第126話 てめぇ、機械族か!
令和元年、おめでとうございます。m(__)m
「「「乾杯ー」」」
夜の帳の降りた草原の一角で、4人の冒険者たちが焚火を囲んで酒杯を打ち鳴らしていた。
斧を持った人族の中年男性。豹人族の女性弓士。まだ十代後半の若い人族の魔法使い。さらに彼よりもさらに年下の、まだあどけなさを残した神官風の人族の少女だ。
酒杯を打ち鳴らしているのは前者の3人で、人族の少女は酒が飲めないらしく、焚火で焼いた串焼き肉をちまちまと口に放り込んでいる。
「おいおい、そんな小食じゃ色々大きくなれねぇぞ、ケーナ?」
「ちょっとグゥラ。それってセクハラってやつだよ?」
ケーナと呼ばれた少女を揶揄う中年男――グゥラを豹人族の弓士が窘める。
「ベナさん。『せくはら』ってなんです?」
「なんだ、知らないのかい、レイル? 異世界の言葉で、女に嫌われる言動って意味だよ」
厳密にはセクハラ――セクシャルハラスメントは「性的嫌がらせ」であり、そこに男女の差は無いのだが、その辺りのことはベナと呼ばれた豹人族の女性は知らなかった。
「いやいや、異世界の言葉なんて知ってる訳ないじゃないですか」
「なら、ひとつ経験を積んだ、ってことだね」
快活に笑ってベナは少年魔法使い――レイルの頭をポンポンと叩いた。ベナにとってレイルは弟のような存在らしい。
「ケーナも、止めてほしかったらちゃんとそう言わなきゃダメだよ。でないと最悪、このエロ親父に手籠めにされちゃうよ?」
「おいおい、ひどくね? オレは死んだ女房一筋だよ?」
容赦無いベナの言葉に、酷く心外そうにグゥラが抗議した。
「気にしないで下さい。私も気にしてませんから」
と、当のケーナ本人は笑顔だ。
彼らはキアナの街の冒険者ギルドに所属するパーティだった。
リーダーであるグゥラとベナが4級で、レイルとケーナが駆け出しの8級だ。
この日、以前に受注した魔物の討伐依頼を終えてキアナの街に戻る途中、日が落ちてきたので街からほど近い草原の一角で野営を行いながら、依頼達成の前祝いを行っていたのだ。
「にしても、ドッツの奴、まだ戻って来ないのかい?」
飲み干した酒杯を手の中で弄びながら、ベナは不満げに辺りを見回した。
彼らは本来5人パーティで、ここにいる4人以外にもう1人、斥侯役の5級冒険者であるドッツという犬の獣人族の男がいるのだが、少し前に用を足す、と言い残してキャンプを離れたのだが。
「そう急かすなよ、ベナ。あいつも飲み過ぎて色々溜まってたんだろ?」
「だから、そう言うデリカシーの無い言葉を女の前で吐くんじゃないよ!」
酒杯をビシッ、と突き付けたベナがグゥラに再度抗議する。
その際、飛び散った液体がレイルの顔に掛かった。
「うわっ! ベナさん、酒の入った杯を振り回さないで下さいよ。顔に掛かっちゃったじゃないですか」
「あん? なに言ってんだい? アタシの杯はとっくに空だよ?」
ベナが手にしていた杯を見せると、確かに中に酒は一滴も入っていなかった。
「え? じゃあ、なにが飛び散って……」
不思議に思ってレイルが顔を拭った手を見ると、火に照らされた彼の手の平は真っ赤に染まっていた。
酒の匂いとは違う、吐き気を催そうような生臭い匂い。
「これって……血?」
その時、不意に夜闇の中からなにかが飛んで来て、地面に落ちた後、コロコロと転がって、彼らの眼前――焚火のすぐ側で止まった。
「なッ!?」
火の明かりに照らされたそれを見たグゥラとベナが目を見開いた。
切断された獣人の頭。
目と口を限界まで見開いた凄惨な死相を浮かべたそれは、紛れも無く彼らの仲間であるドッツだった。
「ドッツ!?」
「きゃあああああ!?」
グゥラの怒声とケーナの悲鳴が闇夜を斬り裂いた。
「クソッタレがッ!」
「ちくしょうッ! 誰がやりやがったッ!?」
グゥラとベナ――ベテラン2人はさすがの反応を見せた。
手元に置いてあった自分の武器を手にするや、即座に臨戦態勢を取り、首が飛んで来た方向へ憤怒と殺意を込めた視線を向ける。
だが、2人の額には一様に汗が浮かんでいた。
ドッツは彼らのパーティの斥侯だった。気配察知に秀でているだけでなく、僅かな音や匂いも察知するほど敏感であり、彼らは幾度と無くドッツの能力に助けられてきた。
いくら酔っていたとしても、不意打ちを喰らうような奴ではない。
にも拘らず、彼は殺された。キャンプを離れたわずかな時間で。
助けを呼ぶ間も無く、しかも自分たちに悟られることも無く、だ。
グゥラは改めて地面に転がったドッツの首に目をやった。彼の首の切断面は酷く綺麗だった。鋭利な刃物で一振りに切断されている。
首をキャンプに放り込んできたことと言い、魔物の仕業とは思えない。
襲撃者は人間だ。
単独なのか、複数なのかは判らない。いまの所、気配すら感じられない。だが間違いなくいる。この夜闇に紛れて、自分たちを狙っている。
「レイル、<火魔法>をいつでも発動できるよう、待機しておけ!」
「は、はい!」
突然の事態に腰を抜かしていたレイルだったが、グゥラの言葉で我に返り、杖を手に取って詠唱を始めた。
「ケーナ、《神秘なる光壁》だ!」
飛び道具を警戒したグゥラは、ケーナに防御系魔法である《神秘なる光壁》を発動するよう命じた。
だが、返事が無い。
見れば、彼女はいまだ状況に付いて行けず、地面にへたり込んだままガタガタと震えていた。
「なにやってんだい、ケーナ!? 早く――」
ベナが苛立たし気にケーナを叱りつけようとした、その時――
空気を引き裂く鋭い飛翔音が飛来し、ドシュッ、という鈍い音を残して彼らの間を飛び抜けた。
「ぎゃあ!」
一拍遅れて呪文を詠唱していたレイルが悲鳴を上げて倒れ込んだ。
「どうした、レイル!?」
「うぅっ、か、肩が……」
見れば、レイルの右肩に人間の親指ほどの貫通孔が開いており、勢いよく血が流れだしている。
「ちくしょう! なんだいまのは!?」
グゥラが吐き捨てるように怒声を上げる。
矢よりも速く飛来してレイルの肩を貫通した攻撃。明らかになんらかの遠距離攻撃だが。
「隠れろ、お前ら!」
正体不明の遠距離攻撃を受けたらすぐに物陰に隠れる。経験豊富なグゥラはすぐさま仲間たちに叫んだ。グゥラが負傷したレイルを。ベナがケーナを抱えて近くの岩陰に飛び込む。
彼の判断は正しかった。
一瞬遅れて、先程と同じ攻撃がさっきまでグゥラたちの立っていた地面や隠れている岩に次々と穿たれる。逃げるのがわずかでも遅れていたら、数秒で全員が穴だらけにされていただろう。
「な、なにが起こってるんですか!?」
パニックを起こしたケーナが叫んだ。
彼女を無視してグゥラとベナは岩陰から様子を伺う。
今度ははっきり見える。攻撃の正体は指先程の大きさの魔弾だ。それが信じがたい速さで、しかも豪雨の如き勢いで次々と放たれているのだ。
「グゥラ、こいつは魔法銃だ!」
ベナがグゥラに言った。
「魔法銃だと!?」
「ああ、間違い無い! 例のゴブリン遺跡の攻略に参加した奴が言ってたんだ。遺跡の攻略に参加した奴の中に、魔法銃って珍しい武器を使う奴がいた、って。その時聞いた話とそっくりだ!」
「冒険者!? なんで同じ冒険者がオレらを襲うんだ!?」
「知るか! とにかくこのままじゃ――」
その時、魔弾の驟雨が飛来した方角で、ひと際大きな光が膨れ上がった。それは魔弾の嵐の隙間を縫うように宙を裂き、グゥラたちが身を顰めている岩に突き刺さるや、轟音を上げて大爆発を引き起こした。
「ぐあっ!」
衝撃波をまともに浴びたベナは、隠れていた場所から10メートル近く吹き飛ばされた挙句、激しく地面に叩き付けられた。
「くっ、そ……みんな、大丈夫か?」
息を詰まらせながら辺りを見回すと、すぐ近くにレイルとケーナが倒れているのが見えた。撃たれた肩や、打ち付けた頭を押さえながらなんとか身を起こそうとしている。
「グゥラ?」
自分たちのリーダー姿を探してベナが視線を巡らせると、やや離れた所でグゥラが蹲っているのが見えた。
「ぐぅぅ……腕が……オレの、腕がっ」
彼の右腕は肘から先が無くなっており、激しく鮮血を溢れさせていた。
その時――
不意に、ざりっ、という砂利を踏みつける音が彼らの耳朶を打った。
見上げると、いつの間にそこにいたのか、彼らを見下ろす人影が指呼の位置に佇んでいた。
「……鎧?」
思わずベナが口走った。
そこにいたのは漆黒の全身鎧だった。
夜闇のせいで細部までは判らなかったが、身長は2メートルを優に超えているだろう。しかもそのデザインと装飾は、街で見掛かる騎士や領兵のそれとは明らかに格が違っている。
鎧と言うよりは、まるで金属で出来た筋肉であるかのような……
「なんだてめぇは!!」
襲撃者の姿を捉えるや、ベナの中で仲間を殺されたことと、この理不尽な襲撃に対する怒りが爆発した。
痛む身体に鞭打ってその場から飛び出し、矢筒から取り出した矢に渾身の闘気を込めながら弓に番え、鎧姿の襲撃者の横っ面目掛けて放つ。
それに対し、鎧姿の何者かは避ける素振りすら見せなかった。ベナの矢は、棒立ちになったままの襲撃者の顔に突き刺さる――
バチンッ!
――寸前、甲高い音を立ててなにかに弾かれた。
「な――」
夢想だにしていなかった結果に驚愕するベナの視界で、黒鎧が動いた。
右手に持っていた、見たことの無い奇妙な道具。複雑な形をした長細い金属の塊の先端をベナに向ける。
先端部に開けられた穴から無数の魔弾が、瞬時にしてベナの身体を穿ち、引き裂き、蹂躙した。
その武器が、自身の言っていた魔法銃――ライフルであると気付く前に、彼女の意識は闇に沈んでいた。
「ベナさん!」
半ば肉塊となって崩れ落ちた仲間の無残な最期に、ケーナが絶叫を上げた。
「クソッタレがぁ!!」
右腕を失っていたグゥラが、残された左手で斧を取って黒鎧に飛びかかる。斧の刃が黒鎧の頭をかち割る前に、金属に覆われた左腕が動いてグゥラの腕を掴んだ。
「く、くそっ!」
グゥラは必死にもがくが、黒鎧は離すどころかビクともしない。
その時、グゥラは見た。
黒鎧の兜。その眼の部分。
本来であれば視界を確保する為の空洞であり、その奥には人間の瞳が除いているはずの部分。そこには本来あるはずの空洞が無く、代わりに真っ赤なガラス――レンズ――のようなものがはめ込まれている。
その赤い無機質なガラスの奥で、どす黒い感情が渦巻いているのを、グゥラは確かに見た。
違う。こいつは、これは鎧なんかじゃなない――
「てめぇ、機械族か!」
その叫びがグゥラの最後の言葉になった。
至近距離から放たれたライフルの魔弾が彼の心臓を粉砕し、悲鳴を上げることすら叶わずグゥラは物言わぬ屍と化した。
「あ……あ……」
いとも容易く殺された仲間たちの姿を目の当たりにして、ケーナの思考は完全に恐慌状態に陥った。
なんで、こんなことに――
どうして、こんなことを――
黒鎧がこちらを見た。
目が合った。
現前に迫った死を前に、心臓が早鐘の如く脈を打ち、精神が現実を受け入れることを拒絶する。
どうして、こんなことに――
「《封魔の結界牢》!」
彼女を現実に引き戻したのは、レイルの発動した魔法だった。
光の格子が黒鎧の周囲を取り囲み、内部に閉じ込める。
「逃げろ、ケーナ!」
自身も決して浅くない傷を負いながらも、あらん限りの声でレイルは叫んだ。
「いまの内に、早く!」
黒鎧が光の格子を殴りつけた。光の檻がわずかに撓る。
「長くは保たない! 早く逃げろ、早く!」
仲間の必死の叫びに引っ張られ、ケーナはぐっと歯を噛み締める。
「……ごめんなさい……!」
立ち上がり、仲間に背を向け、走り出す。
「振り返るな! 走れ、走るんだっ!!」
その声に後を押されるように、ケーナは走った。走って、走って、走り続けた。
魔法が破られる音と、ベナとグゥラを殺したあの音と、レイルの断末魔に耳を塞ぎながら、彼女は走った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
どんなに耳を強く抑えても、自分の口から洩れる罪悪感と、目から流れ落ちる涙を抑えることだけは出来なかった。
それでも、彼女は走るのを止めなかった。




