第111話 友達に会ってきなさい
旅というのは「行く」と決めた時から既に始まっているのです。故に、慎也たちの旅は第1章のラストで既に始まっていたと言って良いでしょう。しかし彼はチート主人公ではないので、相応の準備期間が不可欠なのです。(=゜ω゜)ノ
「はぁっ!!」
裂帛の気合と共に繰り出された慎也の斬撃は、しかしなにも無い虚空に斬閃だけを残して消え去った。
「くっ!」
体勢を立て直して鋭い視線を向けた先には、茶色いローブを纏った1人の老人が立っていた。
白い髭を蓄えた、どこにでもいそうな温和な雰囲気の好々爺と言った外見だが、その手には抜き身の刀が握られており、見る者が見れば、発する気配やちょっとした仕草からこの老人がただ者でないことが一目瞭然で判るだろう。
「なかなか鋭い斬撃だが、まだ少し荒すぎる」
落ち着いた口調の老人――自分の師であり、恩人でもあるウィルに向き直りながら、慎也は「はい!」と返事を返しながら向き直った。
「太刀筋は速く、鋭く、それでいて静謐でなくてはならない。相手が斬られたことに気付かないくらいに、ね。でないと――」
言いながらウィルは手にした刀を無造作に頭上へと掲げてみせた。
次の瞬間、ウィルの背後上空から振り下ろされたセリシエルの小剣がウィルの刀と激突し、火花を散らした。
「うそっ!?」
死角からの奇襲を完璧に防がれたことにセリシエルが驚愕する。その間に腕を掴まれ、軽々と投げ飛ばされてしまう。
「うわわっ!」
だが、彼女は空中戦を旨とする天使族だ。すぐさまバランスを立て直して慎也の隣に並ぶ形で着地する。
「――こんな風に死角からの奇襲でもあっさり躱されてしまう」
「わ、判りました……」
是と答えながらも、内心では「そんなこと出来るのはウィルさんくらいだと思う」と思っていたりする。
「どうして判ったの? いまのは完璧に捉えたと思ったのに」
自分の奇襲があっさり凌がれたのに納得できない様子のセリシエルがウィルに問う。
「気配を絶っての死角からの奇襲。影すら見えない位置まで計算しての不意打ちは見事だったが、翼を持ちいて空を飛んでいる以上、どうしても風を切る音を出してしまう。剣術も太刀筋もまだまだ粗削り。空気の振動で振り下ろす角度や位置、タイミングまで判ってしまうんだよ」
「ふぇー……そんなのどうしようもないんだよ」
情けない声を出すセリシエルだったが、内心では慎也もまったく同様だった。
いま行われているのは、慎也&セリシエル対ウィルの模擬戦だ。模擬戦と言っても、本物の武器を使った実戦形式。しかもウィルは手加減している上に峯打ち、寸止め有りなのに対し、慎也とセリシエルは寸止め無しの本気だ。
(それでも手も足も出ないというのが実情なんだがな……)
とは言え、2人がレベル30台前半なのに対し、ウィルはレベル128なのだから当然だが。
今回の模擬戦の目的は、パーティの前衛である慎也とセリシエルの連携を高めることが第一の目的だ。前回、アシュケロンとの戦いでは、セリシエルが慎也たちのパーティに入った直後ということもあり、2人の連携が取れず、個別にアシュケロンと相対した結果、セリシエルは危機に陥り、それを庇った慎也が腕を噛み砕かれる結果となった。
もしもあの時、2人の連携戦闘がある程度のレベルに達していれば、慎也が腕を失う可能性は、絶無とは言えないまでも、かなり低かったはずだ。
格上の魔物との戦いでは個人としての技量や戦闘能力よりも、力を合わせた連携戦闘がものを言う。前回のような失敗を繰り返さない為にも、2人の連携行動の確立は急務だ。
第二に、<守護天使の盟約>だ。
<守護天使の盟約>とはユニークスキルの一種で、<守護天使>の称号を持った天使族との他者の間で結ばれる、一種の契約のようなスキルだ。
ユニークスキルにしては珍しくスキルレベルが存在し、レベルが上がると様々なスキルが発現するらしい。ただ、他のスキルのスキルレベルが単純な技量を数値化したものなのに対し、<守護天使の盟約>は<守護天使>とその契約者――この場合、セリシエルと慎也の「絆の深さ」を示しているらしい。
つまり、他のスキルは練習を繰り返していれば自然と上昇するのに対し、<守護天使の盟約>は慎也とセリシエルの「絆」が深まらなければ上昇しないのだ。
ちなみに<守護天使の盟約>については、ウィルも良く知らないらしい。そもそも天使族自体が滅多に人前に現れず、ウィル自身も天使族とは数えるほどしかあったことが無いのだそうだ。
なので、実際にどのようなスキルで、後々どんなスキルが現れるのかは全くの未知数。しかし、上げておいて損は無いはずなので、模擬戦を通じて<守護天使の盟約>のレベルを高められるか試してみよう、ということになったのだ。
ちなみに、この半月で<守護天使の盟約>のスキルレベルは100から150まで上昇したが、いまのところ新たなスキルが発現する気配は無い。
そして三つ目が、慎也が新たに会得した新装備――変幻自在の悪魔の練習だ。
アシュケロンとの戦いで失った慎也の腕は、エンキの鬼血神薬によって再生された。だが鬼血神薬は欠損した部位を再生させることと引き換えに、投与者に尋常では無い激痛を与える、という副作用がある。大抵の人間は再生する前にショック死するほどに。
変幻自在の悪魔は、慎也が鬼血神薬の激痛に耐え、失った腕を取り戻した褒美としてエンキが与えた魔導具だ。
変幻自在の悪魔はそれ単体では単なる布だが、所有者の衣服と同化することによって初めて効果を発揮するという珍しい魔導具だ。
慎也の場合はストライク・スーツと同化した。ストライク・スーツはグリフォンという高レベルの魔物の革と防刃繊維、防魔繊維を編み込んで作られており、それ単体でも極めて高い防御力を有している。さらに追加の装甲を付け足すことによって用途に合わせて防御力を調整できる、というメリットもある。
これに変幻自在の悪魔が同化したことにより、ストライク・スーツは単なる防護服ではなく、恐ろしい武器へと変化した。
変幻自在の悪魔は同化した衣服を、所有者の意志によって自在に変形させるという機能を有している。それだけでなく、魔力を通すことで硬質化させたり、エンチャント系の魔法を付与させることが出来る、という特性も併せ持っている。
これを魔法戦士である慎也が使いこなせばどうなるか――
「行くぞ!」
慎也の意志に呼応して、ストライク・スーツのマントが生き物のように動き出した。瞬時にして形を変え、10本近い触手のような形に変化する。まるで慎也の背中から触手が生えているような感じだ。
変幻自在の悪魔によって造りだした布製の触手に慎也が魔力を通すと、それらが瞬時に硬質化し、伸縮自在の刃と化した。
慎也が“布刃”と名付けた、硬質化した布製の触手の刃――その1本1本が意志を宿しているかの如く宙を蠢き、慎也の意志に従って切っ先を標的に向ける。
ウィルではなく、何故か慎也の眼前の地面に――
(なるほどね)
なにも無いはずの地面に布刃が付き立てられたのを見て、ウィルは瞬時に慎也の意図を悟った。
一見、慎也が変幻自在の悪魔の操作を誤ったように見えるがそうでは無い。
そう、変幻自在の悪魔の布刃は、地面に突き刺さった後も伸び続けている。そのまま地面を潜行し、地中からウィルの足元に迫って来ている。もちろんウィルはそれに気付いている。地面から伝わってくる振動ではっきりと捉えていた。
もちろんそれは慎也も承知の上だ。
(普通に伸ばせば刀で斬られるのがオチだろうが、地中から直接足の裏を狙えば回避せざるを得ない!)
慎也の狙い通り、ウィルの足元――その周辺から剣山のように一斉に飛び出して来た布刃をジャンプして回避した。
(そこを狙い撃つ!)
この間に慎也は愛刀――イクサを<共有無限収納>にしまい、代わりに2丁の魔法銃――スコールとハティを構えた。
「《戦具に宿りし炎の精》」
慎也が呟くように魔法を唱えると同時にトリガーを引き絞ると、魔法銃の銃口から真っ赤な炎を帯びた魔弾が撃ち出された。
先日のアシュケロンとの戦いを経てレベルや各ステータスが上昇したことに加え、<魔法銃>や<魔力操作>といったスキルが上昇した結果、魔法銃にも属性付与系の魔法を掛けることが出来るようになった。
これまで慎也が放つ魔弾は種類こそあれ単なる魔力の塊だったが、属性付与系を使用することでそれらに各種属性を付与させることが出来るようになり、攻撃の幅が大きく広がった。
慎也がウィルに向かって放った魔弾には炎属性が付与されており、さながら炎の流星のようにも見える。
しかもそれは1発ではない。2つの銃口からは1秒にも満たぬ間にそれぞれ10発近い炎の魔弾が撃ち出されていた。その様相はマシンガンと言うよりショットガンに近いものがある。
拳銃型戦技――クイック・バースト。
これがもしただの人間であれば、自由の利かない空中で、押し寄せる炎の弾丸の嵐に貫かれて瞬時に蜂の巣兼火達磨となって絶命していただろう。
が、ウィルは慌てた様子など微塵も見せず、空中で目にも留まらぬ速さで刀を振るい、炎の魔弾をことごとく斬り裂いて消滅させて見せた。
(まあ、こうなるよな)
が、慎也にとってはこれは予想通りの結果であった。2年以上もウィルと修行の日々を送っていたのだ。こんな攻撃が通じるような相手でないことくらい判っている。
この射撃はウィルを仕留める為のものではなく、彼の注意を引きつける為のものだ。数を撃てばその分だけウィルの意識を引きつけることが出来る。
ウィルが慎也の魔弾に注意を引かれた僅かな隙に、セリシエルはその場から姿を消していた。そして彼が慎也の魔弾を撃ち払った次の瞬間――<光輪>でステータスを強化したセリシエルが横合いからウィルを強襲する。
「隙有り、なんだよ!」
だが、彼女が必殺のタイミングで繰り出した小剣の刺突を、ウィルは空中で軽く身を捻って難なく回避した。
「あ痛たぁ!」
しかも躱すと同時にセリシエルの頭を刀の峰で軽く小突くというおまけ付きだ。
(やっぱダメか……)
セリシエルがあえなく撃墜されたのを見て、慎也は心中で密かに嘆息した。
やはりこの程度の連携攻撃では、ウィルにとっては子供騙しでしかないらしい。
などと考えている間にウィルが次の行動に移った。
未だ空中に浮いたまま刀に魔力を流すや、それを慎也に向かって一振りする。途端、刀身を覆っていた魔力が刃型のエネルギーとなって放たれた。
刀剣型戦技――翔刃斬。
実はこの時、慎也は地中を通してウィルに対して放った布刃をまだ地面から引き抜いていなかった。つまり慎也はいま、地面に縫い付けられている状態なのだ。
当然、身動きが取れず、翔刃斬を回避する術は無い――かに思われた。
「うぉっと!」
だが慎也は、地面に刺さったままの布刃を抜かず、逆にさらに伸ばした。そしてそれを支えにして自身の身体を空中へ高々と持ち上げ、飛来した翔刃斬を眼下でやり過ごす。
「はっ!?」
だが、ファインプレーもそこまでだった。
飛んで来た翔刃斬を回避することに意識を向けた結果、慎也はウィルから注意を逸らしてしまった。
先程、自身が狙っていたフェイントをそっくりそのまま返されたと気付いて、慌ててウィルに視線を戻した時には、既に彼の刀の峰が眼前にまで迫っていた。
「痛っ!」
ゴツン、と頭に峰打ちを喰らった時点で慎也も1本取られ、模擬戦は終了となった。
「いまのはなかなか良かったよ」
刀を鞘に納めながらウィルは慎也とセリシエルを称賛した。
「2人とも、声に出さずに連携行動が取れるようになったことは良い進歩だ。ただ、2人が距離を取って行動すると、分断されて各個撃破される場合がある、と覚えておきなさい。連携行動の要は、互いに互いの弱点や隙を埋め合うことにあるのだから」
「難しいんだよ……」
地上に降りてきたセリシエルが不満顔で呟いた。
「まあ、何事も最初から完璧に出来る者などいないからね。こればかりはシンヤ君とセリス君の努力次第だ。どちらの努力が欠ければ決して上手くはならないし、また先日のような危機に陥った時、最悪の事態にもなりかねない」
先日のような危機――と聞いて、途端にセリシエルが表情を強張らせた。
自分のせいで慎也が腕を失った事実は、彼女に取って決して忘れることの出来ない、そして二度とあってはならない大失敗だった。
「頑張るんだよ!」
途端にやる気を漲らせるセリシエルに、単純な奴、と内心で呆れながらも苦笑する。なにはともあれ、やる気を出してくれることは慎也にとってもありがたい。
「さて、昼食までまだ時間はあるし、もう一本行くかね?」
「もちろんです!」
「今度こそ勝つんだよ!」
模擬戦の連続でやや息を切らせながらも、慎也とセリシエルは戦意を漲らせた。
強くなる、という工程に近道など無い。人によって早いか遅いかはあるだろうが、結局の所、最後に物を言うのは地道な努力と経験なのだ。
そういう意味では、ウィルという規格外の師と目標に出会えた慎也たちはかなり運が良かったと言える。
そしてそれは、ウィルとの絶望的な力の差を目の当たりにしても、決して彼を超えるという目標を諦めようとしない根性と精神力があったからこその幸運だった。
結局この後、3本ほど模擬戦を続けたが、慎也とセリシエルはウィルから1本取るどころか、衣服を掠めることすら出来なかった。それでもめげずに4本目を挑もうとしたところで、結衣とユフィアから昼食が出来たとの報せが来たことで、この日の模擬戦は終了となった。
◇◇◇
「はぁ~、やっぱりユフィアちゃんの料理はとっても美味しいんだよ!」
はぐはぐ、と出来たてのパエリアを頬張りながらセリシエルがユフィアの料理に太鼓判を押す。
ウィルとの模擬戦の連続に加え、自身の粗相が原因で朝食抜きの刑に処されていた為、セリシエルの食欲は際立っていた。
「そう言ってもらえると私も嬉しいです」
子供みたいにはしゃぐセリシエルに、ユフィアも笑顔で答えた。
実際、この中で最も料理が得意なのはユフィアだ。なにしろ彼女の<調理>スキルは600以上なのだ。これはプロの料理人並みと言える。
一応慎也と結衣も<調理>スキルは持っているのだが、レベルは慎也が200半ば、結衣が300後半と、ユフィアの足元にも及ばないレベルでしかない。
ちなみにセリシエルは<調理>スキルを持っていない。
実は少し前に、セリシエルは自身も料理を覚えようとしたことがあった。
結果は惨憺たるものだった。
鍋に火をかければ爆発事故を起こす――<火魔法>で一気に過熱しようとしたら加減を誤った。
野菜を切らせれば調理台ごと叩き切る――なかなか切れないので<魔法剣>を使って切ろうとした。
味付けを致命的に間違える――味見(毒見?)した慎也が一時『錯乱』の状態異常に陥った。原因は最後まで判らなかった。
以上の結果、慎也たちの間で、セリシエルには料理させない、という鉄の掟が定められることとなったのだ。
「そう言えばさ、セリスちゃんはここへ来る前、どんなもの食べてたのか、覚えて無いの?」
幸せそうに食事を頬張るセリシエルを見ていた結衣が、ふと思い出したように尋ねた。
「んー……覚えて無いんだよ。でも、ユフィアちゃんの作った料理がとっても美味しく感じられるから、そんなに良い物を食べていた訳じゃないのは間違い無いと思うんだよ」
「そっか……」
セリシエルの答えを聞いた結衣は残念そうに頷いた。
食事を切っ掛けにセリシエルの記憶が戻るかもしれない、と期待していたのかもしれない。
「あ、そうだ。忘れてた!」
セリシエルの記憶、というキーワードを聞いて、慎也は大事なことを思い出した。
「どうしたんだい、シンヤ君?」
「実は、前々から皆に相談したいことがあったんですけど、色々あってすっかり忘れてました」
ウィルの問いに、慎也は申し訳なさそうに頭を掻きながら言った。
「相談って、なに?」
今度は結衣が尋ねて来た。ユフィアも黙って慎也の方を見た。セリシエルはまだパエリアを食べている。
「以前から考えてたんだけど、前に話していたメリディスト島に行ってみたいと思うんだ」
メリディスト島というのは、古代アルティカ文明の遺産である地下迷宮が存在する島のことだ。
そこへ行ってみたい、という慎也の告白に驚く者はいなかった。
何故ならその理由を知っていたからだ。
メリディスト島には、慎也の旧知の者がいるからだ。
同じ異世界人であり、慎也の幼馴染でもある少女が、メリディスト島の迷宮で探索者をしていると、先輩冒険者であるマクレーンから聞かされていた。
慎也も結衣も、この世界に来て以来、同じく飛行機事故に巻き込まれてこの世界に来ているであろう友人たちのことが気になっていた。
そのうちの1人が、魔物に喰い殺されるという悲惨な最期を遂げていたのを知って、慎也と結衣は密かに決意していたのだ。
いつか必ず、この世界に来ているであろう友人たちを探しに行く、と――
だがその為にはなにもかもが不足していた。なにしろこの世界にやって来たばかりの頃だったから、知識、経験、資金――なにより強さが圧倒的に足りなかった。その為に2年間、ウィルの元で必死に修行を積み、冒険者となり、資金や経験を貯めて来たのだ。
そんな中で得られた、知古の友人の生存情報――ならば、行かないという選択肢は存在しない。
「いよいよ行くの?」
「ああ。資金に関しては、この前の武具を売り払った代金で目標額を超えたからな」
この前の武具、というのは、アシュケロンと戦う切っ掛けになった、盗賊討伐戦で得た大量の武具のことだった。
最終的にそれらは《ミズガルズ》から盗み出されたものであることが判り、あの騒動の後、領軍に買い取られた。その代金は一緒に討伐に当たった《槍穹の翼》と山分けしたのだが、結果的にそれで目標としていた貯蓄額を超えることが出来たのだ。
「どうでしょう、ウィルさん?」
「ふむ。まだ少し不安要素はあるが、実力的には概ね問題無いだろう」
少し思案してからウィルが答えた。
「しかし、なんと言ってもメリディスト島は遠い。なにしろ国の反対側だからね」
慎也たちがいま住んでいる国――ヤマト王国の領土は、全体的に見ると東西に長い形をしている。慎也たちのいまいるスアード伯爵領は東部に位置するのに対し、メリディスト島は西の果て、レーディア海に浮かぶ孤島だ。
つまりここからメリディスト島へ行くには、ヤマト王国を横断しなければならないのだ。
「一番早いのは、リングネース運河を下るルートだ」
リングネース運河とは、ヤマト王国を東西に縦断している長大な運河のことだ。ヤマト王国はこの運河に沿う形で国を形成しているのだ。そしてその源流がスアード伯爵領にあるディカリ山脈から発している。
スアード伯爵に広がる肥沃な穀倉地帯を支えているのが、リングネース運河の源流なのだ。
ディカリ山脈から始まるリングネース運河は、ヤマト王国を横断してメリディスト島のあるレーディア海へ流れ出ている。無論、運河は単なる水源としてだけではなく、人や荷物などの輸送路としても活用されており、定期船なども発着している。
故にリングネース運河を船で下っていけば、陸路よりも遥かに速くメリディスト島まで辿りつける。
「それでも1月は掛かるだろう。長旅になるよ?」
「覚悟の上です。けど、これはあくまで、オレの個人的な希望です。他の皆が反対というならやめるつもりですが……」
「私は賛成だよ」
慎也が言い終わる前に結衣が口を出した。
「私も友達のことが気になるし、出来れば探して会いに行きたい。困っているなら助けてあげたいし……それにはまず、自分の足で歩き出さなきゃ、だよね」
「私も構いません」
結衣に続いてユフィアも賛成票を投じた。
「私は物心付いてからずっとこの森で暮らしてきました。スアード伯爵領から出たこともありません。この森が私の故郷で、大好きなのは確かですが、外の世界に興味もあります。それに――」
そこまで言って、ユフィアはセリシエルの方へ視線を向けた。
「出来ればセリスさんの家族や知り合いを探してあげたい、という気持ちもあります」
「ユフィアちゃん!」
セリシエルが感極まったようにユフィアに抱き着いた。
実際、慎也が旅立ちを決めたもうひとつの理由は、セリシエルの身元を調べることだ。無論、なんの手掛かりも無いままたった1人の天使族の少女の身元を調べるのは至難の業だが、それでもスアード伯爵領に留まったままではなにも出来ない。
電話もインターネットも存在しないこの世界では、自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の耳で聞き、知古や伝手を増やして人海戦術でもって情報を集めることが、人探しの最も現実的な方法なのだ。
「という訳だが、セリスはどうする?」
「もちろん、みんなが行くなら私も付いて行くんだよ!」
と、慎也の問いに、ユフィアに抱き着いたまま喜色満面でセリシエルは即答した。
「けど、その間ウィルさんは――」
「わしのことは心配しなくていい」
結衣が言いきる前にウィルが笑顔で言った。
「わしも若い頃は世界中を旅していたからね。旅と言うものは、若いうちにやっておくべきだよ。そうして得られた知識や経験は、必ず後の人生で役立つ重要な財産になるだろう。行っておいで。そして、友達に会ってきなさい」
「「「「はい!」」」」
こうして慎也たちはメリディスト島を目指して旅立つことになった。
だが、当たり前だが旅と言うものには苦難が付き物だ。魔物や盗賊が跋扈している異世界であれば当然のことであり、その辺りは慎也たちも覚悟していた。
だが、その苦難が旅立つ前から待ち構えていることを、彼らは知る由もなかった。




