第124話 もしかしなくとも方向音痴?
お待たせしましたm(__)m
「――という訳で、ゴブリンを探すぞ」
「なんか、ちょっと前も同じこと言ってたね」
前振りも無く宣言する慎也に、結衣がツッコミを入れる。
「昨日はおっさんの手伝いで潰れちゃったから、できれば今日中に依頼を熟しておきたいんだよ」
慎也は言う。
結局昨日は龍平の案内と手伝いに費やしてしまった為、今日こそはゴブリン退治を完遂してしまおうと慎也たちは森まで足を運んだ。
あの後、冒険者ギルドを訪れた後にその日は解散となった。龍平は自分の勝手な都合に慎也たちを巻き込んでしまったことを丁寧に詫び、礼を述べた後、「この借りは必ず返す」と約束して去って行った。街で宿を取るそうだ。
翌日も手伝ってほしい、とは言われていないので、慎也たちは自分たちの都合を優先することにした訳だ。
「でも、龍平さんのことは良いの?」
結衣が尋ねて来たが、慎也は首を振る。
「本人がなにも言ってこないんだから、構わないだろ。それに、オレたちは所詮、一介の冒険者だ。あまり深入りし過ぎると碌なことにはならないだろうしな」
「そうだね。ラノベと違って、チートとか無いし」
結衣も納得したようだ。
ラノベのチート主人公とかなら事件に巻き込まれてもなんとかするのかもしれないが、この世界にはそんな便利な物はなかった。いまの慎也たちは、普通の冒険者よりは上、くらいの強さしかない。厄介ごとに巻き込まれて取り返しの付かない代償を追えば、それこそ後が無いのだ。
(ゴブリン・エンペラーの時や、アシュケロンの時みたいな都合の良い奇跡は何度も起こらないだろうしな)
実際、慎也はゴブリン・エンペラーの時は致命傷を、アシュケロンの時は再起不能レベルの重傷を負わされたが、奇跡的に回復することが出来た訳だが、そんな奇跡に何度も期待するなどナンセンスでしかない。
「そう言うことだ。オレたちはオレたちのすべきことを全力でやる。まず第一に考えなきゃいけないのは、他人の手伝いよりも引き受けた依頼を全うすることだ。それが冒険者としての務めだからな」
「判ったよ」
「はい」
「了解なんだよ!」
結衣たちも納得してくれたようで、揃って元気の良い返事で答えた。
こうして一行はゴブリン討伐の為にマナクレイの森へと繰り出したわけだが……
「なんであんたがいるんだよ……」
果たしてゴブリンを発見する前に、森の中できょろきょろと辺りを見回す、不審者丸出しのおっさん――龍平と遭遇してしまった。
「おお、慎也君。ちょうど良い所に!」
げんなりする慎也を他所に、龍平は「助かった」と言わんばかりに嬉々として歩み寄ってきた。
「リョウヘイさん、どうなされたんですか、こんな場所で?」
ユフィアも予期せぬ出来事に眉を顰めて龍平に尋ねた。
「いやなに、昨日冒険者ギルドで、魔物が殺されてる、という話を聞いただろう? それでKの奴となにか関係があるんじゃないか、と思ってな。実際に現場を確かめられないものか、と森へ来たまでは良かったんだが、そうこうしている内に道に迷ってしまって……」
「……」
申し訳なさそうに尻すぼみしていく龍平の言葉を聞きながら、慎也は頭痛を覚えた。
(そう言えばこの人、初めて会った時も遭難して行き倒れてたんだっけ……)
そもそも森の中というのは道や看板も無いので、慣れた人間でも迷うことがある。ましてや初めて訪れる人間が迂闊に入り込めば遭難するのは当たり前だ。
「リョウヘイさんって、もしかしなくとも方向音痴?」
「……よくそう言われるのは確かだな」
セリシエルに直球で聞かれて、龍平は苦笑気味に答えた。
GPSなどが存在していた地球とは違い、この世界ではまともな地図すら珍しいくらいなのに、方向音痴でなおかつ単独の冒険者というのはいくらなんでも致命的なんじゃないか、と慎也は思った。
初めて会った時も、慎也たちがたまたま発見しなければ、龍平は死んでいたはずだ。
「オレとしては、早めに単独をやめて仲間を見つけることを勧めるよ」
「……善処する」
まるで政治家のようなセリフを口にした龍平の顔は、明らかに困っていた。
「そもそも、魔物が殺された現場を確かめるにしたって、死体の方は見つけた冒険者が始末してると思うぞ?」
慎也はもっともな指摘を龍平に返した。
魔素の濃い地域で魔物の死骸を放っておくとアンデッド化する、というのは冒険者の間では常識だ。なので自分で仕留めたか否かに関わらず、魔物の死骸は見つけたら焼却するのが冒険者たちの暗黙のルールとなっている。
「それは判っている。だがひょっとしたら、例の魔物殺しが昨日も狩りを行っている可能性がある」
「……なんでそう思うんだ?」
一転して真剣な表情になった龍平に、慎也もやや緊張度を高めて尋ね返した。
「今朝、朝一で騎士団の本部を訪ねたんだ。Kに関してなにか新しい情報が入っていないか、と思ってな。そしたら1つだけ、気になる情報があったんだ」
「気になる情報?」
「ああ。昨日の夜、北側の市壁の見張りをしていた警備兵から、夜中に北の森から奇妙な音が聞こえた、という報告が上がっていたらしい」
北の森――と聞いて慎也たちは思わず顔を見合わせた。
なにしろいままさに自分たちがいる場所なのだから。
「報告によれば、轟音、あるいは爆発音のような音が数回、森の方から聞こえてきたそうだ」
「……確かなのか?」
「聞いたのは1人じゃなく、複数人いたそうだ。騎士団でその話を聞いた後、もう一度冒険者ギルドへ行って、魔物が殺された場所や日時を詳しく聞いたところ、どうやらここ最近はこの北の森で死骸が見つかることが多いらしい」
「……」
慎也は腕を組んで思考を巡らせた。
マナクレイの森は広大な面積を誇る上、生息する魔物もかなり多いが、最も生息数が多いのが北側の森だと言われている。この辺りにはゴブリンが多く生息し、それを餌とする魔物もまた多くいるからだ。
正直、狩場にするなら持って来いの場所だ、と慎也自身も思った。
「魔物殺しがどの時間帯で狩をしているのかは不明だが、もし昨晩の轟音がそれだったとしたら、なにかしらの痕跡が残っているはずだ、と思って足を運んだ訳さ」
「で、見つける前に迷っちゃったんだね?」
「……まあ、そうだな」
辛らつに言うセリシエルに、龍平は情けない顔で頭を掻いた。
(こんだけ方向音痴のくせに単独冒険者やって一人旅してるとか、いろいろヤバいだろ)
実際に慎也たちと初めて会った際も死に掛けていた。
改めて、良くいままで生きてたな、と慎也も内心で嘆息した。
と――
「……取りあえず、話は後にしよう」
最初に気付いたのは慎也だった。
「っ!? うむ、そうだな」
やや遅れて龍平も気付き、さらに数秒遅れて結衣、ユフィア、セリシエルも気付いた。
森の奥から近づいてくる無数の気配――敵意。
これまで散々狩ってきただけに、間違いようがない。
どうやらいつの間にか連中の縄張りに踏み込んでいたようだ。
「世話になった例だ。オレも助勢させてもらおう」
そう言って龍平が腰に下げていた巨大十手を引き抜いた。
「好きにしろ。今日は魔法銃で行くか」
<共有無限収納>の亜空間から現れた2丁の魔法銃が慎也の両手に現れた。
「私もやるんだよっ!」
気合十分なセリシエルが、剣と盾を構えて慎也の隣に並ぶ。
「じゃあ、私たちは見学してるねー」
と、こっちはまったくやる気の無い様子で結衣が後方で手を振っていた。
「ユイさん。さすがにそれはどうかと……」
「私たちの出番、あると思う?」
窘めようとするユフィアにあっけらかんとした口調で結衣が言った。ユフィアは閉口してしまう。
そうこうしている間にも気配と敵意はどんどん近くなっていく。ギャアギャアという奇声も聞こえてきた。
(数は20といったところか。何匹か強いのも混じっているが、せいぜいナイトかホブ程度。ジェネラル、キングクラスは無し)
近づいてくる気配から慎也はそう予測する。
索敵系のスキルが上昇したおかげか、慎也は以前よりも魔物の気配をより正確に察知できるようになった他、伝わってくる気配からおおよその強さを感じ取れるようになっていた。
(問題はそれよりもこっちだな)
ちらり、と横目で龍平を見る。
さっきまでの頼りないオッサンモードから臨戦態勢になった途端、龍平の雰囲気が激変した。
飄々としたタヌキ親父が、一瞬にしてサムライ然とした闘志を漲らせた強者に変貌したのだ。長身だが細身のその身体から陽炎の如く滲み出る闘気。精錬され、研磨された刃の如き密度と鋭利さを湛えたその練度は見ただけで判る。つい最近になって<闘気>を習得した慎也の比では無い。
(総合的なレベルでははオレと同等か、それ以上だな)
肌を通して伝わってくる龍平の気配から、慎也はそう分析した。
彼もまた、自分たちと同様、この世界で生きる為に必死に努力していたことが判る。
(良い機会だ。お手並み拝見といこう)
自分たちと同じくこの世界に飛ばされた日本人との初めての共闘に、慎也の心は踊った。
ヒュッ、という空気を裂く音が耳朶を打つと同時に、慎也は身体をわずかに横へずらした。一瞬前まで慎也の胸があった空間を1本の矢が射抜く。
(アーチャーもいるか)
的を外した矢が虚しく地面に刺さるのとほぼ同時に、茂みを掻き分けて醜悪な緑の小鬼どもが慎也たちに向かって雪崩れ込んできた。
慎也の分析通り、20匹ほどのゴブリンの群れ。ゴブリン・ナイトやホブ・ゴブリンの姿も見える。
(そっちから来てくれるとは好都合!)
元々ゴブリン退治をするつもりでやって来ただけに、探す手間が省けたことに慎也は嬉々として喜んだ。
そんな彼の内心を他所に、自分たちの縄張りに踏み込んできた外敵に怒気と敵意を漲らせたゴブリンたちは、奇声を上げ、各々武器を振りかざして襲い掛かってくる。
最初に斬りかかって来たのは、鎧を纏ったゴブリンの剣士――ゴブリン・ナイトだ。
自ら先陣を切って敵に向かっていくその様はいかにも騎士だったが、残念ながらその切っ先が慎也に到達するはるか前に、ゴブリン・ナイトは眉間に魔弾を撃ち込まれて斃れることとなった。
2丁の銃口が立て続けに火を吹き、後続のゴブリンたちも含め、あっという間に7匹ものゴブリンたちが頭部に風穴を明けられて穿たれて崩れ落ちる。
(ほぅ)
その様子を視界の隅で捉えながら、龍平もまた、慎也の戦闘力に目を見張った。
(素晴らしい腕だ。あれは相当練習と実践を重ねているな)
慎也がそうであったように龍平もまた、異世界に飛ばされた同郷人の実力と努力の成果を目の当たりにして感慨を得ていた。
ギシャアアアアアア!
もちろんそればかりに耽ってはいない。そうしている間にも眼前にはひと際大柄なホブ・ゴブリンが棍棒を振りかざして迫って来ていた。
力任せかつ無造作に頭上から振り下ろされた包丁を、龍平は十手の鉤で受け止め、すかさず十手を捻り、ホブ・ゴブリンの手から包丁を捻じり取った。
驚愕の表情を浮かべるホブ・ゴブリンに、立て直す間を与えること無くそのまま反対の手で腕を極め、流れるような動作で足を払うと同時に身体を前屈みに曲げ、自身の体格の倍ほどもある大柄なホブ・ゴブリンを綺麗な一本背負いで投げ飛ばす。
しかも本来なら背中から地面に叩き付けるところを、龍平は投げ飛ばす角度を鋭角にし、頭からホブ・ゴブリンを地面に叩き落した。
投げ飛ばされた勢いと自身の体重が合わさり、ホブ・ゴブリンの首の骨は小枝のようにへし折れた。
ギャゥアア!!
そこへさらに、別のホブ・ゴブリンが迫ってくる。こちらは武器を持っておらず、その野太い腕で龍平を捕らえんとするが、その手が届く前に龍平は手にしていたコインを、ホブ・ゴブリンに向かって指で弾き飛ばした。狙い外さずコインはホブ・ゴブリンの眉間を正確に捕らえた。
ギャッ!?
さすがにそれだけでホブ・ゴブリンが死ぬことは無かったが、眉間に走った突然の痛みに悲鳴を漏らし、足を止めて顔を手で押さえた。
その一瞬が命取りとなり、間合いを詰めてきた龍平の十手の一撃で首をへし折られて崩れ落ちた。
倒れ伏したホブ・ゴブリンの背後――茂みの中から唸りを上げて矢が飛来した。龍平は咄嗟にいまし方自分が斃したホブ・ゴブリンの死体を蹴り上げる。飛んで来た矢は宙に浮いたホブ・ゴブリンの背中に虚しく突き刺さり、再度ホブ・ゴブリンの身体は地面に伏した。
ギ、ギィ!
茂みの奥に、驚愕を浮かべたゴブリン・アーチャーの姿。小鬼の弓手が新たな矢を番える前に、龍平は再度ポケットからなにかを取り出し、ゴブリン・アーチャーに投じた。
ドシュ、という生理的嫌悪を催す生々しい音と共にゴブリン・アーチャーの額に突き刺さったのは、十字型の手裏剣だった。即死状態で倒れ伏すゴブリン・アーチャー。
「やああああっ!!」
一方、その向こうではセリシエルが小剣でゴブリンの首を落としていた。彼女の背後から別のゴブリンがナイフを手に襲い掛かるが、当然気配でそれを捉えていたセリシエルは身体を横にずらして難なく不意打ちを交わし、振り向きざまにシールド・プッシュをゴブリンの顔面に叩き込む。鼻や歯をへし折られて悲鳴を上げるゴブリンの首に小剣の切っ先を叩き込んで息の根を止める。
この時点で残ったのは普通のゴブリンが3匹。仲間の大半が斃されたのを目の当たりにしたゴブリンたちは恐れ慄き、踵を返して逃亡に転じたが、背を見せた瞬間にセリシエルの《光閃》によって纏めて胴を切断される。
こうして、20を超えるゴブリンの群れは戦闘開始から1分とかからずに全滅した。
「勝ったんだよ!」
「おめでとー」
「お疲れ様です」
ビシッ、と小剣を掲げて勝利のポーズを決めるセリシエルに、後ろで観戦していた結衣とユフィアが拍手を送る。
「なかなかやるな、龍平さん」
一方で慎也は魔法銃を<共有無限収納>にしまうと、龍平に素直に称賛を送った。
「しかし、十手に銭投げに手裏剣と、どんだけ時代劇が好きなんだよ?」
ゴブリンとの戦いで使用した龍平の武器は、どれもこれもが時代劇で見たものばかりだ。風車も投げるかもしれない、と慎也は思った。
「爺さんが時代劇好きでね。子供の頃からそればかり見てたもんでな」
「なるほど。けど、刀は使わないのか?」
時代劇の定番の武器と言えば刀だろう、と刀使いの慎也は思うのだが。
「時代劇好きといっても、一番好きだったのは銭〇平〇だったんでな。刀で斬りまくるやつは、どうも好きになれなかった。だが、警棒なら警官だった頃から使い慣れてたしな。実際に使うなら、使い慣れている武器の方が良いだろう?」
「そりゃそうだ。なら、さっきの背負い投げも?」
「ああ。これでも黒帯だったんだ」
なるほど、と慎也は納得する。
いかにも時代劇好きの現役警察官らしい戦い方だった。
「ねぇねぇ、慎也君。ゴブリン退治は達成できたけど、これからどうするの?」
結衣が尋ねて来た。
ちなみにゴブリンたちの死体は既に<共有無限収納>に回収済みだ。
そもそも慎也たちが森に来たのはゴブリン退治の依頼を熟す為であって、既に目的は達成された以上、ここに留まる理由は無いのだが……
「……そうだな。このまま戻ってもいいけど、龍平さんの言っていた轟音も気になるな。セリス、すまないが空から森の様子を調べて来てくれないか?」
「まかせて!」
慎也の頼みを二つ返事で快諾したセリシエルは、すぐさま翼を羽ばたかせて空へと消えていく。
「あ、あの子、天使だったのか?」
それを見ていた龍平が、ぎょっとした顔でセリシエルの飛んでいった方を見て呟くように言った。
「ああ、そういや、龍平さんには言ってなかったな」
自己紹介した時は名前だけしか言ってなかったのを、慎也はいまさらながら思い出した。
「驚いた。話に聞いたことはあったが、実際に会うのは初めてだ」
「リョウヘイさんも天使族には会ったことが無いのですか?」
ユフィアが尋ねる。
「ああ。初めて見るな。彼らは他の亜人族と違って、翼を仕舞われると人族と見分けが付かないから、ひょっとしたら気付いてないだけかもしれないが……ただ、滅多に人前には現れない種族だと聞いていたんだが……って、あら? もう戻って来たぞ?」
「え?」
言われて慎也たちも空を見上げると、慌てた様子のセリシエルがこちらに飛んで来るのが見えた。
「大変大変大変! 大変なんだよー!!」
そんなことを捲し立てながら、セリシエルが転がるような勢いで慎也たちの前に着地した。
なんというか、以前にも何度か見た光景だ。
「セリスちゃん、落ち着こうね」
「深呼吸しましょう。吸ってー、吐いてー」
「ひっひっふー……ひっひっふー……」
なので、結衣もユフィアも慣れた様子でセリシエルを落ち着かせている。
「……なあ、あれはラマーズ法じゃないのか?」
「気にしたら負けだ」
当然の龍平の疑問を慎也はさらりと受け流した。
「それで、どうしたんだ、セリス?」
セリシエルが落ち着いたのを確認して、慎也は彼女に尋ねた。
彼女は叫ぶように言った。
「火事なんだよ!」




