『亡国の異世界 7つの王国と大陸の覇者』245
足跡は遺跡の周りをやや離れた位置から一周しているので、その足跡を大きく跨いで遺跡に近寄った。後ろに下がらないように気をつけよう。
遺跡は7枚の石板が円を描くよう垂直に立ち並んでいる。石板の大きさは人の高さほどもある。ダンジョンの入り口の大きさはダンジョンの規模によって違っているため、大きさでダンジョンかどうかは判断ができない。ただ、形状としてはダンジョンに近い。
その石板の内側には、白い扇形の石が7つ集まってできた半径2メートルほどの円形の遺跡で、中央の丸い石にはへこみがある。
同じように足跡を越えた茜が隣に来て遺跡を眺める。
「この石板の奥。中央にあるへこみがあるでしょ? あれにアストロラーベを差し込んだら手前のここが開いて、王笏を差し込めるようになったんだ」
茜の説明通り、へこみ部分の形状はアストロラーベの模様のように見える。アストロラーベに座標を入力してはめ込むと、茜が触っている扇形の石が持ち上がって王笏の欠片を入れる場所が露出するそうだ。
「既に王笏を入れた座標を入れたらどうなるのかな?」
恐らく、今の状態は全ての王笏が差し込まれた後だろう。茜が木龍の王笏の欠片をここに差し込んだことによって、この時代で手に入れた王笏の杖に王笏が1本だけ残された結果になった。となると、残り6本の王笏の欠片は、既にこの中に入れたとみて間違いない。
再び座標を入力したアストロラーベを中央にはめ込めば、王笏を差し込んだ状態が確認できるかもしれない。
「やってみようか?」
茜がストレージからアストロラーベを取り出す。座標は前に指定した木龍の座標そのままらしいので、操作する必要はない。
「先輩、中央の穴にアストロラーベを設置したいのですけど、良いでしょうか?」
「もう少し待て。設置後に足跡が消えても困るからな」
設置によって何かの魔法が発動し風が吹き荒れでもしたら足跡は消えるかもしれない。先に足跡の調査を進めた方がよさそうだ。
蜜柑先輩は、足跡の大きさや歩幅を調べている。さすがに土の道路じゃないので、足跡の深さから体重などはわからないだろう。
「よし、最低限は分かった。どちらも身長は150~160程度。足のサイズは小さめだから、女性または細身の種族ってところか。遺跡を見回してる形跡から、遺跡を目的に来たわけじゃなさそうだ。この地下に風がどれだけ吹き込むかは知らんが、遺跡の汚れ具合からさほど風はないだろう。となると足跡が消えるまでかなり期間が必要だから、恐らくこのふたりはここに来るのが初めてだな。何にせよ、ダンジョンか何かを突破できるほどの強さはあるかもしれない」
さすがに何のために来ているのかはわからないけれど、ここに来たのが初めてだとしたら、何か計画を立ててやってきた線は薄いだろう。もし何かするとしたら、これからか。
「この石板がダンジョンかどうかもわからないけどね。触ってみたけれど、反応がないよ」
黄里先輩が足跡の出てきただろう石板に手を触れたが、中に入れるような仕組みはなさそうだ。とはいえ、稼働していないからと言ってダンジョンでないとは限らない。石板に魔力を込めればダンジョン化する可能性もある。
「アカネ、何やってるの?」
「匂いかいでた」
茜が犬のように、足跡に鼻を近づけていた。猫って嗅覚はどうなんだろ。人よりはよっぽど良いと思うけど、わからないな。
「なにかわかるのか?」
「わからないけど、嫌な臭いじゃないです」
結局はよくわからないって結論だけれど、茜の直感が嫌じゃないって感じるのなら、その人といきなり戦闘にはならないかもしれない。
「足跡も調べ終わったから、今度は遺跡に設置してみよう」
これ以上は足跡から情報を得られないため、次に出来ることへと切り替える。アストロラーベの設置だ。
石板と石板の隙間は狭いため、普通の人では入ることができない。かといって、手を隙間から入れて伸ばしても、届くほど近い距離ではない。もちろん、上から飛び越えれば入れるだろうけれど、今回はそれをしなくても隙間を潜り抜けられる猫の茜がいるので、狭い隙間は問題にならない。
アストロラーベを口にくわえた茜が隙間に入り込み、中央へと進む。中央の窪みにアストロラーベを置いて、前足で位置を調節している。
アストロラーベが、カパリとはまった音が聞こえてからすぐに、茜が慌てて飛びのいて隙間から脱出してきた。そのまま遺跡中央の様子を眺めていると、白い扇形の石のひとつが、中央のアストロラーベ部分の石を起点にして持ち上がった。
中を見ると、王笏の欠片を横に向けて設置できそうな隙間がある。茜が入れた王笏の欠片は存在しない。
「もう一度、王笏を入れてみましょう」
木龍の王笏を茜が近づけても、分裂して設置されることはなかった。隙間に置くことはできるけれど、前に茜が言っていたような固定されることもない。
しばらく置きっぱなしにしても変化が起きないため、王笏の欠片を外したら扇形の石がゆっくり閉じて最初の状態に戻った。余計なものがあったから、蓋が閉じなかったのだろう。
「この開き方だと、一度に全ての蓋が開くことはなさそうだね」
「魔法的な仕組みなら、どう開いてもおかしくはないぞ。戦争時代には周辺の石の板もなかったんだろ? 今ここにある理由すら既にわからないから、常識的な挙動をすると考えないほうが良い」
もう一度、石の蓋を茜に開けてもらい、王笏の欠片を置いて蓋が閉じない状態で固定する。模様の無い土台のため、調べるといっても見るべき所は少ない。王笏を入れられる細長い隙間があるだけだ。
「――ミカン先輩、これ。場所はどうですか?」
指を真上にさしながら質問をする。
「そうだな。方向も合ってるから、恐らく真下だ」
蜜柑先輩の探索者としての方向感覚からすると、この場所は街の中央の石板の真下にある。丸い形状の遺跡と、丸い形状の中央広場。何らかの意味はあるはずだ。
「火龍の座標で試してみようか」
つい先日調べた、火龍の座標を試すことにした。王笏の欠片を取り出して蓋を閉じ、アストロラーベに座標を入れて中央に設置する。
すると、先ほど開いた蓋とは別の箇所の蓋が持ち上がった。
蜜柑先輩は、方位磁針を手に位置を確認する。
「正確かどうかはわからんが、各都市の方向と遺跡の蓋の配置方向は同じだ。火龍の蓋が開いた方向がマアズだな」
「王笏は魔力を移動させる役割ですよね。ここから送るのか、それとも送られるのか……」
「この中を見ることができたら、王笏の設置方向から方向がわかりそうだけどね」
黄里先輩の言葉につられたのか、茜が遺跡の近くに伏せて扇と扇の間にある隙間から中を覗き込もうとしているけれど、吸収された王笏が隙間から見える位置にあるかどうかもわからない。
遺跡を解体するか、もしくは……いや、潰されるのがオチか。
「遺跡も気になるけど、足跡はどうしようか? 相手はふたりだから、数の上ではこちらが上なんだよね」
「そうだな。調査中にばったり会うよりは、先行して相手を探すか? 恐らく向こうはこっちに気づいてないだろうからな。先手が取れるのはでかい」
遺跡については後回しにして、足跡の主を探すために残された足跡を追跡する。
道中で黄里先輩に教会の扉が空いてたかどうか聞いてみたけれど、閉じたかどうかは覚えていないとのこと。
「わからないけど、念のために扉は閉めてるんじゃないかな? ●●●のこともあるし」
「ですよね。だとすると、教会に居たかもしれません」
「教会関係者かな?」
「ありえる……が、この足跡の迷走具合から、この地下の内部構造を知っているわけじゃなさそうだ」
足跡は明確に目的地に向かっているわけではない。出口を探すためか、何度も同じ場所を歩き回っている。とはいえ、埃で足跡が目に見えてわかるため、追跡するのは簡単。
しばらく足跡を追跡した結果、僕らが降りてきた梯子とは別の梯子に到着して上に登っているのがわかった。下から上を覗き込んだところ、外の明かりが見えるから上に向かったのは確実。
黄里先輩が茜を背負って上に登る。茜は【猫五感】を使って人が居るかどうかの確認に集中。
アカネ:特に誰かが居るような気配はないですね。
その後は、僕、蜜柑先輩の順で梯子を登る。出た場所はどこかの店のような建物内だ。近くには樽のようなものが転がっていて、整理されていない感じだ。薄暗い建物から外に出て、店の看板を見ると『農林ギルド』と書いてあった。
キリ:人の気配も無いし、教会に向かってみようか。
アカネ:大通りじゃない道で案内します。
アカネの先導で道を進む。それなりの頻度で戦争時代には見覚えのない建物があるらしいけれど、道路の構造は変わらないらしい。スルスルと進む茜の足が止まった。
アカネ:音がします。教会の方向で間違いないですね。
ミカン:魔法を使って調べるか。
建物の影に隠れて、蜜柑先輩が魔法に集中する。難易度が高いのか、集中時間が長い。
「――[マジックアイ]」
魔法を唱えた蜜柑先輩の手の内側には、魔法によって生み出された丸い球体の目。移動速度は遅く、音を聞くことはできないけれど、遠く離れた光景を見ることができる魔法だ。上空に浮かべれば、認識外になるし、低空を隠れながら進むこともできる便利な探索魔法。
魔法の目の映像を見るために片目を閉じている蜜柑先輩は、移動や魔法の維持のためにかなり集中している。
「ははっ、なんだそれ」
魔法の目で見ていた蜜柑先輩は、突然笑ってから両目を開ける。
「問題なかった。行くぞ」
隠れていた場所から外に出た蜜柑先輩は、通りを突き進んで正面の教会へ向かう。そのまま開かれた教会の扉の中にためらうことなく入った。
「おーい、なんでここに居るんだ?」
教会に入ってすぐに声をかけた蜜柑先輩に続くように教会に入ると、見慣れた人たちがそこにいた。
「あら、遅かったわね」
教会の祭壇には、萌黄先輩、紫帆先輩、茶子が居た。
いろいろな名探偵が歩幅で対象の身長を言い当てていますが、歩き方にもよると思います。今回の場合は単純にスキルを使用した結果判明したものなので、蜜柑が歩幅から身長を推測する名探偵ではありません。




