第15話 レベルアップ
ルーシェ様の歩く早さに合わせ、僕らは商業区までやってきた。
「いらっしゃいませ~!安いですよ~」
「武器のことならアルケミア武器店!大売出中で~す!」
あちこちから声を弾ませ、商業区に響く客引きの女性たちの声。
商業区は僕らの住んでいる場所とはまったく違い、とても騒がしい。街並みは綺麗に区画整理され、商店があちこちに軒を連ねている。このダンジョン街アルヌスでも人口が最も多く、行き交う人々の活気で満ち溢れていた。
人混みのなか、ルーシェ様とはぐれないように注意しながら辺りに目をやる。
威勢の良い掛け声で客を呼びこむ看板娘たちに、そんな店を眺めながら品定めをする人々。武器屋に防具屋、服飾品店に装飾品店、鉱石店に宝石店、何でも揃っている。品定めをする人たちの種族も、獣人、エルフ、ドワーフ、巨人族と様々だ。シーラス領では、ほとんど見ることのなかった種族でも、このダンジョン街には多く目に付く。正に人種のるつぼだ。
大きな通りに並ぶ数々のお店に、ルーシェ様も目移りしながら楽しそうに眺めている。
上質な白いシャツにチェック柄のスカート、脚には膝上までの黒く長い薄手のタイツ。そして肩には同色のケープ。その金色の縦巻き髪を揺らしながらはしゃぐ。「ユウリ!こっちよ!」と僕の手を引っ張っては珍しい物を二人で眺め、その碧い瞳を煌めかせる。今朝よりも元気なその姿に僕は少し安心した。
こんなふうにルーシェ様と二人っきりで、買い物に行くのも久しぶりな気がする。お屋敷にいた頃はお忍びで町に繰り出しては服を大人買いして行く、ルーシェ様の荷物持ちなどやったものだ。
結局グラハム様に見つかって僕も一緒に大目玉をくらう訳だが、叱られた後にいたずらっ子のように無邪気に笑うルーシェ様は本当に楽しそうだった。
だけどあの頃とは違い、貧乏暮らしの今はそんなことは出来ない。綺麗なドレスも、装飾のついた靴も、美しい細工のアクセサリーも、何一つ買えない。買ってあげられない。
ただ、硝子ばりのお店の外から見ることしか出来ない。それでも隣を見るとルーシェ様は楽し気に目を輝かせ、眺めている。その歳相応の少女の姿に僕は頬を緩めた。
しばらくそんなルーシェ様に付き合って、見るだけの買い物を楽しんだ。
そして大通りのお店を一通り見て回り、満足気なルーシェ様と必要な物資を買っていくことにした。
「そういえば、アリシア様から頼まれたものってなんですか?」
「えっと、食料品と包帯と治療薬、それにユウリの鞄を直す道具類ね」
「って、食料品以外、ほとんど僕に関わる物じゃないですか……。すみません」
包帯も治療薬も僕が療養期間に使ったものだ。両方とも一番低品質の安い物を使っているが、それでも銅貨十枚程度はする。せっかく稼いだのに思いのほか、出費が多く僕は少し残念な気持ちになった。
「いいのよ!必要経費って言ったでしょ?ユウリがダンジョンに潜って稼ぐって言ったときから、わかってたことだし」
そうだ、僕はここに逃げ延びて間もない頃にお嬢様方にそう言った。手持ちに幾らかのお金はあったものの、日々削られることはあきらか。どうにかしてお金を稼いでいく必要があったのだ。
このダンジョン街アルヌスで手っ取り早く、そして高い収入を得るには魔物を狩ることが一番だ。それを生業にしているのが冒険者であり斡旋している冒険者ギルドだが、冒険者にならなくても魔石や素材は換金できる。
僕はそのことを冒険者ギルドの受付のお姉さんから聴いたとき、この方法しかないと思った。お嬢様方を優先しつつも、お金も稼げる。僕にとっては願ってもない好条件だった。
だがその話を持ち帰ったとき、お嬢様方は反対された。一番の理由は弱い僕では危険すぎるということ。悲しいことにそれは事実だが、僕が挑戦させて欲しいと粘ったことでなんとか最終的にお嬢様方も折れてくれた。
そんな少し前のことを思い出しながら、ルーシェ様と並んで商業区の石畳を歩く。
「最初は何から買いに行きますか?」
「まずは服飾品店で鞄を直す道具類から買いに行くわ。その後は薬屋さんに行って、最後に食料品を買い込むのが一番ね」
「わかりました。ではそうしましょう」
僕らは服飾品店を目指す。といっても大通りに面した高級店ではなく、大通りから小道に入った場所にある安売りが持ち味の服飾品店だ。
その服飾品店まで、ルーシェ様と他愛もない会話をしながらやって来た。入り口から店内を見るとお客さんで賑わいを見せている。さすがは安売りが売り文句の店だ、繁盛している。
「うわぁ、お客さん多いですね」
入り口の扉を開いてルーシェ様と店内に入っていく。
「そうね。それにしても女性客ばかり多いわね」
「あれ?ほんとうですね」
確かに目につくのは女性客が多い。むしろ男性客なんて僕の他にほんの一握りだ。それになんだか女性のお客さんからやけに見られているような気がする。いつもはそんなことないのに一体?
だがその疑問は直ぐに解けることになった。店内に入って解ったのだ。
目の前に並ぶ商品、それは女性物の下着の数々だった。この世界の女性の下着はあからさまに面積の少ない物が多く、大胆さとセクシーさをこれでもかと主張してくる。僕はそれを見ただけで一瞬にして赤面した。
「ちょ、ちょっと!?ルーシェ様、これって!?」
隣を見るとルーシェ様も驚かれたのか目を丸くしている。だが直後に頬が赤みがかり、僕に目線を向けること無く命令された。
「……ユウリ、ここはわたしが買うからあなたは外で少し待ってなさい」
「は、はい!失礼します!」
慌てて外へと飛び出した僕は、まだ火照った顔そのままに「ふうっ」と大きく深呼吸した。
店の外。僕たちの来た方向とは逆に立てかけ式の小さな黒板が見える。その黒板に何が書いてあるのか気になって見に行った。
「えっと、なになに……」
『本日は女性物のランジェリーの大売り出しとなっています。この機会に新しいランジェリーを着て旦那さんや彼氏さんを攻めてみるのもいいかも!?男性客の皆様にはご理解とご協力の程よろしくお願いします』
「……そういうことだったのか」
僕は呆れて肩を落とす。だから男性客も少なくて、あんなに女性客にじろじろ見られたのか……。
今になってかなりの気まずさが込み上げてくる。顔から火が出るほど恥ずかしい。僕は暫くの間、熱の篭った体を冷ますのに苦労した。
熱が冷めた後かなり時間が経ったが、まだルーシェ様は出てくる気配もない。針と糸と布だけのはずだが、そんなに時間が掛かるものなのか。
特に何もすることがない僕は今朝の力のことも気になって『ステイタス』を開いてみた。
名前:ユウリ・キリサキ 男 十六歳
ランク:H
クラス:奴隷
レベル:2
経験値:220/10000
LP:150/150
MP:18/18
筋力:F+(88)
耐久:F+(98)
敏捷:F-(65)
器用:F (72)
魔力:G (25)
スキル:剣術Lv1,体術Lv1,
権能:簒奪
称号:奴隷、簒奪する者
「……えっ?」
素頓狂な声が漏れた。それも当然だ、その上がり幅に僕は混乱しそうになる。
その原因は間違いなくレベルだろう。昨日までは上がらなかったレベルが今日は経験値を消費して一つ上がっている。それにしてもレベルアップで上がったであろう能力値がすごい。以前より二倍近く上がっている。
僕が今朝まるで自分の体ではないように感じたのは、多分これが理由なのだろう。元の体より二倍近くも強くなれば違和感を感じないはずがない。
今でも拳を握って力を込めると、脈動する力の片鱗を感じられる。僕はその感覚が嬉しくもあり、同時に恐ろしくもあった。力の加減を一歩間違えると、人も物も傷つけてしまいそうで。
力の使い処はきちんと見極めないといけないな。僕はそう自身を戒めた。
そういえばレベルアップの条件は何だったのだろう?
単純に昨日は帰ってきて食事をし、お嬢様方と話してお風呂に入り、そして寝たくらいのはず。そして朝目覚めたら力が溢れ、レベルが上がっていた……。
この中で一番可能性が高いのは、おそらく睡眠だろう。確かに以前も睡眠をとるとLPが回復していたし、睡眠が『ステイタス』に与える影響は大きいと思う。貯まった経験値を消費して、レベルアップするには十分な睡眠が必要なのかもしれない。
「……待たせたわね、ちゃんと買えたわ」
顎に手を添え、思考を巡らせていた僕に聞き慣れた声が届く。
「あっ、ルーシェ様。買えたのですね、お荷物お持ちしますよ」
「ありがと、じゃあこれをお願いするわ」
僕はルーシェ様から渡された茶色の紙袋を受け取ると脇へと抱えた。ルーシェ様の方に向き直り、ふと目を配るともう一つ茶色の紙袋をお持ちになっていた。
「ルーシェ様、そちらの紙袋もお持ちしますが?」
「こ、これはいいの!ちょっとした私物だから!!」
何やら大事そうに抱える紙袋。力が入ったのか、紙袋が音を立てて皺が寄っている。ルーシェ様のその顔は、ほんのりと紅潮していた。
「そうなんですか?でも……」
「ほ、ほんとにいいから!あっ、それと大丈夫よ!ユウリのお金は使ってないから。ちゃんと自分のへそくりのお金で買ったから問題ないわ!」
いやそこまで要る物なら僕の稼ぎのお金使ってもらっても構わないのだけれど。
レベルの上がった今の僕なら、魔物狩りはもっとスムーズに行く予感がしている。湧き上がる力に僕は少し酔っているかもしれないが、それでも確信めいたものを感じるのだ。
「はぁ。まあそういうことでしたら」
何を買われたのかさっぱりわからないが、ルーシェ様がそういうのなら持たなくて大丈夫そうだ。
なぜかほんのり顔を赤らめるルーシェ様を連れて、僕は残りの薬屋さんと食料品店を廻った。




