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邪神の魔の手

 協会を出た俺達は宿に戻り、一息ついた後もう一度外に出た。せっかく街に来たのだから遊んでいこうとリベルと意見が一致したからだ。祭りが行われているわけでもないのに人がそれなりに多いマリーベルは活気に溢れていてたまに歩くのに詰まることがある。屋台に寄って小腹を膨らませたり、こないだのとは別のアクセサリーショップなんかに寄ったりもした。

 そうやって過ごす時はあっという間に過ぎる。楽しいことは短く、苦しいことは長い。当たり前なのだがとても寂しく思える時がある。記憶を無くした今だから思えるのかもしれないが何もしたことがないというのはある意味で怖いものだ。記憶がないことによって何かをしてきたのにそれが全部ないことになっているのだから。

 リベルは心底楽しんでくれたようで今も鼻歌を歌ったりしている。歌を披露している所に偶然通りかかり、その歌をえらく気に入ったようだ。


「楽しかったな。娯楽がないダンジョンでは味わえない」


「私はお兄ちゃんと一緒にいるだけで楽しいですよ。ただたまにはこんなのもありかなと思います」


 あくまで俺といることを楽しいと言ってくれるリベルに感謝をした。俺だってリベルといるだけで楽しいから。

 そんな楽しい空間を邪魔する輩というのはどこにでもいるようで俺とリベルの前を立ちはだかるように前に立つ男を俺は睨んだ。男は盗賊やってますとでも言うような格好をしてどうにも怪しかった。


「何のようだ」


「いや、ちょいっと人攫いを頼まれてな。何でもサルダージャ様の巫女がこの辺にいるってんでここに来てみたらいたってわけよ」


「サルダージャ?ああ、くそ邪神のことか」


「……本気でいってる?それ」


「リベル下がってろ」


 俺は護光の鯉口を切り、抜刀の構えを取る。男は余裕綽々といった感じで指をならすと後ろから十人程のゴロツキが出てきた。それぞれ棍棒を手に持ち、哀れな者を見るような蔑む目を向けていた。

 俺は護光に魔力を込めて抜刀する。ただ水平に薙いだだけの刀は目の前の男を一刀の元に斬り伏せて真っ二つにした。


「ごめんなリベル。また、血を見せることになって」


「お兄ちゃん……」


「へへ、震えてやがるぜ。おめぇらやっちまうぞ」


 気絶させる狙いで棍棒を握っていたようだが皆一斉に剣を手に取る。俺の視界は狭くなり、血を見ただけで体が震えている。慣れないものは慣れないものだとは分かっていたが未だ自分が人のうちにいるのだと証明してくれているようで少しだけ口が半月に歪む。

 男達はそれを諦めととったのか剣を振り下ろしてきた。その瞬間、護光が光り輝き魔力を解き放った。男はそれに驚いて慌てて後ろに下がった。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


「大丈夫だよリベル。すこしだけ待っていてくれ」


 護る刃、血に染まる覚悟、折れない刃。三つのアビリティが発動して俺に力を与える。男達は怯えたような顔をしていたがすぐに気を取り直してかかってきた。

 一度抜刀した刀を戻すのは接近戦においては馬鹿がやることだ。時間がかかりすぎるし、何よりその時間があれば攻撃をできるからだ。ならば、一瞬で刀を戻し、再び居合いの構えをとれたらどうなるのか。

 俺は魔力で全身を強化して刀を納刀して、すぐさま抜刀した。


「血に染まれ護光」


 刀に意思はない。けれど、この時護光が返事を返した気がした。初めて抜刀した時のように魔力の刃が宙を走り、男達をまとめて上半身と下半身を切り離した。

 血の池に沈む男達を振り切ったままの状態で見ていた。今度は吐き気は来なかった。刀を納刀してリベルの元に戻る。血に汚れた服では触れないなと思っていたらリベルが俺の方に飛び込んできた。


「お、おい!汚れるぞリベル」


「そんなの関係ありません。お兄ちゃんは無理しすぎなのです。たまにはお兄ちゃんも泣くべきなのですよ」


 そんなに怖い顔をしていたのだろうか。人を殺した者の顔は皆、そうなのだろう。感情というものは意外に素直だったりする。リベルの言葉に俺は涙を流していた。


「リベル、俺っ」


「大丈夫です。私がついていますから。ずっと一緒です」


 俺は涙が出なくなるまでリベルの体を抱きしめていた。震えが止まらず、赤い血はべっとりとしている。。全身にこびりつく血はまるで鎧のように重く、俺の心を赤く染める。人を殺すというのは覚悟がいる。けれど、まだその覚悟はできていない。きっと間接的にならできるだろう。だが、直接的にはまだ無理なようだ。

 リベルの暖かい体が俺の心を溶かしていくような感覚に俺はいつの間にか微睡みの中に流され、意識を途絶えた。



 目を開ければ天井が見えた。木の木目まではっきりと見えた頃に俺はようやく状況を思い出して飛び起きた。


「リベル!」


「すぅ~」


 リベルの寝息が聞こえたので布団を捲ってみるとリベルがすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。護光は壁に立てかけられていて鈍い光を放っている。

 そのままぼんやりと天井の木目を数えていると扉が開き、女の人が入ってきた。


「あら、起きたの」


「はい、あのここは?」


「私の家よ。マリーベルの端にあるの。偶々裏道を使ったら人が倒れてたから連れてきたのよ」


「そうですか。ありがとうございます」


「どういたしまして。そこの女の子とても心配してたわよ」


「そうですか。どうにもややこしいことに首突っ込んでいますから」


 そういって俺は話をきった。人に話す程のことでもない。俺とリベルだけでの秘密な話です。


「あの名前聞いても?」


「私の名前はアイリス。この街で藪医者やってるの」


「藪医者?まぁいいや。俺はタツよろしく」


「ええ、よろしく」


 こうして俺と藪医者アイリスの邂逅といざこざが始まったのだった。

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