体育の授業②
達也が伸ばした手を握ってしまってから、まゆは自分の行動の意味に気がついて絶望する。
(やばい!!このシチュエーションだと、達也と私が特別な関係だと思われるよね!?)
達也に手を引かれるままに走り出すと、後方からは声援に交じって絶叫や怒号も聞こえてくる。
「中藤さん、頑張ってーー!」
「二人はどーゆー関係だよーー!!」
頭に被っていたタオルがふわりと後ろへ流れるのを慌てて捕まえたまゆは、少し向こうの待機場所に慶太がいることに気づいた。
慶太は、傷ついたような切ない視線でまゆを見ていた。
しかし、まゆの瞳にその姿が映ったのはほんの一瞬だった。
「中藤!危ないから、ちゃんと前を向いて!」
達也に前を向くよう促され、二人は手を繋いだまま全速力でゴールを目指す。
まゆは走りながら、自分の置かれている状況を客観的に想像した。
(ちっ……相手が達也じゃなければ、愛の逃避行っぽかったのに。)
ゴール直前で、お題の確認のために体育教師に呼び止められた達也は、お題の紙を差し出した。
「友達の私物……?」
お題とまゆを見比べた体育教師は、理解不能といった様子で動きを止めた。
そして、溜め息をつくと達也に哀れな視線を向ける。
「市原……中藤は、友達の私物じゃないだろ?」
「当たり前じゃないですか。僕が持ってきたのは、こっちです」
達也にしては珍しく、まゆが大事そうに持っている手から少し乱雑にタオルを奪う。教諭はタオルの端に書かれた「KEITA」の文字を見つけて安心したように頷く。
「何かストレスでもあって、おかしくなったのかと思ったぞ……初めからタオルだけ持って来い」
「タオルを借りるまでのやりとりの時間も短縮したかっただけです。では、ゴールしてきます!──中藤、行こう」
「え、でも……タオルだけ持って行けば──」
悪戯っぽく笑う達也の少年のような顔につい見惚れているうちに、まゆは達也に手を握られてゴールしていた。
そのあまりにも青春らしい光景は、四組と五組の全員を沸かせるには十分すぎる燃料だった。
「市原ーーーー!俺は納得してないぞーー!!」
「人物のお題を引いたのは、お前なのかーー!?」
「中藤さん、ズルいーーー!代わってよーー!」
大歓声が巻き起こる中、達也はまゆの手を離さなかった。そのまま待機場所へと戻ろうとする彼の手を、まゆは焦って引く。
不思議そうな顔で振り返った達也は小首を傾げる。
「中藤、どうしたの?」
「いや、手を……さ」
「嫌だった?」
「嫌とかじゃなくて、勘違いされるから……さ」
ふむ、と少し考えた達也は、俯いてオロオロしているまゆの手をそっと離した。
そして、まゆの手に慶太のタオルを握らせる。
「ごめんね。借り物競争であのお題だったから、中藤を連れて行っただけなんだ。本当に他意はないから」
「でも、私が西村のタオルを持っていなかったら、どうするつもりだったの?」
「あぁ……後ろから、慶太がタオルを渡してるの見てたから。持ってなかったら中藤を連れて行かないよ──ほんのちょっとだけ、あいつの反応が見たかっただけ」
「だよね!本当にビックリしたんだから。西村もかなり驚いた顔してたし」
胸をなで下ろすまゆのホッとした表情に、達也は冷めた視線を向けた。
しかし、まゆと目が合うとすぐに元の穏やかな表情に戻る。
(──あんな冷たい表情、初めて見た。)
「じゃあ、僕は先に行くね!手伝ってくれて、ありがとう!」
颯爽と走っていく達也の背中へ、まゆはちょっとだけ不服そうな視線を向ける。
「──他意はないって……まるで、私が達也にドキッとして勘違いしちゃった痛いヤツみたいじゃん!わざわざ、そんなこと言わなくても分かってますよ!!むしろ、達也のせいで私の未来の彼氏が遠ざかってたら、どうしてくれるのよ!」
そこまで呟いてから、ハッとした。
(中学の時は、みんな色んな男子と話してたな……でも、好きな人は別にいたり。やっぱり過剰に仲が良いと、慶太と私の時みたいに、付き合ってると勘違いされる。距離感に気をつけるしかないんだけど……でも私、今さ。男の子と手を繋いで走ったんだね……)
色々と考えているうちに、やはり達也に手を繋いで走ったことが恥ずかしくなったまゆは、慶太のタオルを頭から被る。
そして、自分の顔のほとんどをタオルで隠すと待機場所までトボトボと歩き出した。
「市原、お前は中藤さんと付き合ってんのか!?」
「手を繋いで走るとか羨ましすぎるだろ!」
「男ならハッキリしろってー!」
待機場所へ近づくと不穏な質問の数々が聞こえてきた。
この手の質問には、痛いほど覚えがある。
「だから!中藤とは友達だって。好きとか嫌いとかじゃなくて……」
達也は穏やかに説明しようとしているが、周りの熱量があまりにも大きくて若干、押され気味だ。
(あー。出たよ。この流れ……慶太の時もそうだった。男女が仲良くすると、すぐに付き合うのどうのって話になるの。本当に意味不明すぎる。そのやりとりでも楽しそうにしてる女子もいたよ?……でもさ、誰が誰と仲良くしようと、お前らに何の関係があるんだっつーの!……でも、面倒だから関わらないようにしよーっと。)
まゆが存在感を消して、この騒動の隙間を縫って自分の席へと行こうとすると、語気を強めた声に呼び止められた。
「──ねぇ、中藤!」
「っはい!?」
突然の呼びかけに、思い切り姿勢を正して返事をしたまゆは、声がした方へ視線を向けた。
そこにいた達也と目が合い、まゆは無意識に気まずそうな苦笑を浮かべる。
「中藤は、僕のことをどう思ってる?皆が気になってるみたいだから、教えてあげてよ!」
達也の真剣な表情の後ろには、好奇心に満ちた男女の顔がいくつも並んでいる。
その瞳から噂のネタを見つけたかのような舐め回す視線を向けられ、まゆはゾッとする。
(──気持ち悪い。)
まゆがなかなか言葉を発しないでいると、業を煮やした生徒たちが口々に質問を始める。
「市原は友達って言うけどさ、本当はどうなの?」
「中藤さん、本当のことを言っちゃえよ!」
「別に隠す必要もないでしょ?ねぇ?」
まゆに詰め寄ろうとする生徒たちは、ギラギラと瞳を光らせて獲物を狙うハイエナのようだ。
その中心で何も言わず氷のような笑顔で立っている達也の存在が、この状況をさらに不気味にさせていた。
「──達也が友達だって言ってんのに、お前らは中藤からどんな返答が欲しいわけ?」
まゆの真後ろから突然、苛立ちを隠さない地を這うような低音が響いた。
味方のいない状況で聞こえてきた、その聞き慣れた声に、まゆは安堵の表情を浮かべ──ようとした自分に激しくツッコミを入れた。
(いやいや!西村が来たところで、何にも安心できないから!!私の表情筋、ちゃんと仕事してよ!)
慶太の意図的に威圧感を含んだ言葉選びに、その場は一瞬で静まり返った。
そのチャンスを逃さなかったまゆは、躊躇わず声を上げた。
「あぁー……あの、私、中学の三年間、誰かと付き合うとか無縁の人間で──彼氏できたこともないから!!」
まゆの発言に、さらに静まり返る生徒たち。
焦ったまゆは、助けを求めて慶太を振り返る─が、彼は笑いを堪えているのか小刻みに震えながら横を向いている。
「な、中藤……なんの自爆だよ……くくっ……」
目の前にいる達也の肩も、必死に笑いを堪えているらしく下を向いたまま僅かに揺れている。
「ふふ……どうしてその返答になったの……?」
(な、なんで!?笑うとこ、あった!?)
パニックに陥りそうになっていると、大きな笑い声が響き渡る。
「あはははは!中藤さんて、可愛いだけじゃなくて面白い人なんだね!俺、マジで好きになりそう!」
その場の陰の空気を一気に陽へと変えたのは、透だった。
彼は、誰のことも悪者にせず全ての注目を自分へと向けたのだった。
「ほら!借り物競争、どんどん進んでるよ!早く、見に行こうぜ!」
「お、おう!」
「盛岡!お前、本気で中藤さん狙いになるのか!?市原と仲良しみたいだぞ!?」
「さぁーね!そんなプライベートなこと、大勢の前で言えるわけないっしょ!」
透の呼び掛けに、あんなに達也とまゆに執着していた集団が一斉に興味を失い、それぞれの席へと戻り始めた。
そんな中、達也は透の背中を見ながら、期待の眼差しをむけていた。
(一瞬で人の心を掌握するなんて。素晴らしいな。盛岡くん、是非とも仲良くなりたい)
一方、まゆは自分の頬を押さえて気持ちを落ち着けようとしていた。
(──私のこと、好きになりそうって!?勘違いしちゃダメ!あれは、優しい嘘なんだから!)
慶太は、頭をポリポリと掻きながら目の前で恥ずかしがる、まゆを見下ろしていた。
(あーあ。いいところ、持ってかれたなー)
快晴の空の下──ポツンと残された小学校からの同級生三名。
それぞれが、ホッとしたような、ドキドキするような、悔しいような気持ちを抱えながら視線を合わせる。
そして、誰からともなく苦笑いを浮かべると待機場所へと戻っていった。
4話を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
来週からは火曜日と金曜日の週2回投稿になります。
楽しみにお待ちください!!




