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14-16 歩み寄り

 ヤチネズミの話は難解極まりなかった。僕たちは彼が話している間に何度も質問して中断させて苛立たせて怒鳴られた。サンが説明してくれる部分もあったが彼女にも知らないことは多々あるらしい。


 ネズミは地下に住む者とは違う。廃線沿いに住んでいる地下と違ってネズミは塔から来たと言う。塔で教育を受け、『ちけん?』され、ネズミとして完成した彼らはト線に赴いて地下を掃除するのだそうだ。地下は放置しておくと夜汽車を襲撃するから、それを阻止するための掃除だそうだ。だがどれほど掃除を続けても一向に状況は改善せず、夜汽車は減るばかりだったらしい。『夜汽車が減る』って何? 


 ……とにかく、その状況に異を唱えて夜汽車そのものを廃止しようと動きだしたのがハツカネズミで、それに賛同したのが同室? のヤチネズミたちで、別室だったが『どうき?』のカヤネズミたちだった。スミスネズミたちはハツカネズミが『かいほう??』した『ちけん?』中の子どもたちで、だから彼らは『としした?』で未完成だけれどもハツカネズミは面倒見がいいから皆ハツカネズミのことを慕っていて、特にジャコウネズミの懐きようはなかまの中でも一番で……。


「そうだ! ジャコウネズミはどこに行ったの?」


 ジュウゴが身を乗り出して言った。そう言われればそうだ。一緒に四輪駆動車に乗っていたはずなのだが。


「潜ったときに砂の中に落としたんだろうな」


 ワシに持ってかれなかっただけましか、と呟いてヤチネズミは俯く。それまで淡々と、不機嫌そうに話を進めていたのに突然表情を曇らせた。


「だったら探しに行かないといけないじゃないか! 砂の中なんてきっと息が苦しいよ」


 ジュウゴがそう提案して僕も賛同したが、


「だから死んだんだって」


 ヤチネズミが苦々しげに舌打ちした。『しんだ』と言うのは?


「もう動かないという意味よ」


 サンが僕の意を汲み補足した。僕はサンに振り返る。目が合うとサンは泣き出しそうな顔になって俯いた。


「ハチも同じ」


 ジュウゴが再び重大な事を思い出して勢いよく立ちあがる。


「ハチ! そうだ迎えに行かなきゃ! 彼女今ごろもう起きているよきっと。あんな寂しいところで誰もいないから驚いて困っているはずだ!」


 ジュウゴは駆け出しそうな勢いで言ったが、


「起きないの」


 サンの一言で立ち止まる。


「え? でもあの時からもう一日以上経っているし…」


「明日になっても明後日になっても何日待ってももう起きないの。それが死ぬということなの」 


 サンは一定の音程で淡々と言った。何? 起きないって、


「もう二度と?」


 僕は尋ねる。サンが頷く。


「金輪際、ずっと眠ったままっていうこと?」


 サンが項垂れたまま頭だけを動かした。


「お父さんもだよ」


 コウが言った。僕たちはコウを見つめる。


「お前の保護者か」


 コウはヤチネズミに答えずにシュセキを見た。


「お父さんはね、地下の奴らが来て死んじゃったの。お兄ちゃんがいっぱいがんばって治そうとしてくれたけどだめだったの。だからお父さんはお庭にいるの」


「彼、何を言っているの?」


 ジュウイチが小声で尋ねてきたが僕は答えられなかった。そんなことより、


「シュセキももう二度と起きないってこと?」


 僕は嫌な予感を口にした。


 ジュウゴが僕に振り返る。慌ててシュセキの元に駆け寄る。


「シュセキ? 起きられる? 起きるよね? 起きないのか? おい、シュセキ!」


「今は眠っているだけよ、」


 ジュウゴの混乱をサンが止めた。「………今は」


「ずっと起きないなんてことあるのか?」


 僕はシュセキを見つめて尋ねた。


 信じられない、そんな話。眠れば目覚ましが鳴ってアイが来て起こされる。眠っていたくても起きなきゃいけないから起きる。それが常識じゃないか。


 ジュウイチと目が合う。ジュウイチが微かに首を傾げて僕も首を横に振った。


「アイに起こしてもらおうよ」


 ジュウゴが言った。


「アイの起こし方はなかなか乱暴だし、あれをされて起きずにいられることはないから…」


「義脳だ!」


 ヤチネズミが怒鳴った。僕たちはびくりとする。びくりとしてから僕はヤチネズミを睨みつけた。その呼び方はやめてほしい。


「何の話?」


 コウがきょろきょろしながら尋ねてきた。そう言えばセッカが言っていただろうか。


「君もアイを知らないの?」


 僕はコウに尋ねる。


「だから義脳だっつってんだろ! あんな奴に名前なんてやるな!」


 僕はヤチネズミを無視して続ける。


「ここはこんなに電気があるのにアイがいないの? どうやって毎日を過ごしているの?」


 僕はコウに尋ねたのだが、答えたのはワンだった。


「そうか」


 ヤチネズミが怪訝そうに僕を見た。


「じゃあ普段はどうしているの?」


 ジュウイチが尋ねる。再び答えたのはワンだった。ジュウイチは頷きながら、ふうんと鼻を鳴らした。


「お前ら、誰と話してんだ?」


 ヤチネズミが訝りながら僕たちを交互に見る。誰とって目の前にいるじゃないか。


「お兄ちゃんたちもワンの言うことわかるの?」


 コウが目を輝かせた。


「すごいねお兄ちゃんたち!お兄ちゃんは半分くらいしかわかんないんだよ。お父さんは全然だめでお母さんは…、お母さんも半分くらいだったかな」


「おい待て、餓鬼ども」


 ヤチネズミがジュウゴに呆れた時のシュセキみたいな顔になって僕たちを見回す。


「お前ら、獣と会話してんのか?」


 『けもの』というのはワンのことだろう。ワンなのか『けもの』なのか、彼の『なまえ』はどちらなのだろう。


「ワンだよ」


 コウが怒ったようにヤチネズミに言った。


「お兄ちゃんっていちいち失礼な言い方しかしないよね。老けてる癖に」


「名前はいいからその獣、ワンは喋るのか?」


 『ふけてる』という言葉に逐一反応していたヤチネズミが素通りした。


「話すというか、目を見れば大体分かるよね」


 ジュウイチが答えて僕とサンが頷く。


「え? そうなの?」


 ジュウゴが言ってワンの横に来た。


「ねえ君、君は今何を思っているの?」


 しかしジュウゴはワンの五本目の脚を踏んでいたらしい。ワンは甲高い声をあげて飛び上がるとジュウゴの手を咬んだ。僕は驚いて声が出ない。


「何をするんだよ!」


 ジュウゴが叫ぶ。いや、それよりもその接触は平気なのか?? あんな接触の仕方、考えたこともなかったけれども。


「ジュウゴ…」


「大丈夫だろう、彼なら」


 ジュウイチが腰を浮かしかけた僕を止めた。


「散々接触しても感染の兆候が見られないし、ジュウゴだし」


 僕はジュウイチをまじまじと見つめる。彼は接触を一番危惧しているように思っていたから驚いていた。でも反対に納得もした。あの少女とあれほど接触し続けても何も起こらないと身を以て実証しているのだから。そしてまた僕は思い出す。


「アイの、……義脳が私たちに伝えていたことはどこまでが虚偽でどこまでが真実なの?」


 サンがヤチネズミに尋ねた。僕はサンを睨む。サンは黙って目を伏せて続ける。


「接触したら感染して、発症したら大変なことになると私たちは言われ続けていた。でも実際は何も無いでしょう? もちろん殴ったり蹴ったりすれば痛いし傷つくけれども、それ以外なら何も起こらない」


「すげえこと言われてたんだな」


 ヤチネズミが呆れたように呟いた。僕はヤチネズミを凝視する。ヤチネズミは「ん?」と眉根を顰めただけで、僕の意図は伝わらないらしい。


「それは僕も嘘だったと思った」


 ジュウゴが言った。ジュウイチも賛同する。

 嘘……。


「そりゃ触ったくらいで死んでたら今ごろ地上にも地下にも誰もいねえだろうな」


 ヤチネズミは言った後でサンを見遣り、


 「間違いを起こさせないためなんだろうけど」と呟いた。


「間違い?」


 ジュウゴが首を傾げて頭を掻く。


 ヤチネズミはコウをちらりと見て、「何でもねえよ」と言った。


「アイは何のためにそんな嘘を?」


 ジュウイチが考えながら口にする。


「だから義脳だ」


 ヤチネズミが顔をしかめて言う。


「僕たちを守るためだろう」


 僕はジュウイチに向かって答えた。


「何から?」とジュウゴ。


「僕たち自身からだよ」


 顔を上げたジュウイチとジュウゴを諭すように語りかける。


「確かに感染も発症もしない接触も中にはあったかもしれないけれども、殴られたりしたら痛いからそんなことが起こらないように予防の意味を込めてそう教育してくれていたとは考えられないのか?」


「お前は義脳を信用し過ぎだ」


 不機嫌な横槍は聞こえないことにしておく。


「でもついかっとなって机とか端末とかみたいに相手を叩きたくなることもあったし実際しちゃったこともあったよ。予防になってないじゃないか」


 ジュウゴは僕とサンを交互に見ながら言った。自分の落ち度を指摘されると言い返しづらい。でも、


「ある程度の予防にはなっていたんじゃないかしら」


 こともあろうかサンに言葉を先取されて僕は口を噤んだ。散々アイを罵倒していた癖に、何を今更肩を持つような素振りを見せるのだろう。苛々する。


「君はどうして地下から夜汽車に乗ったの?」


 腹いせに忘れかけられていた議題を持ち出してやった。ほら、ジュウイチだって身構えた。アイばかりを非難の的にした罰だ。しかし、


「過去が何だったとしても今は彼女は夜汽車だよ」


 ジュウゴが言いきった。


 僕はジュウゴを睨み上げる。なんでそんな風に自信を持って言えるんだ。どうして何でも誰でもどこに居ても君はすんなり受け入れてしまうんだ。


 僕の視線に気づいたジュウゴはしばし僕を見つめてから後頭部を掻き、そして眉を寄せたまま続けた。


「だって地下にいたチュウヒたちだってハツやヤチネズミたちだって、僕たちと何も変わらなかっただろう? だったら皆同じなんじゃないかな」


「お前ら電波か何かで通信でもしてんのか?」


 ヤチネズミが呆れたように呟いた。


 突然のけたたましい音に僕たちはびくりと身を固めた。泣き声?


「スズメ!」


 ジュウイチが立ち上がり扉に駆け寄る。そこで振り返るとコウを探しだして、


「どこの部屋?」


「こっち」


 コウがワンを伴って、ジュウイチを連れて出て行った。


「起きたのね」


 サンが呟く。


「起きたら泣くの?」


 ジュウゴが尋ねる。


「幼い時はそうでしょう?」


「『押さない』って何を?」


 僕の質問にサンが口をぽかんと開け、それから困った顔で考えこむ。


 ヤチネズミがおもむろに立ち上がった。どうしたのだろうとその背中を眺めていたら、


「お前らも少し安め。そいつが安定したらすぐ出るからな」


 扉の前で立ち止まるとシュセキを顎で指し、そのまま出て行ってしまった。


「まだまだ疑問が残っているんだけれども」


 僕は消化不良の質問の数々を持ちこされたのが気にくわなかった。アイなら就寝時間までとことん付き合ってくれるのに。


「地下の掃除とか言っていたけれども、掃除用具っぽいものは何も持っていなかったしね」


 ジュウゴも言う。


「多分そういうことじゃないと思う」


 サンが辛うじて聞きとれる声で呟いてシュセキを見つめた。



 * *



 僕は地上に出た。シュセキは眠ったままだし、その傍にはずっとサンがいてわずらわしかったし、ジュウゴは腹が減ったとうるさかったし。


 『研究所』の外は相変わらずの寒さだった。痺れるような冷たい空気に身震いする。あのまま屋外にいることは難しかっただろう。あの吹雪の中を歩き続けることなど。


―地下……、あの地下に行くってナナ、あっちがいいって……―


 ナナが四輪駆動車から離れて歩き出した後で、サンは砂の上に膝をついてそれを見送っていた。何をしているんだ、彼女たちは! 憤ったジュウゴが飛び下りてサンの肘を掴んで立ち上がらせ、大声で何かを話した後でナナの後ろ姿を見つめたが、ジュウゴはサンだけを掴んで戻って来た。ナナに何があったのか尋ねる僕に、サンは呆けたようにそう答えた。


「なんで止めなかったんだよ! そんな欲求、あるわけないだろう!」


 僕は頭ごなしにサンを怒鳴り散らした。シュセキを修復しなければいけないのに、もう一度ナナを探しに行く手間を増やすなんて彼女は何をしているんだという憤慨でいっぱいだった。


「僕が説得して来る!」


 言って荷台を降りかけたジュウイチを止めたのはジュウゴだった。ジュウイチを掴んだままジュウゴはヤチネズミに向かって四輪駆動車を発車させるように言った。僕は動揺した。しかしジュウゴは、


「後で! 後でナナもハチも他の皆も後でみんな全部取りに行こう。今はシュセキだ。そんな気がする!」


「そんな気ってどんな気だよ! ちゃんとまともに説明しろ!」


 僕は怒鳴ったけれども、興奮している時のジュウゴが理路整然と何かを語れるわけがない。ジュウゴは頭をがりがりと掻き毟ってから、


「じゃあとうすればいいんだよ! 何もかも全部いっぺんになんて無理だ!!」


「無理かもしれないけれどもそれじゃあナナが…!」


 大声でまくし立てていた僕はそこで舌を噛んだ。ヤチネズミが四輪駆動車を発車させたのだ。僕たちは荷台の縁にしがみ付くのが精一杯で、ナナの姿はすぐに見えなくなった。サンは呆けたままナナが去って行った方向を見つめていた。


「何のためにあんなところまでナナを探しに行ったんだよ。どうしてやっと見つけたナナをまた失くすんだよ。何やっているんだよ、君は」


 声を抑えて極力平坦に言ったつもりだったが、僕自身の耳にでさえそれは酷い詰問として響いた。当然サンが答えることはなかった。


 *


 何故ナナは荷台を降りたのだろう。どうして彼女は地下に行こうなどと考えたのだろう。彼女は夜汽車に戻りたくなかったのだろうか。何故。

 僕たちを疎ましいと感じていたのか? 確かに教室で喧嘩が起こるとナナはいつも仲裁役だった。そして喧嘩していた者たちの鬱憤が彼女に向かうことも少なくなかった。

 でもいつも彼女は笑顔だった。だから僕は、彼女には多少きついことを言っても許されるような気になっていた。おそらく僕以外の皆も。でももしかしたら彼女はそれが耐えられなかったのかもしれない。それとも……。


 あの雪の中をナナがとぼとぼと歩く姿を想像した。四輪駆動車に乗っていても大変だったのに徒歩などどれほど寒さが痛かっただろう。彼女は今どこにいるのだろう。本当にあの地下に戻ったのだろうか。まだ辿りつけていなかいかもしれない。では一体どこに?


 わからないことだらけだ。ネズミの目的も、地下に住む者の行動原理も、ナナの気持ちも何を考えていたのかもその居場所も。


 だが考えてみれば当然のことなのだ。僕自身も誰にも話していないことだってあるわけで、ジュウゴはもちろんシュセキにさえ、本音の黒い部分は見せられない。それは皆だって同じだろう。


 だからアイが必要なのだ。アイは絶対に怒らないから。どんな質問にも憤りにも必ず答えを与えてくれるから。


 アイ、聞いてほしい。教えてほしい。話がしたい。



 細切れの息使いが僕の思考を遮断した。僕は耳を澄まして辺りを見回す。地上の一段低くなった場所にある研究所から見て、傾斜を上りきったところに蹲る影がある。ヤチネズミだ。何をしているんだ? 今度は何だ? 僕は慎重にその背中に近づいた。近付いて辿り着いて、その横に立ち尽くした。泣いていた。


 ヤチネズミは僕に気がつくと顔を背けて袖で滅茶苦茶に顔を拭った。


「何かあったのか?」


 思わず尋ねていた。ヤチネズミは軽く笑って鼻水を啜りあげるだけだ。


「どこか痛むのか」


 もしかしたら彼にも小銃が当たっていたのかもしれない。


「うるせえよ。餓鬼は寝てろ」


 いつものように不機嫌そうに言葉を吐くが、声がくぐもっていて凄みなど微塵も無い。


「何かあったんだろう?」


 話せば楽になることもある。アイから教わったことだ。


 あっちへ行けと散々言われたが、なんだか見ていられなくて僕は黙って横に腰を下ろした。ヤチネズミはちらりと僕を見ると、空を見上げて大きく息を吐いた。白い息が雲に混ざる。


「お前らは死ぬってわかんないんだよな。ある意味幸せだな」


 ヤチネズミがぽつりと言った。『しぬ』?


「わからない。『しぬ』ってどういう意味だ?」


「さっきあの女が説明してただろうが」


 呆れ声をあげてから鼻を啜って、ヤチネズミは息を吐いた。


 先の会話の中でサンが説明していたこと。『しんだ』のくだりか?


「『しぬ』と『しんだ』は同義なのか? 連体形、いや終止形が『しぬ』ということか?」


「何言ってんだ? お前」


 どうも彼には伝わらない。


 ヤチネズミは空に向かって息を吐く。白いもやもやが消える頃にぽつぽつと上を見ながら語りだした。


「ジャコウはさ、生意気で言うこと聞かなくて女とやることしか頭に無くて、馬鹿でどじで間抜けでうるさくって、とにかく手のかかる奴だったんだよ」


 ジャコウネズミの話だった。ということは『しぬ』は『しんだ』に関係あるのだろう。もう二度と目を覚まさないという状態。俄かには信じがたいがジャコウネズミはそれらしい。


「教育してやってんのは俺なのにハツにばっかり懐きやがって、何かあれば『ハツさん、ハツさん』ってついて回って、胸糞悪くてかわいくない奴でさ、」


 ヤチネズミはそこで言葉を詰まらせて俯く。僕は何か涙を拭うものを探す。無い。


「なのに調子いい事ばっか言いやがって困った時ばっかり俺を呼んで。ずるがしこくって憎たらしくてうるさくって馬鹿でばかで、」


 理解出来ない単語がちらほらあったが、彼がジャコウネズミを気にかけていることはよくわかった。


「まだ若かったのに……、お前らと大して違わなかったのに、な?」


 ヤチネズミは新出単語を並べ立てた後で、僕に同意を求めた。何かが悲しいのはわかるけれども何が言いたいのかはわからない。そして何故そこまで悩むのかも。


「もう二度と起きないとしてもいることに変わりはないだろう? ならば会いに行けばいいじゃないか」


 だから当然の提案をした。


 提案というか正解だと思う。例えハチが、サンが言ったように『しぬ』であったとしても、彼女はあの『はいおく』にいるのだから、行けばいるのだから、だったら会いに行けばいいじゃないか。それだけの話だろう? ナナだってそうだ。ジュウゴではないが後でもう一度探して説得しに行くべきだ。


 僕は思ったことを口にしたのだがヤチネズミには鼻で笑われた。何なんだよ、一体。


「会えないんだよ。だから辛いんだろうが。わかれ、馬鹿」


 起きないと会えないのか? 眠っていたとしても会おうと思えば会えるだろうに。


「辛いの?」


 ヤチネズミは答えない。


「だったらジャコウネズミの話をしなければいいだろう? 話していたら辛くなるなら距離を置くべきだ。ほとぼりが冷めるまで距離をおいて、出来れば懸念材料は忘れる努力をする。そして自分に処理能力が備わったらその時は引き出して…」


「俺が忘れたらあいつがいなかったことになるだろうが!」


 ヤチネズミがひと際大きな声で叫んだから僕は口を閉じた。彼の言い分は理屈が通っていないし支離滅裂だ。故障しているのではないか?


「君が忘れてもジャコウネズミはいるし、無かったことにはならないよ。それにもしも君が思っているのと同じくらいにジャコウネズミも君のことを思っているとしたら、自分のせいで君が辛くなっているのはジャコウネズミも辛いと思う」


―あなた方が苦しむ姿をアイは見たくありません―


 僕は伏し目がちのアイの顔を思い出す。


 ヤチネズミは驚いた顔で僕をまじまじと見た後で正面を向き、それから三度、空に向かって息を吐いた。


「餓鬼に説教されてるよ」


 言って自嘲し、鼻を啜った。


「それでも弔ってやりたかったんだよ。大体仲間を忘れていいわけなくね?」


 少しだけ声が明るくなった気がした。


 砂を踏む音が聞こえて僕とジャコウネズミは振り返る。夜の中からワンが現れた時は思わず悲鳴をあげそうだった。


「ごめん、そういう意味じゃないから」


 僕はワンに謝罪したが、ワンは不貞腐れて顔を背けた。それから僕をちらりと見て体を捩って見せた。いや、それは……、


「コウに頼めばいいだろう?」


「また獣と目で話してんのか?」


 ヤチネズミが割って入ってきたから、僕は彼に振り返った。


 目で話す、そうかもしれないと僕は思った。声に出すとアイに聞かれるし通信をすればアイに見られるから、僕たちはアイに秘密にしたいことは声に出さずに伝えあっていた。


 ヤチネズミはそういう体験がないらしい。そう言えばジュウゴは言葉にしないと伝わらないな、と僕は思い出す。ヤチネズミは少しだけ知識の豊富なジュウゴだと思おう。


「で? そいつはなんて言ってんだ?」


 ヤチネズミに尋ねられて僕はワンを見た。ワンが真っ黒い顔の中からさらに黒い目でじっと僕を見つめて来る。


「背中……? なのかな。掻いてほしいらしい」


「掻いてやればいんじゃね?」


「僕が!?」


「お前が頼まれてんだろ?」


 僕はワンを見た。力を込めない接触は自分も相手も損傷させないらしい。でもワンは、いまだに見慣れない毛だらけの体に接触するのは、損傷とかそれ以前に気味が悪くて気が引ける。


「何、びびってんだよ」


「『びびって』って?」


「何を怖がってんだって聞いたんだよ」


 ヤチネズミがわざとらしく滑舌良く言い直した。その態度とかけられた言葉の内容に僕は少しむっとする。唾を飲み込み、恐るおそるコウの真似をしてみた。手を伸ばす。触れる。


 毛だ。温かい。そして思いの外、手触りが良い。ワンにねだられていなくても触っていたい気分になる。


「『接触』は平気だったか?」


 ヤチネズミが言って僕はどきりとした。振り返るとヤチネズミがにやりと笑った。


「冷え込む前に中入れよ。降って来そうだ」


 尻についた砂を払うとヤチネズミは僕たちを置いて去って行った。僕は立ち上がりその背中を見送る。


 ワンが脚にまとわりついてきた。もう抵抗は感じなかった。僕はせがまれるままに彼の体を撫で下ろす。


「悪い奴じゃなさそうだよね」


 ワンは同意も否定もしない。


「うん、僕も決めかねている。彼が嘘をついているようにも感じるし、でもとても僕たちのことを大切にしてくれているようにも思えてきている」


 ワンが僕を見上げた。僕はワンを見下ろす。


「それは嬉しいよ。ありがとう」


 言って僕は笑っ

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