第122話 リョウヘイ殿は変わっておられますな
異世界刑事捜査中。o(・_・= ・_・)o
「ライフル、ですか?」
ゲルグの口から飛び出した意外な単語に、龍平は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにまた刑事の顔に戻った。
「ええ。魔法銃についてはご存じですかな?」
「見たことはありませんが、噂だけなら。なんでも、魔力を弾にして撃ち出す魔導具ですな?」
龍平の答えは半分本当で半分は嘘だった。
魔法銃と言うものを見たことが無い、というのは本当だったが、ライフルなら見たことがある。なにしろ彼は刑事――警察官だったのだから。
(魔法銃と言うのは、こっちの世界に来た地球人が作った物なんだろうな)
少なくとも龍平はそのように考えていた。
「厳密に言うと少し違いますな」
そんな龍平の内心を知らず、ゲルグは首を振りながら言った。
「と、おっしゃいますと?」
「魔法銃というものは大きく分けて2種類存在するのです。リョウヘイ殿がおっしゃった魔力を飛ばすタイプと、魔法の込められた弾丸を撃ち出すタイプです」
「ほう? それは初耳ですな」
「まあ、あまり出回っていないものですからな。魔力を撃ち出すタイプの魔法銃は魔力を消費するが故に魔法の素質を有する物しか使えません。実体弾を撃つタイプは、魔法を使えない者でも扱えますが、弓矢と同様、弾丸を常に持ち歩き、尚且つ補充しなければならない為、大抵の冒険者は使うことはしません。値も張りますから」
「そのような物を、どうして持っておられたのか、お聞きしても?」
「一言で言えば、商会の方針だからです」
「つまり、上からの指示と?」
「はい。ドットス商会の会長は、魔法銃こそが戦場や魔物退治の主役になるべきである、と考えておられるようです。弓矢などよりも遥かに利便性が高く、威力も段違いであるが故に、冒険者全員が魔法銃を持つ日が来れば、魔物によって命を落としたり、戦えなくなる冒険者はずっと少なくなるだろう、と」
「……なるほど」
一理ある、と龍平は認めた。
この世界の武器の多くは剣や槍などの接近戦用の、龍平に言わせれば前時代的、あるいは原始的な物ばかり。そのような武器で人間よりも遥かに力の強く、頑強な魔物と戦えば、力の無い者は多くが死ぬか、戦えなくなるほどの怪我を負うことだろう。
だが銃器であれば話は違う。遠くから致死性の威力を持った弾丸を浴びせる銃器であれば、弱い者でも比較的安全に、簡単に魔物を殺すことが出来るようになるだろう。そうすれば死んだり、再起不能になる者は激減する。
それは間違い無い――
(だがそうなれば、いずれ必ず人間に向けられるようになる)
その後に起こるのは、人間同士の戦争――その激化だ。
地球がまさにそうであった。銃器の登場によって剣や槍、弓と言った武器はことごとく戦場から姿を消し、いつしか銃が戦場を支配するようになった。そしてその結果、戦争によって命を落とす者が爆発的に増加したのだ。
(この世界には魔物や魔法、亜人、レベルやステータスなどと言う、地球には無かった概念が存在する。だから一概には言えないが、恐らく銃器が大量に出回るようになれば、同じことが起こるだろう)
ほぼ確信をもって龍平は思った。
魔法銃が大量に出回るようになれば、一時的に死者の数は減るだろうが、いずれ地球の歴史の二の舞になる、と。
「その先駆けを作るべく、特注品である試作型のライフルの一丁が、2日前、賊によって盗まれてしまったのです」
(嘘は付いていない、な)
<虚偽看破>に反応が無いのを確かめて、龍平は口を開く。
「盗まれたとおっしゃいましたが、その賊は力づくで押し入って奪っていったのですか? それとも、誰にも気付かれずに店に侵入して盗んでいったのですか?」
「夜間の内に忍び込まれ、盗まれました。お恥ずかしながら、朝番の者が倉庫の鍵が壊されているのを見つけるまで、誰もなにも気が付かなかったそうで……」
「ふむ」
顎に手を当てて龍平は考えた。大店といっても一商店だ。見回りくらいはいるかもしれないがそれほど厳重な警備を強いているとは思えないし、盗みに入るのはさほど難しくないだろう。
「ライフル以外に盗まれた物は?」
「種類が異なるタイプの刀剣がそれぞれ7本。同様に斧が5つ、槍が6本。それと貴金属がいくつか……いずれもかなり高額な商品ばかりです」
ゲルグの答えを聞いて、龍平は微かに眉を寄せた。
事実だとすればかなりの量だ。本来であればとても1人で運び出せるような量ではないが、地球とは違い、この世界にはアイテムボックスなる便利な魔導具がある。それを持ちいれば1人でも充分盗み出すことが出来るだろう。
夜間とはいえ、誰にも気付かれずに盗みを行っていることを踏まえると、可能性は高い。
(奴なら、簡単にやってのけるだろうな)
元の世界で長年追い続けてきた宿敵の姿が脳裏を過る。
なにより気になるのは、盗まれた物が、貴金属を省けば全て武器だという点だ。金目当てという可能性を踏まえても、少々不自然だ。
「宜しければ、盗まれた物が納められていた倉庫を見せていただけませんか?」
「は?」
龍平の突然の申し出に、初めてゲルグが言葉を失った。
「……何故そのような?」
「いえ、単なる性分ですよ。こういう事件が起こった時は、自分の目で直接現場を確かめないと気が済まない達でしてね。やはり他人の口から聞くだけではどうしても見落としてしまう事実もあるでしょうし、現場を直接見て気付くこともあるでしょう。賊を見つけ出すには、賊自身が見たものを直接確かめるのが一番の早道ですから」
龍平の言葉にゲルグはしばし黙考する。この男の言うことは確かに理に適っているように思える。敵を捕らえるには敵の立場になって考え、なによりも自分の目で現場を直接確認しなければならない。商売の世界に置いてもそうだ。
商いを成功させて大店に、そして大商人に成りあがれるのは、机の上で黙々と書類に判を押す者ではなく、自分の足で売り場を見て、客や店員の声や意見を直に聞いて回る者なのだ。
「……判りました。私の権限で許可しましょう」
「感謝します」
「ですが、我々にとってあなたはあくまで部外者です。店の中には関係者以外に見せることの出来ない物や場所もありますので、我々が許可した物、場所以外はお見せする訳には参りません。それだけはご了承ください」
「無論、わきまえております」
◇◇◇
ドットス商会の店舗はキアナの街に在籍する他の商店に比べるとかなり大きかった。それこそ、下手な貴族の屋敷並、あるいは冒険者ギルドに匹敵するほどに。店舗兼従業員の住宅も兼ねているので当然かもしれない。
2階建ての建物に地下室も完備。さすがに庭は無いが、それでも閉ざされた城壁都市に存在する建物としては破格だ。店長であるアザイルを初め、30人以上の人間が生活しているのだから当然かもしれないが。
ゲルグに連れられて龍平は店舗内の通路を進んだ。ここは本来、関係者以外に入ることが出来ないエリアだ。さすがに装飾などは無かったが、広さはかなりの物だ。
どうやら問題の倉庫は正面入り口とは逆、店の裏手の方にあるらしい。
「アレックス」
それまで無言で龍平の前を歩いていたゲルグが、不意に通路の曲がり角から荷物を抱えて現れた1人の少年を呼んだ。
「は、はい」
アレックスと言う名の少年は、17、8歳くらいの黒髪の人族だった。
「ご、御用でしょうか?」
アレックスは抱えていた荷物をその場に置くと、少し緊張した様子で寄って来た。
「先日、うちから武具が盗まれた一件で、最初にそのことに気付いたのはお前だったな?」
「そうです。自分が朝番だったので……」
どうやら彼が第一発見者のようだ。
だがそれよりも、龍平は彼が首に付けている重厚な造りの首輪に視線を引きつけられた。
「彼は奴隷ですかな?」
「はい。うちにはこの者を含め、7名の奴隷が在籍しております」
龍平の質問にゲルグは即答した後、再びアレックスに目を向ける。
「こちらはとある貴族の契約冒険者で、名をリョウヘイ殿と申される」
「リョウヘイ……」
名前を聞いた途端、アレックスは妙な表情で呟くように独り言を呟いた。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……なんでもありません」
龍平に尋ねられ、アレックスはバツが悪そうに視線を逸らした。
「なにか気になることがあるなら言ってみなさい。私は気にしないから」
「えい、その……変わったお名前だったもので……」
「ああ、なるほど。確かにそうだね。良く言われるよ」
少し怯えながらも正直に申し出たアレックスに、龍平は朗らかに笑いながら肯定した。
「失礼しました。それで、ボクにどういった御用でしょうか?」
「リョウヘイ殿は先日、うちに入った賊を追っておられる」
アレックスの質問に、今度はゲルグが答えた。
「お前が賊の侵入に気付いた時のことを、出来る限り詳しく彼に説明しろ」
「え? どうして貴族の契約冒険者がそんなことを……」
「それはお前が気にすることではない。余計なことを聞かず、言われたことだけ答えろ」
「は、はい。失礼しました!」
きつい口調でゲルグに咎められ、アレックスは慌てて頭を下げた。
「怖がらなくても良い。実は私がいま、個人的に追っている犯罪者がいてね。そいつとなにか関係があるんじゃないか、と考えて、ゲルグ殿に無理を言って調べさせてもらっている、という訳さ」
ゲルグと違って柔らかい口調で話す龍平に、アレックスは少し緊張を和らげた様子で頭を上げた。
「そうですか……でも、ボクは犯人は見ていません。盗まれたことに気付いたのが最初だった、というだけですが……」
「それでも構わない。知っていることを話してもらえないか?」
「判りました。じゃあ、こちらへ」
アレックスに促されて龍平は通路の奥へと歩みを進める。もちろん後ろからはゲルグも付いてくる。
「ここです」
アレックスが案内したのは、ちょうど店舗の真裏に面した壁に備え付けられた窓だった。
「今日は朝番だったので、朝食の準備をする為に奥の食糧庫に向かおうとしたら、廊下に折れたしころ板が落ちているのを見つけて、見たらこの窓の鎧戸が壊されていたんです」
見れば、確かに窓に備え付けられた鎧戸が壊されていた。鎧戸を壊せば外から窓を明けること自体は簡単だ。例え閂をかけられていても、隙間にナイフかなにかを刺し込めば容易く外せる。
(この世界には警備システムや警報装置なんてものは存在しないからな)
改めて地球――日本との現場の違いを目の当たりにしながら、龍平は頷いた。
「それで?」
「窓が壊されているのを見つけた後は、泥棒だと思って、すぐに支店長と副店長に知らせました」
「確かにこの者の言う通りです」
アレックスの説明を、今度はゲルグが引き継いだ。
「報せを受けて私はすぐに部下と共に貴重品が収められている倉庫へと向かいました。案の定、倉庫の扉の鍵も壊されていて、中を調べた所、本来あるはずの武具や貴金属類が何点か無くなっていた、という次第です」
「なるほど……ちなみにこの店に見張りとかは?」
「ありません。店を閉め、作業を終えた後は支店長から奴隷まで、全員が寝静まっておりました」
貴重品があるなら見張りくらい立てるべきでは? と思ったが、この世界に於いて夜間も見張りを置いている者は、貴族や軍関係者――よほどの大商人くらいなのだ。
「では、その倉庫を見せていただけますか?」
「判りました。アレックス、お前は作業に戻れ」
「はい。失礼します」
「わざわざ済まなかったね」
仕事を邪魔してしまったことを詫びると、当人は「いいえ」と首を振った後、その場を後にした。
「リョウヘイ殿は変わっておられますな」
「はい?」
ゲルグの後に続いて歩いていると、不意にそんなことを言われて龍平は首を傾げた。
「奴隷の身分にある者に対して、あのような丁寧な振る舞いをする人間を、私は初めて見ました」
「はは……クローディン公爵家でも同じことを言われましたな」
自分でも覚えがあるらしく、龍平は苦笑しながら頭を掻いた。
「奴隷と言っても同じ人間ですからな。同じ人間を見下す、ということが私は出来ないのですよ。それに、この国では他国に比べて奴隷に対する扱いが寛容である、と記憶しておりますが?」
「確かに一般奴隷に対してはそうですが、あの者は犯罪奴隷ですよ」
「犯罪? 彼が? いったいなにをしたんです?」
「詳しくは知りませんが、何年か前にうちの他の支店で盗みを行った、と聞いていおります。まあ、犯罪奴隷の過去など、私は興味はありませんが」
「犯罪奴隷……」
その言葉を聞いて、龍平は表情を曇らせた。
借金などが原因で身落ちした一般奴隷の場合は、雇い主に対し、奴隷として稼いだ金額を納めれば解放されるが、犯罪奴隷の場合は解放される可能性は極めて低いのだ。犯罪者なので当然だが。
この世界には、特殊な例外を除いて懲役刑と言うものが存在しない。
犯罪を犯して捕らえられた者は、その地の領主や司法当局の判断で罪科を与えられる。軽い物であれば罰金などで済むが、その罰金を収められなかった場合は犯罪奴隷に落とされる。無論、罪が重ければ問答無用で犯罪奴隷に落とされたり、悪ければ処刑される。
犯罪奴隷となった場合、罪が軽ければ奴隷商人に売り払われる。罪の重い者は奴隷商には売られず、そのまま鉱山などの過酷な重労働の現場へと送り込まれたりもする。
そして一度犯罪奴隷に落ちた者は、恩赦が無い限り、死ぬまで解放されることは無いのだ。
「さあ、着きましたよ」
そうこうしている間に問題の倉庫へ到着した。
貴重品を収めている倉庫だけあって、扉は重厚な金属製で、両開きとなっている。その前には、冒険者らしき格好の男が2人、並んで立っていた。
「なにか御用ですか、副店長?」
冒険者の1人がゲルグに尋ねつつ、見覚えのない部外者――龍平の方へ訝し気な視線を向ける。
「こちらはリョウヘイ殿。クローディン公爵家の契約冒険者で、ここに盗みに入った賊を追っておられる。その案内をしているだけだ。お前たちは気にせず見張りを続けろ」
「公爵家!?」
「りょ、了解です!」
最上級貴族の契約冒険者と聞き、見張り2人は棒を飲み込んだかの如く姿勢を正した。
「この扉の鍵は?」
「我々が駆けつけた時は、潰された状態で扉の前に転がっていました」
「潰された?」
「ええ。頑丈な金属製の鍵だったのですが、文字通り物凄い力で捻り潰されていましたよ。少なくとも賊はトロール並みの怪力の持ち主ということですな」
つまり、いまこの扉には鍵が掛けられない状態だということだ。それでなくても賊に入られた直後ということで、見張りを置いているのだろう。
「……倉庫の中を見せてもらってよろしいですか?」
「中にある物に手を触れない、とお約束いただけるのであれば」
「それはもちろんです」
龍平が即座に確約すると、ゲルグは見張りたちに促して倉庫の扉を開けさせた。
倉庫内が露わになると、龍平は微かに眉を顰めた。
大店の商店らしく、内部もかなり広い。当たり前のように窓は存在しないが、灯の魔導具が壁に立て掛けられいて中はそれなりに明るかった。そしてそれを埋め尽くすかのように、ぎっしりと様々な武器、防具、魔法薬あるいはその原材料らしきインゴットなどが所狭しと並べられている。
「凄い数ですな……」
素直に龍平は驚嘆の言葉を述べた。
「うちで売り出す予定であった商品の全てを保管しています。まだ開店前で売り場に出ていませんから、実質、全ての商品がここに納められています」
ゲルグが述べた言葉の中には、少々気になるワードが含まれていた。
「売り出す予定の商品、てすか……」
「そうですが、それがどうかしましたか?」
「いえ、先程の奴隷の少年、アレックス君は朝食の準備がどうの、と言っていましたが、従業員の食料などはどこに?」
「それらは別の倉庫で保管しています。さすがに食料と商品を同じ場所で保管する訳にはいきませんから」
もっともな意見だ。
「他にも貴重品を収めている倉庫はありますか?」
「いくつかありますね。現金や重要な書類、資料等を保管している金庫、倉庫が。もっとも、金品は地下室で、資料類は2階で保管しています。さすがにそれらをお見せする訳には参りませんが」
賊が入った売り物用の倉庫や食糧庫は1階に、資料や書類は2階に、金品は地下に、とそれぞれ分散して保管しているらしい。
売り物用の武具や食料などは重量物なので、売り場や従業員用の食堂のある1階で保管し、資料等は事務室のある2階に。そして1番盗まれたら困る現金は地下室で。
無駄を省く為、それぞれ用途に合わせた場所で保管している、とのことだった。確かに理に適っている、と龍平も認めた。
「これが盗まれたものと同型のライフルです」
ゲルグが示したのは、倉庫の一番奥の壁に無造作に立て掛けてある、5丁のライフル型の魔法銃だった。
黒光りする黒鋼で作られたそれは、龍平が知っている地球のライフルと構成は似ているが、デザインは随分と違う。そもそもマガジンが付いておらず、代わりに使用者の魔力を伝達する為の魔力回路が模様のように刻まれている。銃身も存在せず、ハンドガードに直接銃口が備え付けられており、ライフルとサブマシンガンを合わせたようなデザインになっていた。
「盗まれたのは1丁だけですか?」
「はい。6丁あったうちの1丁だけが盗まれました」
この倉庫には同型のライフルが6丁もあったのに、犯人が盗んでいったのはそのうちの1丁だけで、他は手も触れていない。
もちろんそれはライフルだけではない。盗まれた他の武器もまた、同型のものがいくつも保管されていたのも拘わらず、それぞれ異なる種類の1本だけを選んで盗んでいる。
非常に奇妙な事件現場であった。
「……ちなみに賊が盗みに入った目的について、ゲルグ殿はどうお考えですか?」
「金目当て……と、思いたいですな」
渋い顔をしてゲルグは答えた。アザイルには金目当てではないか、と説明したものの、それにしては妙だ、とゲルグ自身は思っていた。
(種類の異なる武器をそれぞれ1つずつ盗んでいったとなると、まるでコレクターみたいだな)
武器コレクターがコレクション収集の為に盗んだ、と考えた方がまだ合理的だな、と龍平は内心で嘆息した。
(だが、それなら貴金属はなんの為に盗んだんだ?)
ゲルグの話では、盗まれた貴金属は黒魔鋼という希少金属で、物理防御力と魔法防御力に優れており、主に鎧や盾などに使われるのだという。
(単なる金目当てではなく、やはりなにか目的があっての犯行である可能性が高いな。理由はさっぱり判らないが……)
犯人の目的に関しては、これ以上、この場で考えても埒が明かないと判断した龍平は、ひとまず疑問を棚上げにして、別の項目にシフトした。
「ちなみに、被害を受けたのはこの倉庫だけですか?」
「その通りです」
龍平の質問にゲルグは即答した。それを受けて再度彼は思案した。
「それがどうかしましたか?」
「いやなに、私もあなたと同じ可能性を考えただけですよ」
「……なるほど」
この店には貴重品を収めた倉庫が複数存在している。にも拘らず、犯人はこの倉庫だけを選び、他は一切手を付けていない。
盗まれた物と合わせて考えると、犯人は最初からなにかしらの目的があって盗みに入り、さらにその目的の物がこの倉庫に保管されていると知っていた可能性が高い。
つまり、さきほどゲルグがアザイルに指摘した通り、ドットス商会の中に犯人――もしくは共犯者がいる可能性がある、ということだ。
「とはいえ、まだ決まった訳ではありません。くれぐれも軽挙妄動は控えてください」
「ご忠告、感謝します。できればそうでないことを祈るばかりです」
苦虫を噛み潰したような表情でゲルグはそう言った。
「さて、それでは私はこの辺りでお暇させていただきます」
「もう宜しいので?」
「ええ。見たい場所は拝見させていただきましたし、あまり邪魔をしてはご迷惑でしょうから」
「そうですか……では、出口までご案内します」
そう言ってゲルグは龍平を先導して歩き出した。最後の最後まで、彼の言動を見張るつもりらしい。無論、龍平自身にはやましい意図は無いので素直に従った。
「ああ、そうそう。もう1つだけ」
店の正面玄関まで来た所で、龍平はわざとらしく人差し指を立ててゲルグに言った。
「なんでしょう?」
「事件とは関係無いのですが、実は私、エリーム魔法店と少々関わりがありましてね」
「……ほぅ?」
「あそこの店長の娘さんから相談されていたんですが、どうも最近、ドットス商会の関係者から過度な嫌がらせ等を受けるようになって困っているそうなんですが、事実でしょうか?」
「我々から嫌がらせ、ですか? はてさて、私はそのような指示をした覚えはまったくございませんな」
いかにも心外だ、という表情でゲルグは答えた。<虚偽看破>スキルを警戒して、慎重に。
(私は、か……つまり嫌がらせを指示していたのは別人……店長のアザイル――)
(――と、当然気付いたのでしょうが、証拠が無い以上、迂闊に問い詰める訳にも行かないでしょう?)
タヌキ親父同士の腹の探り合いが密かに行われたのだった。
実際、ドットス商会のエリーム魔法店に対する嫌がらせは事実であったのだが、指示を出したのはゲルグではなくアザイルだった。ゲルグはあくまで反対の立場であり、軽はずみな行動は墓穴を掘ることにも繋がるのでやめるように、と何度もアザイルに進言していたのだ。
「それは失礼。ただ、先程エリーム魔法店に来ていたお宅の冒険者、今回の賊がエリーム魔法店の差し金だと一方的に決めつけ、かなり強引で暴力的な言葉遣いで無関係の店員を問い詰めていたのは事実です。現場を見ていたこの街の住民や冒険者たちも酷く怒っていましたし、私の主――クローディン公爵家当主もそういった者を特に嫌っておりましてね。軽挙妄動な言動はお宅の為にもなりませんので、ゲルグ殿からも厳に慎むように注意しておいてくださるとありがたい」
「私としても現地の同業者や住民の方々、冒険者の皆さんに迷惑を掛けることは望んでいませんし、出来れば共存共栄で上手くやって行きたいと思っております。一部の者たちの早とちりでご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。今後は二度とこのようなことが起こらないよう、充分注意しておきますので、どうかご容赦を」
傍から聞くと2人の会話は実に丁寧なやり取りだったが、意訳すると――
――チンピラ店長やその手下どもを好き勝手させてると、自分らの首を締めるだけだぞ? うちの主さんもそう言うの嫌いだしな。墓穴掘りたくなかったら、ちゃんと上司や部下を管理しとけ。
――悪かったよ。こっちもそんなことは望んじゃいない。うちの馬鹿どもには厳しく言っとくから、勘弁してくれ。
――みたいな感じの会話がそれぞれの腹の底で交わされていたのだった。
「では、これで失礼します」
「またのお越しを」
そうして今度こそ龍平はドットス商会の店から立ち去った。




