第十三話 騎士団の報告
夕暮れ。
王都騎士団本部には、一日の任務を終えた騎士たちが次々と戻り始めていた。
廊下には規則正しい足音が響き、報告書を手に行き交う騎士たちの姿がある。
その一角にある執務室では、レオンが机へ向かい、積み上げられた書類へ静かに目を通していた。
コンコン――。
規則正しいノックが響く。
「失礼いたします。」
「入れ。」
低く落ち着いた声が返る。
扉が開き、ノアが一礼して室内へ入った。
その表情を見たレオンは、手を止めて顔を上げる。
「報告か。」
「はい。」
ノアは真っ直ぐレオンを見据えた。
「本日の巡回中、商業区にて襲撃事件が発生いたしました。」
執務室の空気が、わずかに張り詰める。
「被害者は――」
ノアは一拍置いて告げた。
「アストレア伯爵家ご令嬢、リシェル様でございます。」
レオンの眉が僅かに動く。
「……アストレア伯爵令嬢が。」
レオンは短く呟き、椅子の背にもたれていた身体をわずかに起こした。
「詳しく聞かせろ。」
「はい。」
ノアは一礼し、落ち着いた口調で報告を続ける。
「巡回中、商業区の路地より女性の悲鳴が聞こえました。現場へ急行したところ、アストレア伯爵家の護衛騎士一名が、三名の男と交戦しておりました。」
「襲撃者は三名か。」
「はい。」
ノアは頷く。
「護衛騎士は一人で伯爵令嬢と侍女を守りながら応戦しておりました。」
レオンは静かに腕を組む。
「相手の腕はどうだったんだ。」
「連携は取れておりましたが、統率された騎士というより、場慣れした者たちという印象です。目的は金品ではなく、伯爵令嬢へ近付くことにあったように見受けられました。」
「……狙いは伯爵令嬢か。」
レオンの表情が僅かに険しくなる。
「護衛騎士が最後まで二人を守り抜いたため、直接危害は及びませんでした。」
「犯人の行方は。」
「私の到着と同時に逃走いたしました。」
ノアは続ける。
「近くを巡回していた騎士へ追跡を命じましたが、路地へ逃げ込まれ、現在もその行方を追っております。」
レオンは静かに頷いた。
「令嬢に怪我は。」
「アストレア伯爵令嬢に、お怪我はございません。侍女も無事です。」
ノアは一呼吸置く。
「念のため、私と護衛騎士で伯爵家までお送りいたしました。」
レオンは静かに息を吐いた。
「ご苦労だった。」
「はっ。」
「巡回騎士が現場へ居合わせたのは幸運だったな。」
「はい。」
ノアは静かに頷く。
「あと一歩遅れていれば、護衛だけでは守り切れなかった可能性もございます。」
執務室に重い沈黙が漂う。
やがてレオンは口を開いた。
「引き続き商業区の警戒を強化しろ。」
「特に貴族街へ続く路地や人通りの少ない場所は重点的に見回れ。」
「承知いたしました。」
その時――。
コンコン。
控えめなノックが響く。
「失礼いたします。」
扉を開けて姿を現したのは、王宮文官のエルネストだった。
「ヴァルフォード卿、お取り込み中失礼いたします。」
「構わない。どうした。」
エルネストは手にした書状へ目を落とした。
「王宮より、正式な通達に参りました。」
レオンとノアの視線が自然と集まる。
「先日拘束されていた容疑者ですが、王宮にて証拠不十分との判断が下されました。」
執務室の空気が張り詰める。
「……釈放か。」
「はい。」
エルネストは静かに頷く。
「先ほど、釈放が正式に決定しております。」
「……そうか。」
レオンは静かに目を閉じる。
「証拠がない以上、王宮の判断も当然だ。」
エルネストは小さく頷いた。
「私も同じ考えです。」
しばらく、誰も口を開かなかった。
静かな執務室に、時計の針だけが時を刻む。
やがてレオンがゆっくりと口を開く。
「だが――。」
その一言で、ノアとエルネストの視線が集まる。
「容疑者が釈放された日に、アストレア伯爵令嬢が襲われた。」
レオンは机の上へ視線を落としたまま続ける。
「偶然とは思えない。」
ノアも静かに頷く。
「私も、その可能性は考えております。」
「証拠はない。」
レオンは短く言った。
「だからこそ、焦るな。」
静かな声だった。
だが、その一言には団長としての揺るぎない重みがあった。
「今は一つずつ積み上げるしかない。」
「はい。」
ノアは力強く返事をする。
レオンは、ヴィクトルへ視線を向けた。
「ヴィクトル。」
「はい。」
「襲撃の件は騎士団でも共有しろ。商業区だけでなく、貴族街周辺の警戒も強化する。」
「承知しました。」
「ノア。」
「はい。」
「引き続き、この件を追え。」
「お任せください。」
レオンは静かに頷いた。
「必ず、尻尾を掴む。」
執務室には再び静寂が訪れる。
しかし、その場にいた誰もが感じていた。
――事件は、まだ始まったばかりだと。




