『亡国の異世界 7つの王国と大陸の覇者』334
『すまぬが話は聞かせてもらっていた。そうまでして、我らの魔石を除去する意図は何だ?』
半分眠っている私の口から声が聞こえる。完全に寝るにしては声が大きいので、話すたびに眠気が覚めて耳が動く。
「話す理由はないのですが」
『消される側には聞く権利があっても良いであろう?』
私の背中を撫でながら、プルトさんが黙る。撫で方がゆっくり過ぎるのは、考え事しているからかな。
「――考えればわかることですよ。全ての魔石を消滅させる、そのためです」
『我らの魔石が消えることで、全ての魔石が消えると?』
「そうですね、あなたたち龍の役割を考えればわかることです。途中までうまくいってたのですけどね」
(『すまぬが、考えてもわからぬ。どのようなことだと思うか?』)
最近知ったことだけど、龍は質問をすれば答えを返してくれるけれど、自発的に物事を考えるのはやや苦手らしい。好きなことや興味があることには熱心だけど、そうじゃないと自分から考えることを放棄する癖がある。
(多分だけど、王笏と魔力のことじゃないかな? 龍って地中から魔力を引き上げて大地と空に魔力を巡らせてるんですよね? 王笏を壊して機能させないことじゃないかな?)
(『あぁ、確かにそうか』)
龍の役割は、魔力を世界に巡らせることにある。それぞれの龍が担当する地域に地中から引き出した魔力を、安定した状態で供給しているのだ。
『魔力の循環を言っておるのか?』
「そう。王笏が無くなった世界はどうなったか、覚えてますか?」
『途中で意識が途切れておるが、大地に魔力が過剰に満ちたのは覚えておるな』
「その結果、生物の体内の魔石は過剰に外殻の膜を張り、肥大化した。それは魔力病として現れ、多くの生物は生命の危機に瀕した。既に、いくつかの植物や小型の生物は100年前と比べると絶滅している個体がみられます」
プルトさんが考える、全ての生物の魔石を消す方法はこれなのか。龍が安定化させている魔力のバランスを崩して、地上に魔力供給過多を引き起こす。魔力病によって体内の魔石が肥大化。中心の魔玉にダメージを与えて、魂そのものを破壊する。そういえば、かなり前に魔玉に魔石が浸食しているとか聞いたことがある。
この方法なら、種族ごとに耐えられない魔力濃度に達した時点で、その種族は全て消えてしまう。各個体を探して魔石を壊す必要すらないのか。
その手段で人類は絶滅しかけたけど、それを癒したのがエリスさんなんだよね。あれはなんで癒したんだろう?
そのあたりを聞いてもらうように、アクアちゃんにお願いをする。
『途中で魔力病を癒した者がいたが、そなたらの仲間ではないのか?』
「あれは、別の手段のために仕方なく癒しました。癒したところで、後に聖女が殺されたとか寿命だとか言えば、また発症した魔力病を癒すものはいなくなりますから。時間は十分ありましたので」
別の手段といえば、王笏の杖のことかな。龍の肉体のさらに奥深くに設置したあの杖。何らかの意味がある行動なんだろう。
『わからぬな。アカネを愛でるその姿を見るに、生物が嫌いではないのだろう?」
「そうですね、動物は好きです。ですから、この手段は心苦しいとは思っています」
『そうまでして、なぜ生物を消すのだ? どのような意味がある?』
「『トロッコ問題』はわかりますか? 5人を生かすために、ひとりを犠牲にするかどうかというジレンマの話です。――その、ひとりに該当するのがこの世界です。差は5倍程度には収まりません」
比べているのは、プルトさんがいた世界じゃないかな。幾つもの島や大陸があるあの世界。どうなったかはわからないけど、プルトさんの口ぶりからすると無事だとは思えない。
「人口が1億へ遥かに届かない島と、10億を超える大陸。トロッコ問題だとしても、どちらを選ぶかは明白です」
これだけはっきり断言するということは、プルトさんたちにとって前の世界は、『救う手段がある』こと前提で動いているようだ。前に先輩が話していた、憑依するタイプの転生をするのだろうか。そのためには、前の世界を観測する必要があるけど、それもできそうな雰囲気がある。
『トロッコ問題は理解できる。が、そなたの言葉を理解はできぬな。5人が10億人になったところで、ジレンマがあるのは変わらぬであろう?』
背中に手を添えられていたプルトさんの手が、私の背中を軽くキュっと掴む。猫は液体なので何ともないけれど、プルトさんの気持ちはなんとなく伝わる。
『我に人の心の機微はわからぬが、トロッコ問題とはどちらも人の心では選ぶのが難しい問いではないのか? 容易に10億人を選べるのはトロッコ問題とは言えぬ』
それは言外に、プルトさん自身がその選択に迷っているからこそ、トロッコ問題として取り上げたと言っているみたいだ。迷いが無ければ、わざわざトロッコ問題を引き合いに出さない。
プルトさんの背中を掴む力がさらに強くなったので、ごろんと転がって手から逃げる。箱の中に入りっぱなしなので、この場所から離れることはないけど、掴んでいる手からは逃れられた。
逃れた手は、今度は優しく背中を撫でてきた。プルトさんの方を見ると、何処を見てるかわからない表情をしている。
「……迷い。いえ……諦めか……」
私の勘が間違ってなければ、消えた旦那さんのプロキマさんや娘さんのキャロンさんを思い浮かべてる気がする。見つかったなら良いんだけど、多分見つかっていないはず。
プロキマさんはともかく、キャロンさんはこの世界で生まれた人だ。この世界から向こうの世界に移動したら、二度と会えなくなる。そういう選択を、プルトさんは迷わずにするだろうか?
『迷うことがあれば、よく考えるがいい。あぁ、そなたに礼を言う必要があったな』
その言葉に、プルトさんは私の方を見る。正確には、私の口の中にいるアクアちゃんを見ようとしている。
『よくぞ我の肉体を消してくれた。おかげで帰還石が作られて死者が減ったぞ』
プルトさんの目が少し開いて、視線を逸らす。
「だから、龍と話すのは嫌だったんです……」
視線をそらしたプルトさんは、一度目を閉じてから数秒で目を開く。何かを決めたような雰囲気だ。
「それでも、私は全ての魔石を消します。少なくとも、10億人の中に取り戻したい人がいますので」
元の世界に戻ることができたのなら、あちらの世界に居たプロキマさんとは会える。キャロンさんをどうするかはわからないけど、あちらの世界を取り戻す方法があるのなら、確実に会える方を選んだのだろう。
『うむ。それも選択のひとつよ。とはいえ、我も容易に消されぬからな』
「現状で難しいのは、先日に試みてわかりました。そのうち全ての龍を消し去るので、覚悟しておいてください」
『承知した』
敵対関係なのに穏やかな感じの、不思議なやり取りが交わされる。片方が猫の口の中と言うのは締まらない気がするけど。
話が終わったところで、これからどうしようか。ここに私だけがいても、話は聞きにくいんだよね。仲間と合流するようにお願いできないかな?
『アカネの仲間の人らをここに呼んでいいか? 猫は飼い主に帰すのが幸せであろう』
「それなら、冒険者ギルドで待ち合わせて良いですか? あちらの都合はどうでしょう」
『ふむ……すぐ合流できそうだな』
アクアちゃんにお願いしたら、無事に合流できそうだった。飼い主とペットという関係がわかっているプルトさんだからこそ、猫に配慮してくれた形だ。
『それとな、そなたの龍や魔石に対する考えは、あちらに共有するぞ。計画がばれたところで100年単位で元の状態に調整しそうな顔をしておるからの』
「お好きにどうぞ。問題ないことしか話してませんので」
そう言ってプルトさんは立ち上がると、私を抱えあげて柔らかい布の鞄に入れた。
ようやく魔力病の話をここまで持ってこれました。どのタイミングでどう伝えるかずっと迷走中でした。おかげでストックをかなり消費したので、どこかのタイミングでペースが落ちるかもしれません。




