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旅の祈り

一方その頃、師匠は何をしているかと言うと……

 博物誌編纂局の執務室で龍人の商人 グエンは渋い顔をしていた。それは自身のもたらした報告の緊急性が、目の前の大賢者にはどうにも伝わっていないように感じられたからだ。


 グエンの元に王国の情報部に動きがあるという報告が入ったのは、パトリシアとベルナルドが王都を発つ直前のことだった。王族の動きに監視が付くのはいつもの事だ。しかし、動いたのが暗殺を得意とする部門の人間となれば話は違ってくる。


「ユエール様、本当に手当をせずともよろしいのですか? 殿下を追いかけるように王都を離れた者は、王国の暗部の中でもかなりの実力者と聞きますが……」


「グエン殿、殿下はあれでいて中々の使い手です。加えてどこからか知りませんが、強力な加護も受けている。殿下を討つ事は並大抵の腕では叶いませんよ」


 何も根拠なく楽観視しているわけではないとユエールは言うが、やはりグエンはどうにも納得がゆかない。細長い舌を薄い唇の間から忙しなく出入りさせながら、ユエールの言葉に込められた意味を読み解こうと思考を巡らせる。


(確かに第一王子はあの歳で2つの流派で剣術を皆伝まで修めていると聞く。皆伝の免許が王族相手の接待でないならば、確かに剣腕は十分かもしれない。しかし、暗殺者相手では正面切った闘いになるとも限らない。そこで加護の有無を話題とされたか)


 暗殺者を退けるに足る要素は揃っている。けれども、それだけで盤石とは言い難い。


 それがグエンの結論だった。


 ベルナルド一人であれば、問題ないのかも知れない。しかし、同行者がいる。


(大賢者殿はいたくあの娘の事を気に入っていたと思ったのだが、勘違いだったというのだろうか? ユエール様はまるであの娘のことを気にしていないご様子だ)


 今、ベルナルドの側には大賢者の弟子が付いているはずだった。彼女は侍女としての能力は高く、利発でよく気も回る上に気立ても良いが、しかしそれだけの娘だ。暗殺者を前にして生き延びられるような技は持ち合わせていないはずだった。


 そんな彼女の事を欠片も心配しないというのはどうにも腑に落ちない。というよりもあからさまに不自然なことだった。


(心配しなくとも良いと思える根拠はあるが、それを私に言うことは出来ないということか)


 そこまで思考が至り漸くグエンは一つの可能性に行き着いた。そこに踏み込んで良いのだろうか? という畏れも無いわけではない。しかしグエンがこれまで培ってきた大賢者との距離感は、今回は大丈夫だろうと告げている。


 その直感に従いつつも、恐る恐るグエンは問を発した。


「それは、アルテライト様としての先読みでしょうか? お二人が無事であるという未来が見えるがゆえに、このまま手当はせずとも大丈夫であると。そういうことなのでしょうか?」


 ユエールはその紅い瞳で静かにグエンを見つめた。言葉を発することなく、表情も穏やかなまま。


 グエンは目の前で静かに佇む大賢者から、途轍もない重圧が発せられた様に感じたのだ。ただ見つめられているだけだと言うのに、その圧力はグエンの身体に極度な緊張をもたらした。


(これは、失言であったか?)


 舌が口の中で縮こまって丸まり、分泌の早まった唾液を飲み下そうと喉が鳴る。動悸がひどく早まって痛み始めた胸を抑え、グエンはうめき声を漏らしてしまった。


 グエンをユエールが見つめていたのは、極短い時間だったのは幸いだろう。押さえつけられるような圧力が弱まって、グエンはやっと呼吸を取り戻すことが出来た。


「良いですか、グエン殿。ここにいるのは、ただの賢者ユエールです」


 ユエールはやや人を喰ったような微笑みを湛え、普段と変わらぬ調子でグエンに声を掛ける。緊張から開放されて喘ぐグエンを目の前にしているというのに、それは不思議を通り越して不気味ですらある。


「そんな私が王国の守護亜神たるアルテライトの心の内など語れるわけがない。それに亜神は人間にはひどく無関心なのはご存知でしょう? たかだか人間の一人二人の運命に関心を払うことなど、まず無いことです」


 噛んで含めるようなユエールの言葉はそれ以上の追求を拒絶する意思が色濃く出ている。グエンはそれに素直にうなずくしかなかったが、一方でわざわざ明からさまな反応を返してくれたユエールに感謝の念を抱いた。


 ユエールは別段とぼけてしまってもよかったのだ。あるいは嘘をついても構わない。そもそもグエンが唐突に守護亜神の名前を出したのも、万一質問が不敬に当たる場合にとぼけてもらうためでもあった。


(これでは答えて頂いたようなもの。やはりこのままで問題ないという根拠があるがゆえの放置、そういうことなのですね)


 これ以上この話題を続けても実りはない。グエンは謝罪の言葉を口にすることで、これで終わりとしたい旨をユエールに示した。


「左様でしたな。いやはや歳は取りたくないものです。ついうっかりしておりました」


 場を取り繕うように、グエンは部屋に通された時に出されたお茶に手を伸ばす。


 一口すすり、そして少し顔をしかめた。


 臨時で入っている下遣いの者が淹れた茶は、龍人グエンにはひどく熱くて飲みづらかった。それに濃すぎて渋みが堪える。何より茶器の形が口に合わないおかげで、零さないようにするのにも一苦労だ。


(やはりあの娘の淹れてくれるお茶が一番ですね。早く戻ってきてくれると良いのですが)


 今頃はザンダへ向かう乗合馬車に揺られているであろう、パトリシアの無事を心のなかで祈る。


「”幸運の星”という呪術をグエン殿はご存知でしょうか?」


 その時、唐突にユエールが話題を振った。


 少し冷えてしまった場の空気を変えるための気遣いと感じて、グエンはその話題に乗ることにする。残念ながら、そんな呪術のことは知らなかったが、予想することは出来るのでそれを披露することにした。


「いいえ寡聞にして存じ上げておりませぬ。名前からすると星の神王に連なる亜神様の力をお借りする呪術でしょうか?」


「ご想像の通り、星の眷属の亜神に加護を願うこと一度だけ、どんな行いも成功に導く幸運を授けてもらうという呪術です。博識のグエン殿でも知らないとなれば、やはりこの呪術を知るものはもはや絶えているのかも知れないですね」


 グエンの回答に満足げな様子で頷き、ユエールは機嫌良さそうに知識を披露する。その知識の中に、グエンは自分の聞き及ぶところと重なるものを見つけた。


「しかし、似たような加護の存在であれば聞き覚えがありますな。」


「ほほう、それは一体どの様な加護なのですか?」


 ユエールは興味をそそられた様子で相槌を打つ。


「何でも遠く離れた旅路にある恋人の無事を、恋する乙女が亜神様に願ったというお話でして。その亜神様は乙女が毎日欠かさず祈りを捧げる限り、恋人に加護を与えると約束したそうです。その恋人は旅先の不慮の事故も運良く切り抜け、二人は無事に再会を果たしたとか」


「グエン殿の語るお話にしては随分と可愛らしい、まるでおとぎ話のようなお話でしたね」


「そう誂わないで下され。私自身も子供だましの信頼に欠ける話のように思っておるのですから」


 自身が語る話の内容をグエン自らが少し気恥ずかしく思っていた所をユエールに誂われ、憮然とした態度で腕組みをした。大人気ないユエールの態度に些か抗議の声を上げつつ、その一方で彼が”幸運の星”なる呪術について語った意味について考える。


(絶えている呪術とおっしゃっていましたが、ご自身はもちろんご存じな様子。それにそもそもユエール様は星の属性であるはず。となればパトリシア嬢にその加護を与えている故にそもそも心配無用という事なのでしょうか?)


 少し気分を害した体でユエールの態度を責めるグエンに、大賢者はとりなす様な態度を見せて龍人商人の見識を褒め始めた。


「いや、私は感心しているんですよ? 知らないと言いながらも真実を引き寄せてしまう。貴方の知見はやはり素晴らしい」


 自分の話した逸話と、ユエールが語った呪術。そのつながりが正解だと言われても、グエンには実感がわかなかった。それが態度にも出ていたのだろう。


「グエン殿の話した逸話に出てくる呪術は、おそらく”旅の祈り”という呪術でしょう」


 ユエールは生徒に教える教師のような口調で、グエンにゆっくりと語り聞かせる。


「力ある呪術はそれそのものは忘れられても、それが起こした奇跡は人々の記憶に残るのです。力は落としても形を変えて、人々の営みの中にひっそりと息づいている。そしてひとたび願いを受けたなら、それに答えて力を示す」


「つまり、”幸運の星”という呪術は失われても、遠く離れた知己の安全を願う”旅の祈り”に形を変えて未だ我々の側にある。そういうことでしょうか?」


 ユエールはグエンの答えに満足したようだ。一つ大きく頷くと、最後に一言付け加えて話を結ぶ


「それが呪術というものなのです」

読んでいただいてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言]  弟子と殿下がキャッキャしている裏で師匠とグエンはまさかの暗躍対策。楽しそうな旅にアクセントが加わりそうで続きが加わりそうで気になりました。  この呪術のあり方、好きです。アプローチ方法よ…
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