体育の授業①
なんやかんや同中のまゆ、美波、慶太、達也の四人が集結してしまう場面が多く、非常に厄介で想像とかなりかけ離れた一ヵ月を過ごし、新生活にもだいぶ慣れた五月──体育祭に向けての練習が始まった。
練習と言っても、今までの義務教育で経験してきた競技がほとんどだったため、大部分が割愛された。その中で唯一、借り物競争だけは取り組んだことのない生徒が半数を超えたこともあり、本格的に練習をすることに決定した。
真っ白な体操服が白く反射するほどの晴天の空の下、グラウンドに集まった四組と五組の生徒たちは、各クラス毎に三列になって座っていた。
ざわざわと会話をしていた彼らは、拡声器から雑音と共に響く体育教師の声が聞こえると、一斉にそちらへ注目し耳を傾けていた。
「──これから、借り物競争の練習をする!ルールは簡単だ!スタート地点から少し先にある机の上にある箱の中から、お題の書かれた紙を引く。後は、そのお題に合う物をゴールまで持って行けば良い!分かったな!?」
「はい!先生!質問です!」
五組の列から元気に手を挙げたのは、自己紹介の時にまゆに「可愛い」と言った男子だった。
彼はムードメーカー的な存在で、底なしに明るい性格だった。
「お、盛岡!なんだ!?」
「お題の中に、よくありがちな『好きな人』とか人物を対象にしたものは含まれていますかー?」
彼が手を挙げた時から何か言おうと待ち構えていたのだろう。
質問のすぐ後に、ノリの良い男子たちがすかさず野次を飛ばす。
「透!そんなこと聞いてどーすんだよー!」
「告白したい相手でもいるのかー!?」
その声に少しだけ顔を赤くした透は、声の主を振り返ると必死な表情で自らの口に人差し指を当てた。
「静かに」のジェスチャーのはずが、彼があまりにも必死な形相なので「黙れ」と言っているのが伝わってくる。
それを見た周囲の男女が、くすくすと笑い合う光景は、なんとも青春の一コマっぽい空気で気持ちいい。
体育教師もその光景を見て楽しそうに頬を持ち上げると拡声器を持ち直す。
そして、全体を見渡しながら透からの質問に答えた。
「人物のお題も、数枚ある!まぁ、お前たちが期待しているような甘酸っぱいお題ではなく、悩まない程度の内容にしてあるから、安心してくれ!」
しかし、この体育教師の返答は、まゆにとっては死活問題だった。
新たな女友達がチラホラ出来始めてはいたが、万が一その子たちには当てはまらないお題だった場合、知らない人に声をかけることになってしまう。
まゆは、訪れるか分からない未来を想像してガックリと項垂れた。
(知ってる人の方が少ない現状で、人に関わるお題とか引いたら……地獄だわ)
そのまゆの様子を少し離れた場所から心配そうに見つめる人物が一人。
(まさか、あいつ調子悪いのか!?こんだけ陽射しが強けりゃ、熱中症になる可能性もあるよな……大丈夫なのか!?)
四組の一番左端の列の真ん中辺りに座っている慶太は、自分の首に掛けてあったスポーツタオルを外すと、右隣の女子にずいと差し出す。
突然の行動にビクリと身体を揺らした女子の反応などお構いなしに、慶太はその耳元へと顔を寄せた。
「悪い。これ、五組の中藤まゆに届くように、横に渡してくんない?」
「──う、うん!分かった!」
突然、至近距離にイケメンの顔が近づいたことに顔を真っ赤にした女子は、照れ隠しか素早くタオルを受け取ると自分の右の女子へと渡す。
「こ、これ五組の中藤さんに回してくれる?」
「ん?五組ね!オッケー。ねぇ、これ五組の中藤さんまで回したいんだって」
「おん?中藤?あぁ、あのスタイル良い子だったよな!了解!」
タオルの行方を目で追っていた慶太は、ついにまゆの手にタオルが渡ったことを確認すると安堵の表情を浮かべる。
その時、まゆの困惑した瞳が慶太を捉えた。
(こ、れ、な、に?)
まゆが困った表情のまま口パクで慶太に問いかける姿が、慶太には二人だけの秘密の会話をしているようで胸が僅かにむず痒くなる。
ニヤけたいのを堪えた慶太は、タオルを指差した後に頭に乗せる仕草を見せた。
(あ、た、ま、に、か、ぶ、れ)
慶太の言いたいことを理解したまゆは、更に困惑した。
(……頭に被れ?なんで?誰もタオルなんて被ってないのに?)
もう一度、怪訝そうな顔で彼の方を見ると、被るまでこちらを見続けそうな眼圧の慶太と目が合った。
その鋭い偉そうな目つきに少しだけイラッとしたまゆだが、二人がこそこそとやり取りをしていることに気がついた周囲からの視線を感じて冷静になる。
(これ以上やってると、逆に目立つか……ま中学の時みたいに慶太から変に嫌がらせされたくないし、刺激しないのが一番だよね──仕方ない被ろう。)
まゆは、スポーツタオルを広げると頭から被った。一気に日陰に包まれたまゆは、悶々としていた気持ちも冷やされていくような気がして、握っているタオルの端に頬を寄せた。
少しだけひんやりして、ふわふわのタオル地が頬に触れると気持ちが良い。
ほんの僅かな時間だったが、まゆがすりすりとタオルに頬を寄せて、その肌触りを堪能していると、バチリと慶太と視線がぶつかった。
慶太は、何故だか真っ赤な顔してこちらを見ていた。しかし、目が合うと慌てて視線を逸らす。
(──日陰が必要なのは、アイツの方では?相変わらず、意味不明だわ。)
まゆと慶太のやり取りを、五組の列の後方からしっかりと見ていた達也は薄く微笑んでいた。
それを見た達也の隣に座っていた透が、不思議そうに声をかける。
「市原?何か楽しいことでもあった?」
「いや、借り物競争って楽しそうだなと思って」
「もしかして、借り物競争の経験なし?」
「そうだね。やったことないかな──あれってさ、学校側が用意した物じゃなくてお題に合っていれば良いのかな?」
透は少しだけ考えてから、達也へと視線を戻した。
「良いんじゃない?お題に合った物を持っていく競技なんだし。人物の場合、学校側が用意するのも無理な話じゃん?」
「そうだよね。ありがとう」
達也が爽やかな笑顔を向けるのと同時に、体育教師から移動の指示が飛ぶ。
「今日は練習だからな!お題を引いても無理そうなら、さっさとゴールして良いからなー!四組と五組の出席番号一番と二番、スタートラインまで来るように!」
期待と不安の入り交じる雑音の中、まゆもタオルを被ったまま立ち上がる。
そこへ、同じクラスの明るい女子たちが駆けて来た。
「中藤さん!西村くんと仲良いの!?」
「タオル貸してくれるとかさ、かっこいいよね!」
「見た目は怖そうだけど、イケメンだし優しいのが最高にイイ!!」
キャッキャッと盛り上がる女子に囲まれながら待機場所まで移動すると、スタートラインにはもう数名の男女が立っていた。
隣のコース同士で励まし合ったり、待機場所にいる友達に手を振ったりしては眩しい笑顔が輝いている。
(あ、なんだ。よく見たら達也だ。)
まゆが達也を見つけたのとほぼ同時に、達也もまゆを見つけたようだった。
控えめにこちらへと手を振りながら、見事な王子様スマイルを向けてくる。
「きゃあ!」
「市原くんが、こっちに手を振ってるよ!」
「え!あれ絶対、中藤さんに振ってるじゃん!振り返しなよ!」
キャアキャアと叫びながら騒ぐ彼女たちを一刻も早く大人しくさせたくて、まゆは慌てて達也へと手を振り返した。
あまりにも急いだせいで、まゆは表情管理を忘れていたようだった。
スタートラインにいる達也以外の生徒は皆、苦笑いを浮かべている。
「あははは!中藤、何その顔!!」
その中で唯一、大爆笑している達也はまゆの目から見ても圧倒的に輝いて見えた。
(うわーすごいね。イケメンの笑顔の破壊力。)
まゆの感想を置き去りに、スタートの合図が響く。一斉に駆け出した生徒たちは、箱の中から次々にお題の紙を引っ張り出す。
そして、お題を確認してすぐ我先にとバラバラの方向に向かっていく。
(おー!達也って案外、足速いんだ)
達也が駆けてくるのが見えて、まゆはそんなことを思いながら瞬きを一つした。
そして、次に目を開けた時には、達也はまゆの目の前にいた。
「中藤、一緒に来て!」




