【第三十話】ようこそ、ラスィム村へ
大剣。振られるもピタリと止まる。
「住民を操っているのか……?」
自ら飛び出し盾となった罪なき人を、ヘックスは斬ることができない。
彼女とその師匠──ショウが相対しているのは漆黒の不定形。正体不明の魔物だった。
「ヨウコソ、ラスィム村ヘ!」
これより数十分前。
「ようこそ、ラスィム村へ」
白髪の老爺──この村の村長は微笑み、カップを差し出した。それを受け取り、ショウが会釈する。
ここは『ラスィム村』。同名の山が見下ろす麓に位置している。
村は小さく、平屋が二十戸程度。それでも行政区域として『村』の単位を与えられているのは、その特産品のためである。
ラスィム山には多くのスライムが生息している。村人は彼らを採り、魔法薬学関連施設に出荷したりするなど、重要な役割を持っている。
その他にもスライムを調理したものは珍味として、王国中のグルメたちは涎を垂らしてそれを胃腑に収めたがっている。
「どうですか、生徒さんは元気ですか」
「ええ、急な話を受け入れてくださったラスィム村の皆様のおかげです」
形式的なやり取りを数度交わし、ショウは村長との挨拶を終えた。見上げれば、村を見守る小さな監視塔に、彼の弟子は山を背にして立っていた。
「どうだ、パーシアス」
師匠の声を聞き、ヘックスは双眼鏡を外して首を振る。黒混じりの赤髪が揺れた。
「駄目ですね〜。先生の予想通り、現場は隠されてます」
彼女の見ていた方角は西。広がる大地はほとんど緑で、左右にひとつずつある街と街を繋ぐ林道しかなかった。
そしてその林道の中央は封鎖され、簡易式の塀によって不自然に隠されていた。そここそが“現場”である。
高台に上ったショウは双眼鏡を受け取り、目当ての方角を望む。
「臙脂色の制服……『獅子』か。大事だな」
現場に立つ複数の大柄の者たち。表情までは視認できなかったが、周囲を殺気立って警戒しているのは明白だ。
その現場では数日前、勇者学校入学志望者を誘拐し殺害したと思われるヴィンセント・アリを護送する馬車が襲撃される事件が起きていた。
事件ではヴィンセント、警備勇者の全員が殺害された。犯人の正体は不明。
ショウが、わざわざ『初級生の初授業はスライム狩りという伝統を守りましょう!』と動き、ラスィム山をその場所として推したのは、そこが現場から近かったからだ。伝統への敬意がないわけではなかったが。
だが結果、ショウは現場に近づくことができないことが分かった。
「『獅子』……勇者省直属の捜査機関ですか」
「奴らが出張ってきたとなると、『塔』は捜査から締め出されたということだ」
『塔』とは勇者学校区で起きた事件、事故を捜査し生徒の安全と秩序を守る監視者である。ショウはその一員だ。
『獅子』とはガルイア王国で起きた事件、事故、その他あらゆる不穏分子を捜査し王国の安全と秩序を守る
学校区内では強い捜査権限を持つ『塔』も、『獅子』の前では子猫のようなもの。
大切な新初級生を多数殺害したヴィンセントに強く関連する事案だとしても、座視する他ない。
「しかし何故でしょう。ヴィンセント・アリの事件は勇者学校区で起こりました。『塔』を締め出す理由が分かりません」
「事件はヴィンセント・アリの依頼主によって起こされたと考えられている」
「……魔王軍」
「王国は魔王軍の廃滅に本気だ。徹底的にやりたいのだろう」
「そうですか……」
『塔』ではないどころか、まだ勇者ですらないのに、ヘックスは悔しげに俯く。
「或いは」という言葉を、ショウは飲み込んだ。「……まあ」へと変換する。
「実のところ、私がここに来た目的は現場を捜査することではない。本命はラスィム村だ」
「どういうことでしょうか」
「あの日ただひとり学校区まで辿り着けた警備勇者は『敵は東から来た』との情報を残していた」
「確かにラスィム村は現場から一キロ半と近いですし、方角も合っていますが、わざわざ人の居る村に情報を残すような真似をするでしょうか?相手は魔王軍です」
「そう、相手は魔王軍。人間の常識で捜査しても何も見つからん」
ヘックスは微妙な顔をする。
一理あるとも、アバウトに過ぎるとも言える論理。結局のところ、それでは何も手がかりはないと言っているようなものではないか。
だが師匠を信用することにした。
あの頃、唯一彼だけが彼女に悪意をぶつけなかった。彼には自分にはない美しいものがある。
万が一のことがあれば、自分が師匠を死守するとヘックスは決めていた。
ショウの妖刀『喰』を置いてきた今回は尚更だ。
「おい、これ」
師が雑に手渡してきたカップを受け取り、ヘックスは反射的に飲み干す。スライムドリンクの不味さに歪む弟子の顔を見、ショウは高台から降りた。




