第116話 君の主張は理解した
いつの世も、大人の都合や決め事に子供は振り回されるのです(´・ω・`)
「それで、次はどこ行くんだ?」
食事を終えて食堂を出た後、慎也が龍平に尋ねた。
「まずは騎士団の詰め所だ」
「冒険者ギルドに行くんじゃないんですか?」
結衣が不思議そうに聞いた。
Kという人物の情報は、元々冒険者ギルド経由で伝わって来たという話だったので、てっきりいの一番に冒険者ギルドへ向かうものだと思っていた。
「情報収集よりも情報共有の方が先決だ。見知らぬ土地での捜査には地元警察――治安維持当局との連携が不可欠だからな」
つまり、『探す』よりも『報せる』を優先させる、ということだ。Kが情報通りの人物で、この街に潜伏しているというのなら騎士団や憲兵に取っても看過できない事態だ。先日の魔獣騒動の元凶であるならばなおさらだ。
ならば騎士団や憲兵隊にもKの存在を報せるのは妥当だと言える。そもそも広いキアナの街に隠れているたった1人の人間を、慎也たちだけで探し出し、事態を収めるなど不可能だ。どうあっても騎士団の協力が必要だ。
「言いたいことは判るけど、果たして話を聞いてもらえるかどうか」
一応、騎士団とは何度か行動を共にしたことはあるし、団長であるイアンとは顔見知りだったが、今回はそもそもが龍平の直感による、単なる推測に過ぎず、確証もなにも無いのだ。
そんな不確かな情報を、果たして騎士団が信じてくれるかどうか……
「心配無い。オレに任せておけ」
だが、龍平は自信ありげにそう断言した。
騎士団本部は街の中心部にほど近い場所に建てられている。騎士と言う花型職業の本部にしては飾り気がなく、3階建ての大きな建物ではあるが、無駄な装飾を排した質実剛健という言葉を形にしたような造りで、城や屋敷と言うよりは砦に近い。
中央に中庭が存在し、それを取り囲むように建物が建造されている為、上から見ると「口」もしくは「回」の字に見える。中庭は騎士たちが剣術の訓練をする際に使用されるが、街の中心地である為にそれほど大規模な広場を作ることが出来ないので、魔法や乗馬といった、広い空き地を必要とする訓練については街の外にある訓練場で行われる。
あくまでもここは騎士団が有事に備えて待機する場所であり、訓練施設ではないのだ。
ちなみに、キアナの街には大きく分けると3種類の兵団が存在している。
1つは警備兵。
その名の通り街の警備を担当する者たちで、主に市壁の上での見張りや、市門で人々の出入りをチェックが役割となる。他に、領主の館などの要所の警護も熟している。
地球で言えば警備員と言ったところだろう。
2つ目は憲兵。
主な役目は治安の取り締まり。街中の警邏や、犯罪者の逮捕、摘発。あるいは先日の冒険者ギルド襲撃事件の時のように、事件現場の規制や保存なども任務の1つだ。
地球で言うと制服警官に当たる者たち。
そして、それら2つの兵団の上に立つのが騎士団。
領主より騎士号を叙任された者たちで構成されるエリート集団であり、領主直属の戦闘集団。
騎士と聞くと貴族の戦士と思われがちだが、必ずしも貴族の身で構成されている訳ではなく、元平民や冒険者の中から選ばれる者も多い。元孤児であったイアンはその最たる一例だ。
他にも、領軍に属する一般兵なども存在するのだが、彼らは普段、領内各地の街や砦に配属されている為、有事以外は街に来ることは無い。
「冒険者か? 騎士団の本部になんの用だ?」
本部の正面入り口に近づくと、玄関の両脇に立っていた警備兵に誰何された。
「失礼。私は龍平という者で、2級冒険者の『賞金稼ぎ』だ。この街に凶悪な犯罪者が潜伏している可能性がある。済まないが、出来るだけ上位の人間と話をしたい。出来れば団長に直接」
「「「「2級冒険者!?」」」」
龍平の言葉に驚愕の声を漏らしたのは、警備兵ではなく慎也たちだった。
「ん? 話してなかったか?」
「話してないよ!」
「聞いてないです!」
「初耳です!」
「寝耳に水なんだよ!」
あれ? と言いたげな龍平に、慎也たちが口々に訴える。
2級冒険者と言えばプロ、あるいベテランと呼ばれる者たちの領域であり、数ある冒険者の中でもごく一握りしか存在しない。
これまで慎也たちが知っている冒険者の中で(元1級であるウィルを除けば)1番等級が上なのは3級であるマクレーンとエミリータだったのだが、その上を行く存在が、よもや自分たちと同じ異世界人だとは夢にも思わなかった。
「すまんすまん。言い忘れとった」
「……後でちゃんと説明しろよ?」
軽い感じで謝罪する龍平。慎也は釈然としないものを感じつつも、ここで問い詰めては話を妨げることになると判断していったん引き下がることにした。
「……すまんが、続けていいかな?」
「おお、申し訳ない」
警備兵が話しかけると、龍平はすぐに謝罪して彼に向き直った。
「いくら2級冒険者とはいえ、事前の予約も無しに団長に会わせる訳にはいかん」
「まあ、当然だな」
警備兵は良識的判断できっぱりと拒絶したが、彼の回答は龍平の想定内だったらしく、肩を竦めて服の内ポケットからなにかを取り出した。
「実は私はさる貴族の契約冒険者でな。これがその証しだ」
彼が取り出したのは、家紋らしき紋章の刻まれた短剣だった。
それを見た途端、警備兵の顔色が変わる。
「こ、これはクローディン公爵家の紋章!?」
「そう言うことだ。取り次いでもらえるかな? 出来れば彼らも一緒に」
「す、少し待て!」
そう言い残すと、警備兵は慌てた様子で本部へと駆け込んでいった。
「クローディン公爵家、って、偉いの?」
「そりゃ貴族だから、偉いんだろ?」
龍平の背後でやり取りを見守っていた結衣と慎也がそんな平和な会話を交わしていた。
辺境暮らしが長い故に当人たちは知る由もなかったが、、ヤマト王国における貴族の階級は下から順に、士爵、準男爵、男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵となっている。
つまり、公爵とは最高位の貴族であり、実質、王に次ぐ位である、ということを本人たちが知るのは、ずっと後のことだった。
本部に駆け込んでいった警備兵は、ものの5分もしない内に戻って来た。
「団長がお会いになるそうだ」
「無理を言ってすまない。では行こうか」
慎也たちは龍平に促されるままに彼の後に続いて本部の中に足を踏み入れた。
彼らが案内されたのは、本部の最上階にある応接室だった。
「ようこそ。私が騎士団長のイアン・エルモントだ」
待っていたのは、慎也たちとも馴染みの深い騎士団長のイアンだった。彼に会うのは先日の人造魔獣騒動以来だが、その時に比べて少々やつれた、或いは疲れたような顔をしていた。
彼の背後には部下らしき騎士が3人ほど控えていた。うち1人は女性だ。
「お忙しい中、無理を言って申し訳ない。私はクローディン公爵家の契約冒険者をしております、龍平と申す者です」
丁寧な口調で自己紹介を述べて、龍平は頭を下げた。
それを傍で聞きながら、彼の一人称が「オレ」から「私」に変わっていることにいまさらながら慎也は気付いた。やはり刑事らしく、私事と職務とはきっぱりと分けているらしい。
「で、後ろにいるのは――」
「ああ、彼らのことは知っている。何度か共に戦った仲だ」
慎也たちを紹介しようとした龍平の言葉を遮って、イアンが説明する。
「そうなのか?」
「ああ」
そう言えば説明していなかったな、と慎也は思い至った。
「それで、君らはどういう関係だ?」
イアンは龍平ではなく慎也に向かって尋ねた。
「彼はオレと結衣の同郷の人間なんです」
「!」
慎也の一言でイアンの表情が変わった。
「すまないが、全員退席してくれるか」
後ろに控えていた部下たちにイアンが告げると、彼らは少し驚いた表情になった。
「しかし――」
「構わない。ここは大丈夫だ」
イアンの命令に3人の騎士――特に女騎士は不服な様子だったが、彼が重ねて告げると「失礼します」と言い残し、揃って退出した。
イアン・エルモントは、慎也たちが異世界人であることを以前から知っている。そして、そのことを内緒にする、と約束していた。部下を退出させたのはその為だった。
「やれやれ、この忙しい時に珍客を連れて来てくれたな」
「忙しかったんですか?」
「騎士団長というものは、忙しいか、凄く忙しいか、死ぬほど忙しいの3つしかない。ちなみにいまは、死ぬほど忙しい」
(結構ブラックなんだな)
気ままな冒険者になって良かった、と慎也は心の中で思った。
「お忙しい所、お手を煩わせて申し訳ない。重ねてお礼を申し上げる」
激務の中、時間を割いてくれたイアンに龍平は神妙に頭を下げて謝した。イアンは「構わないさ」と手でそれを制した。
「クローディン公爵家の者であれば、会わないわけにはいかない。それが異世界人ならなおさらだ」
「……やはり貴殿は慎也たちのことをご存じなのですね?」
先ほど、慎也が龍平のことを「同郷の人間」だと紹介したことで、龍平もイアンが慎也たちの事情を知っていることを察したようだ。
「ああ、知っている。同じ異世界人である君がどういった経緯でクローディン公爵家に雇われたのか興味はあるが、いまは時間が惜しい。ここへ来た用件を聞かせてくれるか?」
「判りました。では手短に――」
そう言って龍平は自身のこれまでの経緯と、この街に来た理由を簡潔にイアンに説明した。
Kという人物の異常性――
彼が先日の人造魔獣騒動の黒幕である可能性が高い――
そして現在、この街に潜んで、新たな事件を企てているかもしれない――
自分はその捜索の為にここまで来た――
時間にしておよそ10分ほどだったが、話を聞き終えたイアンはいっそう疲れの色を濃くして、両目を揉み解していた。
「……言いたいことは判った」
心なしか、声にも疲労が滲み出ていた。
「それで、君は我々になにを望む?」
「キアナの街の封鎖と、憲兵を総動員しての市内の徹底捜索……と、言いたいところですが、当然それは無理でしょうな」
「当たり前だ」
思わずイアンは鼻白んだ。
そもそも市内にKが潜んでいるという可能性すら、根拠の無い龍平の推測に過ぎない。そんな不確かなことで大規模な捜索活動など行えるはずも無い。
「それは理解しています。というより、もしもKがこの街で新たな事件を起こそうとしているなら、恐らくもう手遅れだ」
「どういう意味だ?」
「過去の事例からして、奴は既に仕込みを終えている可能性が高い。既に街の住人の誰かが奴に洗脳され、犯罪者と化してしまっている、ということです。ならば、いま我々がやるべきことはKを見つけることではなく、洗脳されてしまった者を可能な限り早く見つけ出して、被害を最小限に留めることです」
「……仮に住民の誰かを洗脳できたとしても、住民のほとんどは戦うことも出来ない平民や商人、職人たちだ。彼らを洗脳したところで、いったいどれほどのことが出来るというんだ?」
「運が良ければ十数人の犠牲者が出るだけで済みますが、悪ければ数百人単規模の死者が出ることが予想されます」
「……馬鹿な」
間髪入れず返された龍平の答えに、イアンは信じられない、という表情になる。
「それがKという男の恐ろしさです」
イアンの目をしっかりと見つめながら龍平は続けた。
「奴はどこにでもいる平凡な一般人を、恐ろしい殺戮マシーンに変えてしまう。誰しもが心に抱えている不満や葛藤、心傷、あるいは嫉妬や不安を巧みに刺激し、逆撫でし、時に否定し、あるいは肯定して……最後に暴発させる。なにより恐ろしいのは被害を拡大させる為に、洗脳者に自ら武器を与える点です。洗脳者が起そうとしている犯罪に対し、最も適切かつ効果的な武器――早い話が、もっとも犠牲者の出やすい武器を。身体1つの人間ならそれほど怖くはありませんが、与えられる武器によっては大きな脅威になり得る。私はこの世界に来てまだそれほど日は経っていませんが、これまで見た武器、取り分け魔導具の類は、素人が使っても大きな効果を発揮する物が多数存在しています。Kの好みそうな道具が。奴なら必ず、それらを使ってこの街の住人の誰かを犯罪者に仕立て上げ、同じ住民を殺戮させるでしょう。それは断言させていただきます」
「……」
普段なら一笑に付すような話だったが、イアンはそれが出来なかった。クローディン公爵家という最上位の貴族に雇われているということもあるが、それ以上に龍平の言葉には不思議と真に迫るものが含まれていた。
この男の言葉を無下にするのはまずい――そう思わせるなにかを感じさせる。
刑事だった龍平と、騎士団長のイアン。共に犯罪者を捕らえ、身を挺して人々を守る責務を負った者同士であるが故、なにか通じるものがあるのかもしれない。
「……君の主張は理解した」
しばらく考え込んだ後、イアンはそう切り出した。
「いまの段階では大々的に動くことは出来ないが、ひとまず警備兵と憲兵にその男の特徴を伝え、注意する様に通達を出した上で、市内の宿屋を捜索させよう」
「ありがとうございます」
協力を約束してくれたイアンに、龍平は深々と頭を下げた。
「他になにか望むことはあるか?」
「……では、2つだけよろしいでしょうか?」
遠慮がちに龍平が言う。
「言ってみろ」
「私自身もこの街でKの捜索を行うつもりですが、なにぶん冒険者の身分では行き届かない場所や状況もありますので、可能であれば憲兵と同じレベルの捜索を行えるよう、団長殿のお墨付きを頂きたい」
「……判った。後で許可証を出そう」
「かたじけない!」
本来であれば冒険者が憲兵と同等の権限を持つことなどあり得ないのだが、2級以上の『賞金稼ぎ』であれば、現地の治安維持組織の許可を得れば、一時的に上級憲兵と同じレベルの捜索権限が与えられる。もしこれが1級であれば騎士レベルの権限が与えられることもある。
「で、2つ目は?」
もう1つのお願いはなにかと、イアンが尋ねた。
「私はキアナの街に来たばかりで、市内のどこになにがあるのか、まったく判りません。なので捜査を行うにあたっての助手として、慎也たちの同行を許可していただきたいのです」
「「「「え!?」」」」
傍で話を聞いていた慎也たちが揃って間の抜けた声をハモらせた。
「いいだろう」
「「「「え!?」」」」
自分たちの意見も聞かずあっさりと許可を出したイアンに、またしても声をハモらせる。
「彼らは冒険者だからな。本人たちの立場を考えて、私がギルドを通して指名依頼を出しておこう」
「なるほど。それなら彼らにも得はありますな」
指名依頼は、依頼者が仕事を引き受ける冒険者、あるいはパーティを指名すると言うもの。指名依頼を受けられるということは、実力を評価されている証しであり、依頼を達成した際のポイントも高い。だが反面、断った場合、ギルドの査定が通常よりも大きくマイナスされてしまう。
つまり、一度出されると非常に断りにくいという一面を持つ。ましてや、それが騎士団長の立場にある者の依頼なら尚更だ。
「そう言う訳だ、シンヤ。彼に協力して市内の捜索を手伝え」
「すまん、慎也君。いまオレには君らしか頼れる者がいないんだ」
「……オレらの意見は?」
おずおずと慎也が尋ねてみるが……
「街の為だ。つべこべ言わずにやれ」
「すまん」
固い口調で命令してくるイアンと、両手を合わせて拝み倒すように謝罪する龍平。
2人の大人の勝手な判断の結果、慎也たちは否応なく龍平の捜査に協力させられることとなった。




