第120話 事情は了解しました
インフルエンザってきついです(ノД`)・゜・。
取りあえずその場で男たちの話を聞いてみることにしたが、その内容には慎也も呆れ果てるしかなかった。いや、慎也だけでなく話を聞いた全員が同じだっただろう。
なんでも昨日の夜、ドットス商会の店舗――キアナ支店に泥棒が入り、魔導具を初めとした武具類などの貴重品がいくつも盗まれたそうだ。それを知った支店長――アザイルという男らしい――はエリーム魔法店の仕業だと即座に断定し、手下2人をここへ差し向けた……
男たちの話を要約するとそんな内容だった。
正直な話、慎也は男たちが本来の目的を誤魔化す為に嘘を言っているのでは? と疑ったが、<虚偽看破>を持ったユフィアによれば、嘘ではないらしい。
だとすれば、本当に呆れるしかない。ただ泥棒に入られた、というだけでライバル店であるエリーム魔法店の仕業だと決めつけ、有無を言わせず怒鳴り込むなど、およそ常識ある大人の所業とは思えない。
「それで、そのことを憲兵には知らせたのか?」
だがそんな話を、龍平は真面目な表情で聞き入っていた。
「いや、その……オレたちはアザイルさんに言われて来ただけで……」
「盗みに入られた、ってこと以外、詳しい話は聞いてない」
どうやら男たちは本当の意味での使い走りらしい。
すると、龍平は男たちから視線を外し、傍だ話を聞いていたエリーム魔法店の女性店員に目を向けた。
「この2人が話した内容に心当たりはありますか?」
「いいえ。まったくありません!」
女性店員は即座に首を振って否定した。
「嘘つくんじゃねぇ!」
「そうだ! アザイルさんは間違い無くお前だと――」
途端に2人組が大声で噛み付こうとしたが――
「静かにせんかッ!」
それらを遥かに上回る龍平の怒声によって即座に沈黙させられた。
あまりの大音響に、商品棚のケースや店の窓ガラスが振動し、傍で聞いていた慎也たちや女性店員は思わず耳を押えてしまうほどだった。それを真正面から浴びせられた2人組は耳を抑えるよりも早く、条件反射で棒を飲み込んだような直立不動の体勢を取った。
「まず言っておく。オレは<虚偽看破>のスキルを持ってる。スキルレベルは794だ」
「「794!?」」
2人組が声をハモらせた。腐っても冒険者であるが故に、スキルレベル794というのがどれほど突出したレベルなのか理解できたようだ。
「そうだ。つまりオレの質問に対して嘘を吐けばほぼ確実に判る、ということだ。一通り話を聞かせてもらったが、結果を言わせれば、お前たちの話にも、こちらのご婦人の話にも嘘は無かった」
龍平が断言する後ろで話を聞いていた慎也は、確認の為にユフィアに視線を向けたが、彼女も龍平の言葉を裏付けるように頷いた。
「君らの店が泥棒に入られたのは事実だが、それにエリーム魔法店は関わってはいない、ということだ。判るな?」
龍平に念を押された男たちは、不満気にしながらも揃って頷いた。
「そもそも、お前たちの上司は何故、泥棒がエリーム魔法店の関係者だと思ったんだ?」
「それは、ここがうちのライバル店だから……」
「嫌がらせ為にやったに違いない、って……」
龍平から目線を逸らしながら男たちは答えた。その様は、親から説教されて不貞腐れている子供のように見えた。実際、男たちと龍平との年齢差はそれほど変わらないはずなのに、精神的には雲泥の差があるようだ。
「嫌がらせしてたのはあんたらじゃないの!」
それまで黙って話を聞いていたシアーシャが突然吠えた。ドットス商会のエリーム魔法店に対する嫌がらせに誰よりも腹を立てていただけに、男たちの身勝手な主張に我慢できなくなったらしい。
「どうせ、いままで散々嫌がらせしていた仕返しをされたと思ったんでしょうが!!」
「シア、落ち着きなさい」
怒り心頭のシアーシャをフェルナが宥める。
恐らくシアーシャの言う通りだろう、と慎也も考えた。
ドットス商会が泥棒がエリーム魔法店だと決めつけたのは、これまでエリーム魔法店に対して行ってきた嫌がらせの報復に違いない、と考えたからだろう。
(あるいは、泥棒自体がドットス商会の自作自演か……)
慎也としてはそちらの可能性も決して低くない、と考えていた。
つまり、ドットス商会の支店に泥棒が入った、という話自体が嘘で、実際はエリーム魔法店に濡れ衣を着せる為の偽装である、ということだ。
(いや、それは無いか)
だがすぐに慎也はその考えを打ち消した。
何故なら、そんなことをしてもすぐにバレるからだ。
いくら嫌がらせでも、犯罪となれば憲兵が関わってくる。憲兵や騎士団の審議官は、ユフィアや龍平と同じく<虚偽看破>などのスキルを持っている。
つまり濡れ衣を着せても、審議官が当人を調べればすぐにバレる。そうなれば自然と泥棒騒ぎが自作自演だということもバレてしまう。
仮にも店を任せられるほどの人間が、その程度のことが判らないはずは無い。
(つまり、ドットス商会が泥棒に入られたのは本当だが、犯人はエリーム魔法店とは関係無い第三者ということか)
当人たちが嘘を言ってない以上、それしかないだろう。
そもそも、泥棒が金持ちの家や、金目のある商品を多く扱っている店を狙うのは当たり前のことだ。
当たり前のことなのだが……
「とにかく、君らの店に入った泥棒とこの店は無関係だ。それはオレと、オレの主であるクローディン公爵家の名において断言する」
「「…………」」
龍平にここまできっぱり断言されてしまうと、もはや男たちには反論の余地は無い。
これがもし慎也たち普通の冒険者であれば、男たちはなお反論しただろう。
「出まかせだ」とか「エリーム魔法店とグルに決まってる」といった感じで、決してエリーム魔法店が犯人ではない、という事実を認めようとはせず、頑なに自分たちの主張を押し通したはずだ。
だが、最上級の貴族であるクローディン公爵家の名前を出されては反論することなど出来ない。下手をすれば公爵家を敵に回してしまうことになりかねない。
なまじ虎の威を借りる狐であるだけに、そのことはしっかりと理解できた。
「いま君らがすべきことは、ありもしない罪を疑い、暴言を浴びせたこちらのご婦人に謝罪した上で、君らの主人にこの事を報告し、速やかに憲兵に泥棒被害を申告して捜査してもらうことだ。こんなことをしてもなんの解決にもならないし、却って自分たちの首を締めることになる」
そう言って、龍平はその場から少し身体を横にずらし、自分の背後――つまり、店の入り口の方を男たちに示した。
そこにいたのは、ざっとみて20人を超える人間が集まっていた。一般人、冒険者、人族、亜人族問わず、一様に怒りを湛えた、あるいは批難する様な視線を男たちに浴びせている。もちろん慎也たちも同じだ。
真昼間から大通り沿いで怒鳴り声を上げまくっていたら、人が集まってくるのは当然だ。しかも冒険者たちは普段からエリーム魔法店で魔法薬を買っている者が多い。つまりエリーム魔法店はこの街の冒険者たちの生命線を担っている、と言っても過言ではない。無論それは、冒険者の家族にとっても同じことだ。
そんな店を、濡れ衣を着せた上で嫌がらせじみた罵声を浴びせまくったらどうなるか……
結果は御覧の通りだ。
「商人に取って一番大切なのは「信頼」だ。どんなに商品の品質が良くても、価格が安くても、信頼の置けない店の商品など誰も買いたがらない。ましてや、白昼堂々、自分の店の名を叫びながら他店に泥棒の濡れ衣を着せ、一方的に暴言を浴びせるような無法者を雇っている店など論外だ」
諭すような龍平の言葉に、男たちはようやく自分たちの行いとそれが招いた結果を理解したらしい。
「理解したか? 理解したのなら暴言を浴びたことを当人に謝罪しろ。いますぐに、だ」
龍平にせかされ、男たちは渋々と言った感じで女性店員に謝罪した後、逃げるようにして人垣を掻き分けて店を去って行った。
「ありがとうございました。本当に、なんとお礼を申し上げて良いのか……」
2人組が立ち去った後、彼らに脅されていた女性店員が龍平に対して礼を述べ、頭を下げた。
「礼を言われるようなことではありません。私自身もあいつらに腹が立ったものですから」
と、龍平は誇ることもせずに言った。そこでふと、女性の顔を見て驚いた顔になる。
「あなた、あの時の……」
「覚えていてくださいましたか、リョウヘイさん」
女性店員は嬉しそうに微笑んだ。
「以前、盗賊に襲われていたところを助けていただいた商隊の者で、シャリアと申します」
それを聞いて慎也は少し驚いた。女性店員だと思っていたら、この人がエリーム魔法店の店長の娘さんだったらしい。
「あの時は、本当に助かりました。店員一同、心から感謝しております」
そう言ってシャリアは再度龍平に頭を下げる。
「シャリアさん、シャリアさん」
そんなシャリアにシアーシャが話しかける。
「あら、フェルナにシアーシャも。どうしてリョウヘイさんと一緒に? そちらの方たちはお友達かしら?」
どうやら龍平のことばかりに目が行って、同行者失念していたたらしい。
少し天然かな、と慎也は思った。
「少し事情があって、リョウヘイさんのお手伝いをしてるんです」
と、フェルナが代わって答えた。
「あと、こちらは私たちと同じ冒険者で、シンヤさん、ユイさん、ユフィアさん、セリシエルさんと言います」
「シンヤさん!? もしかして!」
「はい。ワイバーンから私たちを助けて下さった人たちです」
「やっぱり!」
もう一組の命の恩人登場にシャリアは心底驚いた様子だったが、すぐに気を取り直して――
「お見苦しい所を見せてしまい、申し訳ありません。シンヤさんたちの話もフェルナとシアーシャから伺いました。ワイバーンに襲われていたところを助けていただいた、と。すぐにお礼に伺いたかったのですが、あの襲撃で死者こそ出ませんでしたが、従業員の何人かが怪我をしてしまい、私自身も怪我をしてつい最近まで療養していたせいで伺うことが出来ませんでした」
「あいや、気にしないで下さい」
心底申し訳なさそうなシャリアの言葉に、慎也は逆に恐縮してしまう。
実際、ワイバーンと戦った慎也たちも、怪我らしい怪我を負うこと無く倒すことが出来たし、結果的に倒したワイバーンの素材で予期せぬ収入を得られたのであるから、礼を言うのが遅れたくらいで目くじらを立てるような真似はしない。怪我をしていたのなら尚更だ。
「そうですよ。お礼が欲しくて助けた訳じゃありませんから」
「死者も出なかったことですし、シャリアさんが元気ならそれが一番です」
結衣とユフィアも慎也に同意する。それに対しシャリアは改めて「ありがとうございます」と言って深々と頭を下げた。
「ねぇ、ワイバーンってなんのこと?」
だが、セリシエルだけは話に付いて行けず、慎也の袖をクイクイと引っ張って説明を求めてきた。
「あ、そう言えばセリスはあの時まだいなかったな」
ワイバーンとの戦いはセリシエルが仲間になる前のことだったので、彼女が知らないのは当然だ。
なので慎也は事のあらましを説明した。
「でも驚きました。別々に私たちの命を救って下さった方々が、一緒にいらっしゃるなんて……」
シャリアの言う通り、この危険極まりない世界に置いて、誰かに命を救われることは珍しくないが、個別に自分たちを救ってくれた2組の恩人たちが一緒に現れる、などと言う珍事はそうそう無いだろう。
「仕事の関係で来ただけです。慎也たちには縁もあって、手伝いをしてもらっています」
「お仕事ですか? もしかして、以前おっしゃっていた人探しですか?」
「そうです」
神妙な顔で龍平は頷いて、シャリアに事情を説明した。
Kという人物を追ってキアナの街に来たことと、街を調べている内にフェルナとシアーシャからドットス商会の嫌がらせの話を聞いて気になり、店を訪れたことを。
「ドットス商会がキアナの街に出店の準備を始めたのは、いまから半月ほど前だと聞いています」
龍平が事情を聞くと、シャリアは少し顔を伏せながら話を始めた。
「ちょうどその頃から、店や私の自宅に妙な嫌がらせが相次ぐようになりました。玄関前に動物の死骸が放置されていたり、ガラスが割られていたり」
(どこの世界にもそう言うことをする奴がいるんだな)
日本に住んでいた時も同じような話を何度か聞いたことがあった慎也は、密かに顔を顰めた。見れば、結衣も複雑そうな顔をしている。
「それだけならまだよかったんですが、今度は私や家族、従業員を脅す内容の手紙が何通も届くようになったんです」
「脅す、というのは、つまり「言うことを聞かなければ危害を加える」といったものですか?」
「はい。街から出て行かなければ危害を加える、というものでした」
「ふむ」
恐らくキアナの街で、冒険者を相手に魔法薬を販売しているエリーム魔法店を目の敵にするのは、ライバル店になりうるドットス商会しか無いだろう。
あるいは、シャリアが誰かに個人的に恨まれているか。
「その後、帰宅途中の従業員が街で見知らぬ男に因縁を付けられ、脅される、ということが何度か起こり、個人的に付き合いのあるフェルナとシアーシャに相談したところ、脅していたのはドットス商会の関係者だということが判ったんです」
「そのことを、ドットス商会には知らせたのですか?」
「もちろんです。ですが、部下が個人的に起こしたトラブルで、自分たちは関与していない、との一点張りでした」
真偽はさて置き、例えそれがドットス商会の命令で為されたことであったとしても認めることはしないだろう。
「実際に怪我人が出ていない為、憲兵にお願いすることも出来ず、どうすべきか悩んでいたところに今回の騒ぎです」
街の治安を守る憲兵だが、単なる嫌がらせ程度では出動してくれない。怪我人が出れば話は別なのだろうが、物を壊されたり脅されたりした程度では個人的なトラブルと見なされ、力になってくれることは無いのだ。
「改めて伺いますが、さっきの連中の言っていたことに心当たりは?」
「まったくありません」
当然のようにシャリアは首を横に振った。
「なるほど……事情は了解しました」
シャリアからの事情聴取を終えた龍平は、少し考え込んでから口を開いた。
「ドットス商会がエリーム魔法店の存在を疎んじて嫌がらせを繰り返していたのだとすれば、今回の出来事は謀らずとも連中に一石を投じた形になったはずです。なにしろ、大勢の目撃者の前で堂々とドットス商会の名を語って脅迫じみた暴言を繰り返し浴びせたのですから。しかも連中「支店長命令で来た」とはっきり断言までしてくれましたからね」
「そう言えば……」
シャリアも確かに男たちが自分たちの上司――支店長であるアザイルに言われて来たことを明言したのを思い出した。しかも大勢の第三者の前で。
ということは、嫌がらせの時のように知らぬ存ぜぬを通すことは出来なくなった、ということだ。
「それと、クローディン公爵家の契約冒険者である私がエリーム魔法店の味方をしたことで、今後、迂闊な嫌がらせ行動は取れなくなるでしょう。大店である以上、大貴族との軋轢は避けたいはずです」
どんな経済力を持つ大商人でも、その土地を治める貴族や領主の不評を買っては商売にならない。ドットス商会もなんらかの貴族の後ろ盾があるようだが、公爵家以上ではないはずだ。
「しばらくは状況も沈静化するでしょう。その間に、なんとか解決の糸口をつかめれば良いのですが……」
「となると、気になるのはドットス商会に入った泥棒だな」
龍平の言葉の後に続いて慎也が口を開いた。
「なにが気になるの?」
良く判らない、と言った風に結衣が尋ねた。
「金持ちの家に泥棒が入るのは当たり前なんだろうが、金や宝石ならまだしも、魔導具や武器を盗む、っておかしくないか?」
「うむ、私もそれが気になっていた」
慎也の意見に龍平も頷いた。
単なる金目当ての物取りなら、普通は金や貴金属、宝石などの高価な貴重品を狙うはずである。だが、男たちの話によれば、犯人、もしくは犯人たちはそれらには一切手を付けず、武器や魔導具などをいくつも盗んでいったという。
どう考えても普通の盗人とは思えない。
「金や宝石が盗まれたというのなら単なる物取りで納得できるのだが、武器や魔導具を盗まれたとしたら……」
「ひょっとして、実際に使う為?」
恐る恐る、と言った様子でユフィアが口にした言葉で、その場が一気に緊張に包まれた。
「使う、って、なにに?」
シアーシャの問いに答える者は無い。というか、尋ねるまでも無いことだ。
人が武器を振るう相手のほとんどは、魔物か、人だ。
もしドットス商会から武具を盗んだ犯人が、金欠の為に武具類を買えなかった冒険者の類ならことは単純なのだが、遺憾ながら現状、キアナの街には大きな不安要素が潜んでいる可能性がある。
そして、それを長年追跡してきた龍平は――
「これは一度、話を聞いた方が良いな」
そう決断するのだった。
年始直後辺りからインフルエンザに罹ってしばらく執筆できませんでした。皆さんも健康には充分注意してください。m(__)m




