戦に特化した戦士には敵いません」


 それはそうか。筋力1桁の僕が、筋力3桁のギンガに敵うわけがない。


「盾などを持った方がいいのでしょうか?」


「盾は盾で、使うのに技術を必要とするのでやめたほうが良いでしょう。丈夫な小手を使うのなら訓練を必要としないので、防御を固めるならそちらですね」


 ギンガも盾スキルを持っていたけど、自在に操るのはかなり大変そうに見えた。単に構えればいいだけじゃないので、いまさら僕が覚えるのに向かないのは確かだ。


「それに、魔法使いの近接は回避が基本です。盾を使うような余地はないでしょう」


「回避はさらに難しくないでしょうか? 避ける技術も特にないのですが」


 茜も茶子もギンガも、回避スキルを持っているけど、僕は持っていない。0から覚えるのだろうか。


「魔法使いの、近接戦闘の距離ってどれくらいだと思いますか?」


 魔法使い用の近接戦闘距離? うーん。遠距離で戦う職業だと思っていたから、近接と言われても困る。


「わかりません」


「うん。じゃあ範囲魔法を考えてみようか。術にもよるけど、対象を起点に直径1mが一般的な効果範囲。そこから効果範囲を拡大させた場合、直径3mになる。この時点で半径1.5m、、これに距離によるMP補正を加えたものが、範囲魔法のMP消費量になります」


 うん。範囲魔法の拡大は、種類によるけど中心部の最低範囲を起点に増えていく。最初の範囲が直径1mなら、2n-1で距離が増えて、最初が直径2mなら、4n-2となる。


 直径2mが消費3倍することで直径10mになるのはかなり良さそうだけど、範囲が簡単に広がる魔法は攻撃的な魔法が少ないので、戦闘で有効なのは実質直径1mを基準とした魔法になる。


 その上で、中心からの距離でさらにMP消費量が上がる。それも乗算で。

 基本消費量×範囲拡大倍率×対象までの距離(m)で計算される魔法が多い。前に使った、自分を対象とした[ダークネス]なら、距離は関係ないため、範囲拡大だけすればよかった。これを離れた相手に使おうとしたら、消費量が一気に上がる。そのかわり、相手を暗闇に入れてしまえるのだから、非常に効果が高い。


「では、直径1mの魔法を1.4m離れて使う場合、消費はどうなりますか?」


 範囲が2倍の位置で魔法を発動させていると考えると――。


「えっと……2倍ですか?」


「いいえ、等倍の消費です。近距離で範囲魔法を使う場合でも、効果範囲よりやや離れた位置で杖をかざして発動していませんか? 例えば、地面を掘る魔法を使う場合、掘りたい地面に杖を接触させるのではなく、少しだけ離して使ってますよね」


 そういわれてみれば、杖をかざした先端部分から、やや先あたりに範囲魔法が発動している。

 でも、よく考えてみれば効果範囲より離れている位置で発動しているから、計算通りなら距離が離れているため2倍として扱われてもおかしくない。けれど、実際の消費は等倍の距離分しか消費していない。


「範囲魔法は、範囲の効果によるMP消費量は計算通りでも、発動させる術と術者との距離によるMP消費量はかなり余裕がある構造になっています。それを前提に、魔法使いの近接戦闘の距離を考えてみましょう」


 サリアスさんが木の棒を両手に持ち構える。棒を剣に見立てた構えだ。


「剣の長さは使用者にも寄りますが、おおよそ刃渡りが1.5m前後で収まるでしょう。明らかに大きな両手剣だと2mに及びますが、そのあたりは目で見て判断できると思います。武器を持つ腕は体格にも寄りますが70センチ前後。真っすぐ剣を振り下ろした先端の距離は、2.2mです。足の踏み込みによっても距離は変わりますから、それより伸びることはありますが、足の動きは攻撃を受ける側も使うので、別で話をします」


 剣を突き刺すように真っすぐ持つサリアスさん。実際正面から見るとかなりの距離がある。


「ただし、これだけ真っすぐに伸ばした腕と剣先を当てても完全に威力が乗らないので、有効距離はもう少し短くなります。およそ2mでしょうか。そのうえで魔法使いの有効距離を考えましょう。アオナさん、棒を片手に持ち、先端を真っすぐこちらへ差し出してください。そう、腕も真っすぐ伸ばして」


 言われた通りに腕を伸ばし、ワンドに見立てた木の棒をサリアスさんに向ける。その状態でサリアスさんが位置を変えて、棒を構える。


「魔法使いは武器を振ってダメージを与えるのではないため、ワンドの先端が攻撃の起点です。そして、範囲攻撃の射程が1.4mまで離れられることを考えると、ワンドと腕の距離を足した2.5mまでが攻撃の有効距離と言えます。ちょうどアオナさんが立っている位置、そこがワンドの有効距離です。どうでしょうか?」


「――ずいぶん、近く感じます」


 距離だけを聞けば、離れているように感じる。けど、サリアスさんも武器を構えているので、実感としては違う感じがする。


「そうでしょうね。けど、この距離ならどれだけ剣を振ったところでアオナさんには当たりません。魔法使いの近接戦闘は、常にこの距離を保てるかどうかにかかっています」


「相手が戦士なら、すぐに距離を詰めるのではないでしょうか?」


「ええ、戦士は身体能力が高いので、すぐに距離を詰められるでしょう。けれど、剣などを使った攻撃はただ移動すればいいだけではありません。腕、肩、腰、足。体の全てを使って攻撃することで、相手を倒しているのです。距離を詰めただけでは、効果的な攻撃はできません」


 サリアスさんは、腕だけを動かして棒を振る。素早く振り下ろされた木の棒は、素人からみたら十分強そうには見えるけど、本人からしたら効果的ではないのだろう。


「一方で魔法使いは、腕とワンドを伸ばしさえすればどのような姿勢でも攻撃ができます。極論、背中を向けて逃げ続ける姿勢であっても、魔法が発動可能です。それに――」


 話の途中で、一歩踏み出して棒をゆっくり振るサリアスさんの剣筋は、僕の手のあたりまで届いた。


「踏み出してもこの距離です。前に出る動作さえ見えれば手を引くだけで回避は容易ですし、距離が短くなったということは、手を伸ばさなくても範囲魔法の射程に入れることができるので、先手を取ることが容易です」


 手元に届いた木の棒を見る。先ほど振るわれた速度の剣をかわす自信はない。


「それはできるのでしょうか? 戦士とは基本的な身体能力が違う気がします」


「普通の魔法使いは無理ですね。アオナさんの言う通り、鍛えた戦士と鍛えていない魔法使いでは、近接戦闘はどうしても戦士に分があります。武器の間合いによる数センチ程度の有利な差は、あってないようなものでしょう」


 僕の手の位置にあった木の棒を下げて、杖のように立てた。


「私が可能だと思うのは、アオナさんがヴァンパイアだからです。暗闇を見通すその瞳は、使い方を覚えれば数センチの差でも有利に扱えることでしょう」

 遠距離から広大な範囲に及ぶ範囲魔法を使う場合、かなりMPを消費する計算となります。範囲魔法は強力で複数を巻き込みますが、気軽に使えるようなものではありません。個人を対象とした魔法も距離の制約は受けますが、範囲魔法ほど消費は重くなりません。蒼奈の所持スキルに、最初から魔法射撃を持たせていましたが、あれが射撃系魔法の命中に使います。

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