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身の丈にあったもの

あと数話で終わりのはずなのですが、予定にない話がなぜか挟まってしまって進まない……

 日が変わってオークションの翌日、パトリシアとベルナルド、それにテレサ夫人の姿はザンダの大通りに面した小洒落た服屋にあった。


 昨夕のパトリシアの失言を追求するためにテレサ夫人によって開催された”お友達のことをもっと知り合うための夜のお茶会”に強制参加させられた二人は、微に入り細を穿った夫人の追求を受けたのだった。


 夫人の婉曲なれど執拗で的確な交渉術を前にして、若い王族とただ王宮に住み込んでいただけの元・侍女が太刀打ちできるはずもなかった。


「つまりベルナルド様は家格の高い家柄の方で、パトリシア様はそんなお家に娘を奉公に出す様な影響力のあるお家の生まれなのですわね。歳が近いこともあって、ベルナルド様専属の侍女として奉公した後は、年季が明けてベルナルド様のもとでお仕事をされている、と」


 いったい昨晩テレサ夫人は何度”まあまあ!”という彼女特有の感嘆符を口にしたのだろうか。二人が隠していた個人的な事実が明かされるたびにその感嘆符は発せられた。


 ”夜のお茶会”が終わる頃には喜色満面の笑みと共に放たれるその感嘆符に、二人がすっかり打ちのめされてしまったのも無理からぬことだろう。


 その結論について二人とも言いたいことは多々あったのだが、しかし間違っている部分を正すことは二人にとってあまり利益があるものでもない。それよりは夫人の追求を終わらせることのほうが何より利益だったのだ。


 そして否定しなかったからこそ、今二人はこうして”本来の”身なりを整えるべく苦行に晒される事になったのだった。


「いいですか、お二人とも。貴族たるもの、平民に混じってこっそり街を楽しむなんてことはしてはなりませんの。貴族は貴族らしく、そうでなければ街の方々に迷惑をかけることになります。平民同士で気兼ねなく過ごしていらっしゃるところに、私たちが私たち特有の厄介ごとを持ち込んでしまっては大きな迷惑をかけてしまいますわ」


 そういって二人を諌めたテレサ夫人は、朝食もそこそこに大通りにあるこの店に二人を引き連れて乗り込んだのだった。夫人が二人の服を用立てる事をお願いすると、少し小太りな派手な見た目をした服屋の女主人は喜色を浮かべて三人を奥に招き入れた。


「まあなんて可愛らしいお嬢様なのでしょう。身体も均整が取れていて羨ましいですわ。どんな服をお持ちしようか迷ってしまいますわ」


「この娘、平民に混じって街を歩く様な火遊びをしてましたのよ? お灸を据えてあげないといけませんわ。どこにいても自分は見られているという事を自覚できる様に、とにかくこの娘の愛らしさをひきたてるような服を用立てていきたいと思っていますの」


「あらあら、男の子と連れ立ってその様な。それはたっぷり反省していただかないといけませんわね」


 試着部屋にパトリシアを放り込んだ夫人と女主人は、嫌がる彼女の服を文字通りひん剥くと嬉々として着せ替え人形にし始めた。


「あの、着替えはいつも自分でしてますから、手伝っていただかなくても…… って、ああ⁈ 脱ぎます! 自分で脱ぎますから! ベルナルド様、どうかっ……」


 他人に着替えさせられる事になど慣れているはずのないパトリシアはほとんど泣きそうになりながらベルナルドに助けを求めたが、女子の聖域に踏み込むことのできない彼に手助けをすることなど叶うわけがなかった。


「こちらの色合いの方がお嬢様の肌色にはあっているかと思いますわ」


「あの、もっとおとなしい仕立てのものを……」


「あらあら、流石の見立てですのね。髪色に合わせたこちらの方も合わせてみたいのだけれど」


「私、こんな肌を見せて外を歩くなんて、とても……」


「奥様もお目が高いですわね! それでしたら、こちらの織りはいかがでしょう? 差し色が映えると思いますの」


 パトリシアのか細い声が力無い抗議をあげていたが、若い娘の着せ替えに夢中の夫人二人の耳には届いていなかった。


 それどころか着付けが終わるたびにベルナルドの前に引き出されて、わざわざ淑女の礼をさせられる。なまじ王宮での作法を修めているだけに、身についた作法を体がしっかりなぞってしまう。


(ついつい、口を滑らせただけでこんな事になるだなんて。殿下の前でこんな恥晒しな事をさせられては…… もう死んでしまいたい……)


 見せ物にされている様な心細さから、途中から自分は平民で本当に貴族なのではないのだとパトリシアは涙ながらに白状してしまったのだったが、非の打ちどころのない作法を身につけた平民などいるわけがないと一蹴されてしまってはもはや黙るしかなかった。


 もっとも、大変だったのはパトリシアだけではなくベルナルドも同じだった。テレサ夫人は彼に、当然の様な口振りで一つの課題を与えたのだ。


「女というものは着飾った姿を殿方に褒めてもらいたいものなのです。ですから、パトリシア様がこちらに姿を見せたら、言葉を尽くして褒め称えてあげるのがよき紳士という物だというのは、当然ベルナルド様もご存じですわね?」


 着飾ったパトリシアに恥をかかせない様に彼女を褒め倒せという事だが、それ自体はなんら難しいことではなかった。王族としての社交の経験で得意とは言わないまでも慣れてはいたのだ。


 しかし、今回は相手が悪かった。


 身分の差がある女性を恋愛の対象の様の扱うのは、彼の受けた教育の常識で考えても不躾な振る舞いだった。そして何より彼女は、ベルナルドが特にそのような目で見てはいけないと心がけている相手なのだ。


(パトリシアがあんな風に着飾ってそれを恥じらっているのを見られるのは、ものすごく嬉しいんだ。嬉しいんだけど、これをずっと見ているだけというのは拷問だろう⁈)


 パトリシアは吊るしの服の中からサイズに近いものを選んで取っ替え引っ替え着せられているのだが、この国の貴族向けの仕立ての服というのは平民の服と比べて少々露出が激しいのだ。体の線が出る仕立てで、肩周りや首元の肌が露出する様な作りが当たり前だった。


 普段の彼女が身につけているのは平民が好む様な服で、露出は少なく体の線の見えないゆったりとした物だ。そんな彼女が今、貴族向けの肌も顕な服装でベルナルドの前で所在なさげに立たされているのだ。


 髪が結い上げられて顕になった頸、普段は見ることのない細い肩や二の腕、胸元に覗く白く透明感のある張りのある肌。


 当たり前の空気の様に侍っていた歳近い少女が服の下に隠していた部分が存分に曝け出されているのを見せつけられては、健康な男子として落ち着かない気分になるのは無理からぬことだった。


(あんなにいじらしい姿のパトリシアに指一本触れられないだなんて、こんなに酷いことはないじゃないか。こんな仕打ちをするなんて、テレサ夫人は魔族か何かなのか⁈)


 ベルナルドはできるだけパトリシアを直視しない様に気遣いながらも、彼女に恥をかかせない様に言葉を尽くして彼女の可愛らしさ美しさを言葉にする。実際、どんな服を着せられても似合わないということがないのだから、彼女を讃える言葉を捻り出すのは難しくない。


(とはいえ、これはパトリシアを口説いている様なものではないか)


 気恥ずかしさから少年の口は普段の滑らかさを失い、当たり前に毎日顔を合わせているというのに直視できずに顔を俯かせてしまう。それがまた大人二人には少年少女の初心な関係に見えてしまい、その目を楽しませる事になってしまう。


 結局のところ、テレサ夫人のお眼鏡にかなう装いを3揃いほど揃える頃には、太陽も中天をとうに過ぎたお茶の時間も近い時刻となっていた。


 これから所用があるのでと、あいさつもそこそこに店を辞した二人は昨日オークションが開催された会場へと足を向ける。


 パトリシアは裾が地面につかない様にと踵が高い靴を履かされている。慣れない靴で頼りなげな足取りの彼女をベルナルドは先立って手を引き、手慣れた様子でエスコートしている。


 今の二人を見れば誰がみても貴族の子女が連れ立って街歩きを楽しんでいる様に見えるだろう。もっとも楽しんでいるにしては二人とも笑顔が引き攣っていたが、そこに目がいく人間はまずいない。


 なにせパトリシアは怜梨な顔立ちの中にも愛らしさを残す人目を惹く顔立ちだし、ベルナルドにしても目筋の通った整った顔立ちをしている。それが着飾って二人して連れ立って歩いているのだから、見惚れるのに忙しくて表情のぎこちなさまでは気がつかないだろう。


 周囲の注目を浴びることがパトリシアのなおさら身を固くする。それだけ目的地に着くまでの時間が遅くなるのだが、だからと言ってそれに慣れてしまえというのはまだうら若い少女にとっては難しいことだった。


「--これほど徹底的に弄ばれたのは、編纂局に勤め始めたとき以来です。師匠よりも扱いに困る方に出会うとは思いませんでした。夫人の場合、良かれと思ってやってくださる中で、ご本人も楽しんでいるのが困るのですよ」


「--ああ、あれは絶対俺たちをからかって楽しんでたな。夫人のことは善良な良い方だとは思うが、すぐ色恋に持っていくのはいただけない。平民たちの間ではああ言うのを”世話焼き”と言うのだったか?」


「--その様な方がいらっしゃるみたいですね。私は天涯孤独ですので世話を焼いてくれる人の一人でもいた方が、行き遅れずに済むかも知れないんですけどね」


「--じゃあテレサ夫人に頼んでみたらどうだ? 嬉々として世話してくれるぞ」


「--冗談でもそんな話、持っていかないでくださいね?」


 力なく笑いを浮かべ言葉を交わし合う二人だったがこの後もう一仕事しなければ王都には戻れない。オークションで落札した品物の代金を支払い、王都までの品物の発送についてオークションの主催者たちと話し合わないとならないのだ。


(パトリシアの金銭感覚だけが頼りなのだから、早々に調子を取り戻してもらわねばならないのだが、この様子では望むべくもないな……)


 ベルナルドは王族の自分の金銭感覚は市井のそれとは異なることは自覚していた。お忍びで街に出た初めの頃に比べればまともになってきたものの、身に付けたのは少年に見合った金銭感覚であり商取引の相場観というのはまだわからなかった。


(俺がしっかり守ってやらないといけないな)


 自分がパトリシアの護衛としてこの街に来ている事を、今更ながらにベルナルドは思い出した。自分の役目をしっかりと果たさねばならないと、一つ気合を入れ直す。


「俺がしっかりエスコートするから、俺の手だけを見ているといいよ」


 緊張で倒れそうになっているパトリシアをもう少しだけ自分の方に引き寄せると、落ち着いた声音で安心させる様に囁いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] つい読んでいてニヤニヤしてしまいました。シニョーラと言うものは本当に若い人に色恋沙汰を押し付けるものですね。 それでもソレが妙に心をくすぐるものだと感じました。 パトリシアへの遠慮を心得…
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