第七話 残された一輪
「詳しく聞かせてくれ」
レオンの声に、マリアは顔を上げた。
王宮の一室には、レオンとヴィクトル、そして数名の騎士が集まっていた。
マリアは侍従に付き添われ、椅子に腰を下ろしている。
「お嬢様は、グランディール伯爵家のご令嬢と、庭園の奥にあるテラスへ向かわれました」
震える声で、マリアは話し始めた。
「その時、庭園の方から火事だという声が聞こえて……給仕の服装をした男が、避難するようにと」
「給仕の男か」
レオンはヴィクトルへ視線を向けた。
「本日の給仕担当者を確認してくれ。臨時に雇われた者も含めてだ」
「承知しました」
ヴィクトルが部下に指示を出す。
マリアは膝の上で両手を握りしめた。
「私がお守りしなければならなかったのに……」
「マリア」
レオンは静かに呼びかけた。
「今は、覚えていることを教えてほしい。それがリシェル嬢を助けることにつながる」
マリアは唇を結び、頷いた。
「男は二人いました。一人がお嬢様をつかみ、もう一人が私を……」
そこまで話すと、声が詰まった。
レオンは急かさずに待った。
「グランディール様も、止めようとしてくださったのです。ですが、男に振り払われて……そのあと、お嬢様を追いかけてくださいました」
「グランディール嬢が?」
「はい。馬車で連れ去られたと教えてくださいました。向かった方角も、侍従の方にお伝えしています」
レオンは頷いた。
「その方角の門と通路を調べろ。通過した馬車の記録も確認するんだ」
騎士たちが動き出す。
「私も、何かお役に立てれば……」
マリアは立ち上がろうとして、わずかに顔をしかめた。
男に突き飛ばされた際、足首をひねってしまったらしい。
「まずは、アストレア伯爵家へ知らせよう。君も怪我をしている」
「ですが、お嬢様が……」
「必ず捜す」
レオンはまっすぐに答えた。
その言葉に、マリアは小さく頷いた。
レオンはノアを伴い、庭園の奥へ向かった。
煙はすでに収まり、茶会の招待客たちは安全な場所へ移されている。
「火元は?」
「庭園の隅に置かれた布類が燃えていたようです。すぐに消し止められました」
ノアが答えた。
「偶然とは思えませんね」
「ああ。人の注意をそらすためだろう」
レオンはテラスへ続く小道に目を向けた。
低い生け垣。
人目を遮る石壁。
そして、庭園の裏手へ続く通路。
「ここで襲われたのか」
「マリア殿の話では、そのようです」
レオンは周囲を見渡した。
王宮の中で、これほど大胆な行動に出るとは。
しかも、警備の配置を把握していたかのような動きだった。
「裏門の確認は?」
「ヴィクトル副団長が調べています。給仕用の荷を運ぶ馬車が出入りする門ですが、現在は封鎖しました」
レオンは頷き、通路を進んだ。
石畳には、慌ただしく人が行き交った跡が残っていた。
何か手がかりはないか。
そう考えながら、レオンは足元へ目を向けた。
その時だった。
石壁の根元で、小さなものが光を反射した。
レオンは足を止めた。
「……これは」
身をかがめ、指先で拾い上げる。
銀細工の、小さな花だった。
五枚の花弁を持つ、繊細な造り。
「勿忘草……」
レオンは呟いた。
見覚えがあった。
先日、リシェル嬢が襲われた際に落とした髪飾り。
あの時、自分が拾い、マリアに渡したものだ。
青い勿忘草をかたどった、銀細工の髪飾り。
その一輪が、今、彼の手の中にあった。
「団長?」
ノアが声をかける。
レオンは掌の小さな花を見つめた。
「リシェル嬢の髪飾りの一部だ」
「では、ここを通ったということですね」
「ああ」
レオンは懐から清潔なハンカチを取り出した。
銀の花をそっと包み、落ちないように折り畳む。
小さな一輪。
それでも、彼女が確かにここにいたことを示す、大切な手がかりだった。
「この先を調べよう」
レオンは立ち上がった。
裏門では、ヴィクトルが門番たちから事情を聞いていた。
「団長」
レオンの姿に気付き、ヴィクトルが近づいてくる。
「不審な馬車が一台、通過したことが分かりました」
「いつだ?」
「騒ぎが起きた直後です。給仕に使う道具を運び出すと説明されたそうです」
「通行の許可は?」
「書類は提示されたようですが、現在確認中です」
レオンの表情が険しくなる。
「王宮の出入りを管理する者が、確認もせずに通したのか」
「煙の騒ぎで人員が動き、通常とは違う対応になっていたようです」
ヴィクトルは言葉を続けた。
「馬車の特徴と、向かった方角は確認できています」
「すぐに追跡隊を出せ。周辺の街道にも連絡を」
「承知しました」
ノアが騎士たちへ指示を伝えに走った。
レオンは門の外へ視線を向けた。
リシェルは、あの馬車に乗せられている。
二度も襲われ、ようやく少しずつ日常を取り戻そうとしていた彼女がまた、恐怖の中にいる。
レオンは手の中のハンカチを握りしめた。
中には、小さな勿忘草が包まれている。
「……必ず見つける」
誰に聞かせるでもなく、静かに呟いた。
そして、レオンは騎士たちのもとへ歩き出した。
残された一輪が、彼を次の手がかりへと導こうとしていた。




