第五十五話 濡烏
数日後、ついに訓練兵たちが帝都からやってきていた。
ワクワクといった表情で要塞の一番外側の門をくぐっている。
ぱっと見たかんじ訓練兵なので当然ながらまだまだ未熟そうだがやる気は十分そうだ。
「しごきがいがあるな……。」
訓練兵たちの何人かがギョッとした表情で見ている。
聞かれるような距離ではないので恐らく表情を見てギョッとしたのだろう。
それほど凶悪な顔だっただろうかと普段考えないような心配をしながら訓練場に向かった。
彼らも今日は着いたばかりで休むだろうが明日にはすぐに訓練を始める。
なのでその準備だ。
準備自体はとっくにしているのだがやはり明日のためにちゃんと点検しておきたいのだ。
途中、すれ違った騎士の何人かにギョッとされたのには釈然としないが。
なぜ全員がまったく同じような反応をするのか。
単に明日、訓練兵たちが厳しい訓練で悲鳴を上げるのが楽しみでニコニコしてるだけなのに。
自分が教官にやられたことを訓練兵にすることを想像しただけなのに。
とても不思議である。
そして次の日になった。
楽しみと緊張のせいでいつもより少しだけ早く起きてきてしまったため訓練兵は誰一人として訓練場に来ていない。
まあ仕方がない。
別に遅刻というわけではない、というよりも既に来てたら逆に怖いくらいだ。
そんな時間に自分が既に着いていることは棚に上げながら周りを見渡すと隅のほうに誰かがいることに気づいた。
「ん?」
若い女性。
ここに来ているということは訓練兵だろうか。
後輩となるわけなので当然、カルドやシンよりもたったの数歳だが年下だ。
だがその年齢のわりには少し大人びていて、落ち着いた雰囲気を纏っている。
彼女を見て気になることがあった。
彼女の髪だ。
長い髪だ。
胸あたりまでたれている。
女騎士、それ自体は珍しくない。
だがそういった人間は、というよりも戦闘に関係する人間は基本的に髪を伸ばさない。
動きの邪魔になるからだ。
彼女も動きの邪魔にならないように後ろで紐で結んでいるようだがそれでも中々珍しい。
そして何よりも目にとまったのは別にある。
美しい漆黒。
カルドの髪も黒色だが若干違う。
女性なので男のカルドよりも手入れはしているだろうがそれでもカルドの髪とはそもそもの色合いや艶が違うのだろう。
カルドの髪が真っ黒な石かなにかだととしたら彼女の髪は雨に濡れて光が反射している漆黒の鳥の羽のようだった。
確か濡烏と呼ばれる色だったか。
カルドの髪よりもより鮮やかで、より美しく、より滑らかで、より艷やかで。
そして何故か見ていて不思議な気分になる色だった。
そこで自分が彼女をずっと見つめていることに気づいてすぐに目線を外したが彼女はこちらの視線には気づいていないらしい。
そもそもこちらを見ていない。
自分の装備を見つめている。
どうやらここに来るにあたって渡された真剣や、軽装とはいえちゃんとした鎧にたいしてらしい。
抑えようとはしているが抑えきれずに喜びの表情が滲み出ている。
当然だろう。
自分の武器を与えられたのだ。
騎士を目指す者として嬉しくないわけがない。
こんなに早く訓練場に来ているのには疑問を抱いたがわざわざ行くようなことでもないので聞かなかった。
そもそもそんな初対面の女性の後輩に話しかけるのは憚られた。
だが不思議なことにしばらくの間、彼女の美しい髪から目を離すことはできなかった。
そして、他の訓練兵たちが集まってきた後でも彼女の美しい黒髪はよく目立った。




