第115話 奴は必ずこの街にいる
刑事と言えど、異世界でチート無しに生きていくのは厳しいのです。けど彼らには、「刑事の勘」という武器があります。(´・ω・`)
「ここがキアナの街か」
市門を潜った先で、龍平が街並みを見渡しながら呟いた。
結局、慎也たちは魔物狩りを行わないまま龍平を連れてキアナの街へとんぼ返りすることになったのだが、龍平が言っていたKなる人物が街に潜んで事件を画策しているかもしれない、と聞かされては仕方ない。
「勢いで帰ってきちゃったけど、ホントにいるのかな?」
と、結衣は若干懐疑的だった。
「いないのならそれで良い。オレたちの取り越し苦労だった、ってだけだからな」
「おう、なかなか良い感性をしとるな、慎也。お前さん、やっぱり刑事に向いとる」
「そうか?」
「うむ。刑事たる者、どのような些細な事件の兆候も見過ごしてはならない。例えそれがほんの微かなものであったとしても、疾く駆け付ける。取り越し苦労であったと判った時は、がっかりするより喜ぶものだ。事件でなくてよかった、とな」
「……まあ、判らなくはないけどな。ただ、オレは刑事じゃなくて冒険者だ。騎士や憲兵とは違う形で街の人たちを助ける立場にあるからな。っていうか、あんたもそうだろ?」
「おお、その通り。この世界ではインターネットや電話といった通信手段がほとんど無い。しかも、騎士や憲兵と言った組織は自分たちの領地の犯罪者は取り締まるが、他の土地へ逃げた連中は追いかけない。Kみたいに単独で動き回る奴を追うには、冒険者の方が都合が良い」
「ということは、リョウヘイさんは『賞金稼ぎ』ですね」
ユフィアが尋ねる。
冒険者と一言で行っても、その役目は多岐に渡り、大抵の冒険者は1つの仕事を専門に扱う。
すなわち――
魔物討伐なら『魔狩人』。
盗賊退治なら『賞金稼ぎ』。
遺跡や迷宮の探索なら『探索者』。
要人や荷物の護衛なら『護衛者』。
薬草や鉱物の採取、採掘なら『回収者』。
――といった具合だ。
魔物を専門に狩る慎也たちは魔狩人。
そして、盗賊を初めとした犯罪者を捉えるのは賞金稼ぎの役目だ。
「そういえば、確かそんな名前だったな……」
「だったな、って、ずいぶんいい加減だな」
「昔から難しい話はどうも苦手でな……」
「……それでよく刑事が務まってたな」
若干呆れてしまう慎也だったが、そう言えば食料を落とした上に不用意に森に入って遭難していたのを思い出して、こっそりため息を付いた。
「いやしかし、良い街だな、ここは!」
龍平が焦って強引に話を逸らした。
「のどかな田園地帯に緑豊かな森! それでいて古風で活気のある街並み! いままでいろんな場所を回ってきたが、ここの空気が一番気に入った!」
「そうなんですか?」
尋ねるユフィアだが、故郷を褒められてどことなく嬉しそうだ。
「オレは江州の田舎の生まれだったからな。スアード伯爵領とキアナの街の雰囲気は、どことなく故郷を思わせる」
「ゴウシュウ、ってどこ? オーストラリア?」
日本人の結衣が、聞いたことの無い地名に首を傾げる。
「滋賀県のことだよ」
慎也が答えた。
「え? 滋賀県ってゴウシュウ、っていうの?」
「昔はな。元々滋賀県は近江って呼ばれてたけど、近江の『江』の字を取って『江州』って別名でも呼ばれてたんだ。有名どころで言えば、江州音頭か。あれは滋賀県発祥だから『江州』音頭、って呼ばれてるんだよ」
「おお、さすが戦国マニアだね!」
「なかなか詳しいな、慎也。感心したぞ」
対して役にも立たない豆知識に、結衣と龍平の日本人組は大いに感心していたが、当の本人は肩を竦めただけだった。
「つーか、滋賀県を江州なんて呼ぶ奴、初めてだよ。長野県のことも信州って呼んでるのか?」
「うむ、その通り! 信州蕎麦は大好物だった。出来ればまた食べてみたいもんだ!」
「……あんたいつの時代の人間だよ」
時代遅れというには些か極端な龍平に、もう何度目か判らないため息を吐く慎也。
「それでそれで、リョウヘイさん。これからどこ行くの? やっぱり冒険者ギルド?」
いままで黙って話を聞いていたセリシエルが言いだした。
「その前に、まずは飯だな!」
「はぁ?」
大声で言いきった龍平に、慎也は思わず間の抜けた声を漏らした。
「食べ物を恵んでもらった立場で言うのもなんだが、やはり干し肉と水だけでは満腹とは言い難くてな。本格的に動く前に腹ごしらえをしておきたい。腹が減っては捜査は出来ぬ、というからな」
「捜査じゃなくて戦だろうが! いいのかよ、そんなのんびりしてて?」
「焦りは禁物だ。焦燥は稚拙を招き、稚拙は誤認に繋がる。そもそもオレはこの街に来たばかりで、まだ街のことをほとんど知らん。そんな中で捜査を行っても結果は望めん。まずは食事をしながらこの街のことを教えて貰えないか? 君らのことも聞きたいしな。なに、助けてもらった礼に、オレが奢らせてもらう」
「――っ」
龍平の言うことも一理ある、と慎也は納得した。
相手は魔物ではなく人間。それも相当な知能犯だ。そんなの相手に、焦って行動を起こしても結果は知れている。
「オーケー、判った。乗りかかった舟だ。とことん付き合ってやろうじゃないか。まずは、行きつけの美味い食堂に連れていってやるよ」
「おお、そいつは楽しみだ! 旅の最中は保存食ばかりで飽き飽きしとったからな!」
喜色満面な龍平を伴って、慎也たちは行きつけの食堂へと足を向けるのだった。
◇◇◇
「……なるほどな。転移直後に運良く親切な人に保護され、教えを受けて冒険者になった訳か」
「まあ、そんな感じだ」
慎也たちの行きつけの食堂で遅めの昼食を取りながら、慎也は龍平に、自分たちがこの世界に来てからの経緯をざっくりと説明した。
既に昼食には遅い時間帯であった為、食堂内に人影はまばらだ。それでもあまり人にか聞かれたくない話だったので、5人はやや声のトーンを落として話をしていた。
「そう言うあんたは今日までどうしてたんだ、龍平さん」
「オレか? 君らと似たようなもんだ。飛行機のエンジンが爆発を起こしたと思ったら、気付けば見知らぬ山の中。訳も判らず彷徨っていたら、小さい女の子を連れた高齢のご婦人に出くわしてな」
「女の子を連れたお婆さん? 山に芝刈りに来てたとか?」
「川に洗濯だろ?」
昔話的なことを言いだした結衣に、すかさず慎也がツッコミを入れる。
「2人ともなんの話をしてるのかな?」
「さぁ?」
事情を知らないセリシエルとユフィアは首を傾げている。
「で、お婆さんに出会って、どうしたんだ?」
「その場で取り押さえられた」
「何故!?」
いきなりの急展開に、慎也は目を見開いて驚愕を露わにした。
「後で知ったんだが、ご老人はこの国の貴族……しかもかなり位の高い家の現当主で、女の子はその孫だったんだ」
「ああ、なるほど。そんな偉いさんに怪しい格好をしたおっさんが不用意に近づいたら、そりゃ捕まるわな」
そう言う人の近くには当然護衛もいるだろうし。
むしろ、取り押さえられられるだけで済んだのは僥倖で、下手をすれば斬り捨てられることだってあり得る。
「まあ、否定はせんな……」
当人もバツが悪そうにしながらも肯定した。
「それで、その後はどうなったんですか?」
ユフィアが先を促す。
「その時はかなり焦ったな。オレもこの世界に来たばかりで事情がさっぱりだったからな。ただ、幸いにして話の判るご婦人で、向こうの方が先に事情を理解してくれたよ。オレが、この世界に来たばかりの異世界人だ、ってことにな」
「あ、私たちと同じだ」
結衣の言葉で、そう言えば、と慎也も思い出した。
ウィルと出会った直後、彼はすぐに自分たちが異世界人であることに気付いた。
「知っていると思うが、この国は異世界人が興した国で、異世界人に寛容なんだ。本人が望めば保護してもらえたり、あるいは法に触れない限り異世界人の行動を妨げてはならない、という法律まであるらしい。それらと御当主の好意もあって、オレはその家で保護してもらえることになった。ここが地球とは別の世界だと言われても、最初は正直信じられなかったが、魔法やらステータスやらを見せられれば、信じざるを得なかったな。はっきり言って、悪い夢でも見てる気分だった」
「気持ちは判る」
慎也たちもそうだっただけに、この世界に来たばかりの龍平の心中は大いに察することが出来た。
「へぇ~、貴族かぁー……私たちはまだ会ったこと無いよね」
「なに言ってんだよ。イアン様は名誉士爵ってれっきとした貴族だろうが」
テーブルの上に頬を付いてぼやく様に言う結衣に慎也が告げると、当人は思い出したようにポン、と手を打った。
「あ、そうだった。でもあの人は元平民から貴族になったんでしょ? 生粋の貴族はまだだよね?」
「まあ、確かにそうだけど」
この辺にいる生粋の貴族といえば、領主であるスアード伯爵だろうが、慎也たちはまだ会ったことが無かった。
「それで、その後はどうなったんですか?」
「しばらくはこの世界について色々と勉強しとった。座学をやるのなんざ警察学校以来だったんでかなりきつかったがな。あと、その家に仕える騎士の連中に武術の手解きも受けていた。生憎魔法を使うことは出来なかったが<闘気>の素質はあったらしくてな。必死に練習したお蔭で今じゃ、騎士団の連中よりもうまく扱えるようになった」
「……ちなみに龍平さんは、元の世界で武術の経験とかあったりするか?」
話を聞いていた慎也が不意にそんなことを尋ねた。
「そりゃあ元警察だからな。柔道は紅帯で、剣道7段だった。あと、合気道なんかもやっとったが、それがどうかしたか?」
「いや、オレも元の世界で剣術や格闘技、あと射撃なんかやってたんだ。で、オレに武術を教えてくれた人に言わせると、オレたち異世界人はこの世界の人間に比べてスキルが上達しやすいらしい。元の世界で培った技術なんかは特にな。龍平さんが短期間で本職の騎士より上達したのは、やっぱそれが理由なのかなー、っと」
普通の考えてみれば、わずか2年ほどで本職の――それこそ、何年、あるいは10年以上前からそれ一筋に打ち込んできた騎士や冒険者を凌駕するなど、到底不可能なのだ。
にも拘らず、慎也は剣術や体術で、そして結衣は魔法で、本場の剣士や魔法使いと遜色ないレベルにまで到達している。加えていま聞いた話では、龍平も同じらしい。
少なくとも元の世界で培った技術に関しては、他の技術に比べてスキルレベルの成長率が高いことは間違い無さそうだ。
(けど、魔法とか<闘気>みたいな元の世界に無かった概念に関してはどうなんだろうな……)
結衣の魔法の習得率に関しても、地元民に比べるとかなり早いということだった。だが、当然ながら結衣は元の世界で魔法など嗜んでいない。龍平の<闘気>も同じだ。
慎也がそんなことを考えていると――
「お前、銃を撃ったことがあるのか!? 銃刀法違反だぞ!」
何故か全然関係無いことで龍平が声を上げた。
「アメリカで、だよ。オレは一時、アメリカに住んでたことがあったから」
「そうか。なら良い」
納得して龍平は腰を下ろした。
というか、いまさら銃刀法違反だの言われてもなんの意味も無いだろ、と慎也は思った。
そんな慎也の心の声に気付いたのか、龍平はバツが悪そうに、こほん、とわざとらしい咳払いをしてから、話を続けた。
「……オレは一応、その貴族に仕える武官と言う立場に収まっとったんだが、ある日、偶然別の異世界人と出会ってな」
「「!!」」
別の異世界人と聞いて、慎也と結衣が思わず色めき立った。
だが、続く龍平の言葉を聞いてそれは落胆に代わる。
「残念ながら死体だったが」
「……死んでいらしたんですか?」
2人の脳裏に、魔物に喰い殺された元同級生の亡骸が過った。
言葉を失った2人に代わってユフィアが尋ねた。
「ああ。騎士団と一緒に領内の魔物討伐に出向いた時に見つけた。バカでかいクモの魔物の巣でミイラのようになって吊るされとった。クモを退治して死体の所持品を検めたら、パスポートが見つかったんだ。おまけに、オレが乗っていたのと同じ飛行機の航空券もな。折しも巷では異世界人が何人も現れた、という噂が聞こえ始めて確信したよ。そいつらはみんな、あの飛行機の乗客だ、ってな」
「……その中にKもいるはずだ、と?」
慎也の言葉に、龍平は神妙な面持ちで頷いた。
「元の世界のしがらみが無ければ、あのまま武官として生きていくのもありだったかもしれんが、Kがこの世界に来ている以上、そうはいかん。だからオレは御当主にお願いして、お側を離れる許可を頂いた。必ずKを逮捕して戻って来る、という約束してな。しかも御当主は、オレの為に手を尽くして冒険者と言う立場といくつもの資格、権利を与えて下さった。まったく、至れり尽くせりで涙が出る」
目頭を押さえて感慨深げに龍平は呟いた。
「で、御当主に頂いた伝手を生かして情報を集めていたら、この街の冒険者ギルドからKらしき人物が現れた、という情報が流れてきて、こうして足を運んだ、という訳だ」
そう述べて龍平は説明を締めくくった。
「ってことは、あんたは契約冒険者か?」
「ああ、確かそんな名前だったな」
契約冒険者とは、特定の人物や組織に雇われている冒険者のことを言う。
慎也たちは基本的に自由契約で、特定の人物や組織に長期間雇われることはない。その分、気楽ではあるが、なんらかのアクシデントで依頼が途絶えたりすると、金銭的に困窮するリスクを孕んでいる。
一方の契約冒険者は、貴族や大商人などの有力者に常時雇われている為、他の冒険者と同様にギルドから依頼を斡旋してもらうことは可能だが、基本的に雇い主の意向を尊重しなければならない。だが一方で、雇い主から定期的に報酬を得られる為、自由が無い分、金銭的には安定している。
例えば、商工組合や大商人ともなると、商いの為に大量の商品や荷物を各地に輸送しなければならない。当然、魔物や盗賊に備えて冒険者などの護衛が必要になってくる。しかし、常に腕利きの冒険者を護衛として雇える訳では無い。彼らも他に仕事を抱えていたり、不在だったりすることは多い。
なので、どうしてもいつでも護衛を引き受けてくれる専属の冒険者が不可欠なのだ。
他にも、貴族に雇われている冒険者も多い。
多くの貴族の場合、直属の騎士団や兵士を抱えていたりするのだが、彼らの主な任務はもっぱら護衛と治安維持。それ以外の仕事――例えば領内の魔物の討伐や薬草の採取、人探しなど、騎士や兵士には出来ない仕事をすぐに任せられる都合の良い人材として彼らは重宝されている。
特に貴族の場合、腕の良い冒険者を雇っていることが一種のステータスとされているので、彼らに雇われている契約冒険者はかなり多いのだ。
「もっとも、やってることはフリーランスと変わらんがな」
自嘲気味に龍平が笑う。
「取りあえず、あんたの事情は理解した」
この世界に来て、結衣以外に初めて会った異世界人。その出会いに行幸を感じつつも、慎也は取り急ぎ本題を切り出した。
「で、肝心のKって奴、ホントにこの街にいると思うか?」
「いるとも」
迷う素振りすら見せず龍平は即答した。
「どうしてそう思う?」
「この街の空気からは事件の匂いが漂っとる。それもK特有の、悪意に満ちたどす黒い異臭だ」
「ほぇ? 臭い?」
セリシエルが訝し気に鼻を鳴らした。結衣やユフィアも真似してるが、判るはずもない。
「要するに、刑事の勘、という奴か?」
胡散臭い目で慎也が尋ねる。
「いいや、確信だ」
だが龍平は再度断言した。
「奴は必ずこの街にいる。この街のどこかで悪意の種を撒いている。いつ花を咲かせてもおかしくない。いや、ひょっとしたらすでに始まっているかもしれん」
確信に満ちた龍平の言葉に、慎也は背筋に冷たいものが走るのを感じた。




