第110話 なんでオレのベッドに勝手に潜り込んでるんだ!?
新章開始です(^O^)/
何故!?
なんで!?
どうして――!?
彼はいくら考えても判らなかった。
どうしてこんなことになってしまったのか――
こんなはずではなかった。こんなことになるなんて思わなかった。
世の中というものは、自分の思い描いた通りには進まないと言うが、これはあんまりだ。酷すぎる。理不尽すぎる。間違っている!
ようやく、自分が何年も待ち望んでいたことがようやく現実になった。まるで神の導きの如く、夢のような奇跡がもたらされたのだ。
彼は歓喜した。これで夢がかなうと思った。長年思い描いてきたあれやこれや、そのすべてを実現する時がやって来たと。
心の底から神に感謝した。
だが、その直後に彼は絶望に叩き落されることとなった。
彼が思い描いていた理想は、なにひとつ叶わなかったからだ。
現実は残酷だった。
そして、残酷な現実に対して彼はあまりにも無力であった。
理想と現実は違う、という事実は、時として人を破滅へと導く。
結局彼は、自分の非力さを思い知らされただけだった。
だがそれは、彼に取って決して受け入れることの出来ない現実だった。
もしも自身の思い描いて来た理想や夢が、決して実現しえないものであると知った時、人はどうするだろうか?
例えば、プロのスポーツ選手になるのが夢だった子供が成長し、自身の運動能力では、どれだけ努力しようと決してプロに入るのが叶わぬと知った時は?
大抵、というより、ほとんどの人間が違う道を選ぶだろう。
というより、それ以外の選択肢は無いに等しい。夢が叶わぬと理解できる年齢まで成長した者であれば、理想と現実は違うことを理解できる。
そう、現実は残酷なのだ。いつまでも未練がましく叶わぬ夢にしがみ付いていてもなんの意味もない。
これが現実なのだとスッパリと諦め、別の道を選ぶこともまた勇気なのだ。
夢を諦めて別の道を選ぶか――
諦めずに現実へ挑み続けるか――
例え後者を選択したとしても、やがては否応なく現実を受け入れざるを得なくなるだろう。
そう言う意味では、選択肢など無いのかもしれない。
だが、彼は違った。
彼には現実を受け入れることが到底できなかったのだ。
夢を諦めて、別の人生を歩む、という選択肢すら奪われていたのだから。
最終的に彼にもたらされたのは、最低にして最悪の結果だけ。
望んでそうなった訳ではもちろんない。自身の意志とは関係なく、そうなってしまったのだ。
そういう意味では、彼はこの上なく悲運だったのかもしれない。
少なくともそれに関しては、彼には非は無かった。運命の悪戯に翻弄されただけだった。
ただ運が悪かった――その一言に尽きる。何故彼にそのような不幸がもたらされたのかは、神のみぞ知る。
だからこそ、彼は神を呪った。
いや、神だけではない。自分以外の全てを呪った。呪わざるを得なかった――
許せない!
どいつもこいつも! 誰も彼も! 自分をこんな目に遭わせた全てが! 世界が!
これは陰謀だ! この世界の全てが、自分を陥れたのだ!
彼は来る日も来る日も心の中で呪い続けた。そんなことをしても現実は変えられないと判っていても、そうするしかなかった。
ある意味、それだけがいまの彼に残された唯一の自由だった。
だからこそ――
「力が欲しいか? このクソッタレな現実に復讐する力が?」
その誘いに、到底彼は抗うことが出来なかった。
結局それこそが、彼の最大の不幸だったのかもしれない。
◇◇◇
小鳥のさえずる声に促され、慎也は心地よい微睡に抗って目を開ける。
陽光が窓から射し込んで部屋の中を朝陽で満たしていた。
いつも通りの心地の良い朝だった。
「……」
半ば寝ぼけた目で染みの付いた天井をぼーっと眺めていた慎也は、無意識のうちに右手を持ち上げて眼前に持ってくる。
(良かった……ちゃんとある)
と、密かに安堵の息を吐く。
右手がある――
当たり前のことに慎也は心の底から安心する。
半月も経たぬ前のことが、いまだに忘れられないのだ。
10日と少し前、慎也は冒険者としての活動の一環で訪れたケミナ村で、《ミズガルズ》という組織の工作員と戦った。戦い自体は慎也たちの勝利で幕を閉じたものの、その直後、《ミズガルズ》が造りだしたという人造魔獣アシュケロンが村を襲撃した。元々工作員たちも、行方不明になったアシュケロンを探す為にやって来た、という話だった。
村を守る為に、慎也と仲間たち、そして駆けつけて来たイアンたち騎士団は、なし崩し的にアシュケロンと戦う羽目になった。
そしてその最中、慎也は仲間であるセリシエルを庇い、彼女の命と引き換えに、アシュケロンに右腕を噛み砕かれた。そしてさらに、自らの命を優先する為、砕かれた右腕を、文字通りの意味で切り捨てたのだ。
その後、辛うじてアシュケロンとの戦いに勝利した。さらに失った右腕は、キアナの街に住む鬼医者――もとい、鬼人族の医師であるエンキの開発した鬼血神薬のお蔭で元通り再生されたのだが、一時とは言え、右腕を失ったという事実は慎也に心傷という楔を打ち込んでいた。
もちろん、表には出ない、日常生活にはなんの支障もない程度のものだったが、たまに思い出したように不安になるのだ。
腕がちゃんとあるかどうか――
あるいは、腕が再生したというのは自分が見ている夢なのではないか――と。
堪らなく怖くなる。
なにしろ……
(もし腕が無いままだったら、エンキ先生にお世話になることになっちまうからな)
慎也が一番恐れているのはそれだった。
腕を失ったことではなく、それを治してくれたエンキが。
厳密には、エンキのビンタが、堪らなく恐ろしいのだ。
もし腕が治ったことが夢だったなら、それを治す為に、またエンキの元を訪れなければならなくなる。そこに待っているのは、あの地獄のビンタだ。
それを思うと震えが止まらなくなる。またあのビンタを喰らう羽目になるなんて悪夢だ。
早い話が、慎也の心傷の原因はエンキのビンタだった。
「あー、やめやめ。起きよう」
悪夢を思い出してしまったせいか、すっかり眠気が覚めて意識の覚醒した慎也は、誰に言う訳でもなく独り言を呟いてベッドから身を起こした。
「ん?」
ベッドに手を付いて身を起こした際、なにか柔らかいものに触れた。
見れば、ベッドに横たわっている自分のすぐ隣――布団に膨らみがある。
「……」
「んー、むにゃむにゃ……」
恐る恐る布団をめくってみると、予想通りのものが呑気に寝言をほざいていた。
薄紫色の長い髪を持ち、灰色の寝間着を着た慎也と同じくらいの年頃の少女があどけない寝顔を晒して布団の中で丸くなっている。
セリシエル――
少し前、ひょんなことから突如として慎也たちの前に現れた、天使族の少女だ。どういう訳か名前以外の記憶を失っており、さらにステータス画面がバグを起こしたような現象を起こしているなど謎の多い少女だったが、記憶も無く行く当ても無いということで、そのままなし崩し的に彼の冒険者パーティの一員となったのだが……
「……うーん、まるくてちっちゃくて……かわいいんだよ~」
「……」
どんな夢を見ているのか、にへへー、と幸せそうな寝顔を覗かせるセリシエルとは裏腹に、額に血管を浮かべた慎也は、無言でベッドから降りるとその脇に膝を付き、ベッドの脇を両手で掴むと――
「せいっ!」
「うぇあっ!?」
気合と共にベッドの片側を持ち上げると、寝ていたセリシエルが乙女らしからぬ悲鳴を漏らして床に転げ落ちた。
「痛たた~、なんだよー?」
突然、痛みと共に起こされて状況が理解出来ないのか、セリシエルは床に打ち付けた頭を摩りながら辺りを見回している。
「起きたか?」
持ち上げたベッドを元に戻した慎也が、何事も無かったかのようにセリシエルに尋ねる。
「あ、シンヤ。おはようなんだよー」
彼の姿を認めたセリシエルが、ぽんやりとした可愛らしい笑顔で朝の挨拶をしてくる。
「ああ、おはよう。早速だが、お前に聞きたいことがあるぞ、セリス」
律儀に挨拶を返してから慎也は腕組みをしてセリシエルに言った。
「なにー? ちなみにスリーサイズなら、上からはちじゅう――」
「誰もそんなこと聞いとらんわ!」
聞いてもいないのにとんでもないことを爽やかに答えようとしたセリシエルを遮って、慎也は怒鳴った。
もしかしたらまだ寝ぼけているのかもしれない。
「お前、ここがどこだか判ってるか?」
「もちろん判ってるんだよ。私が誰かは判んないけど……」
「変なボケを入れなくて良いからな。ちなみにお前はおバカ天使だ」
「ひどいんだよー」
自分の記憶喪失をネタにしてボケをかまして来るセリシエルにツッコミを入れる慎也。
「話を戻すが、ここがどこか判ってるなら言ってみろ」
「マナクレイの森のウィルさんの家なんだよ」
「正解だが、もっと具体的に、ウィルさんの家のどこだ?」
「シンヤの部屋なんだよ」
即答したところを見ると、どうやら自分の部屋と間違って入った訳ではないらしい。確信犯という奴だ。
「そうだな。で、オレの部屋で、お前はいったいなにをしてるんだ?」
「シンヤのベッドで一緒に寝てたんだよ」
またしても躊躇い無くとんでもないことをほざいたセリシエルに、慎也は頭痛を覚えた。
「なんでオレのベッドに勝手に潜り込んでるんだ!?」
「だって、私はシンヤの<守護天使>なんだよ? いついかなる時も、シンヤを護らないといけないんだよ」
などと当然のような顔で宣った。
半月前のアシュケロンとの戦いで慎也が一時右腕を失うことになったのは、セリシエルを庇ったのが原因だった。それが理由なのかは判らないが、セリシエルは慎也と<守護天使の盟約>という、一種の契約を結んだ。ちなみに慎也自身はそのことを後になってから知らされたという、事後承諾という形で、だ。
「シンヤが寝込みを襲われないように、肌身離さず護ってたんだよ」
「それにしては、オレにベッドから叩き出されるまで熟睡してたみたいだが?」
慎也が起きたことにも気づかず、寝言までほざいていた。
「そ、それはそのー……て、敵がいなかったからなんだよ! もし敵が来たら、気配で気付いて飛び起きてたんだよ!」
「<敵意察知>も無い上、<気配察知>も<危機感知>もオレよりレベルの低いお前がか?」
「うう~……」
苦しい言い訳を正論で返され、セリシエルは黙り込んでしまう。
はあ、と慎也は朝から疲れたようなため息を漏らした。
どうも調子が狂う、と内心で呟く。
というのも、<守護天使の盟約>を結んで以降、セリシエルが慎也への好意を隠さなくなった。所構わずくっ付こうとするし、寝ていたら膝枕をしようとした時もあった。抱き着かれたことなど1度や2度ではない。
で、極めつけが今回だ。まさか寝床に潜り込まれるとはさすがの慎也も予想していなかった。
まあ、慎也も男として生まれた身である以上、美少女に好意を寄せられること自体は吝かではないのだが――
「うぉっほん!」
ワザとらしい咳払いに、慎也とセリシエルが揃って振り返ると、いつの間にか部屋の入り口に2人の少女の姿があった。
1人は灰色の髪をショートカットに切りそろえた小柄な少女だ。
名前はユフィア。慎也と結衣がこの世界に来て初めて出会った異世界人であり、彼らのパーティメンバーでもある。
風美結衣。
慎也の元同級生で、共にこの世界に飛ばされてきた日本人の少女だ。
彼女は笑顔で、にも拘らず笑っていない目を、じとーっと慎也とセリシエルに向けている。
「おはよう、慎也君、セリスちゃん」
「お、おはよう、結衣」
「おはよう、なんだよ……」
優し気なのに何故か底冷えのする声での挨拶に、慎也もセリシエルも身震いを覚えた。
「朝から2人とも仲が良いね? あ、朝からじゃなくて夜からだね」
「おい、誤解するなよ! こいつが勝手に忍び込んできただけだからな!」
「ふーん。セリスちゃん、そんな抜け駆けしてたんだー? どうしようか、ユフィアちゃん?」
話を振られたもう1人の少女――白い寝間着姿に何故か枕を抱えた金髪碧眼の、慎也たちよりやや年下の少女、ユフィアは涙目で頬を膨らませている。
「そういうのは、いけないと思います! 不潔です! 破廉恥です!」
(不潔とか破廉恥とか初めて聞いたよ)
慎也はどこか他人事のような感想を抱いたのだが、賢明にもそれを口に出す愚は犯さなかった。
「うん。ユフィアちゃんの言う通りだね。罰として、セリスちゃんは朝ご飯抜きね」
「えええ!? そ、そんなのあんまりなんだよ!」
まるで無実の罪で死刑宣告を受けた罪人の如くセリシエルが喚いた。
「だーめ。不潔罪と破廉恥罪は重罪なんだよ? それに抜け駆け罪が加わってスリーアウト。これに懲りたら、今後、こういう抜け駆けは控えること。いい?」
「はーい、なんだよ……」
聞き分けの無い子供にそうする様に結衣が優しく言い聞かせると、渋々といった感じでセリシエルはがっくり、と肩を落とした。
(なんというか、セリスが来て一層賑やかになったな)
新たな仲間が加わって、少し騒がしくなった慎也の日常は、こうして始まったのだった。
第4章は「異?界?事の章」「?」の部分はある程度話が進んだら開示しますので、悪しからず_(._.)_




