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死亡フラグが全部付箋で見えるんですが  作者: 絵宮 芳緒
第五章 動き出す未来

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第十一話 選べない未来

「相手はローゼ商会の跡取りだ。」


伯爵は、静かに告げた。

その一言に、令嬢の動きが止まる。


「……商会、ですの。」


驚きを隠しきれない声だった。

伯爵は、娘をまっすぐ見つめる。


「ああ。王都でも指折りの商会だ。代々誠実な商いで信頼を築き、今では貴族との取引も少なくない。将来は、その跡取りとして商会を継ぐ。お前が不自由することはあるまい。」


令嬢は静かに、紅茶へ視線を落とした。


父の言葉は理解できる。

ローゼ商会の名を知らぬ者はいない。

裕福で、将来も約束されている。

誰もが羨む縁談なのだろう。

それでも――。


(違う……。)


胸の奥が、小さく痛んだ。


(上のお姉様は侯爵家へ。

下のお姉様は、伯爵家へ嫁がれた。)


(なのに私は……。)


自然と唇を噛み締める。

伯爵は娘の様子を静かに見つめていた。


「何か、不満でもあるか。」


令嬢ははっと我に返る。


「……いいえ。」


小さく微笑む。


「そのようなことは、ございません。」


けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。


伯爵は娘をしばらく見つめていたが、それ以上は何も言わなかった。


無理に答えを急がせても、意味はない。

そう理解していたからだ。


「すぐに、返事を求めるつもりはない。」


静かな声が部屋に響く。


「少し考えてみるといい。」


令嬢は小さく目を伏せる。


「……ありがとうございます。」


伯爵はゆっくりと頷いた。


「今日はもう下がってよい。」


「失礼いたします。」


令嬢は一礼すると、静かに執務室を後にした。


扉が閉まる。

その音を背に受けながら、令嬢は小さく息を吐いた。


(まさか、こんなに早く縁談のお話が出るなんて……。)


父を責めるつもりはない。

伯爵家の娘として生まれた以上、いつかは迎える話だと分かっていた。


それでも、胸の奥に広がる重苦しさは消えなかった。


窓から差し込む柔らかな陽射しが、廊下を照らしている。

令嬢はゆっくりと顔を上げた。


(少しだけ……外の空気を吸おう。)


気持ちを落ち着かせたかった。

考えを整理したかった。


廊下で控えていた侍女へ、声を掛ける。


「少し街へ出たいの。」


侍女は主人の表情を見つめ、小さく頭を下げた。


「かしこまりました。馬車をご用意いたします。」


令嬢は安心したように、微笑む。


「ありがとう。」


やがて、伯爵家の馬車が屋敷を後にした。

王都は今日も多くの人で、賑わっている。


露店には色とりどりの果物や花が並び、焼きたての菓子の甘い香りが風に乗って流れてきた。


馬車の窓から街並みを眺めながら、令嬢は静かに目を細める。


(……少し気が紛れるといいのだけれど。)





やがて、伯爵家の馬車は王都の大通りへと入った。


石畳の道には多くの人々が行き交い、露店からは威勢の良い呼び声が響いている。


焼きたてのパンの香ばしい香り。

色鮮やかな花々。

店先へ並ぶ小物や布地。


窓の外へ広がる賑わいを眺めながら、令嬢は小さく息を吐いた。


「少しだけ歩こうかしら。」


向かいに座る侍女が、静かに頷く。


「かしこまりました。」


馬車がゆっくりと停まり、御者が扉を開く。

令嬢は侍女の手を借りながら、静かに馬車を降りた。


「今日はお天気も良くて、気持ちがいいですわね。」


「ええ、お嬢様。」


侍女も柔らかく微笑む。

二人は人混みを避けるように、大通りをゆっくりと歩き始めた。


「あら……。」


令嬢は小さな雑貨店の前で、足を止める。


店先には色とりどりのリボンや髪飾り、小さな刺繍入りのハンカチが並べられていた。


「可愛らしいわ。」


思わず零れたその一言に、店主の女性が笑顔を向ける。


「ありがとうございます、お嬢様。」


令嬢はひとつひとつ、手に取りながら眺める。


どれも手仕事ならではの温かみがあり、思わず表情が和らいだ。


「こちらの刺繍、とても素敵ですわ。」


「職人がひとつひとつ、仕上げております。」


「そうなのね。」


令嬢はもう一度、丁寧な刺繍へ目を落とした。

一針一針、心を込めて縫われたことが伝わってくる。


「とても、温かみがありますわ。」



令嬢は店主へ礼を告げると、侍女とともに店を後にした。


「今日は良い気分転換になったわ。」


侍女も穏やかに、微笑む。


「それは何よりでございます、お嬢様。」


令嬢も小さく笑みを返した。


「付き合ってくれて、ありがとう。」


「お嬢様がお元気になられて、何よりでございます。」


二人が馬車へ戻ろうとした、その時だった。

前方から、どこか賑やかな声が聞こえてくる。


「騎士団だ!」


「団長様もいらっしゃるぞ!」


通りはにわかに賑わい始め、人々が自然と道の端へ寄っていく。

令嬢は、思わず足を止めた。


「何かあったのかしら。」


侍女も人垣の向こうへ、視線を向ける。


「どうやら、騎士団の巡回のようでございます。」


「巡回……。」


令嬢は小さく呟き、人々の間からそっと前方を見つめた。


王都の治安を守る騎士団。

巡回中の姿を見ることはあっても、こうして間近で目にする機会は決して多くない。


自然と興味を惹かれた。


やがて、人垣が少し開く。

その先に、一人の青年騎士の姿が見えた。


濃紺の騎士服を端正に着こなし、背筋を伸ばして街を歩いている。


立ち止まるたびに街の人々へ穏やかに言葉を掛け、その表情には驕りも気負いもない。

その姿は、ただ職務を全うする一人の騎士だった。


しかし、不思議と人々は安心したような笑みを浮かべ、自然と道を譲っていく。


令嬢は思わず目を奪われた。


「あのお方は……。」


護衛もその先へ、目を向け、小さく頷く。


「あちらのお方は、ヴァルフォード公爵家ご次男、レオン・ヴァルフォード様でございます。現在は騎士団長を務めておられます。」


令嬢は驚いたように、目を瞬かせた。


「騎士団長……。」


「はい。」


護衛は、静かに続ける。


「若くして団長へ就任されましたが、そのお人柄から騎士だけでなく、王都の民からの信頼も厚いお方でございます。」


令嬢は再びレオンへ視線を向ける。


そこには、年配の女性へ穏やかに声を掛ける姿があった。


どこか誇示するような振る舞いはない。

ただ当たり前のように、人々へ寄り添っている。


(あの方が……。)


令嬢は小さく息をのんだ。


「お嬢様、お時間でございます。」


侍女の声に、令嬢ははっと我に返る。


「……ええ。」


馬車へ乗り込む直前、もう一度だけ振り返る。


しかし、その視線にレオンが気付くことはなかった。

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