6: メギロディオン魔法学院とエイガ寮 2
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「お前が足を踏み入れたこの世界は、いくつもの名で呼ばれている。だが総称するなら――“インプリジアン”だ」
彼は静かに語り始めた。
「見ての通りの大地だ。この地では、魔法を使うことができる。だが、この世界がどのように生まれ、いかなる歴史を辿り、誰が創ったのか――それを知る者は誰もいない」
唯一の手がかりは、ただ一つの伝承のみ。
『天界の救済者の伝説』。
それだけだという。
かつてこの世界は、楽園のように平和な地だった。誰もが穏やかに暮らしていた。
だが、ある日。
空から“堕ちた”存在が現れる。
天より落ちた悪魔――人々はそれを「魔女」と呼んだ。
六百六十六の魔女。
それぞれが異なる目的を持っていた。
ある者は人類を滅ぼし、
ある者は人を捕らえ実験し、
ある者はただ静かに生きていた。
だが結果は同じ。
楽園は崩れ去った。
この地の住人たちは当然、必死に抗った。
しかし敗北した。
「だが……魔法を扱う者として、そこで絶望するわけにはいかなかった」
彼らは最後の手段を選んだ。
名もなき儀式。
それは、異なる世界から魔法使いを“招く”というものだった。
そしてその時――
二人の少女と、一人の少年が現れた。
三人は瞬く間に魔法を習得し、魔女たちを次々と退けた。
結果、六百六十六いた魔女は三百三十六にまで減らされ、残りは世界各地へ散った。
三人は“インプリジアンの救済者”として語り継がれることになる。
やがて彼らは、継続的に異界から魔法使いを召喚する仕組みを整えた。
残る魔女を討つために。
そして、一人の少女が学院を設立した。
その名は――
メギロディアン魔法学院
「メギロディアン魔法使い育成学院」
「そして今――お前もまた、召喚された一人だ」
胸が冷たくなる。
それは、つまり。
「それは……死地へ向かえと言っているのと同じではありませんか?」
思わず言葉が荒くなる。
「この役目を拒んだら……どうなるのですか?」
彼は迷いなく答えた。
「元の世界へ戻る。ここでの記憶をすべて失った状態でな。なぜなら、お前はすでに試験に合格し、この世界の魔法使いとして承認されたからだ」
「……試験?」
「お前が走り回り、フリントロック銃を召喚して魔女の眷属を撃った――あれが試験だ」
――あれが?
あの、生きるか死ぬかの状況が?
わたしたちと、あの人が、命を落としかけたあの瞬間が?
「……あれが、試験……?」
あまりにも理不尽だ。
「ならば、わたしたちは辞退いたします」
即答だった。
もしあれが“選別”だというのなら。
良い素材だけを料理に使い、悪い素材は捨てる――
そんな発想と何が違うのか。
人間は食材ではない。
死ぬために選ばれる存在ではない。
もしその試験が学院創設以来続いているのなら――
彼らの“人道”は、とうに失われているではないか。
「……理由を聞いてもいいだろうか?」
彼は静かに問いかける。
「わたしたちは、あの時……本当に死にかけたのですよ。あれよりも何倍も危険な魔女と戦えなど、そんなこと――お断りです」
彼はしばし沈黙した。
ここまで強く拒絶されるとは思っていなかったのだろう。
やがて彼は立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。
「……それは残念だな。せっかく君を助けたあの青年は、すでに我々の学院の保護下に入ったというのに」
「……あの方が、魔法使いとして?」
思わず彼の瞳を見つめる。
「そうだ。礼を言いたかったのだろう? だが君が帰れば、二度と会えない。惜しいことだ」
その瞳は、何よりも強く輝いていた。
正直に言って――あまりにも美しく、目を逸らせない。
「……このまま帰ってしまって、本当に良いのでしょうか」
心が揺らぐ。
「それは君自身が決めることだ」
「ですが……いくらお礼を申し上げたくとも、命を賭けるなど――」
その瞬間だった。
会長はわたしたちの耳元へ身を寄せ、そっと頭に手を置く。
低く、はっきりとした声が囁かれた。
「メギロディアン学院創設者の一人、そしてインプリジアンの血を継ぐ末裔として――
この私、ウィリアム・クレイ・アンダーソンの名において命じる。
クロエ・アンダーソン――我が血を引く曾孫よ。無条件で学院へ所属せよ」
――。
――――。
「……今、何か仰いましたか? 少々聞き取れませんでした」
「いや。ただ……君はどうしてそんなに良い香りがするのかと思ってね」
「はぁっ!?!?」
ちょっと待ってほしい。
皆から尊敬される“会長”とは、こういう人物なのか。
「申し訳ございませんが、今後二百歩以内には近づかないでいただけると大変助かります」
両手で顔を覆い、そっぽを向く。
「はは……努力しよう」
彼はどこか愉快そうに笑う。
視線が妙に意味深で、ぞくりと背筋が冷える。
「では……寮へ向かえばよろしいのですね? 道をお尋ねしようかと――」
「私が送ろうか?」
「結構です。まだ純潔を失う予定はございませんので」
「……手厳しいな」
最後まで言わせず、わたしたちは扉を開けた。
そして――
外へ一歩踏み出す。
黄金色の月光に照らされた世界が、そこに広がっていた。
見たこともない建築様式。宙に浮かぶ光。静かに流れる魔力の気配。
異世界だと分かってはいた。
けれどこれは――“別世界”などという言葉では足りない。
まるで現実そのものが塗り替えられているようだった。
その時。
背後から、柔らかな声が響く。
「インプリジアンへようこそ、少女よ」
その時だった。
白髪の少女が一人、制服姿でわたしたちを迎えるように立っていた。傍らには三人――そのうちの一人はエイドリアンだ。
「え、ええと……はじめまして……で、ございます」
「あっ、自己紹介を忘れていたわね。私はエヴェリン。フウブ寮の寮長よ。そしてこちらの男の子たちはコウガ寮所属。色黒のイケメンがラケス、隈のあるお医者さんがエイドリアン。それから――」
同年代ほどの少女が、わたしたちの前へ歩み出る。
整った顔立ち。鋭い瞳。わたしたちと同じく波打つブロンドの髪。日焼けした肌に、どこか挑発的な装い。
――決して、軽々しく関わってはいけない類の人だ。
「やあ。私はマーベル、マーベル・チョンラティチャ。タイとドイツのハーフよ。今はエイガ寮の仮寮長をしてる。よろしくね」
「わ、わたしたちはクロエ、クロエ・アンダーソン。グレートブリテン及び北アイルランド連合王国から参りました、新米の魔法使いでございます。どうぞよろしくお願いいたします」
……タイとは、どこなのだろう。聞いたことがない。
「さて――この子の寮を決めましょうか」
エヴェリンが椅子を二脚用意する。わたしたちはその一つに腰掛けた。
「試験に合格すれば、そのまま寮に入るのではないのですか?」
「いいえ。召喚された魔法使いは、それぞれ異なる資質を持っているわ。寮は単なる住居ではない。系統ごとに魔法を鍛えるための場所なの」
壁に寄りかかり、腕を組みながらエイドリアンが説明する。
「召喚者の心には“ルーン”と呼ばれるものが宿っている。それが目覚めるのは、“ルーン覚醒の儀”に参加した時だ。会長の手によってな」
エヴェリンが補足する。
「ルーンとは、その者の固有魔法の系統を決定づけるものだ。例えばエイドリアンのルーンは『奇跡級治癒』。名の通り、重傷をも癒やすことができる」
ラケスは眼鏡を押し上げながら続ける。
「私のルーンは『月を奉じ、陽を支える加護』。戦闘において仲間を強化・支援する神授系魔法だ。能力は違えど、どちらも“女神の祝福”に属する。これがルーンというものだ」
なるほど……。




