5: メギロディオン魔法学院とエイガ寮
001
わたしたちは、ある部屋で目を覚ました。
目の前に広がる白い天井には、豪奢なシャンデリアが吊るされている。この場所が相当贅沢な造りであることは一目で分かった。
「目が覚めたか?」
意識を取り戻したばかりだというのに、わたしたちはすぐに声のした方へ顔を向ける。
そこに立っていたのは、すらりと背の高い青年だった。おそらく兄上よりも高い。長袖の服に、外側から奇妙な形の白衣を羽織っている。鷹のように鋭い目つき、目の下には濃い隈。茶色の髪は乱れ、整っていない。
「…………」
彼は、今にもわたしたちを殺してしまいそうな目でこちらを見ている。
状況が呑み込めないまま、わたしたちはただ見返すことしかできなかった。
「まあいい。返事をしなくても、元気なのは分かる」
口ぶりから察するに、彼は医師なのだろう。だが見た目は、わたしたちとそう年が変わらぬように見える。
「ここは……どこでございましょうか?」
「医務室だ」
ぶっきらぼうに答え、こちらを振り向きもしない。
「では……わたしたちはこれで――」
「まだ起きるな!」
突然の制止に、思わず肩が跳ねる。
わたしたちは再びベッドへ身を横たえた。
「何か問題でも……?」
怖れながらも尋ねる。
「今の君の身体は、俺の回復魔法にまだ順応していない。無理に動けば、最悪の場合は麻痺が残る」
――回復魔法?
先ほど、この若い医師はそんな理解不能な言葉を口にした。
はは……そんなものがあるわけがない。
「冗談を仰っているのですか?」
「俺が患者相手に冗談を言うように見えるか?」
「……っ!」
一瞬だけ、彼の目が人ならざる冷酷さを帯びる。
この人は……怖い。
あの性悪な貴族たちと、どこか似ている。
正直に言えば、恐怖で身体が強張る。逃げ出したい。だが先ほどの言葉のせいで、動くこともできない。
「申し訳……ございません」
結局、謝ることしかできなかった。
相変わらずだ。わたしたちは弱いまま。
「……まあいい。君は今、この“世界”に来たばかりだ。信じられなくても無理はない」
どうやら、咎める気はないらしい。
謝れば終わる。それもまた、何も変わらない現実。
「……その魔法とは、何のことでしょう?」
「君がフリントロック銃を召喚して、魔女の眷属“ノルマル”を撃っただろう。あの鶏ガラみたいな奴だ」
「……っ!」
記憶が蘇る。
迷い込んだ場所。あの骨のような怪物。そして、銃。
それから――誰かが、助けてくれた。
優しくて、穏やかで……
けれど顔が思い出せない。
「それにしても大したもんだ。あの状況で自分の傷を処置するなんてな。しかも上出来だ」
「い、いえ……あれは別の方が」
どうして彼は、あの時のことを知っているのだろう。
「ふうん……なら、その誰かも大した腕だな。ここでもやっていけるだろう」
そう言って、彼は赤いラカラアヴァットを投げてよこす。
「これは……」
「君の傷口を縛っていた布だ。おそらく、その“誰か”のものだろう」
そうだ。わたしたちは転び、あの人が手当てをしてくれた。
けれど――その人は誰だったのか。
「お礼を申し上げなければ……」
血の滲んだラカラアヴァットを、強く握りしめる。
「さて……そろそろ大丈夫だろう。立てるか、お嬢さん?」
彼は椅子から立ち上がり、わたしたちを支える。
「痛みは?」
「ございません」
「よし。なら寮へ戻って休め。明日また診る」
「寮……というのは、寮のことでございましょうか?」
頭の中には、あまりにも多くの疑問が渦巻いていた。
混乱している。何もかもが分からない。
「ええと……俺は説明があまり得意じゃなくてな」
若い医師がそう呟いた、その時だった。
「ならば、私が説明しよう」
いつからそこにいたのか分からないが、一人の青年が室内に姿を現した。
「何度申し上げれば分かるのですか。お越しになる際はノックを、と。ウィリアム会長」
口調も発音も、わたしたちの故郷と同じはずなのに。
それなのに――
彼からは、何よりも高貴で、眩い光のような気配が静かに立ち上っている。
「すまないな、エイドリアン。少し個人的に話したい相手がいてね」
そう言って、彼はわたしたちへと視線を向ける。
「そうですか。では、私は退室いたしましょうか?」
「うむ。邪魔をして悪かった」
若い医師――エイドリアンは、静かに部屋を後にした。
扉が閉まる。
部屋には、わたしたちとその青年だけが残された。
沈黙。
けれど先に口を開いたのは、彼の方だった。
「体調はどうだ?」
低く、男らしい声。
しかし同時に、羽のように柔らかく、優しさを含んでいる。
「大事はございません……ですが、先ほどの出来事にまだ困惑しております」
正直な気持ちだった。
彼は小さく頷く。
「そうか。では、私が説明しよう」
一歩、こちらへ近づく。
「少し長くなるが――きっと、お前の疑問の多くは解けるはずだ」




