『亡国の異世界 7つの王国と大陸の覇者』322
「マーレ様がおっしゃるのなら。えっと、皆さん、裏手から入ることになりますけど、よろしいですか?」
「はい!」
あ、反射的に答えちゃった。黄里先輩が話してるから割り込まないって思ってたのに。黄里先輩の方をみると頷いていくれたので、返事は問題なかったみたいだ。
「それでは、こちらへどうぞ」
マーレさんとイロリさんに続くように店の裏へと向かう。裏道とはいえ生活道なので、綺麗に掃除されている。あ、こっちの壁にも白猫のイラストが描いてある。表から見えないところにあるのが猫っぽくていいよね。
「マーレさんは、なぜこちらにいらしたのですか?」
『私ではないのですが、約束があったんですよぉ』
マーレさんは、案内しているイロリさんを追い越して裏口の扉を開けて中に入った。
中に入ると、扉のすぐそばに武装をした兵士っぽい人が居たので少しびっくりしたけど、マーレさんとイロリさんは気にすることなく中に入った。
「この部屋で服装を整えてもらいます」
猫への感染予防のための準備を整える。貸し出し用の服を着るか聞かれたので、もちろん着ますと答えた。
猫耳、猫しっぽ、猫柄のエプロンが用意されている。全身着ぐるみタイプがあるのか聞いてみたら、それは無いらしい。ただ、「いいアイデアですね。どのようなデザインが良いでしょうか?」と猫の着ぐるみ衣装に興味がありそうだったので、着替えをしながら詳細を伝えておいた。
ここに来た5人とも服を着替えたので、更衣室から出る。
『じゃあ、こっちに来てもらっていいかなぁ?』
イロリさんじゃなくてマーレさんがこの場を取り仕切ってる感じ。イロリさんを見ると、無言でうなずいたのでマーレさんに従うのが正解っぽい。
更衣室から1部屋挟んで店の表側に向かう。伸縮する木製の柵を抜けて、表の部屋に入ると、数人のお客さんが猫と一緒にお茶を楽しんでいた。
マーレさんはお客さんの集団へ向かうと、何かを話してからこちらを向いた。そのお客さんがこちらを向くと、お客さんの正体が分かった。王様と王子様だ。
『今日は、猫カフェの視察に来たんですよぉ。モエギさんたちは気にせずにお客さんとして猫と遊んでいいですからねぇ』
挨拶をしなきゃいけないかなって雰囲気になって、お互いに顔を見合わせる。猫とは遊びたいけど……あ、足元に猫が――かわいい。
しゃがんでサビ柄をした猫ちゃんの首元を撫でる。人懐っこいのか、顔をぐりぐりと押し当ててくる。いい子! かわいい!
「許可していただきありがとうございます」
萌黄先輩が頭を下げて礼をする。慌てて立ち上がり、萌黄先輩にならって礼をする。立ち上がった勢いに、サビちゃんが驚かなければいいんだけど。
「なに。他の客の反応も知りたかったのでちょうどいい」
膝の上に猫を抱えた王様が体ごと振り返り、片手をあげて答える。なんだかすごく似合ってる!
王様と一緒のテーブルにいる王子様が立ち上がり、私たちのすぐ近くに寄ってきた。護衛の人も少し後からついてきてる。
「こんにちは。キリさんがお元気そうで何よりです。お仲間を紹介していただけますか?」
あ、あのときは猫だったから正体がばれてないのか。他のメンバーは別方向に向かってたからネプトクカ王子と会ってないからね。
キリ:アカネちゃん、名前どうする? 猫と同名になるけど。
あ、前に会った時は猫の姿だから、人の状態では初なのか。パーティーで猫を飼う場合、仲間と同じ名前をつけるのは不自然だよね。かといって、偽名で紹介するのもよくないかも。嘘を看破する何かがあると困るからなぁ。
アカネ:そのまま紹介して大丈夫です。
気が付いたら仕方がないってことで、そのまま紹介してもらうことにした。黄里先輩が萌黄先輩から順番に紹介をしてもらい、そのまま何とかやり過ごす。王子の反応が何かあったように感じたけれど、名前に関して問われることはなかった。
軽く礼をして、そのまま足元にまだ居てくれるサビちゃんを撫でる。
サビ柄の猫の良さは、この黒色と茶色のバランスと言うか、全体的なアンシンメトリな感じが良いんだよね。この子は顔周りは割と黒色が多いんだけど、マズル周りに茶色が集中していて可愛い。背中は黒と茶色のまだらでいい艶をしている。左の後ろ足だけは、黒い靴下で、後は茶色なんだ。可愛い足をしてるねー。
この子はかなり人懐っこいのか、撫でているうちに体全体を押し付けてきた。しゃがんだまま撫で続けてもいいけど、せっかく猫カフェに来たので椅子に座って撫でてみたい。
サビ猫ちゃんを抱えて、近くにある椅子に座って撫でるのを開始する。膝の上に乗せると、そのまま寝転がったので顔や顎の下、あるいは背中や尻尾の付け根など、色々と撫でる。おおー、ゴロゴロと音が聞こえる! かわいいねー!
「アカネちゃん、すごいね」
「周りが見えていないだけです」
おやつもないし、おもちゃで遊ばせているわけでもないのに、いきなり来た私にこれだけなついてくれているのがすごい。ここのお店の人の育て方もだけど、お客さんもいい人が多いのかも。人を見ても警戒をしない素直な子に育ってるんだね。
「陛下、よろしいのですか?」
「かまわんよ。彼女は猫にしか目が行っておらんようだからな」
撫でていると、膝の上で器用にゴロンと寝返りを打つように向きを変える。撫でてほしい所を自分で調節しているのかな? でもお腹を撫でるのは嫌だと思うからなぁ……あ、寝る位置を探ってるのかも。
「王子さま、どうなさいますか? あちらに行かれます?」
「そうしよう。彼女に席を取られたからな」
おおー、膝の上で眼を閉じて丸くなって寝ている! この子にとって私が警戒対象じゃないのはすごくうれしい! 寝てる状態で撫でると少し嫌がるかもしれないから、手で軽く押さえて抱きかかえる感じにしよう。サビ猫ちゃんの暖かさが伝わって幸せだよ~。
あ、そういえばこの子の名前聞くの忘れてた。何ちゃんかな。
顔をあげて店員さんを探す。……テーブルと挟んで向かい側に王様がいた。
「!!」
謝ろうとしたけど、大きな声を突然だしたり、いきなり動いたらサビ猫ちゃんが起きるので、気合で自分を押さえつける。
「……もうしわけありません」
少し口をパクパクした後、小声で謝罪をする。王様もやや小声で「良い」と言ってくれたので、少しだけ気持ちが楽になる。いつの間にこんな席についていたのやら。
周りを見渡すと、先輩たちはそれぞれに別れて猫を可愛がっていた。うん、良い光景だ。
目の前の王様は猫を左手で沢山撫でている。王様の膝の上に居る猫は眠ってはいないようで、空中に浮かせた王様の右手を追いかけるように猫が手を伸ばして触ろうとしている。
「王様も猫が好きなんでしょうか?」
思い切って尋ねてみる。
「動物全般だ。この国では動物が愛されているからな」
さすが獣人が多い国。国のトップの王様ですら動物好きだとは。ひとりでゲームを遊んでいたら、この国を拠点にしていたかもしれない。
王様の横や後ろには、警備のために兵士がいるのだけど、その警備の人もきっと動物が好きなんだと思う。警備しているのに、目線が猫を追いかけてるからね。
「諸君らはあの短剣を何に使う予定だ? 私への謁見を可能にする道具だが、あれは身分を保証するものでもないから、冒険者が持つ意味は薄いだろうに」
王様との謁見を可能にする道具。この国に住んでいる人なら大きあ意味を持つものだけど、どこに行くかもわからない冒険者が手にしたところで、何かに役立つとは思えないから、疑問に持つのはすごくわかる。
とはいえ、どう説明したらいいのか。
アカネ:説明どうしよう? 未来の話になっちゃうよね?
シホ:王様だけならともかく、猫カフェの店員さんも会話を聞いてるのよね。
モエギ:この場では話しにくい感じにしたらいいんじゃないかな。というか、私もそっちに行って話しようか。
アカネ:もう少し大変になったらお願いします。
「おっしゃる通り、冒険者の私たちが受け取っても、あまり意味はないかもしれません。私たちが何に使うかは、この場で――にゃ!」
茶白猫ちゃんが目の前のテーブルの上に飛び上がって、私の視界を遮るようにして立ってこっちを見ている! かわいいいい!
思わず顔面で茶白猫ちゃんの両前足を受け止める。肉球の感触を頬とおでこで確かめる幸せ!
「……そうか。場所を改めた方がいいのだろうな」
「いえ、ここを離れるなんてとんでもないです!」
こんな幸せ空間を離れるなんて! ずっとここに居たいです。
「すみません、うちの子が。あの、もし用途が気にかかるのでしたら、別の場所でお話させていただきます」
萌黄先輩が私の頭を撫でながら王様に話しかける。猫の居ない別室は賛成できないのですが。
きっと王様も顔面を猫の手で押さえつけられた経験があります。猫なので不敬にはなりません。




