第113話 こんな所で同郷の人間に会えるとはな
ついに現れます(=゜ω゜)ノ
「――という訳で、ゴブリンを探すぞ」
「いやいや、どういう訳か判んないってば」
前振りも無く宣言する慎也に、結衣がツッコミを入れる。
4人がいまいるのはマナクレイの森の北側にある、ゴブリンが出没することで有名な場所だ。
あの後、回復薬を買いに道具屋まで行ったのは良かったが、あいにく品薄で予定量を買い付けることが出来なかったのだ。ただ、4、5日すれば新たに入荷するという。
取りあえず回復薬は後回しにして、次はヨルグの店に向かった。何度も世話になった恩人なので挨拶を、と思ったら、ヨルグもケーナも生憎留守で、店先には「臨時休業」の札が下げられていた。
時間が余ったので冒険者ギルドへ取って返し、軽めの討伐依頼を受注していざ繰り出した、という訳だ。
「ゴブリン討伐しかなかったのは残念なんだよ」
セリシエルは討伐対象がゴブリンなのが不満らしい。
というのも、冒険者ギルドへ行った時間が遅かった為、目ぼしい依頼は既に他の冒険者に持っていかれた後で、余っているのはゴブリン討伐くらいしかなかったのだ。
「ゴブリン退治も大切ですよ?」
そんなセリシエルをユフィアが窘める。
以前のゴブリン遺跡での一件があって以降、マナクレイの森に出没するゴブリンは減少傾向にあるが、それでも絶無になった訳ではない。依然としてゴブリンによる旅人や農村への襲撃は起こっているので、それらを退治して被害を減らすことは冒険者の重要な仕事だ。
「それは判ってるんだけど、私としては強い魔物をかっこよく退治して、シンヤに良いとこ見せたかったんだよ!」
「張り切るのは良いけど、この前みたいなのは勘弁してくれよ?」
アシュケロンとの戦いでセリシエルが単独先行し過ぎて危機を招いたのを思い出して、慎也は苦笑気味に釘を刺した。
「あうぅ、それは言わない約束なんだよー」
セリシエルのとっても黒歴史だったらしく、一転して情けない声でぼやいた。それがまた、結衣やユフィアの笑いを誘う。
「一応、引き受けた依頼は「ゴブリン討伐」だが、出くわす魔物がゴブリンだけとは限らないんだ。気を抜くなよ?」
「判ったんだよ!」
ゴブリン以外の魔物とも戦う可能性があると聞いて、セリシエルは元気よく返事を返した。
「けど、意外と見当たりませんね、ゴブリンも、他の魔物も」
周囲を見回しながらユフィアが呟いた。
既に森に入ってからしばらく経つが、いまだゴブリンが現れるどころか気配すら無い。
「お昼寝の時間かな?」
「お前じゃないんだから、それは無いだろ?」
「ひどいよー」
結衣の何気ない一言に慎也が容赦なくツッコミを入れた。
「まあ、急いでる訳でもなし、気長にやればいい。焦りは敵だ」
と、慎也は余裕の態度で結衣を窘めた。
ゴブリン討伐の概要は、要は2週間の間になるべく多くのゴブリンを退治する、というものだ。別に急ぐ必要もないので、慎也の態度は余裕そのものだ。
「出番なんだよ!」
そこで意気盛んに声を上げたのはセリシエルだった。
「私が空からゴブリンを探して来るんだよ!」
手を上げてセリシエルがそう主張する。
天使族である彼女は空を飛ぶことが出来る。なので、偵察、索敵役としては一級であることは確かだ。
「シンヤ、偵察に行かせてほしんだよ!」
「……構わないが、あんまり張り切り過ぎるなよ?」
「もちろん判ってるんだよ!」
慎也の許可をもらい、セリシエルは背中に<天使の翼>を出現させると意気揚々と飛び立っていく。
「セリスさん、張り切ってますね」
「よっぽど慎也君に良い所を見せたいんだね」
言いながら結衣は横目で慎也に意味ありげな視線を向けた。
「……まあ、けどあいつの場合、やる気が空回りするタイプだからなぁ」
「それは言えてるね」
慎也の的確な指摘に結衣は苦笑する。
「でも、その辺りを含めてうまくセリスちゃんのやる気を調整してあげるのも、慎也君の役目だよ?」
「……まあ、そうなんだけどな」
珍しく当を得た言葉を投げかける結衣に、慎也は頭を掻きながらぼやいた。
(結構難題な気がするんだが……まあ、頑張るしかないよな)
一応自分がこのパーティのリーダーであるから、その辺りのことも自分が考えるしかない。面倒だし難題かもしれないが、決して目を背けることの出来ない最重要事項だ。
「あれ? もう戻ってきましたよ?」
ユフィアが空を指さすと、さっき飛び立ったばかりのセリシエルがこちらに戻って来るのが見えた。
「おいおい、まだ出発して3分経ってないぞ?」
「ということは、早くもゴブリンを見つけたのかな?」
「それにしてはずいぶん慌ててるみたいですけど……」
ユフィアの言う通り、こちらに向かって来るセリシエルの表情には、焦燥の色がはっきりと見て取れた。
「大変大変大変! 大変なんだよー!!」
そんなことを捲し立てながら、セリシエルが転がるような勢いで慎也たちの前に着地した。
「シシシシ、シンヤシンヤ! たたたた大変大変!」
「ど、どうした? なにがあった?」
両手をワタワタさせながら意味の判らない言葉を発するセリシエルに、慎也は戸惑いながらも聞き返した。
「セリスちゃん、落ち着こうね」
「深呼吸しましょう。吸ってー、吐いてー」
「ひっひっふー……ひっひっふー……」
(だから、それは深呼吸じゃなくてラマーズ法だろう)
結衣とユフィアに促されて呼吸を繰り返すセリシエルに、慎也は内心でツッコミをいれて……こんなやり取りが前にもあったな、と他人事のように独りごちた。
「お、落ち着いたんだよ……」
「それは行幸。で、なにをそんなに慌てていたんだ?」
落ち着いたセリシエルに慎也が改めて尋ねる。
「ひ、人が死んでるんだよ!」
大事件だった。
◇◇◇
「いや、生きてるぞ?」
大事件ではなかった。
人が死んでいる――と急かすセリシエルに連れて来られたのは、慎也たちがいた場所から少し離れた、森の中に出来た小さな空き地だった。故に空からも見えたのだろう。
そこには、確かに人族の男性らしき人物が仰向けに倒れていたが、耳を澄ませてみると微かに息遣いやら呻き声のようなものが聞こえるので、少なくとも死んではいない。というか、外傷らしきものも見当たらない。セリシエルは良く確認しなかったのだろう。失敗と言うべきかもしれないが、ある意味正しい判断でもある。
例え人が倒れているのを見ても不用意に近づいてはいけない、というのがこの世界の常識だ。ここは現代の日本ではなく、危険な異世界だ。盗賊や追剥ぎなどが、怪我人の振りをして相手を騙し、近づいてきたところを襲う――というのは良くあることなのだ。
(それにしたって、こんな森の中で騙し撃ち狙いは無いか)
慎也の言う通り、騙し討ちを仕掛けるなら人通りのある街道か、街中だ。人がほとんど通ることの無い森の中でやるのは意味不明だし。下手をしたら人よりも魔物に見つかってしまう可能性の方が高い。
(だとすれば、あれは本当に行き倒れか)
念の為に気配を探ってみるが、周囲に人の気配は無い。本当に道に迷った行き倒れなら放っておく訳にはいかない。それでも念の為に結衣、ユフィアに周囲を警戒してもらい、セリシエルには上空から見張ってもらう。
そこまで警戒してようやく慎也は倒れている男へと歩み寄る。無論、万が一に備えて手に魔法銃を持って。
(世知辛いな)
倒れている人間を救護するにもここまでしなければならないこの世界と地球――日本を比べて慎也は心の中で嘆息した。
(ん?)
近くまで寄ってみて、慎也の目に奇妙な物が飛び込んで来た。
男は一見すると旅人のような格好をしていた。フード付きの粗末なマントを羽織り、腰には大きめの荷物入れを下げている。顔はフードで隠れているので良く見えない。
だが慎也の目を引きつけたのは、男が荷物入れと共に腰に下げている、長細い金属の物体だ。
(なんだこりゃ? 十手か?)
そう、男が腰に下げているのは一見すると十手にしか見えない物体だった。ただし、慎也が知っている十手よりもかなり大きい。普通の剣と同じくらいのサイズがある。十手と言うより棍棒に近い。
(まあ、過去に何度も異世界人が来ている以上、十手がこっちの世界に伝わっていてもなんの不思議もないか)
そう割り切って、慎也は男の傍らに膝を付いた。
「……おい、大丈夫か?」
「う……」
肩を揺すると微かに声が返ってきた。
「は……は……」
「は?」
掠れた声で男はなにかを伝えようとしている。
「腹……が……減って……死に……そう、だ……」
「……」
思わず脱力しそうになるのを堪えて、慎也は思わず額に手を当てた。どうやら男は空腹で行き倒れていたらしい。それを証明する様に、男の腹が盛大に鳴った。
理由が理由だったが、少なくとも死にそうなのは本当らしいので、慎也は<共有無限収納>から大きめの干し肉を取り出した。
「ほら、こんな物しかないけど」
「か……かた、じけ、ない……」
慎也が差し出した干し肉を、男はよろよろと力の無い手で受け取って口に運ぶ。
取りあえず男に敵意は無さそうだと判断して、慎也は仲間たちに手信号で警戒解除の合図を出す。
「慎也君、大丈夫なの?」
「ああ。本物の行き倒れっぽい。腹が減って死にそうなんだと」
肩を竦めて結衣の質問に投げやりな様子で慎也は答えた。
「え? じゃあ、空腹で倒れてた、ってことですか?」
「そうらしい。驚かせやがって」
口に手を当てて驚くユフィアに、慎也は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに首を振る。
そんな彼の横で、セリシエルがふと首を傾げた。
「でも、この人なんでこんな場所にいたの?」
「さあな。取りあえず食べるのを待って改めて話を聞こう」
もぐもぐと干し肉を食べる男を見下ろして、慎也は追加の干し肉と水を男の傍らに置いた。
◇◇◇
「いやー、助かった。地獄に仏とはまさにこのことだ!」
30分ほど食事を続けた後、男は元気を取り戻した。
フードを外して初めて判ったのだが、年は40か50くらいの中年の人族で、黒い髪を短く切りそろえた、彫りの深い顔立ちをしている。全体的に細身だが背は高く、180cm以上あるだろう。
「自分よりもずっと若い少年少女に命を救われるとは、オレもまだまだ修行が足りんな。改めて礼を言う。助けてもらったこと、心から感謝する!」
そう言って男は地面に胡坐をかいたまま両手を地に付けて深々と頭を下げた。
「元気になってなによりだ」
同じく地面に座っていた慎也は、気にするな、とばかりに手を振った。
「それより、あんたはなんだってこんな場所で倒れてたんだ?」
ここは街道から外れた森の中。普通の旅人ならまず通らない場所だ。
「キアナの街を目指しとったんだが、ここへ来る途中にうっかり食料の入った鞄を落としてしまってな。仕方なく森の中でなにか食べられそうなものを探していたんだが、なにも見つからなかった上に道も判らなくなって遭難してしまった、という訳だ。いや、我ながら情けない」
説明している内に自分の迂闊さにへこんだのか、男は座ったままがっくりと肩を落とした。
「……運が良かったな。この辺りは魔物狩りの冒険者以外は来ないから、下手すりゃ自分が魔物の餌になってたかも知れない」
「まったくだ。重ね重ね感謝する!」
そう言って男は再度慎也たちに頭を下げた。
「それと、オレたちはキアナの街の冒険者だ。キアナに行きたいのなら、良ければ案内しようか?」
「おお! そいつはありがたい! ぜひお願いしたい! 礼は必ずする!」
道案内すると申し出た途端、男は喜色満面で声を上げた。
「ところでおじさん、名前はなんていうの?」
背後にいた結衣の質問に、慎也は、まだ彼の名前を聞いていなかったのをいまさながら思い出した。
「おっとこいつは失礼。命の恩人に対して自己紹介を忘れるとは!」
どうやら当人も同じだったらしい。
「オレは龍平。こう見えても君たちと同じ冒険者の端くれだ」
男は至極当然のように――爆弾発言を吐いた。
「「「リョウヘイ!?」」」
「?」
男――龍平の名を聞いた途端、慎也、結衣、ユフィアの3人が大声をダブらせた。セリシエルは事情が判らず?顔だ。
「そ、そうだが、オレの名前がどうかしたのか?」
龍平本人も、名前を名乗っただけで驚かれるとは思っていなかったらしく、びっくりして少し引いている。
龍平――その名前は慎也たちに取って2重の衝撃を与えるものだった。
明らかに異世界人――日本人の名前だ。
しかも慎也たちはその名に聞き覚えがあった。
「あんた異世界人か?」
恐る恐る慎也が尋ねると――
「おお、確かにオレは異世界人と呼ばれとる類の者だ」
当人はあも当たり前のようにそれを認めた。だが、慎也たちに取っては衝撃でしかない。
まさか、こんな形で自分たち以外の異世界人に出会うことになるとは……
「……オレたちもそうだ」
「なんと!?」
慎也がそう言うと、今度は龍平が驚く番だった。
「オレの名前は慎也。で、こっちが結衣。オレたちもあんたと同じ異世界――日本人だ」
「本当か!? じゃあ、君らもあの飛行機に?」
異世界に飛ばされる切っ掛けである飛行機のことを知っているということは、やはり間違い無いようだ。
「そうです。修学旅行の帰りだったんです」
結衣が真剣な表情で答えた。
「学生か? そう言えば、中学生くらいの子供の集団を空港で見た記憶があるな」
当時を思い返して合点がいったらしい龍平は、嬉しいような懐かしいような、しみじみとした顔になって2人を見返した。
「こんな所で同郷の人間に会えるとはな。これも巡り合わせというやつか」
「かもな」
慎也自身、同郷の者を求めて旅立とうと決意した矢先に、別の同郷人に会えるとは思わなかった。
「ちなみに、杖を持った金髪の子はユフィア。もう1人がセリシエル。2人はこの世界の人間で、一緒に冒険者をしている」
「始めまして、ユフィアと申します」
「セリシエルなんだよ!」
慎ましく頭を下げるユフィアに、元気よく手を上げるセリシエル。
「……そうか。君たちもこの世界で逞しく生きていたんだな。若いのに、大したもんだ」
「運が良かっただけさ。この世界に来てすぐ、たまたま親切な人に拾われて、保護してもらった上、いろいろ生きる術を教えてもらった。でなきゃ、オレも結衣もとっくに死んでたよ」
「……なるほど、オレと同じだ」
「じゃあ、龍平さんも?」
今度は結衣が尋ねた。
「ああ。話すと長い。その辺は後でゆっくり話すとしよう」
「そうだな。ただ、その前にもう1つ話しておかなきゃならないことがある」
「なんだ?」
慎也が言うと、龍平は改まった様子で耳を傾けた。
「フェルナとシアーシャ、って名前、覚えてるか? 《槍穹の翼》っていう冒険者パーティなんだけど……」
「おお! 覚えとるぞ! いつぞや盗賊に襲われていた娘たち……って、もしかしてお前さんらの知り合いか!?」
そう。慎也は――厳密には、慎也と結衣とユフィアは「リョウヘイ」という名前を聞いたことがあった。
ゴブリン・エンペラーとの戦いの後、フェルナとシアーシャが言っていたのだ。依頼を受けて商隊を護衛していた際、盗賊に襲われて追い詰められていたところを、「リョウヘイ」と名乗る異世界人らしき男性に助けられた、と。
「ご明察。あんたのことは2人から聞かされてた。命の恩人だ、ってな」
「御二人も私たちと同じ、キアナの街の冒険者ギルドに所属しているんです。もし街に行くのでしたら、是非会ってあげてください。きっと喜ばれると思います」
慎也の後を継いでユフィアが説明した。
「なんと……これはまた奇妙な縁だな……承知した。どのみちキアナの冒険者ギルド用があって来たわけだし、ぜひ会わせてもらおう」
「冒険者ギルドに? なんの用事なんだ?」
慎也が尋ねた途端、龍平の表情が変わった。
それまでは嬉しさに破顔したただのおっさん、といった表情だったのに、一瞬にして鬼気迫る――それこそ、戦を前にした戦士のような鬼気迫る顔に変貌する。
それを間近で見ていた慎也たちは、まるで別人になったような錯覚すら覚えて一瞬、背筋に冷たいものを感じた。
「……ある男を探している」
感情の無い冷たい声で龍平は言った。




