『亡国の異世界 7つの王国と大陸の覇者』332
どこかの部屋に入って、テーブルの上に置いてある木箱の中に入れられている。木箱の広さはなかなかに狭くて良い。角がちょうど顎の位置にあるから、ずりずりとこするのに役立つ。
体の一部がどこかに接しているのは、心が落ち着いていい。人のときもそうだけど、壁に寄りかかったり、椅子に座ったり、机に腕を置いたりと、どこかに体を預けるのは安心できるんだよね。猫の場合は、それが狭い箱ってだけ。
だからこういった箱に入れられると、ベストポジションを見つけて中で落ち着いた状況を作りたくなる。
「……」
そんな様子の私を、プルトさんは眺めている。猫を眺めるのは心の洗濯なので不思議はないんだけど、私を箱に入れてから何もせに、ずっと眺めている。眺めるためだけに連れてきたのかな?
「ふむ。どう見ても普通の猫にしか見えないな」
猫かどうか疑ってたのかな? 物心つく前から猫の真似をして四つ足で家の中を駆け回り、シープでゲームが遊べるようになってからは猫になるゲームをいくつか慣れ親しんだ私にとって、猫の姿で過ごすのはごく自然なこと。どう見られたとしても猫です。
「首輪の鑑定は前と同じ。猫も前と同じくアーラスキャット。毛並みの色は違うが、毛並みを変化させる能力がある猫もいると聞くからな。この子がそうであるとして、前と同じ猫? プレイヤーたちが街にやってきた報告はないから、この子が自力で戻ったのか?」
アーラスキャットから、さらに進化してアースキャットになってます。とはいえ、お母さん猫との関係を考えると、アーラスキャットって言われた方が子猫って感じで私の気分は良い。
あと、毛並みを変化できる猫というのがばれてるのなら、元の姿から変わる必要もなかったかもしれない。
箱の中に収まってる私の頭を、プルトさんが軽く撫でる。普通の撫で方なので、特に何も気にすることなく受け入れて撫でられるままにする。
『聞こえるか?』
「にゃ!」
思わず、びくりと震えて声を出してしまう。なんだ? 龍とも違う声が頭に流れた!
「伝わるようだな」
私が動いたことで離れたプルトさんの手が、また頭を撫でる。今の声は、プルトさん? 声の雰囲気が少し違ったから、誰かわからなかったよ。
『君に危害を加えるつもりはないから、安心してほしい』
また声が聞えた。これって、動物と意思疎通する魔法ってことかな? まさか、掛けられる側になるとは思わなかった。
蒼奈から聞いた話によれば、ある程度高い知能がある生物と感覚的に会話ができる魔法らしいけど、高度な知能がある生物なら、普通に言語で会話ができるはず。
それじゃあ、アーラスキャットはどうかと言われたら、ステータス補正で知性が大きく減らされることが無いので、動物の中では頭がいい部類。と言うより、お母さん猫を思い出す限り、高度な知性があると思われる。
『うん』
となると、返事は普通にしたほうが良い。子猫だから知性が発達してないって言い訳もできそうだけど、相手が猫だと思ってるうちに会話ができる機会を逃さない方がいいと思った。
「返事した!」
『お名前はわかるかな?』
プルトさんは、声を出すのと私の中に直接語り掛けるのを、器用に並行して行っている。猫と会話出来たら、私もこういう反応になるのかも。
『アカネです』
実際に会話ができるわけじゃなくて、言葉を受け取る側が、受け取る側の知識にある言葉で変換されて、動物の感情が相手に伝わる。そのため、私がどんな言葉使いで話したとしても、プルトさんが言葉をそのまま受け取るわけではないのに注意が必要。
「名前ちゃんと言えて偉いね」
『名前ちゃんと言えて偉いね』
プルトさんが指先で頭を撫でてくる。猫を相手に話しかけるのは、やっぱり子どもを相手にするような口調になるよね
しばらくは、欲しいものとか食べたいものの質問を受けて、おやつとか水を貰った。アーラスキャットは色々な食べ物を食べられる種族のようで、普通の猫が食べられないものも自由に食べられるから、ごまかす必要がないので助かる。
『アカネちゃんは、お友達と一緒に居るの楽しい?』
『うん』
お友達とは、蒼奈たちのこと。飼い主かどうか聞かれたので、友達と答えた。猫にそこまで忠誠心はないだろうし、話に矛盾が生じても嫌なので正直に答えた。
そういえば、毛並みはトラ猫からハチワレに戻してある。毛の色が変わるかどうか聞かれたので、「お母さんに教わった」と言って元に戻した。これも過去のお母さん猫を見て覚えたから間違っていない。
「エリスの子にするのは、少しかわいそうかな」
『そういえば、前にお友達と離れて別の街にた行ったことなかった?』
『あった。知らない所だった』
『どうやって帰ったの?』
『これ』
ストレージから帰還石と薬を取り出す。ストレージを動物が持っているかはわからないけど、ごまかすには言い訳が難しいほどに、中央の街は遠い。
『ストレージ使えるの?』
『うん。これ持って、これ食べると移動できる』
「これ――あの薬ね。そういえば帰還石が使われてから一般に流通させたとは聞いていたけど……」
私が出した薬を手に取って眺めるプルトさん。
そういえば、この薬って蒼奈たちがチュートリアルの街――中央の街の薬屋から持ってきたものだ。同じものを王都の薬屋で買ってるけど、沢山あるようなものじゃなかった。プルトさんが知っていてもおかしくないかも。
「それにストレージ。おそらく後天的なものね。王笏を手に入れたらストレージを持たない者でもストレージを身につけた例がある。この子もそれと同じでしょうね」
そういえば、王笏をストレージに収納するために、王笏を手に入れたらストレージが7つ追加された覚えがある。この世界の人も、同じようにストレージが増えることがあったんだね。
『龍とアカネちゃんは、どんな関係?』
『友達。首に飾りくれた』
『そっかぁ』
箱に入った私の頭を、プルトさんは撫で続ける。ほとんど目を閉じているからプルトさんの表情は見続けられないけど、撫でる合間に目を開けると、何を考えてるかわからないような真剣な表情で私を見ていた。
「そうだね。私たちも目的が無ければ、良い隣人ではあるからね」
目的が無ければ、プルトさんたちにとっても龍は仲良くできる相手? それじゃあ、その目的の達成の仕方によっては、龍の王笏を壊すことも必要なくなるってことかな?
その目的が何か、上手いこと聞けないかな。猫のままでは尋ねにくいし、長年計画的に実行していることを、都合よくここでつぶやくとは思えない。猫が相手だから口が軽くなるようなことを期待するけど、それを誘導するのも猫のままだと難しいな。
『あなたも、龍が好き?』
せっかく龍の話題が出たので、その方面から聞いてみることにしよう。
『うーん。よく知らない相手ではあるけど、嫌いじゃないかな。いくつかの街では信仰――えっと、大切に思われてるからね。悪い印象はないよ』
こうして聞いてみると、龍に対して恨みがあるから攻撃をするとか、そういった理由ではない感じがする。龍と対話をすることって無かったのかな?
『龍は、お話できるよ』
「あぁ、やはりそういった機能が首輪にあるのか。行動を制御するかはわからないが、思考は誘導できそうだな」
プルトさんの指が首輪に触れる。前から龍に関連した首輪だって疑ってたからね。材質も不明なものだし、これが猫を操る道具だと思ってたんだろう。
『話ができるのはわかってたけどね。そういった会話の機会はわざと設けなかったよ』
四つ足で家の中を駆け回っていたのは実体験です。高い所から頭を下に向けて降りるのは大変でしたが、平地では普通に走れました。
新種の猫は可愛いですね。




