第118話 元気そうでなによりだ
メリー・クリスマス……………………なんか大っ嫌いだあああ(,,#゜Д゜):∴;'・,;`:
路地へと走り出した龍平は、徐々に大きくなっていく<恐怖感知>の反応にますます危機感を強めた。
「こいつは凄い。こんな強烈な恐怖は初めてだ」
感知系スキルである<恐怖感知>は、その名の通り他者の恐怖を感知できるというもの。その者の恐怖が大きければ大きいほど、反応も大きくなる。
いま龍平が感じている<恐怖感知>の反応は、いまだかつてないほど激しいものだった。
(まさかKか!?)
元の世界からずっと追いかけ続けてきた宿敵の姿が脳裏に浮かぶ。
だが、その後ろから彼を追いかける慎也たちだったが、後衛である結衣とユフィアはステータス差もあって龍平の速度に付いて行けず、かなり離されてしまっていた。付いて来ているのは前衛の慎也とセリシエルだけ。
「あれ?」
龍平の後を追うセリシエルが、ふとなにかに気付いた。
「ねぇねぇ、シンヤ。この先って……」
「…………ああ、そうだな」
実は慎也も気付いている。
龍平が向かっている先になにがあるのか。
彼が感じている恐怖の源が。
なにしろこの路地の先にあるのは、慎也も良く知る、キアナの街では知らぬ者がいない、スアード伯爵領最大最悪の恐怖の館――
「冒険者がマッドスネークなんぞに噛まれてんじゃねぇぞコラァァァァ!!」
「きゃああああああああああああああ!」
バチィィィン!!
凄まじい怒号と、若い女と思われる悲鳴――そしてそれを掻き消すビンタ音に、慎也は思わず顔色を青くして頬を押えた。
慎也にこの世界に来て最悪のトラウマを植え付けてくれたビンタ鬼――エンキの経営するヘル・ズ・ゲート医療院だ。
「な、なんだ、ここは?」
さすがの龍平もその外観の異様さと、中から聞こえてきた怒号、悲鳴、ビンタ音の三重奏に足を止めて驚愕していた。
「あーっと、龍平さん。ここは良いんだ。怪しい場所じゃない」
「いや、充分以上に怪しいだろうが。こんな怪しい場所初めて見たぞ!」
「……」
正論だけに慎也は言葉を詰まらせた。
「あれだ、外見は怪しいけど、ここはれっきとした医療院だ。オレも世話になったことがあるから間違い無い」
「泣いてたもんね、シンヤ」
しれ、っと余計な一言を口走ったセリシエルの頬を強めに抓る。
「だが、さっきの悲鳴は……」
「あれは……ちょっと変わった医療行為だ。心配無い。かなり痛いけど……」
「むぅ……確かに<恐怖感知>と<苦痛感知>は反応してるのに、<悪意感知>は反応しないな」
腕組みをしながら龍平が唸った。
(悪意なくやってるんだ、あれ……)
あのこの世のものとは思えないビンタを、エンキは悪意なくかましていたことを知って慎也は戦慄した。
悪意なく患者――怪我人にトラウマ級に痛いビンタをかます医者……
(鬼だな)
鬼人族であるエンキに「鬼」と罵るのは悪口に当たるのだろうか、とつまらない考えが慎也の頭を過った。
そこへ、遅れていた結衣とユフィアが到着する。
「はぁはぁ……みんな、速すぎ……」
「悪い人、い、いたんですか? ぜぇぜぇ……」
体力の無い2人は息も絶え絶えだ。
「残念だが空振りだ。どうやら龍平さんが感知したのは、診察中のエンキ先生だったらしい」
「「ああ、なるほど……」」
慎也の短い説明で2人とも納得してしまう。エンキに対する認識はキアナの街の住民共通なのだ。
「ところで慎也君?」
「なんだ?」
唐突に結衣が慎也に尋ねた。
「どうして慎也君はセリスちゃんのほっぺたを抓ってるの?」
視線を横へ向けると、頬を抓られたまま涙目のセリシエルと目が合った。
「すまん、忘れてた」
「ひどいんだよー。シンヤはレディに対するデリカシーが無いんだよー」
慌てて離すと、抓られた頬を摩りながらセリシエルが抗議してくる。さすがに自分に非があると認めた慎也は繰り返し彼女に謝った。
そんなことを話してる間にヘル・ズ・ゲート医療院の扉が開いて、先程の悲鳴の主が出て来た。
「お? 今回のエンキ先生の犠牲者……って、あれ?」
出て来た人影を見て、慎也が目を丸くした。
「ひっく、ひっく……おうちかえる」
「ほら、シア、しっかりしなさい」
エンキの餌食になったであろう、金髪のショートヘアに愛嬌のある顔立ちをした女性が泣きじゃくっており、その傍らで茶色いロングヘアーをポニーテールで纏めた、落ち着いた感じの女性が宥めている。
慎也たちとも何度か行動を共にしたことのある馴染みの冒険者――《槍穹の翼》であるシアーシャとフェルナだ。
「フェルナさーん! シアさーん!」
馴染みの顔を見つけた結衣が2人を呼ぶと、すぐに彼女たちも慎也たちに気付いた。
「なんでみんなここにいるのよ!? ちょっと、こっち見ないでよ!」
べそをかいた情けな顔を見られたと気付いたシアーシャが、慌てて慎也たちから顔を背けて涙を拭い始めた。
「気にするな。気持ちは「痛いほど」良く判るから」
同じくエンキのビンタを喰らった経験のある慎也は、本当に心の底からの同情を口にした。
「どうされたんですか、皆さん? ひょっとして、皆さんもどこか怪我でも……って、あれ!?」
質問している途中でフェルナが龍平の存在に気付いて大仰に声を上げた。
「あ、あなたはリョウヘイさんじゃないですか!」
「え!? リョウヘイさん!」
涙を拭いていたシアーシャも、フェルナの言葉を聞いて慌てて振り返った。
「おお、見たことある顔だと思ったら、あの時のお嬢さんたちか。久しぶりだな。元気そうでなによりだ」
龍平の方も2人に気付いて気安い言葉を投げかける。
以前、フェルナとシアーシャはとある商隊の護衛依頼を受けた際、盗賊に襲撃されて追い詰められていたところを、龍平に助けられたことがある。
「ご無沙汰してます。リョウヘイさんこそお元気そうでなによりです」
「お久ー。あの時はありがとうね、おっちゃん!」
「ちょっと、シア! 失礼でしょ!」
「構わんさ」
礼儀正しいフェルナが、恩人に砕けた言葉を吐いたシアーシャを嗜めるが、龍平自身はまったく気にしてい無い様子だ。
「ねぇ、どうしてシンヤたちがおっちゃんと一緒にいるの? というより、いつからこの街に?」
「街に来たのは今朝だ。慎也たちには、オレの仕事の手伝いをしてもらってる」
「仕事? おっちゃんって、確かあたしらと同じ賞金稼ぎだよね? そのお仕事、ってことは……」
「そういうことだ。この街に、非常に危険な犯罪者が入り込んだ可能性がある。慎也たちには、そいつを見つけ出す手助けをしてもらってるんだ」
「危険な犯罪者……」
フェルナが表情を強張らせた。キアナの街の住民としては当然だろう。
「……ちなみに、2人とも、怪我は良いのか? 医療院から出て来た、ってことは、なんか怪我してたんだろ?」
横から慎也がそんなことを尋ねた。
医療院にいるということは、つまり怪我をした、ということだ。しかもエンキのビンタを覚悟の上で、となると、けっこうひどい怪我を負ったという証左だ。
慎也も、もし腕を食い千切られるという、再起不能レベルの重傷でなければ絶対に来なかった。
「そうですね。実は魔物狩りの最中にシアがマッドスネークに噛まれたんです」
「マッドスネーク、って毒蛇ですよね? 大丈夫だったんですか?」
ユフィアが心配そうに訪ねた。
マッドスネークはレベル10前後の爬虫類系の魔物で、体長2メートル程度の蛇だ。
熟練した冒険者ならさして怖い相手ではないが、この毒蛇の得意技はもっぱら奇襲だ。レベルの割に<隠形>と<不意打ち>のスキルレベルが高く、不意に茂みから飛び出して獲物の手足に噛みついてくる。しかも結構強い毒を持っている。
「すぐに解毒薬を飲んだので大事には至らなかったんですが、念の為、エンキ先生に診てもらうことにしたんです」
「わたしは大丈夫だ、って言ったのに、フェルナが無理やり……」
しくしく、とシアーシャが泣き始めた。
慎也としても気持ちは判るのだが、判断としてはフェルナの意見の方が正しいと思った。
「その判断は正しい」
と、龍平も頷いた。彼も慎也と同意見のようだ。
「自分の身体というのは、自分では判らないものだ。万が一を考えるなら、早めに病院へ行っておいた方が良い。毒なら尚更だ。手遅れになってからでは、遅いんだ……」
「……?」
やたら深刻な表情になる龍平に、慎也はふと違和感を覚えた。
「で、大丈夫だったんですか?」
だが、深く考える前に結衣の言葉が彼を現実に引き戻す。
「ええ。すぐに解毒薬を飲んだおかげで中毒は起こしていなかったと。エンキ先生のお墨付きです」
にっこりとほほ笑むフェルナの答えに、結衣たちもほっと胸を撫で下ろした。
「ビンタされたけどね」
不貞腐れた様にシアーシャが呟いた。
「ならば僥倖だ」
龍平も安堵の笑みを浮かべた。
「冒険者は身体と健康が第一だからな。それを疎かにするような真似は厳に慎まんといかん」
「肝に命じておきます」
龍平の忠告を、素直にフェルナは受け入れた。
「なるほど、怪我は大丈夫なのか……2人とも、この後、なんか予定あるか?」
「? 特に無いけど、なんで?」
「いや、もしよければ、こっちに手を貸して欲しい、と思ってな。オレたちだけじゃ心許なくてな」
「さっき言ってた、リョウヘイさんのお仕事ですか? 別に構いませんけど、私たちで役に立つんですか?」
と、慎也の意見にフェルナが当然の疑問をぶつけて来る。
「オレたちだって大差無いさ。なら、人手は多い方が助かる。それに、2人も無関係じゃないしな」
「「?」」
事情が呑み込めず、フェルナとシアーシャは顔を見合わせて疑問符をうかべた。
「どうだろう、リョウヘイさん?」
「構わんぞ。確かに頭数は多い方が、むしろ助かるしな」
龍平は抑揚に頷いた。
◇◇◇
「――つまり、あの盗賊団と魔獣騒動の黒幕が、この街に潜んでいて、なにかを企んでいる、ということですか?」
「そういうことだ」
全員で連れ立って大通りを歩きながら、龍平はこれまでの経緯を簡潔にフェルナとシアーシャに説明した。
トロルを従えていた奇妙な盗賊団に、秘密結社の工作員と、彼らが造りだした人造魔獣アシュケロン。
フェルナとシアーシャも件の騒動の当事者だっただけに、説明は簡潔に済んだ。
「あれに関してはあたしたちもおかしいな、と思ってたんだけど、やっぱり裏で糸を引いている奴がいたんだ……」
「しかも、それが異世界人だったなんて」
「……君たちには迷惑をかけて申し訳ない。同じ世界の人間として、恥じ入るばかりだ」
自分と同じ異世界人が起こした事件で、この世界の住人に多大な迷惑をかけていることに居た堪れなくなったのか、龍平はその場に立ち止まって2人に頭を下げた。
「いえ、リョウヘイさんは悪くないです!」
「そうだよ。この世界にだって悪い奴は一杯いるからね! おっちゃんが謝ることじゃないよ」
頭を下げる龍平に、2人は慌てて首を振った。
「そう言ってくれるとありがたい」
それに応えて龍平が頭を上げた。
「でも、いったいどうやって――えっと、ケイでしたっけ? ――その男を探し出すんですか?」
「そうだよね。この街、田舎って言っても6000人住んでる訳だし」
慎也のそれと同じ疑問をフェルナとシアーシャも口にした。
「取りあえずは街を一通り見て回ろうと思う。あわよくば、オレの感知系スキルが見つけてくれるかもしれない」
龍平の感知系スキルの高さは先程慎也たちも目の当たりにした。この街はそれほど広くないから、回るだけなら1日で足りる。
上手くいけば、街に潜むK本人かその洗脳者を見つけられるかもしれない。
「それでダメなら、実際に街の住民への聞き込みだな。やはり現地のことは、現地人が一番良く判っているものだからな」
龍平の言う通り、この街は田舎であるが故に住民同士の結びつきも強い。もしも街になにか異変が生じれば、真っ先に察知するのは住民だろう。
「君たちもなにか心当たりはないか? 自分の身の周りで、最近なにか変わったこと、おかしなことが起こったりしていないか?」
「変わったこと?」
「おかしなこと?」
龍平の問いにフェルナとシアーシャは揃って首を傾げた。
「Kは必ず他人を扇動して犯罪者に仕立て上げる。だがそれは口で言うほど簡単なことじゃない。それなりの時間をかける必要がある。であれば、必然的にどこかに予兆が生じる。例えば、普段とは違うことをしたり、言動がおかしくなったり、知らない人間と会っていたり、というものだ」
龍平が噛み砕いて説明すると、フェルナがなにかを思い出したようにポン、と手を打った。
「そういえば……冒険者ギルドで聞いたんですけど、ここ最近、殺された魔物の死骸がいくつも見つかってる、とか」
「魔物の死骸?」
「ええ。普通、冒険者が魔物を狩った後は、死骸から魔晶核や素材として売却可能な部位を取り出した後、死骸は焼却します。ほっといたらアンデッド化しますから。けど、殺しただけで魔晶核も素材もそのままにされた魔物の死骸がいくつも見つかってるとか」
「……そう言えば、同じような話を聞いたな」
フェルナの話を聞いて、慎也も同じような話をギルドで聞いたのを思い出した。
「うん。マクレーンさんたちが言ってたね」
結衣も思い出したらしく、相槌を打った。
「ふむ。確かにおかしな話だ」
やはり気になるのか、思案顔で顎に手を当てて目を伏せた。
マクレーンたちの話では、どうも人間の仕業らしい、ということだったが、だとすれば、誰がなんの為に魔物を殺したのか。そもそもどうして金になる魔晶核や素材を放置するのか……
「あーっ!」
そこで不意にシアーシャが大声を発した。
声が大きすぎたせいで他の通行人たちがビックリして彼女の方へ目を向ける。
「ちょっとシア! 通りで大声出さないの!」
「あたしも知ってるよ! 変わったこと!」
フェルナの注意を意に介さず、シアーシャは大声で続けた。
「変わったこと、というのは、どういったものだ?」
「最近ね、ムカつく奴らが街に来てるのよ!」
龍平の問いに、怒りで顔を真っ赤にしたシアーシャが喚くように言った。




