第百六話 思考
それからしばらくして2人は話題が尽きるまで話し続けた。
とても良い時間だったのは間違いない。
だが、それでも業務に戻ると嫌な気分が戻ってくる。
多少は和らげられているとはいえ、それにしたって、だ。
何せ書類が山のようにある。
まあ、そもそも感じてる感情も嫌とは違う感情のほうが正しいのだろう。
なにせ自分からしたことなのだから。
なのでより正確に言うならば、疲れた、だろうか。
何に疲れたという、特定のものではない。
全てに疲れた。
そう、何もかも全て。
「ああ……つらい。」
1人しかいない事務室で空虚な独り言が響いた。
「君が騎士団長と話してた副官さん〜?」
その頃カーネは、カルドに勧められた整備課に向かっている途中で呼び止められていた。
「ええっと……どちらさまでしょうか。」
「ディズっていいま〜す! 黒曜騎士団近衛師団第二連隊長を務めさせてもらってるよ〜。」
まさかこんな少女が連隊長とは思っていなかったのかかなり驚いた様子だ。
「あっ! そうでしたか! 失礼し――」
「敬語は無し!!」
チッチッチとでも言わんばかりに指を立てて左右に振ると、これまたチッチッチとでも言わんばかりの表情でそう言った。
「ええっと……分かりまし。」
「…………。」
今度は睨んできた。
見た目のせいであまり怖くないのは言わないであげたほうがいいだろう。
「……は、はい。」
「…………。」
まだ不満そうだったが、ひとまずは良しとしたらしい。
「よろしい!」
「ええっと……ありがとう……?」
「どういたしまして!」
「…………それで……呼び止めた理由はなんなのか聞いても?」
「あっ。忘れてた! えっとね……貴女、騎士団長とどういう関係?」
「…………えぇ?」
純度百パーセントの困惑が声になって漏れ出したのは仕方ないだろう。
あまりにも唐突すぎる。
「答えて〜。」
「ええっと…………私が訓練兵だった時の教官……だったのだけど……。」
「なるほど〜。ふむふむ。う〜〜ん……あっ。そういうことか!」
勝手に話が進められているようだが何のことかはさっぱりである。
「何のことか分からないから教えてほしいのだけど……。」
「ごめん! やることできた!」
そう言うとすぐにディズは走り去っていった。
止める暇もなく、呆気に取られている間に角を曲がったため、後ろ姿も見えなくなった。
とはいえ、追いかけても追いつける気がしないので今度また会った時にでも詳しく聞くことにして、カーネはまた歩き出した。
「おっ。ディズか。どうだったよ。騎士団長との関係性とか聞けただろうな?」
「もっちろんだよエル!」
エル、彼もまた、ディズと同じ、近衛師団の連隊長の1人であり、第三連隊を率いている人間だ。
「どうもねぇ。騎士団長が教官だった頃の教え子だったらしい。だから―――なんじゃないかな。」
「ああ、それで……いや、それだけじゃない気がするな。」
「そう?」
「多分だが……ほぼ間違いない気がする。」
「根拠は何かあるの?」
「ないな。」
「じゃあただの予想でしかないなぁ……。」
「まあなぁ……。」
二人して同時に溜息をついた。
だが、希望がないことはないというのは分かったのだ。
喜ばしい日、なのだろう。




