第百十一話 焦燥
「不機嫌そうね。」
冷たい声。
これはネロのものだ。
『当たり前だろう? あの女のせいで計画の予定が狂った! あのまま闇魔法を馬鹿みたいに何も考えず、鍛え続けとけばいいものを!』
ネロの冷静な声とは真逆の、怒りのこもった声が響く。
「あれをした所で別にアンデッドになるわけじゃないでしょ? ならどうでもいいと思うのだけど?」
『アンデッドになった後に、その方が何かと楽なんだよ! ああ……めんどくさい。』
思わず眉をひそめてしまったのは仕方ないだろう。
「そもそも、アンデッドになることも確定したことじゃないのに、楽観的なものね。……考えれば分かるはずなのに。」
残念ながら、その言葉は当人には聞こえなかったようだ。
思わず舌打ちしそうになるが、自制した。
した所で何の意味もない。
「そんなことより、これからどうするつもり? このままじゃアンデッドに引き込むことすら厳しそうだけど。」
『どうするもこうするもない! いい加減、さっさとあいつを引き込め! どれだけ手間取ってる!』
「そんな無茶言われてもねぇ……ギリギリで粘られてるのよ。あと少しきっかけがあればいけたのだろうけど、もう無理。立ち直ってきてる。」
『くそっ! なぜだ!』
コレは、そこらの人間よりも圧倒的な知識を持っている。
そう、そのはずなのだ。
だが、コレはそれを活かせない。
怨念に取り憑かれている者にまともな判断などできない。
『……まてよ? ああすれば……。』
「……。」
『…………人間というのはどういう時に一番絶望すると思う?』
「さあ? 興味ないわ。」
『お前はよく知っていると思うが?』
「……幸せから、ドン底に突き落とされた時。」
『そうだとも。なら、そう仕向ければいい……!』
「どうするのよ。」
『簡単さ。あいつの周りにいる人間を皆殺しにすればいい。そうすれば周囲への八つ当たりをするだろう。』
やはり、コレは愚かだ。
それをしたところで何の意味があるのだろう。
カルドは八つ当たりなどをするような性格ではない。
そんな事態になれば、自身にしか怒りを向けないだろう。
そうなれば、自殺して終わりだ。
まあ、コレはカルドと話したことなどないし、情報もほとんど持ってないだろう。
なので仕方ないのかもしれない。
にしても短慮だ。
どうせ、自分の経験を当てにしてるのだろう。
だから、自分と同じように他人を恨むことしかできない、身勝手な人間しかこの世にいないと考えるのだ。
そして、ネロはコレの決定に逆らえない。
「そう……いいんじゃないかしら?」
だが、そもそも逆らう気もなかった。
コレが、自分の話すことに従うわけがないし、下手に逆らえば理性を消されかねない。
とてもだが、今以上に削られてはたまらない。
それに、その方が楽だ。
自分も、カルドも。
やられたことがあるから知っている。
コレは一度狙いを定めると絶対に逃さない。
何をしてでも引き摺り落とそうとする。
あっち側に。
『早く、見てみたいものだなぁ。カルドとやらを!』
「……あっちは会いたくないでしょうね。」
『はっ! 知ったことか! ……ようやく、俺の目標が……!』
その時の声は万感の思いがこもっていた。
余程したかったことがあったのだろう。
ネロが知ったことではないが。




