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15-26 尋問

 ジュウゴは目を覚ました。薄暗い天井に見覚えがなくてじっと目を凝らす。どこの廃屋だろう。何故この廃屋を選んだのだったか。そもそもいつ眠ったのか覚えていない…

 ジュウゴは目を見開いて跳び起きた。しかし激しい頭痛に再び目を瞑り、右側頭部を手で押さえて背中を丸めた。


「ジュウゴ!」


 大声が頭に響く。もう一度目を開き、今度はゆっくりと体を動かした。


「イシガメ?」


「おお…」


 イシガメは歓声にも似た低い声を響かせて、ジュウゴをまじまじと見た。


「お前、見かけによらず頑丈だな。頭、なんもない?」


「ここどこ? ワンは?」


「体動くか? 動いてっか」


「ここどこ? なんで僕たちいつからどうしてこんなところにいるの?」


「寝起きにしてはよく喋るな。後遺症もなさげだな」


「答えろよ!」


 自分で叫んで自分の声に顔をしかめた。頭に響く。酷い頭痛だ。転倒して廊下で後頭部を打撲した時よりも痛い。目を開けると大腿部に包帯が巻かれていた。意識し出すとそちらも痛い。状況がわからなくて不安を覚え、痛みと動揺で呼吸が荒くなる。


「大丈夫だって。落ち着けよ。な?」


 イシガメの言葉にジュウゴは顔を上げた。驚きを隠せないままイシガメを見つめる。


「『大丈夫』?」


 聞き慣れた単語を反復した。


「大丈夫」


 自分に言い聞かせる。


―大丈夫だよ―


「大丈夫か!?」


 駄目だったようだ。叫んだ拍子にまた頭痛がして顔を歪める。その様子を見てイシガメがげらげら笑った。


「お前、前より元気になってんな」


 ジュウゴの肩を叩きながらイシガメは立ち上がった。


「立てっか?」


 ジュウゴは戸惑い、自分の体を見下ろした。ゆっくり動けば頭痛はそれほどでもなさそうだ。だが脚は継続的に痛い。


「どうだろう? 脚が痛い」


「悪かったな。ん」


 言うとイシガメは手の平をジュウゴに向けてきた。何かを渡される様子もなく、単に見せられているだけの手の平にジュウゴは首を傾げる。


「この手の平は、どういう意味?」


「痛いんだべ? 手、貸しちゃるよ」


「手を貸す? 手伝ってくれるということか?」ジュウゴはしばし考え、「何を、どう手伝ってくれると言うんだ?」


「だあ! もうめんどくせえ!」


 イシガメはジュウゴの横にしゃがみ込み、有無を言わさずジュウゴの脇の下に自分の頭を入れるとそのまま立ち上がった。ジュウゴはイシガメの肩に持ち上げられた格好だ。知らない接触の方法にジュウゴは戸惑い、驚く。


「え? な? ちょっと…」


「うるせえな、行くぞ。歩けよ」


「ええ?」


 脚が痛いと言っているのに。

 ジュウゴはイシガメに半身を持たれながら、強制的に歩かされた。



 廊下は狭かった。イシガメは『通路』と呼んでいた。そして湿気が高かった。縦横無尽にひびが走り、至る所から水がしみ出し流れている。照明も無かった。等間隔に壁に小さな炎が揺れている。あれが照明代わりなのだそうだ。そして異常に寒い。チュウヒたちがいた地下は暖房も効いていたし電気もあったのに。


「ここが君の地下?」


「駅だよ。地下って範囲広すぎるべや」


 ジュウゴは片足を引き摺りながらイシガメに支えられて歩く。先まで地上を歩いていたはずなのに、いつの間に地下に降りてきたのだろうか。


「やー、それについては何と言うか…」


 イシガメが決まり悪そうに顔を逸らした。


「僕はいつの間に眠っていたんだ? 初めてだよ、こんなの。それはアイの話の最中にうたた寝することはあったけど、直前まで補習を受けていたことくらいはちゃんとわかっていたし、でも今日は何にも覚えていないんだ」


「補修って何を?」


 イシガメが怪訝な顔を向けてきた。ジュウゴは思わず目を逸らす。夜汽車だと気付かれてしまっただろうか。サンに隠せと言われていたのに。取り繕うとして口を動かすが、その仕草が余計に挙動不審だ。

 イシガメは一瞬ジュウゴを訝った様子だったが、さほど気に留めなかったのか自分の話に戻っていった。


「やー、まあ、うん。そういうこともあるっしょ! お前、きっと疲れてたんだよ。俺も突然お前が寝こけた時はまじびびったわ。ワンも怒るしさあ」


「ワンは!?」


 すっかり忘れていた。ワンの姿が見えない。とうとう自分に呆れ果ててどこかに行ってしまったのだろうか。

 そこまで思ってジュウゴははたと気付いた。それは当然ではないだろうか、と。ジュウゴはコウと共にサンを探しに出たのだ。それにワンがついてきた。ワンはコウといつも一緒にいたが、ジュウゴの傍にいる理由はない。なりゆきでそのままワンと共に行動していたが、ワンはジュウゴを毛嫌いしているし、ワンの横暴で自分勝手な態度にはジュウゴも度々腹が立っていた。


「ワンはぴんぴんしてるよ。うちの連中ともすっかり打ち解けてるわ」


「彼は損傷していないんだね?」


「あいつ意外に高飛車なんだな」


 イシガメの口から出てくる知らない単語にジュウゴは反応しかけたが、質問すればまた嫌な顔をされると思ったので黙っておいた。とりあえずワンは無事なのだろう。ならばそれでいい。無自覚に胸を撫で下ろした。


「ところで僕はどうしてこれほど損傷しているんだ? どこかで転びでもしたか?」


 イシガメは立ち止まってジュウゴを見つめ、それから引き攣った笑みを見せて頷いた。


「そういうことにしとくべ?」



 通路の角を曲がった先に、木の板で作られた扉があった。ジュウゴがそれを扉だと思ったのは、ジュウゴたちが曲がった直後にその隙間に入っていく影が見えたからだ。それと同時にイシガメの舌打ちも聞こえてジュウゴは首を傾げた。 

 扉の前でイシガメは足を止めた。ジュウゴはイシガメを見る。イシガメは扉を見つめて、ジュウゴの腕と腰を掴む手の力を強めた。


「どうかしたのか?」


「ジュウゴ」


 いつになく真面目な顔をしてイシガメに呼ばれる。ジュウゴは気持ち、背筋が伸びる。


「俺は、お前とワンは仲間だと思ってる」


 ジュウゴは顔を背け、「彼と僕は仲間じゃないと言っただろう? 彼は僕のことを…」


「俺が!」


 突然の大声にジュウゴは思わず口を噤んだ。改めてイシガメの横顔を見たが、イシガメは相変わらず扉を見つめていた。そして、


「お前らのことは俺の仲間だと思ってる」


 と言った。


「うん。僕もそう思う」


 ジュウゴは即答した。顔を知っているし言葉を交わしたし数日間、行動を共にした。相手を知ってしまった後で、その者に死なれるのは寝覚めが悪いとジュウゴは思う。

 イシガメはジュウゴを見た。そして口を大きく開けてにっこりと笑うと、「だよな」と言って戸板を押した。


 錆びた鎹(かすがい)が絞ったうめき声をあげて戸板を支えた。わずかに開いた隙間に向かってイシガメが中に声をかける。「入られ」と奇妙な言い回しが聞こえてきて、ジュウゴはその部屋の中に導かれた。



 男がいた。女がいた。スズメみたいな小さな女子もいて、そして見たことも無い大男が中央にいた。ジュウイチよりもチュウヒよりも、ハツカネズミよりも誰よりも背が高い。そして横幅も太い。白と黒の斑な頭髪はセッカみたいで、葉のように四方に広がっていた。大男に見下ろされてジュウゴは固まる。

 大男が顎をしゃくり、イシガメが黙ってジュウゴを床の上に置いた。放置されたジュウゴは無言のイシガメの背中を見つめる。


「下手な入れ知恵しとらんやろな」


 大男が言ってイシガメが振り返った。


「してねえよ。言われた通りに連れてきたじゃねえか」


「ヤモリに聞いとるが」


 イシガメが唇をきつく結んで大男を睨みつけ、それからその膝元の少女を見下ろした。少女はイシガメの視線を受けてびくりとする。


「ヤモリに八つ当たりするな」


 よく通る声できつい物言いが聞こえた。声の主は少女を庇うようにイシガメを睨みつける。イシガメは少女からその視線に向けて顔を上げる。


「してねえよ! いちいちうるせんだよ、てめえは」


「この場で一番うるさいのはお前だろ」


「いちいちいちゃもんつけんなや! そうさせてんのはそっちじゃねえかよ!」


「イシガメ」


 大男が熱くなったイシガメを一喝した。イシガメは不服そうに肩を怒らせながらも口を噤んで顔を背ける。


「お前も黙れま」


 イシガメと言い合いをしていた鋭い目つきの男も顔を背けた。ヤモリと呼ばれた少女が傍らから不安そうにその顔を見上げ、男はその頭に手を置いた。


「おい、あんた」


 険悪な雰囲気の中で取り残されていたジュウゴは、突然大男に呼びかけられてびくりとした。返事もしないで顔を上げる。地下だ。この場にいる全員おそらく地下に住む者だ。イシガメもそうなのだけれども、イシガメからは感じない肌に刺さるような、座りが悪くてその場から即座に出ていきたくなるような空気がジュウゴを身構えさせ、同時に震えさせた。コウの研究室でヤチネズミを切りつけていた、あの地下の男に対して覚えた恐怖と同じだ。


「あんた、どっから来たが?」


 どこから来たのか、と問われたのだろう。変な言い回しだけれども。ジュウゴは下を向く。サンからの注意事項を守るには答えないことが正解だ。


「ジュウゴ、正直に言え」


 イシガメが小声で言った。だがそれはジュウゴだけでなく大男はもちろん、部屋中の全ての耳に届いていた。


「リクガメ」


 大男が言うと、恰幅の良い男がイシガメの元に歩み寄り、その肩を叩いて連行しようとした。イシガメは男の腕を振り払う。


「ジュウゴ! 頼むから正直に言え! 絶対に嘘つくなよ!」


「イシ」


「お前は俺の仲間だかんな! そうだろ?」


 離せよリク! と叫びながらイシガメは男に頭をむんずと掴まれたまま引きずられれて退出した。扉の向こうからまだ喚き声が聞こえる。


「で、」大男が改めてジュウゴを呼ぶ。「どこや」


「イシガメは?」


 ジュウゴは思わず尋ねた。大男の左右に控えている男女がざわつく。大男は黙ってジュウゴを見下ろす。ジュウゴは扉から大男に向き直り、もう一度尋ねた。


「彼をどうするつもりだ。彼は僕に意見を述べていただけだ。あんな扱いを受けないといけない理由がどこにもない。イシガメをどうするつもりだ」


「どうもしねえよ。うるさいから出しただけだろ」


 壁際の男がぼやいた。


「い、イシガメ?」


 ぼやいた男の顔を見てジュウゴは目を疑う。男と扉の向こうの喚き声を見比べる。


「君、だって今…」


 どこかで失笑が聞こえた。


「違(ちげ)えよ。一緒にすんなや」


 壁際のイシガメは、イシガメと同じ顔をした男は早口にそう否定した。ジュウゴは戸惑う。同じ顔が二つもあるなんてアイみたいだ。この地下はアイにしか出来ないことが自分たちでも出来るから、アイを必要としないのだろうか。


「イシガメとはどこで会った?」


 大男が三度、尋ねてきた。その質問なら答えられる。


「彼が誰かに襲撃されている現場で。遠目で僕は、彼が僕の仲間だと思って慌てて小銃を撃ってそれで彼を襲撃していた誰かが退いた」


「…あいつ何言ってんの?」


「さあ」


 壁際のイシガメと同じ顔をした男とその横の女が小声で、しかしジュウゴの耳にも届く声量でひそひそと話している。ジュウゴはもう一度言い直しを試みる。


「遠くからイシガメが誰かに囲まれているのが見えたんだ。僕は仲間を探していたところだったから、イシガメが仲間だと思った。だから…」


「イシガメと自分の仲間を間違えて、小銃で『誰か』を撃退したんだろ」


 きつい視線の男が、ジュウゴの説明を要約した。ジュウゴは明後日の方を向いたままの男の横顔を見上げた。相手を見下すような言い方、態度、視線、感じ悪い。


「誰かって?」


 壁際の男が目付きのきつい男に尋ねる。「俺が知るか」と返される。


「『かえる』と言っていたと思う」


 代わってジュウゴが答えた。途端に全員の視線が集まる。


「あいつカエルにちょっかいかけたのか?」


「海行ったしか言ってなかったやんね?」


「あのだら」


 大男が奥歯をぎりりと鳴らした。ジュウゴはびくっとする。壁際の男も微かに肩を上下させた。

 大男は深い息を吐くと再度身を乗り出してジュウゴを見据えた。


「で?」


 眉毛を持ちあげて「あんたの仲間やなかったんやろ? イシガメは。で、あんたどうした」


「概ねイシガメの言っていた通りだろう。まどろっこしい聞き方をするな」


 シュセキみたいに目付きの悪い男が大男に進言した。大男は片手で男をいなす。ジュウゴは大男に向き直り、尋ねられたことに答える。


「イシガメはその時、自動二輪…じゃなくて『げんつき』? の下敷きになっていた。脚が挟まったから助けてくれと言われて、僕は助けた。そしたらイシガメが突然僕の頭を足で、えっと、殴ってきて…」


「蹴ったって言いたいが?」


「それ!」


 ジュウゴは壁際の女の助言に頷く。


「イシガメが突然蹴って来て、今の君と同じ質問を僕に繰り返した。ワシじゃないのかと執拗に質問してきて僕は否定して、そしたらワンが」ジュウゴはまた忘れていた。「ワンは?」


「イシはあんたを襲ったんけ?」


 小柄な男が割りこんできた。ジュウゴは頷く。


「でも悪かったと後で謝ってくれた。それに海でも助けたら助け返してくれたし、水不足の時の対処法も教えてくれたし。それよりもワンは? ワンにも同じ質問をしているのか? 彼は言葉を持たないんだ」


「あいつ、微妙に話、はしょったな」


「クサだって同じ事したんやろ?」


「俺じゃねえよ。元はと言えばヤマが」


「とどめはクサやろ」


「ワンは今どこにいるんだ?」


 大男が咳払いして、俄かに騒がしくなった男女がぴたりと静まった。


「うちの若いのがあんたに粗相を働いたことは謝る。堪忍な。イシガメが世話になった言うがも本当らしいしの。でもそれはそれや。俺はあんたがどこのもんか再三聞いとろう。どっから来たが?」


 最初の質問に戻ってしまった。正直に言えとイシガメには言われたが言ってはいけないというサンの戒め。ジュウゴは唇を閉じて俯く。


「小銃は? どこで手に入れた」


「…仲間の持ち物」


「その仲間は?」


 答えたくない。


「さっき『自動二輪』言うとったやろ」


 大男が体を乗り出して来てジュウゴを見据えた。威圧感がさらに膨らむ。


「自分、なんでそんなもん知っとんが?」


「『そんなもの』?」


「ネズミか?」


 大男の眼光がジュウゴに刺さる。ジュウゴはゆっくりと首を横に振る。ヤチネズミはネズミに『なれ』と再三言っていたが、ジュウイチは拒否していたし、ジュウゴだって正式になった覚えもない。


「あんた、名前は?」


 ジュウゴは無言だ。無いのだから答えようがない。


「ふざけんな」


 壁際のイシガメが言いながら近づいてきた。大男の制止も効かずにジュウゴの襟首を掴み、乱暴に引き上げる。


「ネズミか? おい、答えろよ! どうなんだよ! ああ?」


「ちょお、クサ」


「おい!」


「そいつは夜汽車や」


 大男が目を細めてジュウゴを見下ろした。ジュウゴは驚いて声と一緒に息も出ない。


「夜汽車ぁ?」


 小柄な男が素っ頓狂な声をあげた。ジュウゴと大男を見比べている。男と目が合い、ジュウゴは唇をぱくぱく動かす。何かを言わねば夜汽車と知られてしまう、何とかして取り繕わねばと、回転の遅い頭で目いっぱい考える。


「夜汽車じょ、じじゃな…」


 思いっきり噛む。


「お前、まじで夜汽車?」


 イシガメの顔の男が大男の言葉を信じ始める。


「ちが! わないけどああ、じゃないって! ええと」


「違わん言うたね」


「まじか」


 完全に男女がジュウゴを夜汽車と認め始めた。ここから去らなくては、とジュウゴは思う。飲まれる。それは嫌だ。自分の行いも棚に上げて逃れる道を探す。


「お前、夜汽車だったの?」


 いつの間にか背後にいた本物のイシガメに声をかけられた。ジュウゴは同じ顔に前後で挟まれながら、背後のイシガメに振り返る。


「イシガメ…」


「セッカがワシと決別したらしい。ワシん中にもセッカに肩入れした奴がおったんやと。そん時に夜汽車もまぎれて一部逃げた言うとったわ。あんたそれけ?」


「どっからそんな情報仕入れとんがけ?」


 小柄な男が大男を憮然として睨み上げた。大男はそれを無視してさらにジュウゴに尋ねる。


「あんた、仲間になんて呼ばれとるが?」


 ジュウゴは大男を見上げる。名前は無い。でも何と呼ばれているかと問われればそれは、


「ジュウゴ」


「十五番か」


「『十五番』?」


 イシガメが大男に向かって首を傾げた。大男は椅子に背を凭れさせて「決まりやの」


 大男のその一言で、ジュウゴは目の前が真っ暗になった。全身を悪寒が駆け抜ける。サンに言われていたのに隠しきれなかった。サンは多分知っていたのだ。ヤチネズミが言っていたことを。夜汽車は地下に住む者にとっては缶詰の中身でしかないことを。だからあれほど慌てていたのだ。今ならよくわかる。何故ならジュウゴも酷く慌てたから。このままここにいたら飲まれる。飲まれれば死ぬ。死んで飲まれる。死んで、死…、悪寒が再び走り、ジュウゴも走りだした。



 だがすぐに掴まった。イシガメだった。肘をがっちりと握られている。ジュウゴは恐る恐るイシガメの顔を見上げた。イシガメはまっすぐに大男を睨み上げている。そして、


「夜汽車がこんなところほっつき回ってるわけねえだろ? なんかの間違いじゃねえの?」


 ジュウゴを庇った。だが、


「シュウダが今言ったべや。ワシのとこから逃げた奴がいるって」


 イシガメと同じ顔の男がすぐさま否定する。イシガメは男と同じ顔をして男を睨み返す。


「それがこいつとは限らねえだろ」


「じゃあそいつは何なんだよ」


「うっせえな。てめえは黙ってろよ」


「お前、それしか言えないのかよ」


「ちょお、クサぁ」


「おい、もっかい言ってみろよ、こら!」


「カッちゃん、止めてよぉ」


 同じ顔をした男が互いに罵り合い始めた。周囲が宥めようとするもイシガメたちの熱は納まらない。どさくさに紛れてその場を逃れたいジュウゴも、肘を掴まれていて身動きが取れない。


「そいつに直接聞けばいいだろう」


 大男の傍らにいた男が近づいてきた。その声にジュウゴは反応する。その顔を正面から見て、何故自分が彼の言動に腹が立ったのかわかった。


「シュセキ…」


 男が足を止め、不機嫌そうにジュウゴを睨む。イシガメとその周りの男女も、ジュウゴの大声にぴたりと静まる。自分の存在をわざわざ誇示してしまった失態にジュウゴは今さら後悔する。


「この前もそんなこと言っとったやんね」


「トカゲと誰かを見間違えとるの?」


「夜汽車と一緒にするなよ」


「なんであたしが怒られるが?」


「おい、ジュウゴ」


 イシガメがジュウゴの左右の腕を握りしめ、真面目な顔をして覗きこんできた。


「お前は夜汽車なんかじゃないよな?」


 尋ねた後で、さらに二の腕を握りしめてくる。その握力が強すぎて、ジュウゴは少し顔をしかめた。

 夜汽車であることを知られてはいけないとサンには言われた。でも既に知られてしまった。それに『正直に言え』と先に何度も繰り返していたのはイシガメだ。


「うん。僕は夜汽車だ」


「ばっ…」


 イシガメが何事かを言いかけて歯噛みした。「ほんとに夜汽車なん?」とその後ろで女が目を丸くしている。イシガメは下を向き、それから大男に向き直った。振りまわされる形でジュウゴも大男の前に数歩、歩み出る。


「夜汽車なんて夜汽車に乗ってるから夜汽車なんだろ? だったら降りたらもう違わなくね? こいつは違うって。なあ?」


「僕は夜汽車だよ」


 イシガメが後頭部を平手で打ってきた。ジュウゴは思わず声を上げて叩かれた部位を擦る。屈んだジュウゴの首に腕をかけて、イシガメは腰を折った姿勢のままで小声で囁く。


「バカだなお前。空気読めよ」


「痛いじゃないか。何をするんだ」


「そりゃこっちの台詞だ」


「正直に言えと言ったのは君じゃないか」


「それはそれ。いいから話、合わせろって」


「丸聞こえだ」


 大男が言ってイシガメとジュウゴは顔を上げた。大男が白けた目でジュウゴたちを見下ろしている。イシガメは舌打ちしてジュウゴを振りまわし、大男に駆け寄った。


「こいつには借りがあんだよ! 借りは返せっていっつも言ってんのはシュウダだべや!」


「イシ」


 女が窘めるようにイシガメを呼ぶ。大男はイシガメを無言で見下ろし、それからジュウゴを見た。口元に手を当てる。覗いた目はじっとりとジュウゴを観察しているが、手のひらの下で大男は小さく笑った。


「あんた、ついてたなあ」


 ジュウゴは首を傾げる。イシガメが身を乗り出す。


「お前ら!」


 大男が首を伸ばした。イシガメ始め部屋中の男女が背筋を伸ばした。


「このハグレさんは大事な客だ。イシガメが世話になってカガシたちが粗相した。怪我が治るまで世話してやれ」


 イシガメが目を見開き、嬉しそうに力強く頷いた。他の男女はまだ困惑顔だ。ジュウゴは状況がまだよくわかっていない。


「イシガメ」


 大男がイシガメを呼び、立ち上がった。立ち上がるとさらに大きい。ジュウゴは口を開けたまま首を直角に曲げて見上げる。

 大男はイシガメの正面に立つと、嬉しそうな笑顔を浮かべたその頭頂部に垂直に拳を振り下ろした。物凄い音がしてジュウゴは驚く。ジュウゴ以外の他の者も驚いたようだ。女に至っては短く悲鳴を上げた。


「カエルんとこ行ったが?」


 イシガメは蹲ったまま頭頂部を押さえ、押さえたままで顔を上げた。半べそになっている。


「何、勝手な事しとん」


「偵察だよ。あったかくなってきたしあいつらも動くかなって…」


 言い終わる前にさらにもう一発、イシガメの頭に拳がめり込んだ。「やめてください」とジュウゴは思わず叫んだが大男に一瞥されて唇を閉じる。


「二度とすんな、だら」


 吐き捨てるように言うと大男は踵を返し、扉をくぐって出ていった。


「いってぇ~…」


 イシガメが絞り出すように呟く。ジュウゴは屈みこみ、「イシガメ、大丈夫か?」と気遣った。


「大丈夫じゃねえよ。頭割れたわ」


「大変じゃないか! 一刻も早く修復しないと…」


「違うやちゃ。ほっとかれま」


 小柄な男が手の平をひらひらさせながら近づいてきた。「割れるわけないやろ。なあ、イシ」


「割れたかもしれないべや」


 言いながらイシガメが立ち上がる。右手はまだ頭頂部を擦っている。


「本当に割れていない…」


 ジュウゴが言いきる前にイシガメが目を輝かせてふり返った。ジュウゴはぎょっとして顎を引く。


「な、何?」


 嬉しそうに顔をほころばせてイシガメはジュウゴの背中を平手で思いっきり叩いた。ジュウゴは咽る。ただでさえ体中が痛くて頭も痛いのに何をしてくれるのだ。


「何だよ、突然…」


 イシガメがジュウゴの首に腕を回してきて小脇に抱えた。反対の手でジュウゴの頭を撫で回す。


「バッカ野郎! 冷や冷やさせやがって!」


「痛いって。だから何を…」


「あ~びびった。寿命縮んだわまじで。背も縮んだかも」


「その分俺にくれ」


 軽口を叩くイシガメに小柄な男が近づいてきた。「良かったな、あんた。命拾いしたやん」言って男は歯を見せて笑い、「ヤマカガシや。よろしく」


 ジュウゴは戸惑う。それからチュウヒを思い出し、「名前か?」と思い至る。


「ヤマ、全然助けてくれないのな! なんかあったら任しとけっつったくせに」


「何もなかったやにか」


「十分、色々あったべや! なあ?」


 イシガメが同意を求めてきたがジュウゴは意味がわからない。とりあえずイシガメの脇の下から抜けさせてもらう。


「あんた本当に夜汽車なのか?」


 イシガメと同じ顔の男も近寄って来た。見れば見るほどよく似ている。というか同じだ。先の権幕を思い出してジュウゴは身構える。


「お前、ジュウゴに何してくれてんだよ」


 イシガメが同じ顔の男を下から睨みつけた。微妙にイシガメの方が背が低い。


「ネズミだって聞いたら誰だって焦るだろ」男は言ってからジュウゴに向き直り、「あんた、本当にネズミじゃないんだな?」真面目そのものの目でじっと見た。


「ないない!」イシガメが先に答える。「こいつがネズミなわけねえよ。ネズミに捕られた女、探して迷子になってたんだから」


 イシガメが大仰に顔の前で手をひらひらと振った。シュセキ似の男がちらりとそれを見る。

 ジュウゴも首を横に振る。「違うよ。僕は夜汽車だ」言ってからジュウゴも、「君はイシガメとは違うのか?」


「一緒にすんなや!」


 男が突然また怒りだした。ジュウゴは身構える。その様子を見てヤマカガシが吹きだした。


「そっくりやろ。双子と思うやん? 兄弟なん!」


 ジュウゴは首を傾げる。一つひとつの単語が未知だ。ヤマカガシは構うことなく続ける。「こっちは弟でクサガメ」


「自分、本気で夜汽車なが?」


 女が割りこんできて甲高い声を上げた。ジュウゴは気圧されながら頷く。女は今度は気の抜けた声を上げてジュウゴを爪先から頭の先までまじまじと視線を何往復もさせた。


「こいつはシマヘビ」とヤマカガシ。


「夜汽車かあ。思いつかなかった」


 落ち着いた声がしてジュウゴは振り返る。見るとイシガメを連行していった、恰幅のいい男がいつの間にか背後に立っていた。イシガメが喉の奥で微かに声をあげ、肩を竦める。


「ワシから逃げて? 小銃奪って? 仲間を追いかけてここまで来たってかい?」


 ジュウゴは曖昧に頷く。『にげて』ってどういう意味だっただろうかなどと考えながら。


「リク…ガメさん、…怒ってる?」


 肩を竦めたイシガメが窺うように恰幅のいい男に謝罪した。リクガメと呼ぶらしい。リクガメはにっこりと笑うと首を横に振り、「いいよ別に」と言った。


「イシが真剣だったのもわかってたし心配だったのもわかるよ。でもよかったね、シュウダが許してくれて。俺の鼻に頭突き食らわせていった甲斐あったな。ん?」


 乾いた笑い声をあげる頃には目が笑っていなかった。リクガメの前でイシガメは引き攣った笑顔で固まる。


「ところで…」


 リクガメがジュウゴに声をかけようとして、言い淀む。ヤマカガシが「『ジュウゴ』っすよ」と声をかけ、リクガメが軽く礼を述べてから再びジュウゴを見た。


「ジュウゴ君? 夜汽車の話、聞かせてくれる? その前にジュウゴ君が持ってた小銃について聞きたいんだけど、あれってさ…」


「ちょっと待って! 待ってください!」


 ジュウゴは片手を上げて訴えた。一同が怪訝な顔をする。


「これ、こいつの質問する時の癖。敬語になったらなんか聞かれると思って」


 イシガメがジュウゴを指差して説明する。


「なした? なんかあったかい?」


 リクガメに顔を覗きこまれてジュウゴはその目を見つめた。それから一旦顔を背けて側頭部を掻こうと手を伸ばし、そこが損傷していて痛みを伴っている部位だったことを思い出して持て余した手を首筋に置いた。項を二度擦り、顔を上げてその場の全員を見回しながら、


「僕は、飲まれない?」


 一瞬誰もがぽかんとし、それから大口を開けて笑い始めた。ヤマカガシはひいひい言いながら腹を抱え、リクガメも喉の奥を晒している。


「安心しろ、ジュウゴ」イシガメが言いながらジュウゴの背中を平手で叩いた。「お前はもう俺たちの仲間だ」


「そや」シマヘビが言った。


「こいつ、おもしろいな」イシガメと同じ顔でクサガメがにやにやしている。「あの流れでわかんねえのかよ」


「笑ったら可哀そうやろ」言いながらシマヘビも笑っている。そして「怖かったんね?」とジュウゴに尋ねた。

 言われて気付いた。怖かったのだ、あの大男が。刺すような視線の男女が。よくわからない状況と隣に誰もいないことが。

 突然力が抜けてその場に腰を下ろした。肩を叩いて揺らしてくるイシガメに「ワンは?」と尋ねる。


「彼はどこに…」


「ヤモリ」


 シュセキ似の男が扉に向かって声をかけた。「忘れてた。あれ、トカゲな」とヤマカガシが教えてくれる。見ると先まで大男の膝元にいた少女がいつの間にか扉の外から取っ手を握ってこちらを覗き見ていた。後ろを振り返り、扉を開ける。


「ワン!」


 少女とかなり太った女と共にワンが部屋に入ってきた。ジュウゴは立ち上がろうと床に手をつくが上手く腰が持ち上がらない。そうこうするうちにワンの方からジュウゴの傍に来た。


「損傷は? 水分は足りているのか? 無暗に飲んだりしてない?」


 尋ねるジュウゴの言葉を聞きもしないで、ワンはジュウゴの座る床の周囲に鼻先を這わせる。半周したところで鼻から息を吹きだし、そのままジュウゴを見もしないで少女の方に駆けていった。コウにそうしていたように、ワンは五本目の足を小刻みに振りながら少女の周りをくるくる回る。


「無視されてる?」クサガメが言う。


「いつもああなんだ」ジュウゴは答える。


「殺伐としとんなあ」とヤマカガシ。


「でもこいつらはいい仲間だよ」イシガメが言いきった。ジュウゴは振り返る。


「だから何度も言っているじゃないか。彼は僕のことを…」


 言いかけてジュウゴは目を疑った。先ほどワンと共に部屋に入って来た女をまじまじと見つめる。リクガメと言葉を交わしている女の体を指差して、ジュウゴはイシガメの袖を引っぱった。


「イシガメ」


 イシガメを呼ぶ。イシガメが怪訝そうに顔を突き出す。


「どした?」


「あれ、あの彼女…」


 言いながらジュウゴは、初めて対面した女を指差す。「スーちゃんがどうした?」とイシガメ。スーちゃんと呼ばれた女がジュウゴの方を向く。


「彼女は胸と腹に何を入れているんだ?」


 尋ねてからジュウゴはイシガメを見上げた。それから他の面々を見回した。全員動かなくなったかと一瞬、本気で思った。しかし次の瞬間、男たちが一斉に爆笑した。大爆笑の渦の中でスーちゃんが呆れかえり、シマヘビが軽蔑の視線を向け、トカゲがそれまで以上に冷ややかな無表情で近づいてくる。ジュウゴは後ろから腰のあたりを蹴られて床に手をつく。


「と、トカゲえ…」


 イシガメは例によってトカゲを怒鳴りつけようとしたのだろうが、笑いの方が勝っていてまるで勢いがない。


「最低」


 シマヘビがぼそりと呟いた。


「これ、こいつ、これ、絶対夜汽車やわ」


 ヤマカガシが腹をかかえながらひいひい言う。


「なんか、うん、そうだね。うん」


 リクガメが痙攣でもするように震えながら答える。


「あんなあ、ジュウゴ、」


 イシガメが涙を拭いながらジュウゴの肩に手を置く。そして真面目な顔を作って、


「女の胸の中にはな、夢と希望が詰まってるんだよ」


 言ってから吹きだし、再び爆笑した。


「最ッ低!」


 シマヘビが怒りを込めて怒鳴ったが、笑い声の中では響かない。


「夢と希望」


 聞いたことを繰り返してジュウゴは再び胸と腹の大きい女を見た。


「腹の中には?」


 答えの代わりにトカゲに背中を蹴り倒された。ジュウゴは危うく顔を打ち付けそうになる。


「やめ、トカゲ、まじ…」


 イシガメも本気で止める気はないらしい。


「腹の中には、未来やね」


 ヤマカガシが決め顔で言う。イシガメが「上手い!」と言って笑いころげ、「未来」とジュウゴは確認した。今度は後頭部を踏まれた。

 ジュウゴは痛みを堪えながら起き上りトカゲを見下ろして不満をぶつける。「何なんだよさっきから一体」


 言ってからトカゲの右手に違和感を覚える。何かおかしい。何か妙だ。


「お前、女の体、そんなに見るなや」


 クサガメが不機嫌そうに言ってきた。既に笑顔はなかった。「女?」とジュウゴは首を傾げる。


「僕が見ていたのはトカゲだよ」


「だからトカゲだろ」


「だからトカゲは…」


「よかったなぁお前、男と勘違いされてんぞ!」


 イシガメが大声で言った。

 ジュウゴはまだ状況が飲み込めない。怪訝そうにクサガメを見て、にやけるイシガメを見て、トカゲを見遣って、あ、と気付く。


「君は女なの!?」


 言ってからジュウゴはシマヘビとスーちゃんを見比べ、それからトカゲを凝視して首を横に振った。


「嘘だ。だって女子ってなんかもっとこう…。それにトカゲには夢と希望が入ってないじゃないか!」


 イシガメが再び盛大に吹き出した。腿を叩き膝をつき、地面の上を笑い転げる。ヤマカガシが呼吸困難を起こし、リクガメは俯いて笑いを押し隠している。


「あんな? ジュウゴ、」イシガメが涙を拭いながらジュウゴを呼んだ。「世の中にはさらしっつうもんがあってな…」


「今日はまだ巻いとらんわ!」


「え?」と言ってクサガメがトカゲの胸元を覗き込んだ。すかさずトカゲの裏拳を鼻に食らう。


「シマちゃん、」スーちゃんが額を手で覆ってシマヘビを咎める。「それ言わない方がよかったわ」


「今のはクサの助平が悪い」


 リクガメが咳払いで笑いを隠す。


「別に殴らんでも…」


 女たちを宥めようとしたヤマカガシだったが、


「いいよトカゲ、」スーちゃんが白けた目でそれを遮った。「そいつらやっちゃいな」


「放っておけ」


 トカゲは無表情で答える。


「なんでけ? ほっとけんわ」


 シマヘビも憤慨して言う。


「まあまあまあまあ」


 ヤマカガシが女たちをなだめようと試みるが、シマヘビとスーちゃんの一瞥で撤退した。


「おお、いいぞ! 受けて立つ!」


 イシガメが笑いながら女に向かって言い放つ。シマヘビがむっとする。


「何、勝手言ってんの」


 リクガメがイシガメを窘める。しかしイシガメは今度は真剣な顔をリクガメに向けた。


「こっちはジュウゴがこてんぱんにされてんだ。やり返すいい機会だよ」


「イシ…」


「おい、トカゲ! 借りはきっちり返すからな!」


 リクガメを遮ってイシガメが女たちに向けて大声を張り上げた。トカゲは眉根を顰める。


「お前に貸した覚えはない」


「俺じゃねえよ、ジュウゴだ」


「僕?」


 ジュウゴは耳を疑う。


「今に見てろよ。その調子ぶっこいた態度改めさせてやるからな! 覚悟しておけ、この、」


 そこまで言いかけてイシガメは含み笑いを噛みしめ、笑いを堪えながら、


「夢と希望の欠落女!」


 言って大笑いした。だがその話に笑っているのはイシガメだけで、あとは既に冷めていた。


「イシ、まじで言ってる?」ヤマカガシが呆れて言う。


「普通に考えて無理だべや」言ってクサガメがジュウゴを見て、ため息をついた。ジュウゴは自分が何かをしたかと疑問を持つ。


「やってみなきゃわかんねえだろが!」


 イシガメはクサガメたちに向かって唾を飛ばすと、ジュウゴに向き直り、その両肩を力一杯握りしめた。ジュウゴは重みに上体を沈める。


「安心しろ。俺が鍛えてやる」


「『あんしん』? ってどういう意味?」


「だから心配すんな。トカゲなんて屁みたいなもんだ。けちょんけちょんにのしてやるべ!」


「『しんぱい』って何? 『けっちょんけ』って?」


「だから大丈夫だって!」


「何が?」


 ジュウゴは全く話が見えていない。


「諦められ、ジュウゴ」ヤマカガシが声をかけてきた。「こうなったらイシは止まらんのやわ」


「止めろよ」とジュウゴ。何か良からぬ方向に巻きこまれている感じだけはわかる。


「まあいんじゃねえの?」クサガメがそっぽを向いて言う。「お前、少し鍛えるべきだわ」


「だべ?」珍しくイシガメがクサガメに同意した。そして、「ほらあ!」と嬉しそうにジュウゴを叩く。「何が?」とジュウゴは不安がる。しかし、


「望むところやわ!」シマヘビがイシガメたちに同調した。「トカゲ、やったって!」


 トカゲが鼻で息を吐いてそっぽを向く。


「よし! 決まりだな」


「決めるなよ」ジュウゴの声は届かない。


「ジュウゴ!」


 不安と疑問で置き去りにされたままのジュウゴに、ようやくイシガメが応えた。しかし、


「まかしとけ」


「何が??」


 イシガメの爽やかすぎる笑顔が返って不安を煽り、ジュウゴはただただ戸惑うしか出来ない。


「イシ」


 気がつくとイシガメの背後にリクガメがいた。その冷たい視線にジュウゴは息を飲む。


「何おだってんの? 馬鹿なの?」


「へ?」目を丸くしてイシガメはリクガメに振り返る。


 リクガメは片手でイシガメの頭を掴むと、床に押し込むように圧をかけている。


「お前、シュウダのげんこつ全然効いてないね。反省っつうものがないのかい?」


「さっき謝ったじゃ…」


「ん? なに?」


 イシガメが無言で首を横に振った。「怖い怖い怖い怖い怖い!」とクサガメが肩を竦めて呟いている。瞬きもしないであの目を向けられたら確かに怖いとジュウゴも思う。


「お前もだよ、クサ」


「え?」


 リクガメがイシガメの頭を掴みながら、クサガメに振り返った。


「同罪」


「は?」


 クサガメがぽかんと口を開けて固まる。


「ヤマ君」


「……はい」

 

 次に呼ばれたのはヤマカガシだ。「緩衝材」


「はい?」


 ヤマカガシが聞き返す。

 リクガメはイシガメの頭を持ったまま男たちを交互に見ながら、


「下の汲み取り、そろそろやらなきゃいけなかったよね? 俺らの当番じゃなかったっけ?」


 イシガメたちは無言で目配せし合っている。


「じゃなかったっけ?」


 三者三様に渋々頷く。

 リクガメはイシガメの頭から手を離すと、「手ぇ、抜くなよ」と言った。イシガメは唇を突き出しながら肩を竦める。


「なんで俺まで」


 クサガメがぼやく。


「俺の方がとばっちりやにか」


 ヤマカガシが憤る。


「早く行けや」


 リクガメが凄んで男たちがわあわあと駆け出す。話の流れが全く分からないジュウゴはぽかんとして立ち尽くしていたが、イシガメに腕を引かれて一緒に部屋を後にした。

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