第17話 地下二階層
しばらく道なりに進む。
中域を抜けて深域へと入る。こちらも狩られたのか、魔物の影は無い。
やがて深域の奥。魔物と出くわすことなく、地下二階層へと進む階段を見つけた。
その階段を僕は降りていく。狭くは無い、むしろ十分な空間のある階段。洞窟の壁と同じ、魔光石により青みがかった階段を踏みしめていく。石畳みのような硬度を持つその階段は、僕の靴の音を反響させる。
階段を降りきると、地下二階層が眼前に映し出された。
「広いなぁ……」
思わず声が漏れた。一階層と変わらない青みがかった壁の通路だが、二階層の方が広い。何組かの冒険者パーティがすれ違っても余裕のある幅広さだ。
初めて来る二階層に警戒を怠らず進む。
一応、新人ダンジョンの情報は、冒険者ギルドの二階にある、ギルド専用の書館で勉強済みだ。初めて知りあった頃、エルドさんに「死にたくないのなら情報は仕入れておけ」と忠告され、二階の書館を紹介されたのだ。
膨大な書籍が並ぶ書館で、僕は新人ダンジョンについて書かれた本を学んだ。
生息する魔物やある程度の地図、ダンジョン内で採取できる素材などが大まかに記載されている。経験の浅い新人冒険者などにとって、この情報を持っていると持っていないとでは、その生死に大きく関わるのだ。
だが日々ゆっくりと、変化を遂げるダンジョン。
本もその変化に情報を更新されるが、数多のダンジョンが存在するが故、情報が間に合わないことも多い。全てを鵜呑みにし、古い情報で思わぬ処で足元を救われぬよう、エルドさんには散々注意された。
記憶にある二階層の地図を引っ張り出し、とりあえず幅広い通路を進んでいく。魔物を狩って稼ぐことが今の僕の第一目標だが、レベルの上がった今の自分が、どこまでの魔物に通用するのかも把握したい。
魔物はその階層が深くなればなるほど、その強さが増すという。これは地下型ダンジョンにおける共通点でもある。逆にあの最強最悪のダンジョン『神魔の塔』などの地表型ダンジョンは、その階層が高くなればなるほど魔物の強さは増すそうだ。ただ一般的にはそうらしいが、例外も存在すると本に書いてあった。
地下型ダンジョンである新人ダンジョンのみしか潜ったことのない僕だが、予備知識は冒険者ギルドの書館で多く身につけた。
元々本を読むことが好きだったし、書物を読む速度だけは人一倍速かった。魔物狩りとお嬢様方のお世話優先の生活の合間にしか読めないが、それでもダンジョンに関する、ある程度の事については学べた。
僕の足音しかしない幅広い通路を進んでいると、やがて広めの部屋へと出た。見渡してみると、部屋の中心に何やら蠢くものが確認できる。ここからだと暗くてよく見えないが、確かに動いているその大きな塊。
正体の分からないその塊に、にじり寄ろうとしたその時、それらはこちらに向かってきた。もぞもぞと蠢きながら、塊は分裂するかのように分かれていく。
暗い影から光りに照らされ、次第に判別していくその正体。
「……スライムだ」
僕は顔を顰め、思わず呟いた。それと同時に一つの懸念が僕の頭によぎる。
重なり合う大きな塊だったスライムは八体に分かれた。目も口もない、半透明なゼリー状の体をうねらせ、近寄ってくる。
―数も多い。
直ぐにロングソードを抜き、構えた。蠢くスライムはその体を変化させ、触腕のようなものをその体に作り出す。そして次の瞬間、その触腕を鞭のようにしならせ、僕目掛け放ってきた。
「……クッ!」
まだ十分に距離があるのに、伸びるその触腕を僕は剣で受け止める。速度の乗ったその一撃は、決してゼリーのように柔らかいものではなく、硬質した棒のような物で叩きつけられる衝撃だ。威力がある。
僕はそれを受け止めると、スライム目掛けて走りだした。以前より『ステイタス』が強化された僕の脚力は直様、スライムまで迫る。そして横薙ぎに斬りつけた。
が、その手応えは薄い。流体のような体を持つスライムは斬られた箇所を何事も無く、修復させる。
「やっぱり効かない……」
懸念は間違っていなかった。やはり書館の魔物図鑑に書いてあった通り、スライムには物理的な攻撃の効果が薄い。有効な手段は魔法による攻撃だが、魔法の使えない僕には分が悪い。
スライムの群れは僕を半ば包囲しようと、円を描くように囲んできた。
瞬時に繰り出される触腕の鞭。八体のスライムから繰り出されるその鞭の雨を必死で避けた。
『ステイタス』の恩恵なのか、攻撃はよく見える。同時に僕の体は、避けれないと思った鞭の攻撃でも、直前のぎりぎりで躱す。
バックステップ、スウェー、片手での側転で危機から脱する。レベルアップ以前の僕なら、そんな動きはできなかっただろう。せいぜい惨めに転がって、無様な醜態を晒すのが関の山だ。
繰り出される鞭の雨を必死で躱しながらも、僕はスライムの弱点を思い起こす。図鑑に書いてあった魔法も弱点ではあるが、もう一つの弱点があった。それは―
一番近く。半透明のスライムの胴体部分を凝視すると、微かに赤く光る箇所を目掛けて切り込んでいく。触腕の攻撃を今度は剣で弾きながら、一直線に。
「そこだ!」
赤く光る所を狙い、下から切り上げる。半透明の体は以前として手応えが薄い。が、赤い部分、核と呼ばれている箇所に当たると、がつんと確かな手応えを感じた。石のように固いそれを僕は、力を込め切り上げ抜いた。
核を切られたスライムは、溶けるようにその場に崩れ落ちた。絶命したのか、動くことはない。
「……これなら他のスライムだって倒せる!」
僕は残りのスライムの攻撃を躱し、避けながら同じ要領で戦った。それだけでみるみると数は減っていく。数は多いが、彼らの攻撃は今の僕にとって、そんなに速くない。攻撃も鞭のようにしならせる触腕一辺倒だ。
そして最後の一匹にとどめを刺し終えた。
「ふう。数が多かったから、少し疲れちゃったな」
額の汗を拭い、肩で息をする呼吸を整える。
それからスライムから魔石と素材を確保するために、触れていく。
【スライムから肉体を簒奪。敏捷+3】
勝手に始まる簒奪の表示。スライムからは+3の上がり幅だ。
今まで戦った魔物で一番強かったのは間違いない。レベルアップ前の僕なら、あの鞭を躱すことが出来たかわからないし、あの硬質した触腕の一撃は脅威だ。何より八体も相手にすれば、確実にやられていただろう。レベルアップの恩恵で勝てたのは間違いない。
スライムの肉体は霧のように消失し、後には魔石とドロップアイテムであるスライムの核が残った。
しかしその核は僕が切り裂いたため、半分に断たれている。
「……これ買い取ってもらえるのかな?」
半分に割れた赤い核を眺めながら、僕はそんな疑問を呟く。スライムを狩るときにはやっぱり魔法で倒すのが一番みたいだ。スライムの核も傷つかないだろうし。
すべての簒奪を終え、割れた核を鞄へとしまうと、僕はダンジョンを更に進んでいく。割れたスライムの核はいくらになるかわからないけど、ここまで良いペースで狩りができている。そこまでスライムにも手間取らなかったし、もっと上位の魔物とだってやれるはずだ。
僕は魔物を求め、歩き出す。




