閑話 夢の世界~日常は突然食い破られる~
俺の名前は赤坂龍。高校生になったばかりの一年生だ。別にピカピカなわけではないのでそこは察してほしい。俺が今いるのは夢の世界。目が覚めれば忘れてしまうそんな世界だ。その世界で巡る俺の記憶は物語に何の影響を及ぼさないちょっとした余興だろうと前の世界の記憶と今の記憶を合わせている夢の自分は思う。
「なぁ龍。俺に彼女の作り方を教えてくれ」
そんな一言で始まった今日の友人の挨拶に俺は果てしなく深いため息をつきそうになった。俺の前でそんなことを言ってくれたのは親友の森松裕二。なんだかんだで小学校からの腐れ縁だ。ぼっちな俺にいる唯一の友達と言ってもよかった。
「裕二、俺に言うのはちがうだろ?」
「いや、お前がモテるから聞いてんだろ」」
「俺がモテる?冗談は顔だけにしてくれ」
もちろん、こいつはいわゆるイケメンで冗談みたいな顔はしていない。そんなイケメンの癖に女にモテないことを悩みとしているのだから面白いとしか言いようがない。イケメンなこいつでさえ、彼女一人出来たことがないのだから俺に彼女が出来る通りもなかった。
「酷いこと言うぜ。なぁ神谷さん」
「そうですね。何の話かは分かりませんが」
そうやって裕二が声を掛けたのは教室に入って来たばかりの神谷真奈だ。モテないとか言っている裕二に唯一好意を抱いてると思われる女の子。実は相談を受けたりもしていたりする。俺に出来ることなど本当に何もないのだがただ何となくほっとけなくて面倒を見ているのだ。
「裕二、俺はとにかく知らん。モテたいならもう少し男としての理性を見せろ」
「えーそれは無理ってもんだぜ。俺からエロスを抜いたら何が残るんだよ」
この子煩悩丸出しなことがモテない理由なのだが本人はやめる気がないから質が悪い。ただそういう発言をしているだけで覗きやボディタッチなどはやらない辺りはまだマシだと思える。そんな裕二を神谷さんはどう好きになったのやら。俺には不思議に思われてならん。
そんな神谷さんは今日、裕二に告白予定だったりする。
残念ながら夢が覚める前にその様子を見れることはなさそうだが。
「神谷さん、こいつには近寄らない方がいい。この子煩悩丸出し小僧は何するか分からないからな」
「な、龍!そんな俺が神谷さんに何かするみたいなこと言うなよ」
「まぁまぁ落ち着け。通報されて牢屋に閉じ込められるだけからさ」
「それのどこが落ち着けるんだよ。全く冗談にしては酷すぎる」
俺達のやりとりをにこやかに笑いながら神谷さんは見ている。この日常が終わることがあるのだろうかと考えることもあるがそれはないだろうと思う。
まぁその考えが外れてしまった訳でフラグって本当にあるんだなぁと思ったりする。この夢も何回見れるか分からないがきっとそう多くないと思う。思い出したように見て、忘れる。そんな感じになると思う。
その日は特に何もなかった。放課後までは。
放課後になり、俺達は外に出ようとカバンに手を掛ける。そのときにそれは起こった。まるで予定調和のように突然と非日常が現れた。
その男はナイフを持っていた。赤い液体のついたナイフだ。服装はスーツという何ともちぐはぐな装備だがそのスーツは赤い液体で濡れていた。徐に教室に入ってきて見渡すと俺達の方を見る。見られてしまった。そこからはもう恐怖と混乱の嵐だ。我先に教室から飛び出す者、腰を抜かして動けない者に分かれて騒がしくなる。男は一別もせず、こちらに向かって歩き出し、神谷さんに躊躇なく、ナイフを突き刺した。
「神谷さん!」
男はにたりと笑い、聞き取れるかとれないかギリギリの声で言った。
「楽しいなぁ」
ぞくりと背中が震えた。それから男は何事もなかったように教室から出て行った後には俺と裕二と刺された神谷さんが残された。
「神谷さん!しっかりして!」
「森松、くん。私、」
「おい、喋るな!血が止まらないぞ、くそ!」
「裕二、救急車を呼んどいたぞ」
「ああ、助かる」
俺は冷静だった。人が死にかけているにも関わらず。男に比べたら何もかもが普通すぎた。あの男は異端だ。時代が違えば有名になっていただろう。暗殺者なんて職業がある時代なら。男は的確に急所を外して刺していた。俺はその腕に驚愕したし、だから助かると分かっていた。そのせいで冷静だったのかもしれない。
救急車に運ばれていく神谷さんと裕二を見送り俺はそのまま家に帰った。そして、布団にくるまった。親が何か怒鳴っていた気がするがそんなのは優しく感じる。あの男の殺意に比べたら本当に優しく感じる。それほどあの男は俺に恐怖を刻み込みんだ。
「はは、日常は脆いな。とても」
何となく口に出た言葉は的を射ていた。ガラス一枚で隔たれた日常と非日常は割るだけで簡単に侵される。脅かされる。平和などに惚けている者はそれに気付けない。見向きもしない。それが普通。俺が異常。非日常を経験した者は異常になる。
ああ今回はこれまでか。日常と非日常は本当に呆気なく、奪い去られる。俺とリベルが神に引き裂かれそうになったように。これは多分、戒めだ。忘れてしまう夢だけど、大切なものは守れと。非日常を忘れるなということだろう。今新たにした思いも忘れるのだろうなぁ。ああ。
夢から覚める。記憶が溶ける。溶ける。溶ける。
ーー夢から覚めた。




