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死亡フラグが全部付箋で見えるんですが  作者: 絵宮 芳緒
第六章 交錯する想い

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第八話 初めて見えた未来

馬車の揺れが、身体に響いていた。


リシェルは座席の端に身を寄せ、震える手を握りしめていた。


窓には厚い布が掛けられ、外の景色は見えない。


向かいには、見知らぬ男が座っている。


「……どこへ連れていくのですか」


問いかけても、男は答えなかった。


「私を連れ去って、何をするつもりなのです?」


「余計なことは聞くな」


短い返事に、リシェルは唇を噛んだ。


これで三度目だった。

なぜ、自分ばかりが狙われるのだろう。


最初の襲撃も、二度目の襲撃も、そして今回も。


誰かが、自分を連れ去ろうとしている。

それだけは、もう疑いようがなかった。


リシェルはそっと髪に手を伸ばした。


そこには、マリアと選んだ勿忘草の髪飾りがある。


指先に触れた花の形に、少しだけ気持ちが落ち着いた。


――マリアは、無事かしら。


男に突き飛ばされた姿が、頭から離れない。


それに、グランディール嬢も。

自分を助けようと、必死に叫んでくれていた。


どうか、二人とも無事でいてほしい。


王宮を出てから、どれほど走ったのだろう。

馬車は何度か道を曲がり、そのたびに大きく揺れていた。


リシェルは目を閉じた。

そして、ある人の顔が浮かんだ。


紺色の騎士服。

落ち着いた声。

何度も自分を助けてくれた人。


――レオン様。


名前を心の中で呼んだ、その時だった。

馬車が大きく揺れた。


「何だ?」


向かいの男が窓の布をわずかに持ち上げる。


外から、馬の蹄の音が聞こえてきた。


一頭ではない。

複数の馬が、こちらへ近づいてくる。


「止まれ! 王宮騎士団だ!」


鋭い声が響いた。

リシェルは息を呑んだ。

聞き覚えのある声だった。


「……レオン様?」


男が舌打ちをした。


「もう追いついたのか!」


馬車が速度を上げる。

リシェルは座席にしがみついた。

外では、騎士たちの声が飛び交っている。


「前方を塞げ!」


「逃がすな!」


やがて、馬車が急停止した。


身体が前へ投げ出されそうになり、リシェルは必死に座席をつかんだ。


「動くな!」


外から、剣を抜く音が聞こえる。

男が馬車の扉へ手を伸ばした。


「お前はここにいろ!」


だが、扉が開かれるより早く、外から声が響いた。


「中にいる者は、武器を捨てて出てこい!」


レオンの声だった。


男は腰の短剣に手をかけた。

その瞬間、馬車の扉が開いた。


「そこまでだ」


レオンが立っていた。


男が短剣を抜こうとする。

しかし、レオンの剣先が、その動きを制した。


「武器を置け」


低く、揺るぎのない声。


男は一瞬ためらったものの、外を囲む騎士たちを見て、短剣を床に落とした。


「ノア、確保しろ」


「はっ!」


男が連れ出される。

レオンは剣を収め、馬車の中へ視線を向けた。


「リシェル嬢」


その声を聞いた瞬間、リシェルの目に涙が浮かんだ。


「……レオン様」


「もう大丈夫です」


レオンは彼女へ手を差し伸べた。


「迎えに来ました」


リシェルは震える手を伸ばした。


レオンの手に触れる。

その温かさに、張り詰めていたものが一気にほどけた。


「……怖かった、です」


ようやく、それだけを口にした。


レオンは彼女の手を支えながら、静かに答えた。


「ええ。もう安心してください」





馬車の外では、騎士たちが犯人を拘束していた。


リシェルはレオンに支えられ、地面へ降りた。

足元がふらつく。


「無理をなさらず」


レオンが腕を差し出した。

リシェルはその腕に手を添えた。


「……ありがとうございます」


「お怪我は?」


「大丈夫です。少し、驚いただけで……」


そう答えたものの、身体の震えは収まらなかった。

レオンは近くの騎士へ声をかけた。


「彼女が休めるよう、馬車を用意してくれ。それから、アストレア伯爵家へ無事を知らせるんだ」


「承知しました!」


騎士が駆けていく。

リシェルは、ようやく周囲を見渡した。


自分を連れ去った男たちが、騎士に連行されていく。

その光景を見て、胸の奥に安堵が広がった。


終わったのだろうか。

もう、怯えなくてもいいのだろうか。


けれど、そう思った瞬間、別の不安が浮かんだ。


――本当に、これで終わりなの?


三度も繰り返された襲撃。

その理由は、まだ何も分かっていない。

リシェルは無意識に俯いた。


「リシェル嬢」


レオンの声に、顔を上げる。


「今回の件は、必ず調べます。あなたが安心して暮らせるように」


真剣な眼差しだった。

リシェルは、その瞳を見つめた。


「……はい」


そして、ふと気付いた。


レオンの頭上。

これまで、何度見ても何もなかった場所に。

小さな白い付箋が、浮かんでいた。


「……え?」


リシェルは瞬きをした。

見間違いだろうか。

けれど、消えない。

確かに、そこにある。


【リシェルを守ります】


「……レオン様」


「どうしました?」


リシェルは答えられなかった。


これまで、彼の未来だけは見えなかった。

どれほど目を凝らしても、何もなかった。


なのに、今。

初めて、彼の未来が見えている。


それも、自分の名前が書かれた付箋だった。


「……いえ」


リシェルは小さく首を振った。


「ありがとうございます」


レオンは静かに頷いた。


「当然のことをしたまでです」


リシェルはもう一度、彼の頭上を見た。

白い付箋は、変わらずそこに浮かんでいる。


【リシェルを守ります】


未来は、決まっているわけではない。


選択によって、変わることもある。

それを、リシェルはこれまで何度も見てきた。


では、この付箋は――。

レオンが、自分の意思で選んだ未来なのだろうか。


胸の奥に、今までとは違う温かさが広がった。


リシェルは、支えてくれているレオンの腕にそっと手を添え直した。


初めて見えた彼の未来。

そこには、確かに自分の名前があった。

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