第五十九話 質問
資料を見る限りはとてつもない問題児だが現実の印象とはかけ離れていた。
真面目に訓練をしているし、自主的に行っていることも珍しくない。
実技は一番の得意科目なのだから当然かもしれないが実技以外の授業も集中して受けているし、成績も悪くない。
さらには同期との人間関係なども問題ないらしい。
よく同期の訓練兵たちと会話しているし、共に技量を高め合っている。
ちなみに他の訓練兵たちの名前は必死で覚えた。
カルドはあまり筆記が得意では無かったのでとても大変だった。
ひとまず、彼女を誰がどう見ても資料に書いてあるようなイメージにはとてもだがならないだろう。
とはいえ資料には要注意人物とまで書かれている始末だ。
教官に反抗的で指示は無視し、身勝手な行動ばかりするなどといったことも書かれてある。
なので、本人に直接質問して疑問を解消することにした。
「カーネ。お前だけ今日の訓練が終わったらあそこの部屋に来てくれ。」
訓練中にそう言うと近くにいて会話が聞こえる範囲にいた他の訓練兵たちが何故かこちらを警戒するような目線で見つめてきた。
さすがに教官相手だからかチラチラとだがそれでも睨みつけるような冷たい視線だ。
カーネ本人も何故か緊張や怒り、諦観、冷淡などの感情が混ざったような表情をしている。
いっそ居心地が悪いくらいに周囲から視線がカルドへと突き刺さっている。
何かしらの事件やトラブルなどが起きて訓練兵を呼び出すというのは普通の事のはずなのだが。
しかも周りの訓練兵たちが冷たい視線のまま、コソコソと会話している様子も確認できた。
何を話しているかは分からないが悪口や、それに類することなのは間違いないだろう。
それからしばらくして、指定した部屋で少しだけある事務作業などをこなしながら待っているとドアがノックされた。
間違いないなくカーネだろう。
「どうぞ。」
短く言うと静かにドアが開けられた。
当然、そこに立っているのはカーネだ。
「まあそこの椅子にでも座ってくれ。」
そう言いながら観察してみるが異常なまでに警戒されている。
いつ戦闘になってもおかしくない危険な戦場にでもいるかのようだ。
「君を呼び出したのはこの資料のことだ。」
資料をパタパタと振りながら話すと何故だかカーネの表情が警戒から困惑へと切り替わっていった。
とはいえそれだけでは何も分からないので話を続ける。
「この資料によると君は随分と問題児とのことだが……何せ教官を殴ったというじゃないか。それについて気になってね。」
ますますカーネの表情が困惑で満ちていっている。
何と表現すればいいか悩んだがしいて言うならばこの前、殺し合いをした敵と遭遇したら何故だか何もしてこず、それどころか何も無かったかのように普通に話しかけてきたので困惑しているといった感じだろうか。
「ええと…………。」
カーネが聞いていて心地よい鈴のような声で話し始めた。
「実は…………その…………教官に暴力を、振るわれそうになりまして……。」
わざわざ暴力と強調するからには単純に訓練が厳しいとか、何か問題起こしたので鉄拳制裁をされたとかそういう類では無いだろう。
「その場はなんとかなったんですが…………。」
「ははぁ。なるほど。」
何となく状況が読めてきた。
カーネは客観的に見ても美人である。
殴られたという教官は男だったらしいのでつまりはそういうことだろう。
そして抵抗して逃げてしまったがために、その教官に悪い意味で覚えられてしまったのだろう。
「そういうことか……ちなみに上に報告は?」
「一応、しました。ですが証拠も無かったので……。」
「証拠が無ければより信頼があるほうが信用されるのはまあ当然だろうな。……というか警戒してきたのはそれが原因か。」
そうと分かればどれもこれも説明がつく。
訓練兵たちの情報が載っている資料は教官が次の担当に引き継ぎ作業をする際に作るものなので最後まで思いどうりにいかず、遠くに行って関わることすらできなくなった腹いせに出鱈目を書いたのだろう。
あれだけ他の訓練兵に睨まれたり、警戒されたり、冷ややかな目線が飛んできたりしたのは彼女が同じ目に合うんじゃないかと心配していたからなのだろう。
彼女は同期の中でも優秀だったので尊敬されているし、人柄も良いようなので慕われているのだろう。
「す、すいません……。」
「いいよ、いいよ。そういうことなら仕方ない。」
後で自分からも上に提言でもしておくかなと考えているとカーネがふと言った。
「ああ、ですけど殴ったのは事実ですね。どうしても気持ち悪くて…………。」
「………………そうか………………話は終わりだから帰っていいよ。」
「分かりました。……では失礼しました。」
バタンという音を控えめに立てながら閉まったドアを見つめながら、少しだけ暴力的な面もあるという情報は覚えておくことにしようと思った。
カルドはその時、若干顔が引き攣っていた。
何故、疑問を聞いて、尚且つ解決したというのにその前と同じような状態になっているのだろうかと思わずにはいられなかった。




