『亡国の異世界 7つの王国と大陸の覇者』304
「あの杖って、宝石のような石って挿してありますか?」
聖女がこの国に入る段階では杖に石はついてなくて、魔力病を癒してこの国を出るときに王様に渡した杖には、石がはまっていた。魔法的な機能が込められているんじゃないかと予想していたので、手に入ったら調べてみたかった部分だ。
「どうだろ? ちょうど糸に包まれて見えないんじゃないか?」
蜜柑先輩も下から覗き込むようにして見上げたけど、はっきりはわからないようだ。杖の近くまで飛んでいけば当然見えるはずなんだけど、僕らのサイズの体格ではあの糸に触らないように隙間を縫って上昇し近寄ることは難しい。
「見てくるね~」
ふわふわとチャコが、糸に引っかからないように慎重に上昇する。杖の近くまで飛んでから、その周辺をゆっくりと周回する。
「糸で見えにくいけど、無いと思う~」
石がはめられている場所に糸が絡んでいて見えないそうだけど、石が糸で包まれているような大きな膨らみが無いらしい。
「下に落ちてるか探してみるね!」
僕らの会話を聞いていた茜が、下に石が落ちたかを探してくれるらしい。
石の探索はそちらにお願いをして、まずは糸の調査を開始する。
「糸とは言ってるけど、明らかに糸の強度じゃないよな」
「気流で揺れる様子も見せませんよね」
もし普通の糸で吊り下げられているのであれば、僕らが近寄った時に発生する空気の流れで多少なりとも糸が揺れてもおかしくない。けど、揺れ動くような動きがないため、糸のように細く見えても、かなり丈夫な別の素材だと考えられる。
「何か物を当ててみようか~」
「手で持ったものを接触させるのは怖いので、上から落として接触させてみましょう」
例えば棒を持って接触した場合、魔力が棒を伝って所有者に影響が発生するかもしれない。それを考慮するなら、上から落として接触させた方が危険度は少ないはず。
「飛び跳ねてもダメージ受けない物が良いよな……紙でいいか」
蜜柑先輩が紙の切れ端を取り出して、上から落とす――紙が糸に当たらず、ひらひらと避けて落ちていった。
「もう少し重量がある物が良いか」
「もったいないけど、パンならあるよ~」
茶子が隠れ家からパンを取り出した。それなりの重量があるのに、当たっても怪我の恐れが無いので良い選択だと思う。
茶子がパンを持って、糸の上付近に移動する。「落とすよ~」との声とともに、パンが手放されて糸へと落下する。
音もなくパンが糸の上を通過し、下で手の受け皿を作っていた僕の手のひらに落ちてきた。
「切れてますね」
手のひらに転がったパンは、ふたつに別れていた。切断面はかなり綺麗で、焼けるような匂いは無かった。
「うかつに触れないな」
「これだけ切れる素材なのに、杖は切断されないんですね」
接触するだけで切れるのであれば、杖にも何らかの影響があってもおかしくないのに、そんな様子はない。
「この糸は、杖の一部と考えた方がいいでしょうか?」
「よほど丈夫な杖じゃなければ、そうとしか考えられん」
「魔法で切断は良くないですね」
杖と糸が全く別由来の物であるなら、杖が切断されていてもおかしくはない。逆に、杖と糸が同じものであるなら、糸が杖を傷つけないのは普通のことだ。
そうなると、過去の杖の描写に無かったこの糸は、何処から現れたものか。恐らく、中央の石が糸に変化したと考えられる。石が杖から消えたのは、糸として消費したからだろう。
だとすると、糸を不用意に切断すれば、杖の方も機能が失われる可能性もある。切ることが出来るかは別問題として、今は糸を傷つけずに回収できる方向で考えよう。
「杖から糸が出てるんだよな。壁を見るか?」
「そうですね、何かあるかもしれません」
蜜柑先輩と壁へ向かい、杖から発生した糸が繋がっている壁を確認する。
壁と糸が接している部分を注意深く観察すると、壁に接した部分から、別方向に糸が伸びている。恐らく、糸の一部がここに接着して、そのまま跳ね返って別方向に伸びているんだと思う。
「光みたいな角度で反射してるな」
「上下に向かっていないので、広がる範囲に制限があるのかもしれません」
もし光と同じような反射なら、少し角度が上や下に向いただけで部屋のあちらこちらに糸が広がっていなければならない。現状はそういった状況にはなっておらず、杖を中心に上下あわせて2~3メートル範囲で糸が行き交っているだけだ。反射するにしても、何らかの条件があったんだろう。
「……人手が欲しいな。アオナのMP回復を優先して、もう少し飛べる人を増やすか?」
「全員と相談でしょうか。壁際の探索だけなら何かアイデアが出るかもしれません」
浮いていた状態から床に降りて、下で探索していたメンバーと合流する。調べてわかったことや気が付いたこと、これからやりたいことを説明してアイデアを募った。
「多少時間かかるけど、全体に足場を作るのが結局早いんじゃないかな?」
「そうよね。効果が切れるたびにアオナさんにお願いしても、MPが尽きて効率が下がると思うわ。それなら、土魔法や精霊魔法で足場を作った方が確実じゃないかしら?」
他のメンバーの意見を聞いてみても、足場を作る以外にいいアイデアはなかったので、糸からやや下側に足場を作ることにした。
足場を作るのは、基本的に紫帆先輩の精霊にお願いをすることにした。その精霊が動かすための土を、土魔法で壁沿いに生み出していく。
土魔法でも足場を作ることはできるんだけど、MP効率や完成したときの足場の強度を考えると、精霊魔法で作ってもらう方が良いと判断した。
「それじゃあ、こっちで槍を作るね」
その間に、茜には物質魔法で長めの槍を作ってもらっている。切れ味はあまり問わないけど、ある程度の鋭さと頑丈さ、そして長さがあるように注文した。
萌黄先輩は、いつも通りMPの補充。茶子と黄里先輩には見落としが無いか部屋全体を調べてもらうことにした。
茶子は飛べるから上の方でも調べるのは簡単だけど、黄里先輩は飛べないため下から見上げるしかない。10メートルの高さもある部屋を探索するのは不向きかと思えば、肉体魔法で視力強化をすれば望遠鏡のように見ることが出来るらしい。さすがに戦闘中では不便だけど、こういった遠い所を調べるには便利そうだ。
壁際だけとはいえ足場を作るのにかなり時間がかかるので、半分ほど完成した状態でログアウトになった。またMPを回復してから作業開始になる。
「アオナは、この空間の魔力は吸収できないの~?」
「吸収してるよ。ただ、吸収効率が悪いから回復より消費の方が多くなってる」
魔力の多い部屋だから、タイミングを見て[マナドレイン]を使っていたのだけれど、ダンジョンほど吸収効率は高くない。恐らく、直接壁に接触するのと、空中に漂っている状態の魔力を吸収するのでは効率が大きく違うのだろう。
それでも使わないよりはかなりマシなので、何度も使用しながら土魔法を掛け続けている。
ログアウト。部屋から出て1階に降りる。冷蔵庫を開けて、何を食べようか吟味をする。先日、茜と一緒に作ったポテトサラダが入ったタッパーが目につく。料理は高校に進学してから積極的に作るようになったけど、まだまだお互い下手な部類だと思う。それでも、これは上手くできたので、得意料理のひとつにしようと思う。今度は何か炒め物でも作ってみよう。
それはそれとして、休憩に食べる物でもないので隣に置いてあるヨーグルトを手に取る。小さなカップサイズのプレーンなヨーグルトだ。酸味を抑えた低カロリーだけど、ラベルに書かれている通り生乳の味わいが、なんとなくおいしく感じる。
食べている最中に端末を開いて茜と連絡を取ると、あっちもヨーグルトを食べてるようで笑った。そういえば、一緒に買ってきたんだった。おかげでおいしく食べることができた。
魔法詠唱の場面はありませんが、土を生み出すのは[クリエイトアース]です。過去に水魔法で似たような[クリエイトウォーター]がありましたが、同系統のようなものです。この土で植物の栽培をすると栄養が不足しているので、植物魔法をあらためて掛ける必要があります。




