第六十四話 実習 〜鹿狩〜
それからさらに一日探索し、一行はようやく目標を見つけていた。
「あれですね。」
「そうだな……にしても目立つな。普通ならもっと捜索が面倒」
何せ真っ黒な角を持つ鹿の魔物なので目立つというのもあるのだがもう一つ原因がある。
そもそも魔物自体が隠れようともしていない。
というよりも隠れようにも隠れれないから最初から隠れるのは諦めているといった様子だ。
なんと百匹近くの大所帯だったのだ。
「大量発生してるとは聞いてましたが……にしても多くないですか?」
カーネの声に呆れが混じっているが正直カルドも同じ気持ちなので気にしない。
「というかそれくらい多くないと普通は騎士団が派遣なんてされないしな。普通の数なら現地の衛兵や灰鼠騎士団の巡回部隊がやるもんだし、民間人ですら狩人ならある程度戦えるくらいの相手だし……そもそも対人戦闘が中心の黒曜騎士団の人間が剣を教えている訓練兵が獣にかなうわけないんだよなぁ……。」
かなわないというのは実力の話ではない。
単純に見つけてもすぐ逃げられて一撃すらいれられないという話だ。
凶暴な魔物で人間を見たらすぐに襲ってくるならまだしも今回はそうでもないので数が多いなどの異常がないと見つけることすらできないだろう。
そもそも、鹿のような逃走する獣相手の狩りでここまでの大人数で動くことはあり得ない。
こちらがすぐバレて逃げられるだけだ。
「さてと、俺は見守るだけだからな。せいぜい頑張ってくれよ。訓練兵諸君。」
「「「了解!!」」」
「心意気はいいんだが……ちゃんと考えてきたんだろうな。」
今回の魔物の説明などの時にそれとな〜く作戦を立てておけよと言い含めておいたし、今回はどうせ魔物の数が多いので各々が作戦を考えてきてもらい、その後全員で話し合って誰の案を採用するか決めるようにと言ったのだがカルドはその作戦の内容は一切聞いていないのだ。
「「「もちろんです!!」」」
完璧にハモった声で、ただし魔物にバレないように少し控えめな声でそのように言ったが不安感が少しだけした。
「じゃあ自分たちに任せてください!」
その後、準備などを終えて訓練兵一同の考えた作戦が始まった。
ちなみにカルドは離れた場所から見守っている。
まずは長弓で数匹削り、相手が混乱している間にすぐさま盾や槍を持った部隊が突っ込む。
魔法の攻撃は頭は兜で、体は盾で防いでいき、突進してきたら槍で突き殺す。
そもそも、その魔物は攻撃な魔物ではない。
なので当然ながら被害が大きくなりそうだと感じればすぐに逃げ出す。
そうなれば人の足では追いつけないし、森に逃げられれば捜索するのすら面倒なことになるだろう。
なのでそれを理解している魔物も森へと逃げ出すわけだ。
だがそれが予想できているのに対策しない理由などない。
森の中に潜んでいた別動隊が逃げ出し始めた魔物たちへ矢を浴びせつつ、木と木の間に数本を纏めることで強度を上げたロープで動きを阻害し、群れの進む方向を限定させる。
そしてその方向に待ち構えていた槍持ちたちで袋叩きにする。
文字にすれば約350字ほどのシンプルな作戦だ。
だがシンプルがゆえに失敗もしにくいはずである。
ある程度は逃がしたものの数十分後には数十体の魔物の死体が転がっているのだった。
とはいえ、かなり苦戦した。
魔法で飛んできた石に怯んだところを突進され、陣形を崩されたりしたし。
槍で刺すのを躊躇った瞬間、後ろ足で蹴飛ばされて重傷を負った者もいたし。
ロープの強度が足りずに、あるいは木に固定することを忘れていて近づかれたりしたし。
その結果、大半の魔物が森にそのまま逃げてしまった。
まあ、結局のところ死者は出なかったし、始めての実戦にしては戦果は上々だった。
なのでこれからに期待である。
戦闘後、反省会をしていたので次は大丈夫だろう。
次の日の早朝、黒い角を持つ魔物の鹿たちはいつも通り雪の下から掘り出した草を食べていた。
つい先日、人間によって何匹かが犠牲になったため警戒を強め、食事中の見張りを増やしていた。
その時、少し離れた位置にある森にチラリと何かが光った。
この極寒の山脈では氷や、雪が溶けたことでできる雪解け水が太陽の光で反射することがあるのでそれだろうかと考えた次の瞬間、見張りの内の1頭がドッと音を立てながらその場で倒れた。
すぐに見るが頭に矢が突き刺さっており、運の悪いことに即死しているようだ。
矢ということは人間が来たのだろう。
そう考えた魔物たちは一斉に走り出そうとした。
その瞬間、突然森とは逆方向の場所に大量の人間が現れた。
真っ白な迷彩服を鎧の上に重ねることで少しずつ近づいてきていたのだ。
その一団からも矢が飛んできて、そちら側にいた魔物たちに矢が突き刺さった。
2、3頭は即死で重傷で走ることが難しい個体も出た。
見捨てるしかないだろう。
人間や一部の魔物とは違い、この魔物は種を、子孫を残すためなら親ですら見捨てる冷徹さがあるため素早く判断して走り出した。
大半は森へと、残りの一部は人間の一団へと。
人間は厄介で、執念深いということは理解しているため、普通に逃げたのでは雪に残った足跡を追われる。
それならば痕跡を隠しやすい森に逃げるべきだろう。
そして子孫の残せない年老いた個体は追手の妨害だ。
運が良ければそのまま敵陣を突っ切って逃げられる。
人間以外の生き物、魔物など相手でも通用する彼らの経験則からの戦術だ。
そして先日も使った戦術であった。
種族によっては記憶力や想像力が人間よりもなお高い魔物もいたが残念ながらこの魔物には人間は対策するという一番恐ろしい特徴を記憶する力も足りなければ、それならば対策されているかもしれないということを想像する力はもっと足りなかった。
あるいは多少、戦術が失敗したところで鈍足な人間ごときが相手ならば大半は逃げ切れると判断したのかもしれない。
まず、足止めしようとした個体が真っ先に死んだ。
先日と同じように石を飛ばしたが人間たちは先日と違ってほとんど怯まない。
先日と違って慣れたということもあるが彼らは木でできた即席で作った盾を持っていた。
大した速度も無ければ尖ってるわけでもない石ならば木の盾ですら簡単に防げるので木の強度でも問題はない。
そして大きな盾を作ることで防御できる面積を増やし、少しでも防ぎ損ねないようにしたのだ。
前回の、頑丈ではあるが体と比べるとどうしても小さい盾で石を防ぎ損ねたことで軽い怪我をして、その小さな痛みで怯んでしまったがために対策してきたのだ。
その後は突っ込んだところを槍で突きまわされて終わりだ。
すぐに人間たちの歓声が上がった。
一方、森に逃げた群れもまた、次々と殺されていっていた。
ロープで方向を限定され、さらには変にロープに突っ込めばロープにくくりつけられた木でできた杭が茨のようになり、傷ついた。
そして限定された方向に行くと底に槍を仕込んだ落とし穴。
さらには木と木の隙間を通ろうとしてその大きな角が引っかかったところを槍でつきころされていったのだった。
それでもなお、死体を踏み越えて逃げていった個体も少しはいたが当初と比べるとあまりにも少ない群れへと成り下がっていた。
そしてこの任務はあくまでも魔物の絶滅ではなく間引きだ。
つまりこれで十分目標は達成しているのだ。
こうして訓練兵たちの討伐任務は終わったのだった。




