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哀しいどこにでもある物語  作者: サン
第七章 動乱時代

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第八十九話 夢魔


気づくとカルドは真っ黒な空間に立っていた。

周囲を見渡すが深淵に包まれていて何も見えない。


「なんなんだここは……。」


その時、囁くような、されどはっきりと聞こえる声が響いた。


「こんにちは。」


すぐに反応して振り向くとそこには一人の女がいた。

露出度の低い真っ黒なローブを着た冥色の長い髪と同じく冥色の眼の女だ。

年齢は見た目からは二十代のように感じるが雰囲気はまったくそんな年齢とは思えない。


露出度が低い服装ながら漏れ出す艶やかさはまるで魔女のような雰囲気を醸し出している。

先端に青い宝石がはめ込まれた杖を傍らに置いていることもその印象に拍車をかけているのだろう。


「何者だ。」


すぐに反応できるように腰と体勢を落としながら言う。

何故か危険な匂いがした。

手を常に腰にかけている剣に伸ばそうとして、そこて剣が無いことに気づいた。

慌てて見れば寝た時に着けていたはずの装備なども無くなっており、普段着けている布の服になっている。


「まあそんなに警戒しないで? 危害を加えるつもりはないわ。」


視線を女に戻せばいつの間にか二つの椅子が机を挟んで向かい合うように置かれていた。

目を離すまでは椅子も机も無かったはずだが。


「質問に答えろ。」

「ふふふ……そんな強い言い方したら嫌われるわよ。」


掴みどころの無い女だと思いながら警戒し続ける。

今の状況も相手の強さもまったく分からない以上、手を出すことはできない。


「…………。」

「仕方ないわね。……ネロと名乗っているわ。」


何故か名前を言う時に嫌そうに顔を顰めたのが引っかかった。


「嫌そうだな。」

「……偽名だもの。こんな名前本当は嫌なのよ。」

「なら本名を名乗ればどうだ?」


辛辣な口調で言うがネロは本気で嫌そうにその端正な顔を顰めながら言った。


「残念だけど無理ね。できるなら貴方の言う通りそうしたいのだけど。……ずっと立ってるのも疲れるでしょう? そろそろ座ったらどうかしら。それに……座らないと何も教えてあげないわよ?」


重装を前提に訓練された騎士が軽装どころか何も所持してない状態で立っているだけで疲れるなど何時間してようが絶対無いことなのだが言われた通り座ることにした。

今の状況を説明してもらうためだ。


「これでようやくお互い落ち着いて話せるわね。」

「…………。」

「随分嫌われてるわねぇ……まあいいわ。ちなみにそっちの名前を聞いてもいい?」


こちらのことは既にいろいろ調べた後なのかと思っていたが名前すらしらないとなるとどういうことなのかさっぱり分からない。

どういう状況なのかがますます分からなくなったというものだ。


「あらかじめ言っとくけども……私は貴方のことをほとんど知らないわ。それこそ名前すら。」


もちろん嘘の可能性はあるが嘘をついている雰囲気はない。

恐らくは本当だろう。


「それで名前は?」


ひとまず今の言葉は信じたが変わらず警戒を解くつもりは毛頭ないということが分かるように睨みつけながら答えた。


「……カルド。」

「カルド……ふぅん……。」


そこでネロは机の上にあった紅茶に手を伸ばすとじっくりと味わうためか目を瞑りながら紅茶を一口飲んだ。


「やっぱこの茶葉美味しいわねぇ……貴方もいかが? ……毒は入ってないわよ。入れる理由がないもの。」




挿絵(By みてみん)




「…………貰おう。」


一口飲んでみると確かに美味しい。

普段紅茶を飲んでいるわけではないがそれでも良い茶葉なのは間違いなさそうだ。


「毒が入ってるかもしれないと断られると思ったのだけども……信頼してくれたのかしら?」


ニコニコと微笑みを浮かべながらそんなことを言う。

やはりどうも掴みどころがない人物だ。


「そういえば気付いてないようだけど、ここは貴方の夢の中よ。」

「夢の中!?」

「そう。私が貴方の夢の中にお邪魔させてもらっているの。」

「お前、何者なんだ。」

「ふふふ……な、い、しょ。」


その時の彼女の舌舐めずりしながら浮かべた妖艶な笑みを見た時、カルドは背筋が凍るような感覚に襲われた。

常人では到底出せないような魔性の美しさ。

そんなものを感じ取った。


「それで? 何が目的だ。お邪魔させてもらってるっていうからには何か用があるんだろ。」

「もちろん。すぐにでも話したいのだけど……今は話せないわ。」

「…………。」

「まあ一部なら話してあげましょう。まず第一に私は貴方に死んでほしくはない。」

「何?」

「こっちもいろいろあるのよ。……少なくとも、今死んでもらっては困るわ。」

「今は利用価値があるわけか。」

「う〜ん……まあそんなものだと思ってもらっていいわ。今してもらうことは何もないし。というか永遠にないかもしれないわね。……あっ、けど一つだけあるわね。」

「…………聞くだけ聞こう。」

「貴方に闇魔法を教えてあげる。だから私の講習を聞いていきなさい。貴方、闇魔法に適性があるのにそこまで使えてないみたいだから師となる人間に会えなかったのでしょう? 闇魔法使いは珍しいものね。」


闇魔法を教えるとはどういうことだろうか。

随分前から闇魔法をもっと使いこなしたいと思っていたので教えてもらうこと自体はありがたいのだが当然、素直には受け取れない。


「教えてもらうことは嬉しいんだが……どういうつもりだ?」

「それも内緒。」

「…………。」

「それでどう? 闇魔法について教えてあげるけど……聞いていく?」

「…………ああ。」

「私、人に魔法を教えるのが上手いって評判だったのよ? 久しぶりに腕が鳴るわね。まあ得意魔法ではないのだけど。」

「得意じゃない……?」

「ええ、一番は氷魔法。闇魔法は……そんなにね。まあそれでもそこらの魔法使いには勝てるくらいの実力はあるから安心して。」


ネロはそう言うとそこから闇魔法についての講習を始めた。


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