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そして二人は……

少し箸休め的な話なので短めです

 二人がザンダでの拠点にしている宿屋の1階は食堂になっていて、宿泊客や周囲の住人の贔屓もあり繁盛している様だった。今は楽しげに夕餉を楽しむ客たちでそこそこの賑わいを見せていた


 辛くも暴漢の手から逃れたパトリシアは、ベルナルドの腕の中に抱き抱えられて宿屋の扉をくぐることとなった。周囲の視線から逃れたい一心で彼の胸元に顔を埋めている彼女の心情は複雑だった。


(これはいわゆるお姫様抱っこというやつではないでしょうか。周囲の目が怖い……)


 身分が違いすぎて普段は意識しないが、ベルナルドの見目はそれなりに良いのだ。そんな人目を引く少年が女の子を抱えて帰って来れば、それは目立つだろう。


 事実ベルナルドが扉を開けて食堂に足を踏み入れた途端、食堂の会話が一瞬途絶えた。その静寂はまた普段の喧騒に戻るのだが、パトリシアはその一瞬の沈黙の光景を想像してしまいう。


「見られてましたよね? 私たち、すごく注目されちゃってましたよね?」


「ーー大丈夫だパティ、ザンダじゃ俺たちのこと知ってる奴はいないから」


「何でそこで詰まるんですか…… ここは全然見られてないよって言ってくださるところです、殿下……」


 どうしてこうなったと途方に暮れるパトリシア。しかしこうなったのも宿を前にして一歩も動けなくなった自分のせいなのだ。誰のせいにすることもできないからこそ、彼女はこうやって顔を伏せて耐えることしかできなかったのだ。


(殿下がいち早く気付いて動いてくださらなければ、あの路地裏で冷たくなっていたのは私の方だった……)


 警備兵の目を盗みようやく宿の看板が見えた時、そこまで張り詰めていた緊張の糸がふつりと切れてしまったのだ。足腰から力が抜けてしまった彼女は、そのまま石畳の上にへたりと尻餅をついてしまう。


「殿下、恥ずかしながら腰が抜けて立てません……」


 それまでどうにか抑え込んでいた恐怖に体を竦ませ、どうにも立ち上がる事ができなかった。途方に暮れてしまってベルナルドを困った様に見上げる。


 見かねたベルナルドが肩を貸して歩かせようとしたものの叶わず、その結果がお姫様抱っこ(この始末)だった。


「……ベルナルド様、あの、これすごく恥ずかしいんですけど」


「仕方ないだろ、お前腰抜かしてて歩けないんだから」


「あ、歩きます。歩けますとも。だから今すぐおろしてください!」


「あぁもう、暴れんなって。もう後は部屋に帰るだけなんだから大人しくしとけって」


「こんなところテレサ夫人に見られたら、また”夜のお茶会”が始まっちゃいますよぅ……」


 そんな二人を帳場のカウンター越しに迎えた宿の主人は大きくため息をついた。とにかくこの二人は自分の前で些細な諍いを起こすのだ。他愛ないので他所でやれというほどでも無いが、なにか見せつけられている様でむず痒い。


「お前らはイチャつかないと宿に入れんのかね? 見せつけやがって。しかも今日は前より随分と悪化してるじゃねーか」


「いや、いつもさっさと済ませて部屋で休みたいと思ってるぞ? いいから俺たちの部屋の鍵よこしてくれよ」


「これは、その、深い事情がありまして…… ベルナルド様と私もそういう仲では無いわけでして…… 誤解されては困るのですが……」


 いじいじと歯切れ悪く言い訳するパトリシアだったが、宿の主人は取り合ってはくれない。ついでに話を切り上げて二人きりになろうとするベルナルドに釘を刺すのも忘れなかった。


「ああきっと、今は、そうなんだろうな。深い仲になるのはこれからというわけだ。あんま無理するんじゃねぇぞ、嬢ちゃん。 あと、そっちの坊主。うちは連れ込み宿じゃねぇんだ。羽目を外しすぎて汚しすぎるなよ? 別料金取るからな」


「わかってるよ。掃除の手間を増やす様な真似をすることはないさ」


「ベルナルド様も話を合わせないでください! そうやって誤解を振りまく様な事、気軽に言うのをやめてくださいと、いつもお願いしてるじゃありませんか!」


 ザンダに来てからこっち、ベルナルドと自分を何やら特別な関係にしようとする人間が多すぎる。そしてベルナルド自身がそれを否定しないのだから始末が悪かった。


「話はゆっくり部屋で聞いてやるよ。ほら、そんなに騒ぐと目立ってしまうぞ?」


(ああもう、そういうところ! そう言うところが誤解を生むからと何度も言っているのに!)


 恐る恐る顔を傾けて食堂の方を見れば、こちらを伺う複数の視線が見える。これまでの会話に聞き耳を立てていたのは火を見るより明らか。パトリシアは激しく恥じらいに襲われて体を小さくした。


 先ほどまで体を支配していた恐怖はどこかにいってくれたものの、これはこれで居た堪れない。この場から一刻でも早く離れたかった。


「ベルナルド様、早くお部屋に連れていってください。私、もう我慢できません……」


 もうお腹いっぱいだよ、と呆れ顔の主人が部屋の鍵を投げて寄越す。


「だそうだ、色男。 さっさと上行ってお嬢ちゃんとよろしくやって来やがれ」


 それを器用に空中で掴むと、ベルナルドは踵を返して帳場の前を離れる。パトリシアを抱えて上階につながる階段に向かう少年の背中で、食堂の中がどっと湧きあがった。


 やっかむ様に囃し立てる声や品のない野次に指笛が混じる。


(ああもう、絶対誤解されてるじゃないですか、これ! 明日、どんな顔して下に降りて来たらいいんですか……)


 とはいえ、パトリシアは恨めしげにベルナルドの顔を睨みつけることしかできなかった。

ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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