第18話 助ける者と助けられる者
二階層は一階層より部屋自体も広めで、その部屋数も多い。
その広い部屋には所々、隆起した岩や、氷柱のように尖った鍾乳石のような物が立ち並ぶ。
薄っすらと緑色に発光する苔が、魔光石によってこちらも青みがかる、それらの岩へと這う幻想的な光景。
僕はその緑と青の優しい光が織り成す光景を尻目に、二階層を彷徨うと、ただひたすらに出くわす魔物と戦った―
「はああぁぁっ!!」
放った十字を描く二連撃。刃は蜘蛛型の魔物、アシッドスパイダーの顔面を捉え、地に伏せた。
それと同時に、膝に手をつく。呼吸が荒く、乱れている。倒したばかりの魔物の群れ、フロッギーとアシッドスパイダーの死体を横目に、僕は顎まで滴る汗を拭った。
「……はぁ、はぁっ。少しは、休憩、しないと」
途切れ途切れの息。僕は自分に言い聞かせるように言葉を漏らすと、休憩を取るため、その場で乱雑に腰を下ろした。
二階層をひたすら廻った僕は、出会った魔物全てと戦った。二階層自体、駆け出し冒険者たちは少ないようで、僕は進むその都度、狩られていない数多くの魔物と対峙することが出来た。
最初のスライムを始めとして、ジャイアントバット、ビッグラット、フロッギー、アシッドスパイダーといった魔物たち。
ビッグラットは鼠、フロッギーは蛙、アシッドスパイダーは蜘蛛の魔物だ。それぞれ爪や牙を武器にしてくる動物や昆虫型の魔物だが、そのサイズは決してかわいいものではなく、みんな一メートル半ば程度の大きさを誇っていた。
そんな体躯を誇る魔物たちだが、たいして手こずることもなく次々と倒せた。その一戦、一戦、魔物を斬り裂く刃が、はっきりと僕に告げてくる。レベルの上がった自身が一段階、上の強さへと至っていることを。
だがそれだけではない。魔物を倒す度に起こる簒奪。奪い取る力によって、敵を狩れば狩る程、僕の『ステイタス』の値は確実に上がっていく。先程も倒したフロッギーとアシッドスパイダーといった種からはそれぞれ、+4もの能力値を得られた。
僅か数十分前の戦いよりも、魔物を狩って『簒奪』を行った僕はより増した力、強さで次の戦いに挑むことができる。
目まぐるしく上昇していくステイタス値、はっきり言って簒奪のブースト値は異常だ。ダンジョンに潜る前と数時間後の今では、八十を超える能力値が上昇している。異常以外の何物でもない。
レベルアップと『簒奪』のブースト値。
それらがもたらすのは、今までに感じたこともない速度で強くなっていく確かな実感。
それが純粋に嬉しくて、楽しくて、がむしゃらに戦ったのだ。まるでその感覚に陶酔したかのように、魔物を求め、ダンジョンの奥へ奥へと進んできた。
ただ、あのスライムから休憩を挟むこと無く無我夢中で戦ったせいで、今の僕は疲労困憊だ。少しばかり無理が祟った。
座り込み、足を投げ出し休息する僕の鞄の中は、二十を悠に超える魔物の素材と魔石で、随分と重みが増している。
その鞄の中、素材を避けながら水筒を取り出す。金属製の楕円形ボトル。僕はそれを取り出すと、蓋を開け口をつけた。
ごくりごくりと、勢い良く喉が鳴り続ける。口端からは水滴が流れ落ちた。唇を離すと口を拭い、しばしの休息に浸る。
「……もっと、もっと戦いたいな」
湧き上がる強さへの渇望。『簒奪』を行う度、力を吸収する度に、増していく強さ。その強さが弱くて惨めでどうしようもなかった自分を、徐々に塗りつぶしていくようで、それがとてつもなく心地よかった。
ここにきて僕の中で憧れつつも燻っていた、強さへの想いは堰を切ったかのように、とめどなく溢れだしたのだ。
もっと強くなりたい。そして塗りつぶしたい、弱虫な自分を―
戦いを重ねる毎に、いつしか頭はそればかりを考え、求めるようになっていった。
その衝動に突き動かされるかのように、僕は休息を終えると、新人ダンジョンの最下層である三階層への階段を降りていく。正直、二階層の敵では物足りなかった。もっと強い敵を倒したい、もっと強い敵から力を得たい。
やがて最下層である三階層に降り立つ。そこは、より明るい空間となっていた。魔光石を多く含むのか、青味がかった光はその光量を強め、空間の隅まで照らし出す。冒険者の影はない、二階層よりも更に人は少ないのかもしれない。
その光の恩恵を受けながら、僕は周囲に目を配る。
不意に視界のその先、何やら地面に落ちている物を捉えた。僕はそれを手に取り、目を細める。
「……これって、もしかして冒険者ギルドカード?」
手の平には革紐のついたカードが納まっていた。冒険者たちが腰や首にいつも下げている、見覚えのある物、材質は、駆け出し冒険者の持つレザー製。
カードは二つ折りで留め具によって、一つ折りに固定されている。落としてから時間が立っていないのか、汚れもなく綺麗な状態を保っている。誰かが落としたのだろう。困っているだろうし、出来ることなら届けてあげたいが……。
僕はそのカードの落とし主を調べようと、留め具に手を掛けようとした。
その時―
「……うっ。なぁ、あんた、……それ、あたいの、だぜ」
消え入りそうな、か細い声がした。僕は直様、声のした方向に視線を投げる。
この部屋から奥の通路へと向かう入り口付近、そこには声の主と思われる女の子が壁にもたれるように力無く座り込んでいた。
僕は急いで近づく。弱々しい声に僕はただ事ではないと直感したからだ。その声の主に迫る。
燃えるように赤いショートカットの髪。前髪は瞳に掛かるほどで、M字のバングルを描いている。
美しく程良く焼けた褐色の肌と、金色の瞳に真紅の艶やかな唇。目付きが鋭く気が強そうだが、少女と大人の狭間で揺れる妖しい雰囲気に僕は息を呑んだ。
だが、そんな彼女は端正な顔を苦痛に歪ませ、大きく息をしながら脇腹を抑えている。
「君!どこか怪我しているの!?」
「……こんなもん、かすっただけだ」
「ちょっと見せて!?」
彼女は鉄の胸当てにアンダーウェア、ショートパンツといった露出の高い格好。背中の腰には短剣のようなものが二本ベルトに固定されている。
アンダーウェア自体は胸辺りまでしかなく、お腹もおへそも丸見えだった。僕は彼女の抑えている手をどかし、脇腹を確認する。そこは何かで切り裂かれ、出血していた。
「血が出てる……!応急処置するからちょっと待って!」
急いで鞄から買っておいた包帯と治療薬を取り出す。お嬢様方にダンジョンで何かあったら困るからと持たされていた物だ。それを取り出すと治療薬を塗り、彼女の応急処置に当たる。
「……それよりも妹が、奥へと連れて行かれちまったんだ。早く、追わないと。頼む、助けてくれ」
「連れて行かれた?誰に……!?」
「……守護者だ」
僕はその言葉を聞いて、大きく目を見開いた。書館の書物に書いてある中でも、最重要注意事項の一つ。新人冒険者が最も気を払わなければならない存在―
守護者。
それはそのダンジョンを守護するボスモンスターのことだ。ダンジョンで狩りをする者が一番その命を失う危険のある相手。新人冒険者はもし出会った場合、即座に逃げることを推奨されるダンジョンの主だ。
「……しかもただの守護者じゃない、進化してやがった。新人ダンジョンの守護者はファングウルフだったはずなのに、やつはおそらく……」
その言葉と同時、僕は彼女に包帯を巻き終えた。
「応急処置は終わったよ。出血は何とか治まったけど、無茶はしないでね」
「す、すまない、恩に着る。それと、改めて頼む。助けてもらった上に厚かましいが、やつは強い。どう足掻いても、今の状態のあたいじゃ無理なんだ。妹を一緒に助けてくれ!頼む!!」
彼女は姿勢を正すと、その赤髪を揺らしながら、必死に頭を下げてくる。女の子にしては、やや荒っぽい言葉遣いをする彼女だが、その必死な気持ちは良く伝わってくる。
相手はこのダンジョンの主、しかもよくわからないが進化しているという化物だ。
命の危険だってある。でもこのまま女の子を見捨てることなんて出来ない。第一、このまま見捨てたら昔の僕のままじゃないのか?
それだけは納得出来ない、絶対に許せない。助けよう、と―
僕は彼女に手を貸すため、立ち上がろうとしたが、その時―
「……ま、待ってくれ!行かないでくれ!!礼は後から何だってする、金も何でも用意する!!後生だ、頼む!!!!」
彼女は僕がどこかに行ってしまうと思ったのか、急に足にしがみついて離そうとしない。女の子にしがみつかれるなんて、初めてのことで僕は大慌てて、対応に困った。そもそもどこかに行くつもりなんて毛頭にないのに。
「ちょっと!?わ、わかったから、誰も助けないなんて言ってないから!?」
「ほ、ほんとうか!?」
ぱっと顔を上げる赤髪の少女の瞳は少し潤んでいるが、その顔は希望に満ち、喜色をあらわした。
「さっき無茶はしないで、っていったでしょ?それは戦いの中でもって意味だからね。最初から手を貸すつもりだったよ」
そう。そもそも最初から僕の答えは決まっていた。




