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待ち人あり

まあこの二人、自分で思うほど隠し事が得意じゃなさそうですものね……

 オークションは盛況のうちに幕を閉じた。取引された総額とその話題性から、きっと長く話題になるのだろう。参加者たちは興奮冷めやらぬ様子で声高に話しながら会場を後にして街中に消えていく。


 パトリシアとベルナルドの二人もまた、人の流れに任せてゆっくりと宿への道をたどっていた。出口で待ち合わせたテレサ夫人も当然のように二人と一緒に歩いている。出逢ったのはつい昨日だと言うのに、夫人は二人にとって一緒にいるのが自然な存在になっていた。


「今回のオークション、思ったほどスワロフ様の縁の品は拝見できませんでしたけど、それでも懐かしいお品をいくつか目にすることが出来て、私、無理してでもこの街に来て、本当に良かったと思っていますの。お二人の方はどうでしたか?」


「俺は今回はパティの付添で来ただけだったけど、結構めずらしいものを見れたから楽しかったかな?」


「あらあら、ベルナルドさんはスワロフ様には興味無いということでしたけど、一体なにを見て楽しんでいらっしゃったのかしら? ベルナルド様の見つめる先にオークションの出品物があった試しがなかった様に、ええ、なにか別のものを見ていらっしゃったように覚えているのだけれど……」


 緩んだ口元を上品に手を添えて隠したテレサ夫人が、意味ありげにパトリシアを流し見る。夫人の視線を受けてパトリシアが小首をかしげるが、その視線の意味を理解したのはベルナルドのようだ。


「テレサさん、あまり俺を困らせないでくださいよ。さっきも言ったでしょう? 俺はパティの付添で来たんですから、こいつから目を離すわけには行かないんですよ」


「私に何かあったら師匠に何言われるかわかりませんものね。知ってますか、テレサ様、うちの師匠ったらひどいんですよ? もう本当に意地悪で!」


 ベルナルドは肩をすくめてテレサ夫人に言い訳をし、パトリシアがそれに後追いする。そんな二人のある意味息のあった様子に、テレサ夫人は好まし気に目を細めていた。


 夫人の様子に気がついているのかいないのか、パトリシアは師匠の愚痴を大いに語り続けている。彼女は自分の師匠が如何に怠け者で、だらしなく、そのうえ底意地が悪いのか、その事を存分に語る相手に飢えていたのだ。


 テレサ夫人ですら口を挟めなかったほど、ユエールへの不満は滔々とパトリシアの口から流出し続けた。口にしてはならない事を直接的に語ることこそ流石になかったものの、自分の立場が窺い知れるような事を口にしている。


 そこにたまにベルナルドへの愚痴も混じっていたのはご愛嬌だったが、語ってはならないことまで語ってしまわないかとベルナルドは肝を冷やす。


(一応、俺は町娘が一人旅では危ないから、一緒に付いてきた近所に住んでる人間という設定なんだけどな。いろいろ、ごまかしが効かない話が入ってないか、それは)


 一応街中ということで周囲に目配りしていたが、それは警戒するという以外の意図も少なからずあった。ベルナルドはテレサ夫人がどんな顔をしているのか、それを確かめることが少し怖く思えていたのだ。


 テレサ夫人の好奇心は凄まじいのだ。パトリシアの見せた綻びに彼女の好奇心が奮い立っていないのか、それを確かめるのが怖かった。


 そんなベルナルドの心痛を知る由もなく愚痴をこぼし続けていたパトリシアも、漸く気持ちに収まりが付いたようだった。高ぶってしまった自分に恥じ入る様子を見せながら、改めてテレサ夫人に礼を述べることで締めくくる。


「とにかく、今回のオークションだって変なものを持って帰ったら、絶対、ずうっとからかいの種にされちゃったと思うんです。 だからテレサ様に色々教えていただけて、本当に助かりました」


「 私も若い娘時分の自慢話をいっぱい出来て楽しかったですし、そんなに恐縮していただかなくてよいのですよ。その上、せっかくお友達になった方がひどい目に合わないようにお手伝い出来たなんて、こんなに嬉しいことはないですわ」


 テレサ夫人は胸の前で手を合わせて、控えめながら喜びを表現していた。その様子でベルナルドは疑問に感じていたことを夫人に投げかけてみた。


「テレサさんも結構オークションに参加してましたよね? 見るだけだなんて言ってたから、俺、ちょっと意外だったんですよ」


 実はいくつかの出品物でテレサ夫人とは競り合いをしたことを思い出したのだ。剣聖の(よすが)の品を見に来ただけと聞いていたので、驚いたことを思い出したのだ。


 それに対する夫人の答えは、ある意味納得のできるものだった。


「だって自分の持ち物が見知らぬ方の手元にあるのは落ち着かないじゃありませんか」


 かつて夫人の贈った品があったので買い戻した、そういうことらしかった。


「スワロフ様ったら、もう、本当にひどいんですのよ? 受け取って下さった時には『君だと思ってずっと肌身はなさず持っているよ』だなんて、調子のいいことおっしゃっていたのに、こうやってオークションに出ているじゃありませんか。ええ、ええ、私ね、もう本当に怒っておりますのよ?」


 テレサ夫人は口数こそ多いものの、穏やかな人物だった。しかし、この時ばかりは感情の高ぶりを隠せなかったようだった。いかにも不満げなその様子に、二人はこのひとあたりの良い夫人も怒りを覚えることがあったのだと、妙な関心を覚えた。


 そんなときだった。


「だから、今度お会いした時にでも文句を言って差し上げないといけないと思っておりますの」


 実のところ、パトリシアは夫人との会話に小さな違和感をずっと抱えていたのだ。そしてその正体にようやく気がつく事ができた。


(私たちはずっと剣聖様をもう過去の方として扱っていますのに、この方は剣聖様のことをあくまで身近な存命の方として話されていますわ。それが違和感の正体だったのですね)


 剣聖スワロフは所在も、その生死も今は誰もわからないということになっている。知っているという人間が時たま出てくることもあったが、本人を騙る偽物の情報であったり人寄せのための嘘だったり。今では確たる情報どころか噂すら聞かなくなり忘れられつつある存在だったのだ。


(昨日からずっと一緒にいてお話を伺っていたけれど、テレサ様と剣聖様は随分と深く結ばれていたみたいですし、もしかして今でもやり取りをなさっておられるのでは? そうだとしたら、なんていう人に出逢ってしまったのだろう)


 もし本当に剣聖とテレサ夫人が連絡を取り合っているようならば、引き合わせてもらえるだろうか? 今どんな暮らしをされているだとか、謎とされているあれこれについて質問していただけるだろうか?


そんな事がいっぺんに押し寄せてきて、問い返す声は常になく上ずってしまう。


「テレサ様は未だに剣聖様とお会いになったり出来るのですか?!」


 興奮気味を抑えきれないパトリシアの問いに、老婦人はやんわりと微笑んで答えた。


「スワロフ様はひどい方だ言いましたでしょ? いつかの日にお別れしてから、一度も私の顔を見に来てくれませんの」


 聞いてはならないことを聞いてしまった。


 パトリシアの胸に悔恨の念が突き刺さる。


 老婦人はもう長く生きているのだ。感傷から若い頃を懐かしみ、思い出の中に一時立ち戻るようなこと、あって当然なのだ。それを誰が止めることを出来ようか。


(テレサ夫人の想いを踏み荒らしてしまった……)


 どうやって許しを請おう? あれほど良くしてれたテレサ夫人に対して、なんと心無いことを自分はしてしまったのか。


 パトリシアはそんな思いに囚われながら恐る恐るテレサ夫人の表情を伺う。


 しかし、そんな心配は杞憂だった。


 夫人は心の底から楽しげに、懐かしげに、まるで目の前にその人がいるかのように、剣聖スワロフに対する恨み言を垂れ流していた。


「別れ際にあれほど念入りに再会の約束をしたというのに、全くひどいと思いません事? もう何十年もお待ち申し上げているうちに、私すっかり皺だれけになってしまいましてよ? パトリシアさんは私のように置いていかれては駄目ですからね。 男の人なんて、ほんとにもう忘れっぽくて、すぐに目移りする浮気者ですし、そのうえ知らない間に死にかけて、時にはほんとに死んでしまう愚か者なのですから!」


 パトリシアは夫人の浮かべている表情に見覚えがあった。


 恋愛に浮かれている同僚たちが、口ではあれやこれやと相手の心の辛さを訴えながら、その実、幸せな気分に浸っている時の表情とそっくりだった。目の前の老婦人からはむしろ若々しさすら感じられて、それに反して仕事に追われて浮いた話の一つもない自分の方がむしろ枯れているようにすら感じられてしまう。


 テレサ夫人の恋はきっとまだ終わっていないのだ。


「剣聖様のこと、信じていらっしゃるのですね」


 自分はそんな気持になったことがない、それに思い至ってパトリシアは夫人に少し嫉妬を覚える。拗ねたような調子になったその問を咎めることもなく、テレサ夫人は優しく微笑んだ。


「愚かだと笑ってくださって良いのですよ。けれどね、朝に夕にとスワロフ様の無事を祈っていると、時折声が聞こえるような気がするのですよ。祈りが届いたような手応えを感じるというのかしらね? それを感じるうちは、きっと生きていらっしゃる、そう信じることが出来るのですわ」


 想い人が健やかである事を心から信じている。


 彼女はきっと、今までも、今も、そしてこれからも、ずっと幸せなのだろう。


 パトリシアは清く繊細で、それでいて力強いこの思いが、至極尊いものに思えて我知らず涙ぐんでいる自分に気がついた。


 そっと目の端を拭って隣を歩く少年を見ると、彼もまた感じ入った様子で湧き上がる想いを口にしていた。


「なんだろう、テレサさんがいう、信じるという感覚。それは分かる気がするな。虫の知らせというか、いやそれだと逆か。とにかく、祈りの手応えみたいなもの、それを確かに感じることはあるものな」


 真面目にな様子で普段は決して語らないような真摯な想いを口にするベルナルドの横顔。その顔につい視線を引き寄せられてしまう。


 そういえばこの旅の中で彼の意外な一面に驚かされる場面が度々あったことを思い出す。その度にこうやって自分の視線が彼に吸い寄せられてしまうことに、パトリシアは今更ながらに気がついた。


(普段は戯けてるくせして妙に真面目になさるものですから、きっと少しびっくりさせられたというだけですね。それにしても旅先に来てまで私を煩わせるだなんて、いつだって殿下は私を困らせるのですね)


 せめてベルナルドを揶揄ってモヤモヤとした胸の内をスッキリさせよう、少し空回り気味の頭でパトリシアはそう決めた。

 

「ベルナルド様、祈ったりする習慣ありましたか? 朝なんていつも私に起こされてから朝食の時間に間に合わないとかでバタバタしてませんでしたっけ?」


「パティ、まて、それを言ったら駄目だろ!」


 しかし、こういう時に限って、彼女の頭の回転は鈍くなる。


 完全に、自分たちの設定を忘れたその発言をベルナルドが慌てて止めようとするが、時すでに遅かったようだ。


 恐る恐るテレサ夫人の様子を見れば、ついに聞いたぞ、とばかりの得意気な顔で二人を見ていた。


「普通の町娘のパトリシアさんとそのお友達のベルナルドさん、という事でしたけど、どうにも私がまだ伺っていない複雑な事情がお有りのようですわね?」


二人はとぼけて見せるものの、夫人は取り合うはずもなく。


「今晩はじっくりと、お二人の関係について聞かせてくださいませ」


 うわさ話だけが年寄りの楽しみなのだ、テレサ夫人の満面の笑顔にベルナルドとパトリシアは恐怖したのだった。

読んでいただいてありがとうございます。

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