【第三十一話】恵
「どうして、発現してしまったの。よりによって、私の娘に。ヘックス、どうしてなの」
勇者学校区の外縁部。ヘックスは灰色の学生寮と、街を囲う高い壁に挟まれた路地で、砂埃に濡れていた。
──あの日の母の顔が脳裏にへばりついて離れない。
怒り、困惑、そして何より母自身へと向けられた哀れみ。長い時を共に過ごしてきたのだ。眼で視た以上に、娘はそれを察していた。
彼女の灰色の瞳に突如発現した六芒星の柄──魔眼『ガルイアの眼』。
その眼は他者の悪感情を視覚情報として受け取る力を持つ。五百年続くガルイア王国の王族に代々発現する、言わば象徴だった。
しかし、ガルイアの眼の所有者は同じ時代に一人しか存在し得ない。所有者が生存している限り、新たに別の者が開眼することはない。
“眼”は当時、次期国王と目されていたテラ・ガルイアに発現することが期待されていた。
しかし世界は初代王ガルイアの直系ではない、分家出身のヘックスにその恵みを与えた。
それから三年。少女は自らの才能に苦しめられていた。
「私に勝てないと分かったらさっさと消えるんだな」
肩で息をしながら、ヘックスは眼前に倒れた数名の男女に言った。皆、勇者学校の制服を着ていた。
「ガルイア王の末裔だからって調子乗ってんじゃねえ!」
「聞いたぞ!眼が発現したから王位を簒奪するつもりだってなあ!そのために勇者学校で鍛えてるんだろ!」
「お前みたいなのは純粋に人々を守りたい私たちの邪魔だ!」
ヘックスの光のない眼に彼らの怒り、そして嫉妬が映った。
──くだらない。
馬鹿が馬鹿の脳で必死こいて考えた馬鹿な結論は、どうせ『気に食わない奴』を排除するためのこじつけだ。
この馬鹿者たちはきっと自分でも自分の藉口に気づかない。
私がここに送られたのは、厄介払いのためだ。
次期国王の地位を脅かしかねない存在を家に置いていると、王族本家やそれに近しい親族に白い目で見られ、除け者となる。
母上、父上。
貴方たちは立場をより良いものにしようとがんばってましたもんね。これまで築いてきた関係のバランスが崩壊するような存在は邪魔でしょうね。王位を奪うような度胸はありませんもんね。
忌々しい馬鹿共に殴られた箇所が痛む。
裕福とは言えないまでも、争いや飢餓からはほど遠い彼女の日々は、勇者学校に入学してから酷く変容した。
しかしこの時、更なる変容が起こる。
「貴様か、ヘックス・パーシアスは」
尻尾を巻いて逃げる生徒の流れに逆らって、一人の男が彼女に近づいてきていた。
「なんなんだ。今日は客が多いな」
──いや、違う。
ガルイアの眼は彼女に何も見せなかった。いつもならこんなとき、生徒も、教師さえも、ヘックスに悪感情を向けた。それは怒り、嫉妬、恐怖、時には殺意ですらあった。
しかし、この男からは何ら感情が視てとれない。
「抜け。貴様の実力を見せてみろ」
彼は腰に携えた刀を、ヘックスの方へ投げやった。
「え?」
「勇者学校の生徒だろう。さっさと抜け」
肩より下まで伸びた黒髪の男は淡々と、さも当たり前のように言い放つ。
「なんなんだ……」
言われるままに、彼女は刀を拾う。
鼻持ちならないこの男を少し脅かしてやろうと思った。抜刀。
瞬間、鋼の刃からどす黒い悪意。それは明確な言葉をもって、ガルイアの眼に雪崩込む。
『許さない、許さない、ここから出せ、呪ってやる、呪ってやる、喰わせろ、喰わせろ、喰わせろ!!』
ヘックスは血涙を流し、倒れた。
「私はメイ・ショウ。今日から貴様の教師だ。その眼の使い方を教えてやる」




