4話
この国の貴族の子供は、6歳になると強制的に都の学校へ通わせられる。
早い話が人身御供だ。そして毎年親は都まで赴き教師と面談をしなくてはならない。参勤交代のようなものだろう。
こうして各地の力を削ぎつつ、子供のころから国に仕えることの重要性を説き、ある意味洗脳のようなことをしていく。
メイプルとローティも貴族の子として当然行かねばならない。その話をするため、辺境伯が直々に娘のローティへ話をしに来た。
だが彼の話をローティは断固として拒む。
「嫌ですわ! ワタクシ、メイプルと同じ学校でなくては行きませんわ!」
頑なに辺境伯が奨める学校への入学を拒絶する。
「しかし……」
「メイプルと同じ学校でないのなら、ワタクシ、この場で舌を噛んで死にますわ!」
前世では別々の学校へ行ってしまったせいで楓を死なせてしまったとずっと後悔していた蓮葉。その生まれ変わりであるローティが同じことを繰り返すはずがない。
(今度は絶対楓を守りますわ! 引き離されてたまるものですか!)
お嬢様としては些かはしたなく、闘牛のように鼻息を荒くするローティに、辺境伯は困り顔を見せる。
「だ、だがローティ。我が家の娘は代々カムラッド女子魔術学園に……」
「代々とはいつからですの?」
「お前の祖母からだが……」
「ん、では代々と言えるほどではないではありませんか。その程度ならワタクシがラーニング魔導院へ行ってもいいと思いますわ」
ローティの言い分も最もだ。とはいえローティは10代続いていたとしても行かなかっただろう。
彼女にカムラッドへ行って欲しかった理由として、辺境伯は代々続く伝統が欲しいのだ。ピュアウォータ子爵家は50年ほど前の戦争で戦果を上げ、敵国から奪った領地を辺境伯という地位と共に賜った、言わば成り上がりである。
歴史ある国は貴族も古くからある。100年続いてようやく今の地位が貴族社会から認められるといっても過言ではない。
そのときになって子孫に「我が家は先祖代々……」といった話を使って欲しいわけだ。所謂見栄である。
「……おお、そうだ! メイプル嬢がカムラッドへ行けばよいのではないか?」
「侯爵家はそれこそ代々ラーニングへ通っておられるのですわ」
長男長女だけでなく兄弟姉妹も代々通っていたのだから、今まで20人以上はラーニングの門をくぐっている。あの学校にはもはやフェニックス枠が用意されているのではないかと囁かれているくらいだ。
第一、侯爵と辺境伯は同位といってもほぼ孤立した辺境伯と中央に明るい侯爵とでは立場が異なる。
それにフェニックス侯爵家は長い国の歴史の中でも古参であり、ここ数十年で成り上がったピュアウォータ辺境伯が口出しできるものではなかった。
「だがラーニングには現王のご子息方も通うのだぞ」
「ん、お父様はまだ現王に苦手意識があるのですか?」
現王と辺境伯は同級生であり、幼いころ散々振り回された思い出があるのだ。
「そ……そういうわけではないのだが……あれだ。ラーニングは首都だが、カムラッドは旧都にある。それならば我が領からも然程遠くはないし……」
旧都は王家の血族、所謂大公が治める地だ。
この国の王位は現王の息子だからといって継承権が優先されるわけではなく、全て王族会で決められる。
それに大公領は広大で、それぞれが独立して成り立っている。この国はひとつの国だが、その内側は連邦より同盟国に近い。そのためわざわざ王にならずとも大公でよいとするものが多く、血族間の仲は悪くない。
だからこそ王家に尽くすという洗脳じみた教育を王都から離れた地で行っても問題がない。大公領で反王教育なんか行って、いざ自分の子が王になったら間抜けもいいところだ。
もはやなにを言っても無駄。5歳の娘に反論できずにいた辺境伯は、悲しそうな顔で入試を受けることを認めた。
そのことについてはローティも申し訳ないと思ったのか、もし現王の子息と知り合う機会があったら今度は逆に振り回して父のリベンジを誓う。
「そんなわけでメイプル。ワタクシもメイプルと同じ学校へ受験することになりましたの!」
「えっ、私、学校なんか行かないわよ」
「えっ?」
「えっ?」
笑顔のまま表情が凍りついたローティに、なにを言ってるんだと言いたげなメイプル。暫し時間が止まる。
「あの、学校は貴族ならば義務ですわよね」
「ええ。だから私は貴族をやめようかと」
「そこまで!?」
メイプル、貴族やめるってよ。
いや、そう簡単にやめられるものではない。重犯罪でも行わない限りはやめさせられないし、もしそんな事態になったら家ごと取り潰されてしまう。使用人が多い侯爵家でそんなことがあったら大勢に迷惑がかかる。
迷惑どころか、使用人なんて家と一緒にまとめて潰される。軽くて斬首、重ければ散々拷問を受けた挙げ句死体を街の広場に晒されるかもしれない。
下位貴族であればまだしも、侯爵となれば国の重要機密を担っていることも多い。そんな立場の人間をそう簡単に平民レベルまで落とせるわけもなく、国外追放なんて以ての外だ。秘密を守るならば殺してしまったほうが都合がいい。
「メイプル。そこまでしなくともワタクシがいることであの未来を回避できるかもしれないのですわ」
「その設定、まだ続いていたのね」
ふたりはあれ以降ずっと引き籠もることに専念し、本来出会うであろう人物との接触を避けてきた……わけではなく、メイプルがただひたすらに引き籠っていただけに過ぎない。
それにしてもローティ────蓮葉は何故これほどメイプルの周囲を警戒するのだろうか。
ただの友達だからという理由のほかになにかあるのかもしれない。ひょっとしたらということがメイプルの脳裏に浮かぶ。
「あの、ローティ」
「ん、どうしました?」
「こういう話をするのは失礼かと思いますが──」
「ワタクシに対するメイプルの言葉に失礼なんて存在しませんわ! なんでもなんなりとおっしゃってくださいまし」
ワクワク顔でメイプルを見るローティに、少し罪悪感を覚えつつ聞いてみることにした。
「ではえっと……あなたは同性に恋愛感情とかを抱いたりは?」
「ん、それはありませんわ。ワタクシはきっと普通に男性と恋をして結婚したいですし」
「そ、そう」
当たり前のように返され拍子抜ける。どうやら同性愛的な感情でメイプルに接しているわけではないようだ。
「ん、ワタクシがメイプルに恋愛感情を持っているのではないかと思っているのですね?」
「ええまあ」
「んー、そういうのとは違うのですよね。なんと言いますか、家族愛、姉妹愛、師弟愛、楓愛。そういった類ですわ」
「わかるようでわからないような……」
家族愛や姉妹愛はわかる。師弟愛というのもわからないでもない。だが楓愛に関してはどういうものか全く理解できない。
その愛はどの程度のものなのか。
「もし……じゃあもし私があなたに彼と別れてと言ったら?」
「ん、当然その場で別れますわ」
なにを当たり前のことをと言わんばかりの返事だ。
しかしそれはなにか違う。例えば愛するひとができた場合、家族に反対されても気持ちを貫くはずだ。
そこに家族愛は関係ない。いや、家族愛よりも強い愛がそこにあるのだ。一時的なものだとしても、瞬間最大風速はそこにある。
「だってあなたが無意味にそんなことするわけないですから。絶対その男が悪いに決まってますわ」
どれだけ信用しているのだろうか。逆に怖い。
だがローティがどれだけ信用しようとも、メイプルはローティを信用しきれない。
もしこれでローティを信用したところで裏切られたら、メイプルの心は素粒子レベルにまで粉々に砕ける。
ここまできて未だに心を許していないメイプルだった。