第九十六話 鎮圧
その後、将を失った敵部隊は全滅、それにつられて帝都中の敵部隊が壊滅した。
将を失いながらも最後まで統率が乱れていなかったのは彼らが優秀だという証だろう。
それに、一部の人間は帝都からの脱出の成功すらしたようだ。
とはいえ敵にわざわざ賛辞を送る気も時間もない。
すぐに移動を開始すると帝城内部へ向かった。
帝城のほうの門が破られていることに気付いたからだ。
反乱軍は数日前に既に侵入していたらしい。
帝城の頂上の旗が降ろされても燃やされてもないということは城上部で白薔薇騎士団が抵抗できているのだろう。
そして応急とはいえ修復されていた帝城の門を破るのに苦労することが予想されたがカルドが闇魔法で風穴を開けて強引に突破した。
帝城内部での乱戦が発生した。
そしてすぐに終わった。
町中にほぼ全戦力を出していたのだろう。
内部にはほとんどいなかったのだ。
あちこちで残党との散発的な戦闘が起きているが直に静かになる。
この城を反乱軍が攻めた時のものか、今自分たちが攻めた時のものかは分からないが血があちこちに飛び散って豪華さの欠片が少し残る城の通路を歩き続ける。
下の階からは部下たちの戦闘音らしきものが聞こえてくる。
そして、カルドはただ一人を探していた。
ほとんど勘だったが妙な確信を持ってカルドは帝城のバルコニーへとつながる扉を開け放った。
「君か。」
そこにいたのはこの反乱軍の主謀者。
元黒曜騎士団団長エコム。
間接的だがシンの仇だ。
カルドは片方を包帯で覆われたその眼に憎悪の炎を燃やしながら滑らかな動作で剣を抜いた。
「殺す前に聞いておきたいことがある。」
「……言ってみたまえ。」
エコムは騎士団長でありながら武力はないと聞く。
それならばこの状態は絶対絶命のはずだが極めて冷静な態度だ。
「シンをなぜ殺した……!」
分かりきっていることでも感情では聞かざるをえなかった。
人間はそういう生き物だ。
「……彼は私たちの計画の邪魔になるかもしれなかったから排除した。それだけだよ。」
予想通りの答え、されどその物言いに苛立ちが湧く。
「ならなぜこんなことをした。あんたのことを俺はほとんど知らないがこんなことをするような人物では無かったはずだ。」
エコムが相変わらずの人当たりのよい微笑みのままこちらを見つめる。
そんな様子にますます苛立ちが湧いてくる。
早く殺したいという衝動に襲われるが我慢する。
あゝ、なぜか目が焼けるように痛い。
「大義のため、だよ。君の親友は大義の礎となったのだ。」
「大義だと……? ふざけるな! 帝都をこんなことにしておいてよくのうのうと言えるものだな!」
「我々が何もしなくてもこの光景になるのには変わらない。」
「何だと? そんな根拠がどこにある。共和国がここまで攻め込むとでも言うのか?」
それで今のこの国では共和国に勝てないから革命を起こして軍事力を強化しようとでも言うのか。
それならば少しは理解できるかもと思ったがエコムはまたもや否定した。
「いや? そんなこと私は思っていないよ。この国の軍なら共和国を撃退できる可能性は十分ある。さすがに共和国を滅ぼすのも、攻め込むのも難しいだろうがね。」
「それならなぜ……!」
エコムは視線をあちこちから黒煙の昇る街に向けながら言った。
「この国は貴族たちの反乱によって分裂して、崩壊する。」
「……なんだと?」
まったく意味が分からない。
貴族、それ自体は当然帝国にも多くいる。
どの国にも存在する階級だ。
だがその権力と影響力は他国と比べればそこまでではない。
昔は違ったようだがここ十数年以上は政争もほとんどない。
隣国、共和国では貴族制度が消滅したとの噂だがそれでも尚、今だに各地で権力を持っているらしいので雲泥の差だ。
「他国ならともかくヘクタ帝国で貴族が反乱を起こすと?」
「そのとおり。……この国で政争が盛んだったのは十数年ほど前。そして私がこの国に忠誠を誓ったのも十数年ほど前……この意味が分かるかね?」
「……あんたが政争を止めた……?」
「そのとおり。私は元商人、それもかなり成功していた部類のね。だからこそ、人の嘘には敏感だったし、こういった裏のやり取りは得意だった。」
話が読めない。
そこからなぜこの反乱に繋がったのだろうか。
遠回しな言い方に急かしたい気持ちが湧く。
「それでしばらくは大丈夫だったのだよ。汚職も、諜報も、暗殺も、貴族たちの暗躍をことごとく潰し、その貴族自体もできるだけ消してまわった。……だがそれも間に合わなくなってきた。」
いつの間にか、エコムの口調が強いものへ変わってきている。
「腐った貴族は際限なく増え続けた。普通の手段で排除していては間に合わないほどに。さらには、普通の手段では罰する事のできない罪を犯しだした。罰しても大した罪にならないような罪だ。」
「だから粛清しようとした、か……だが国がやれば心情も体裁も悪い。」
理解はできる。
彼らにも大義があったのだと。
エコムの立場、能力、信念があれば誰でも確かにするだろう。
だがそれでも許せる気にはなれない。
「……頭の回転が早いのは良いことだ。ああ、そのとおり、そのとおりだ。帝城も本当は攻めるつもりなど無かったが、一部の貴族が逃げ込んでね。結局、討ち取れなかったが。」
「…………なぜ話した。話す必要は無かっただろう。こんなこと、闇の中に葬れば何の心配もいらなかっただろう。」
「それは、君が次の騎士団長になるだろうからだ。反乱の主謀者とその一番の配下を処刑した実力も、大隊長というそこそこの階級もあり、信頼もできる人間なのだからな。少なくとも近い内になるだろう。……後継者になる者に自分の信念を伝えないのは悪いことかね?」
そこで、エコムは一旦言葉を切ると城下町に視線を移しながら再度喋りだした。
「……私は、この国が好きなのだよ。君は違うようだが私がこの国に忠誠を誓ったのもそれが理由だ。自身の身を犠牲にしようとも守りたかった。この国の人々を。この国の景色を。……この国の未来を。」
それを聞いてカルドは胸に痛みが走ったような感覚に陥った。
自分は復讐という過去に命を捧げようとして、エコムは帝国の未来のために命を捧げて、その対比のような状態を自覚していたから。
そこまで言うとエコムは黙り込んだ。
もう話すことはないらしい。
ならば自分の目的を達成させるまでだ。
「……話は終わりか? 最後の言葉だけ聞いてやろう。」
そう言うとカルドは一歩、また一歩と近づいた。
「…………皇帝に、伝えてくれ。」
その時、エコムは短剣を取り出した。
安物の短剣だ。
切れ味も耐久性もリーチもなく、魔法具でもない。
その時、カルドはエコムが何をするつもりか察した。
ふざけるなと心の声が絶叫する。
自分の復讐をそんなやり方で終わらせるなとも。
だが遅かった。
「帝国万歳。」
そう言うとエコムは自分の首に刃を当て、滑るように引いた。




