『亡国の異世界 7つの王国と大陸の覇者』318
ネプラスの王宮には書庫だけの宮殿、古象宮殿が存在している。生活空間でも来客用でもなくて、この宮殿で働く人、あるいはその子どもが学習するための宮殿のようで、形式としては学校に近い役割だ。
学校といっても、同じ場所に似たような年齢の子どもが集まって授業を受けるのではなく、基本的には自主学習をする場所みたい。基礎的な勉強は、親や家庭教師、宮殿の外にある一般的な教養を教えてくれる学校で学ぶ場所があるらしい。この宮殿では、それよりもさらに学びたいことのある人が利用するとか。
「先生がいないと大変じゃないかな」
『先生を雇うのにもお金がかかりますからねぇ。読み書きまでなら街の学校で無料、あるいは格安で学べますよぉ』
「高度な知識が欲しい人は自分で努力することが求められるのか」
蒼奈がテーブルの上で本を眺めながらつぶやく。蒼奈は行儀悪く机の上に乗っているんじゃなくて、ハムスターっぽいコウモリの姿に変身した姿になっている。
この場所は、書庫のある古象宮殿の奥にある部屋で、表の本棚に並べられないような本が集まっている場所だ。
マーレさんに宝物庫の本の写本を読んでいいと許可が出たので、さっそく本を読みに来た。猫なら大丈夫だからと私が入ることになったんだけど、蒼奈がそれなら僕もとハムスターに変身して運んでもらった。
本のある場所に動物を入れるのはどうかと思うけど、この国の動物の扱いからすると問題はないみたいだ。
「猫なら昔から書物や食料を守るために飼われていたから問題ないんじゃない? むしろ本をかじるネズミ側に属する僕が咎められないことに違和感ある」
『アカネちゃんが咥えてたからじゃないでしょうかぁ。念のため程度には注意をされましたけどねぇ』
この宮殿に入るときに、蒼奈を両手で抱えて首元を口で咥えての入場をした。それを見ていた司書さんは、軽い注意をしただけで通してくれたんだよねぇ。むしろ、ほほえましいものを見ているような目線を送っていた。
猫が獲物を咥えている姿は、野生を感じて何とも言えない高揚感を感じるから、司書さんに共感できるけど、さすがに図書館に動物を入れるのは司書としてどうなんだろう?
『これで全部ですねぇ、今ある宝物庫の本は』
マーレさんが本棚から本を選び抜いて、机の上へ縦に並べている。この部屋にある本は分類してあるように見えてそうではないらしく、色んな種類の本がバラバラに本棚へ並べてあるそうだ。
そのバラバラに保管してある本の中から、写本を選び出すのは私たちにはかなり難しい。マーレさんは、宝物庫にある本のタイトルを覚えているようなので、お願いして本を探し出してもらった。
「本の内容は見てないんですよね?」
『宝物庫の整理をするために、収蔵品目録とおおよその外観を覚えてるだけですからねぇ。読んだことはないですよぉ』
「マーレさんって、料理以外のこともかなり関わってますよね?」
『料理だけに専念してた料理長だったのはかなり昔ですからねぇ。今は自由に出入りさせてもらってますよぉ』
この国にとってマーレさんは生き字引みたいな存在なのかも。わからないことを聞けば答えてくれるから、どの場所でも頼りにされてるんだろうな。
「この場所って監視されてますか? 今の姿だと本が大きすぎて調べにくいです」
『机の下に隠れて読むなら大丈夫ですよぉ。人がきたらハムちゃんにもどってくださいねぇ』
ハムスター姿がよほど大変だったのか、マーレさんの返事を聞いて即座に地面に降りた蒼奈は、いつもの姿に戻ると机の下で背中を丸めながら本を読みだした。
私の場合は猫の姿が日常になっているので、この姿でページをめくることもできるようになっている。スムーズとは言い難いので、手伝ってくれる人が後を絶たないけど。
しばらくはページをパラパラとめくる音が聞こえる。読んでいるというよりは眺めて次々とページをめくる作業だ。調べたいものが文字ではないので、ページを開けば見ただけですぐにわかる。
「これ、かな?」
机の下から蒼奈の声が聞えたので、開いている本に目印の紙を挟んでから机の下へ降りる。
蒼奈の足に前足を乗せて立ち上がり本を見る。知っている図ではないけれど、この世界とも違うのがわかる。
「1つの国だけを取り上げてるページかもね」
アイテムボックスから蒼奈が1枚の紙を取り出す。廃墟時代に教会の本の中から見つけた、別の世界の地図だ。
この地図については、回収した本の中にそれらしい情報はなかった。この国の宝物庫には前の世界の情報が載った本が収蔵されているようなことを話していたので、もしかしたらと期待はした。
地図に関しては、2パターンがあると思ってた。ひとつは、プルトさんたちが居た世界。もうひとつは、ゲーム内の地図。ゲーム内といっても、私たちが遊んでいる世界じゃなくて、マケマケさんたちがコンピューターに入力した情報に関するゲームの地図。
ゲームの地図を祭壇へ大切に保管する理由は薄いので、高確率で元居た世界の地図だとは思うけど、はっきりさせたかった。
蒼奈がパラパラとページをめくると、数ページごとに地図らしきものが現れている。なかなか手に入れた地図と一致するところは出てこないな。
「文字はわからないんだよね」
「このあたりのは不明だね。わかる本もあったから、公開していい情報とそうでないものに分けたのかも」
プルトさんたちがやってきた状況を考えると、向こうの世界の物を持ち込むことが出来たとは考えられない。と言うことは、この世界にある読めない本は、彼女たちがこちらの世界に来てから書いた、向こうの世界の本を模したものだと予想をした。
せっかくこっちの世界に来たのだから、言語も合わせればいいとは思ったけど、元の世界の言葉を残したのに意味がある気がする。一番わかりやすいのは、暗号としての活用。誰も読むことが出来ないのであれば、かなり強固な鍵のかかった暗号として有効だ。
とはいえ、言語なのだから翻訳されてしまえば暗号としての価値は一気に下がる。
では、それ以外の理由で元の言語を活用する理由は何か。
「単純に、言語化できない言葉が多いんじゃない?」
蒼奈が言うには、どちらの言語を話すことが出来ても、相互に翻訳できる辞書などのツールが無い限り、わざわざ別言語で本を書くのは手間がかかりすぎるということらしい。類似した言葉を辞書を頼らずに探し出して書くよりは、元の世界の言葉で書いたほうが効率的ではある。
この世界に来たプルトさんたちは、自分たちの記憶を頼りに元の世界の情報を残そうとしたような痕跡がある。思い出す作業だけでも大変なのに、さらに翻訳をするなんて手間と時間をかけることは、時間が過ぎるごとに記憶が失われつつある知識を保存しようとする行為とは相容れないのだろう。
一向に一致する地図が出てこない本をじっと眺める。その中で、蒼奈がページをめくって地図が出てきた瞬間に、なんとなく気になったので蒼奈の手を止めた。
「ちょっとまって、それ似てない?」
図としては全く違うけれど、似ている感じがした。全体的な形状は違うけれど、一部が似たような感じ。
「海岸線の一部が同じ? 偶然ではないよね」
本と地図を見比べる。地図の海岸線は同じような土地に見えるけれど、それ以外の山岳地帯がある部分は、手元の地図の方には載っていない。意図的に省かれて描かれたように見える。
地図って省略して描くのだろうか。普通ならできるだけ正確に描きたいから、わざわざ有るものを無いように書くことはしない。そう描くのなら、そうするだけの目的がある場合に限る。
猫の姿で両足立ちを続けるのは大変なので、一旦足を降ろして軽く休憩する。そのまま上を向き、蒼奈が持つ教会で見つけた地図を見上げた。
「あ、透けるのか」
見上げた地図は、薄い材質の紙に書かれていた。
ネズミを書庫に入れても問題にならないのは、マーレさんへの信頼度です。勝手に入ることがあればどんな動物であろうが追い出されます。




