第九十九話 教唆
「…………。」
「久しぶり。」
真っ黒に塗り潰された世界。
そんな中で一つポツンとある白い机と椅子。
そこに座る黒い服、青髪の女。
前に見たあの夢と同じ。
「最近、あれはてっきり、ただの夢なのかと思い始めてたんだがな。」
カルドは疲労と、苛立ちと、冷酷さの混じった声で話し始める。
「なんで?」
記憶にある通り、甘い、囁くような声。
「魔法についてを聞くと約束していたのにあれから夢を見ず、会えなかったからな。…………ネロ。」
「ふふふ、確かにそうね。こっちにも事情があったのよ。分かってちょうだい。用事も終わったからしばらくはいつでも会えるわよ。だから拗ねない拗ねない。」
子供をあやす時のような猫撫で声で言われ、前までなら苛立ちが湧いただろうに、なぜか苛立ちは湧かなかった。
慣れたのか、そんなことよりも気になることがあったからか。
「なぜ、来れなかったんだ?」
「う〜ん……まあ、手が離せないことが起きてたのよ。」
どうやら話すつもりはないらしい。
「……話を変えよう。闇魔法についてのことだ。」
「そういえばそんな話をしたわね。貴方は闇魔法をどう解釈したの?」
「端的に言えば確固たるもの、と解釈した。」
ネロは意外なのか目をパチパチと瞬きしている。
「……変わった解釈ね。」
「自覚してる。」
「そう。……あと、私の解釈も教えてあげるわ。貴方とは真逆、曖昧なもの、という解釈よ。だからか、闇魔法の中でも妨害系が強化されてるわね。」
「妨害系?」
「そのまんまの意味よ。本来、闇魔法使いは大半が妨害系なのだけども……。」
「俺が最初に使った闇魔法は妨害系じゃなくて明らかに攻撃系だったぞ。」
それを聞いてネロが首を傾げ、その際に肩にかかった髪を払い除ける、そんな何気ない動作もどこか蠱惑的だ。
「貴方の才能……っていうとちょっと違うわね。貴方の性格に関係しているんじゃないかしら。」
「よくあることなのか?」
「ええ。イメージと同じようなもので、けっこう影響するわ。……そのせいで私の闇魔法はあんまり強力じゃないわ。」
「そういえば前も似たようなこと言ってたな。」
「あら。そうだったかしら。……そういえばそんな気もするわね。」
「…………。」
纏っている雰囲気とは裏腹にどこか抜けた性格らしい。
脱力しそうになる。
「理由はちゃんとあるわよ。私、闇魔法は元々使えなかったの。」
「……それで?」
「必要に応じて、というよりは無理矢理に使えるようにされたというべきね。」
「無理矢理?」
「そう。私の意思とは関係ない。本職は氷魔法。」
口調が若干ぶっきらぼうになっているのは怒りからだろうか。
声色には拭いきれない怒りが混ざっていた。
「これだけだと……話が読めねえな。」
「でしょうね。」
「詳しく教えてもらうことはできるのか?」
「残念ながら言えないし、言いたくもないわ。」
「まあだろうな。そんな気配はした。」
その時、周囲の色が白っぽくなってきた。
「……そろそろ夢も終わりか。」
「そうね。」
「まえよりも早いな。」
「……そうかもしれないわね……。」
なぜ曖昧な言い方だったのかは気になったが、それを考える前にカルドは夢から目を覚ました。
カルドが消えた後、ネロはボソリと呟いた。
恐ろしいほどに冷たい、鋭いナイフのような言葉だった。
その目も、恐ろしいほどの冷酷さを纏っていた。
「何か用?」
『用がないと来てはいけないとでも? お前に拒否権はない。』
「……それで?」
『洗脳はどうだ?』
「…………。」
ニヤニヤとした声色で笑う声が頭の中に響いた。
『クックック。誘惑と言ったほうがいいか?』
「…………。」
『だんまりか。……それで進捗は?』
「見ての通りよ。かなり進んでるわ。」
後ろで満足気に何度も頷いている気配がする。
『にしても……随分とお前、入れ込んでいるようだな。』
「そりゃあそうでしょ。貴方なんかと話すよりは断然楽しい。……心配しなくても」
再度、いかにも愉快げな笑い声が響いた。
『クックック。心配などしとらんさ。……せいぜい誘惑、頑張ることだな、ネロ。』
そしてネロが振り向いた時、そこには誰一人おらず、声も掻き消えていた。




