第114話 もしかして刑事か?
新章発表です(=゜ω゜)ノ
「ある男?」
急に雰囲気の変わった龍平に、慎也が聞き返す。
そう言えば、フェルナとシアーシャから話を聞いた時も、リョウヘイという異世界人は誰かを探しているようだった、と言っていた。
「君らはキアナの街の出身なら、最近街でこの男を見かけなかったか?」
そう言って龍平が懐から取り出したのは、1枚の紙きれ――否、写真だった。慎也がそれを受け取り、背後から仲間たちが覗き込む。
「わっ! 凄い、なんですかこれ!? 絵? それにしてはリアルすぎです!?」
「まるで人が紙の中に閉じ込められてるみたい!?」
生まれて初めて写真というものを目の当たりにしたユフィアとセリシエルは、まるで子供の様にはしゃぎまくっている。
一方で、慎也と結衣の日本人組は冷静だった。
「これは写真といって、簡単に言うとカメラって言う機械――こっちで言うところの魔導具みたいなものを使って、景色や人物を紙に転写したものなの」
結衣が写真を知らないユフィアとセリシエルに説明した。
「凄い……異世界には便利な道具があるんですね!」
「私も写して欲しいんだよ!」
初めて見る異世界――地球の文明の一端を見たユフィアとセリシエルの興奮は収まらない。
写っていたのは1人の男だった。
年は30~40くらい。癖のある長い髪は燃えるような赤色で、それを肩口で結わえている。上物のスーツを着て、車を運転しているところを隠し撮りした写真のようだ。
「詳しい話は後にするとして、龍平さんはこの写真の人を探してるんですか?」
「ああ。君らは見かけたことはないか?」
「うーん……私は知らないけど……みんなはどう?」
「私も見たこと無いですね」
「知らないんだよ」
結衣が仲間たちに聞くと、ユフィアとセリシエルが共に首を横に振った。
「慎也君は? ……って、慎也君?」
そこに至って結衣はようやく気付いた。
写真を受け取った直後から、慎也がずっと無言でいることに。
(……なんだ?)
写真に写る男の姿を見た瞬間から、奇妙な違和感を慎也は感じていた。
見覚えのない、まったく知らない男だ。
どれだけ記憶を探っても思い当たる人物はいない。この世界でも。地球でも。完全に見知らぬ他人……の、はずだ。
なのに、何故か慎也は写真の男に既視感を感じていた。
どこかで会ったことがあるような……
「慎也君?」
「!?」
結衣に肩を叩かれ、慎也の意識が現実に戻って来た。
「悪い。オレも見覚えが無いけど、あんたはどうしてこいつを探してるんだ?」
写真を龍平に返して慎也が尋ねる。
さっきの龍平の雰囲気からして、単なる知り合い――友人の類では無さそうだ、という予感があった。
「オレはずっとこの男を追いかけて来たんだ。元の世界でも。この世界でも、な。こっちに来た年月を含めると、もう8年以上になるか……」
「8年!?」
結衣がビックリして声を上げた。
だが慎也の方は、それを聞いてなんとなく龍平と写真の男との関係が判った気がした。
追う者と、追われる者の関係。
すなわち――
「もしかして刑事か?」
問うと、龍平はニヤリと笑った。
「お前さんは勘が鋭いな。刑事に向いてるんじゃないか?」
その言葉が、慎也の推測が正解であることを物語っていた。
「いかにも、オレは元警視庁国際犯罪対策部の刑事だった。ちなみにフルネームは水条龍平。一応警部だったんだ」
「わっ! 本物の刑事! 初めて見た!」
龍平が刑事と知って結衣が喜んだ。
ドラマとかでよく見る刑事に実際に会えて興奮しているのかもしれない。
「ケイジ、ってなんです?」
なにも知らないユフィアが慎也に尋ねた。
「刑事、ってうのは、簡単に言うと、向こうの世界で犯罪者を捕まえる役目を負った人のことだ。こっちの世界で言えば、騎士みたいなもんさ」
ざっと説明する慎也だったが、元々警察という組織に関する知識に乏しい上、現代日本とこの世界とでは文明も国の組織体系もまったく違うので、慎也自身も良く判らない所があったのだが。
「で、その刑事さんが追いかけてる男ってことは、やっぱり……」
「ああ。こいつは元の世界で、20カ国以上の国々から指名手配を受けていた、凶悪な国際指名手配犯だ」
それを聞いて、やっぱり、と慎也は顔を顰める。
「コクサイシメイテハイハン?」
今度はセリシエルが首を傾げている。
「要するに、いろんな国から追われているとっても悪い犯罪者、ってこと」
結衣がセリシエルに説明した。
「こいつは、我々の間で『K』という通称で呼ばれておった男だ」
「K?」
妙な通称に慎也が首を傾げる。
「ああ。本名は元より、年齢も国籍も経歴も不明。ただ、名前を名乗る時は必ずアルファベットの”K”の付く偽名を名乗っていたことから『K』と呼ばれるようになった。だが、裏の世界では『病原菌』の異名で広く知られていた」
「『病原菌』? なんだそれ? バイオテロでもやったのか?」
この世界ではどうか知らないが、地球には身体に深刻な害を及ぼす神経ガスやそれらを用いた兵器が多数存在していた。
慎也や結衣が生まれる前――日本国内でもカルト的な宗教団体によって使用され、多くの人命を奪ったテロが実際に起こったことは彼らも知るところだ。
だが龍平は首を横に振った。
「この男は世界中――地球の方だが――で幾度も犯罪行為を起こしている。確認が取れているだけでも数十件。実際の数はその10倍とも言われているほどに。だが奴自身が直接犯罪を犯すことはほとんど無い。ただ切っ掛けを作るだけだ」
手にしたKの写真を睨みつけながら龍平は続ける。
「Kは扇動、策謀に恐ろしいほど長けた人物だった。奴は人間を言葉巧みに誘導し、心のタガを外させ、犯罪に走らせる、という行為を何度も繰り返していたんだ。自分は手を汚さずに無関係な他人に犯罪を起こさせ、自分はそれを傍観して愉しむ――それが奴の手口だ」
「……なんだよ、それ?」
Kという男の、あまりと言えばあまりの手口に、慎也は吐き気すら覚えた。
他人に犯罪を起こさせ、、自分はそれを高みの見物をして愉しむなど、慎也の理解の範疇を軽く超えていた。
「奴のターゲットにされた者は多数に上る。会社員、学生、スポーツ選手、芸能人……果ては警官に弁護士といった者まで。中には妊婦すらいた。Kはそれまでは犯罪とは無縁だった者たちを言葉巧みにそそのかし、次々と犯罪者に変えていった。しかもその多くが殺人や強盗といった凶悪犯罪ばかり。奴によって犯罪者に身を落とした者もさることながら、それらの犯罪行為によって犠牲になった人の数は優に万を超えるだろう。なにしろ奴は犯罪だけでなく、無差別テロや紛争すら誘発していたのだからな。
人間に感染し、犯罪という病気を発症させ、時には戦争というパンデミックすら引き起こす――故に『病原菌』だ」
「……オーケー。そいつがとんでもなくヤバい奴だということは判った」
そこまでで充分だ、と言わんばかりに慎也は龍平の話を遮った。見れば、結衣も顔色を青くしている。同じ地球出身だけに、Kという男の所業がいかに凶悪なものか、理解するには充分だったのだろう。
だが、本当の問題はそこではない。
「聞くまでもないと思うけど、そいつもあの飛行機に……」
「ああ。乗っていたんだ」
忌々しそうに龍平はKの写真を睨みつけた。
「オレは6年以上もの間、この男を追いかけてきた。そしてあの日、ようやく奴の足取りを掴んだ。奴が日本に向かおうとしていることを知り、密かに追跡して同じ飛行機に乗り合わせることが出来た。後は、日本に到着後、空港で待ち伏せている警官隊と共にKを逮捕する……それで終わるはずだったんだが、それがまさかこんなことになるとは夢にも思わなかった」
そう言って龍平は自嘲気味に笑った。
彼の心中は察して余りある。長年追いかけてきた凶悪犯を、あと一歩の所まで追い詰めることが出来たところへ、まさかの異世界転移。
その無念や遣る瀬無さは想像を絶することだろう。
「つまりこいつもこの世界に来ていて、あんたは未だに追いかけている、と」
「その通り。Kを逮捕することがオレの義務であり、宿命だからな。異世界だろうが宇宙の果てだろうが時の彼方だろうが、どこまでも追いかけて必ず逮捕してやる。オレが生きている限り、奴は絶対に逃げられん。逃がさん!」
(凄ぇ執念だな……)
某怪盗3世を追いかける某警部並の執念を感じて、慎也は冷や汗が背中を伝うのを感じた。異世界転移と言う超常現象に巻き込まれても逮捕を諦めないその執念は戦慄に値する。
「けど、そのKという男がこの世界に来ていたとしても、いまも生きている、という確証はあるのか? ひょっとしたら、もう死んでる、って可能性もあるんじゃないか?」
この世界は元地球人にとっては生きるに厳しい環境だ。魔物や盗賊が跋扈し、文明水準も低く、インフラも未整備。おまけにチートなんて便利な物は存在しない。
一般人にしろ犯罪者にしろ、そんな環境にある日突然放り込まれれば生き残るのは至難の業だ。慎也と結衣は運良くユフィアと出会い、ウィルに保護されたことでどうにか生き残ることが出来たが、一方で、慎也たちとほぼ同じ場所に転移して来た学友は、魔物に喰い殺された。
Kという男が同じ末路を辿っていても不思議では無い。
「いや、奴は生きている」
だが龍平は確信に満ちた目でそう断言した。
「なんでそう言い切れるんだ?」
「刑事の勘だ」
言い切った龍平に、慎也は密かにため息を付いて頭を掻いた。
「それにな、オレがここへ来たことと関係あるんだが、どうもここ最近、Kの仕業と思しき事件がいくつも起こってるんだ」
物憂げな顔で龍平が言う。
「真面目で勤勉な憲兵が、ある日突然、家族を惨殺したり、何十年も主家に忠節を尽くして来た家臣が反乱を起こしたり、その地域で1番腕が良く信頼を得ていた冒険者パーティが強盗に変貌したり……同じような事件が他にも何件か。そのいずれも、事件直前に赤い髪の男が犯人と接触していたそうだ」
「うーん、確かにそれは怪しいっちゃ怪しいけど……」
実際、日本ならともかく、この世界に於いては赤髪など珍しくもなんともない。なので、それらの目撃情報は偶然という可能性も決して低くは無い。
「それとキアナの街に来ることと、なんの関係があるんですか?」
今度はユフィアが質問した。
「冒険者ギルドからの情報でな。どうもそのKらしき赤髪の男がスアード伯爵領に現れたそうだ。なんでも、盗賊どもに魔導具を与え、罠の設置技術を教えたりしていたそうだ」
「……ん?」
慎也、結衣、ユフィアの3人が互いに顔を見合わせた。
どこかで聞いたことのある話だ。
「犯罪組織に情報をタレこんだり武器を与えたりして、結果的に起こらないはずの事件を誘発させるのも奴の良くやる手口だ」
あ、これ間違い無いわ、と慎也は思った。
そう言えば、あの後ギルドに報告を上げた時も、ウィニアが似たような話をしていたのを思い出した。
ここ最近、犯罪を誘発させている者がいる――
そいつは、赤い髪に髭を生やした中年の人族――
手口や特徴が話しと一致する。
そして盗賊から聞き出したそいつの名前は「ケイド」だ。
「報告では、盗賊団の方は既に地元冒険者に討伐されてしまったそうだが、念の為に当人たちからぜひ話が聞きたいと思って、遠路足を運んだらこの様、という訳だ」
自嘲気味に肩を竦めて龍平は話を締めくくった。
「そりゃ運が良かったな」
「まったくだ。ホントに運が……良かった?」
慎也のセリフに間の抜けた声を漏らす龍平。意味が判らないという顔で慎也を見つめ返すと、彼は肩を竦めて言った。
「その盗賊を討伐したのはオレたちなんだよ」
「なにっ!?」
何気ない慎也の一言に、龍平は思わず声を上げて腰を浮かした。
「本当かそれは!?」
「嘘ついてどうするんだよ? ホントだ。確かに半月ほど前、トロルを連れた盗賊団を討伐した」
「龍平さんも知ってるフェルナさんとシアーシャさんと一緒にね」
「ええ。確か、ケイドという名前の人族の男性から色々な魔導具をもらい、罠の設置法などのレクチャーを受けていた、と盗賊の生き残りが話していました」
慎也に続いて結衣とユフィアが口々に証言した。
「えー!? 私そんなの全然知らないんだよ!?」
ただ1人、討伐戦に参加していなかったセリシエルだけは、いま初めて知った事実に目を丸くしている。
「あの時はまだセリスちゃんはいなかったからね」
「ちょうど盗賊を退治して、それをギルドに報告した帰りにお前を見つけたんだよ」
結衣と慎也がセリシエルにも説明する。
「これは、なんという巡り合わせだ! 刑事の神の導きか!?」
「刑事の神って……」
思わぬ巡り合わせに興奮する龍平に、慎也が苦笑いを漏らす。
「ぜひ話を聞かせ欲しい! 出来るだけ詳しく!」
「判った、判ったから、ちょっと落ち着け」
どうも龍平はKのことになると性格が変わるらしく、慎也は少々引き気味になりながらも、盗賊討伐の一件から始まった一連の騒動について龍平に説明した。
◇◇◇
「なるほどな……」
慎也の説明が終わるころには、龍平の態度ははさっきまでとは打って変わって沈着冷静なものへと変わっていた。
「話を聞く限り、盗賊どもに協力していたのはKと見て間違い無いだろう」
「……そう思う根拠は?」
「刑事の勘だ!」
「あ、そう」
なんと言うか、刑事という人種はもっと理知的で、証拠や事実を積み重ねるものだと慎也は思っていた。なので、根拠も証拠もなく、勘の一言で物事を断じる龍平は、そいうのとはまったく正反対で、慎也としては些か胡散臭いものを感じざるを得なかった。
「しかも奴の提供した情報に基づいて襲撃が行われた結果、人造魔獣とやらが解き放たれてる事態が引き起こされたということは、《ミズガルズ》から人造魔獣の蛹を持ちだしたのもKだろう」
「え? っていうことは、あの騒動自体がKって人の自作自演だった、ってことですか?」
目を剥いて驚いたのは結衣だった。
「いくらなんでも、それは……」
ユフィアも懐疑的な様子だ。
「加害者を焚きつけたり、凶器や情報を提供するだけでなく、被害者にも接触し、双方を誘導してかち合わせて事件を引き起こす、というのは奴が良くやる手口だ」
「とことん胸糞悪い奴だな」
吐き気を催すどころではないKという男の所業に、慎也も顔を顰めて吐き捨てた。
「……やはり1度、キアナに街に行く必要があるな」
しばらく無言で考え込んだ後、龍平は唐突にそんなことを言った。
「冒険者ギルドへ行くんですか?」
「それもあるが、これまでのKの行動パターンを考えると、奴はキアナの街へ向かった可能性が高い」
「なんでだ?」
「無論、事件を起こす為だ」
龍平の一言に、慎也たちの間に緊張が走る。
「奴が好むターゲットは、盗賊や反政府勢力などではなく、一般人――特に若い男女だ。そして好みの犯罪は『無差別殺人』か『無差別テロ』。犯罪とは無縁の好青年や少女たちを洗脳し、犯罪者へと堕落させて大事件を起こさせる。それによってまた無関係の大勢の一般市民を死に追いやる。それが奴の最も好む犯罪の形だ。Kという男は、なんの罪も落ち度もない前途ある若者の夢や未来、希望を奪い取ることに無上の喜びを感じる、救いようの無いクズなんだ」
「……悪魔かよ」
無意識のうちに慎也の口から怒気を孕んだ声が漏れた。結衣、ユフィア、セリシエルに至っては言葉も無く真っ青な顔で震えている。
地球でもこの世界でも、凶悪な事件を起こした犯人のことを「悪魔」などと例えるが、このKという男以上に「悪魔」という言葉がふさわしい人間はいないだろう。
他者の命を直接奪うのではなく、第三者を誘惑し、堕落させた奪わせる。旧約聖書で、アダムとイヴを堕落させた悪魔の所業そのものだ。
「このスアード伯爵領内で大規模な犯罪や事件を起こすのに相応しい場所といえば、最も人口の多いキアナの街しかない。盗賊と接触してからの時間を考えると、既に始まっているかもしれん」
「すぐに戻るぞっ!」
龍平の言葉を聞くや、慎也は即座に決意した。
キアナの街は彼に取っても故郷と呼ぶべき場所だ。そんな悪魔としか呼べない害悪に怪我されるなど、到底見過ごせるものではない。
人としても。
冒険者としても。
異世界人としても。
かくして慎也たちは、龍平と共に一路キアナの街へと向かった。
警視庁に国際犯罪対策部という部署は存在しません。




